第2話

 斜め前で、ストレートのポニーテールが揺れる。由梨の髪の毛はまっすぐサラサラで、高校の時にはよくいじってみたものだけど、今のわたしにはなぜかそんな勇気はなくて。


 せっかく恋人になったけど、そのせいでかえって恥ずかしくなってしまうんだから、人間ていうのは不思議なものだと思う。


 高校で同じクラスになってから、ずっと一番仲のいい友達だった由梨と、ちゃんと恋人同士になったのは、実はついこのあいだ、去年のクリスマスのことだった。


 わたしが大学進学とともに関西に移り住んで、由梨は都内で一人暮らしをするようになったから、わたしたちは大学時代、お盆と年末年始くらいしか会うことはなかった。


 そんな時期にしか会えないものだから、今日みたいなテーマパークデートなんて夢のまた夢、ましてやお泊まりなんてことは、ずっと叶わなくて。だから今日はすごくすごく、特別な日、というわけだ。


 高校時代、最初に由梨を意識したのは、いつだったか。定かではないけれど、落ち着きのない由梨が騒ぐたびにトレードマークのあのポニーテールが揺れるのを見て、触りたい、なんて思ってしまって。なんだかんだと理由をつけていじりに行っていたことをよく覚えている。


 だけど、高校時代のわたしには、自分の本当の想いを伝える勇気なんかあるわけもなくて。ただずっと胸に想いを秘めたまま、由梨との時間を過ごしていた。


 関西の大学に進学すると決めてから、由梨への想いはきっぱり諦めるつもりだった。恋愛の『れ』の字も出さない由梨だったけど、それでも、可愛い彼女のことだ、大学に行けば恋人の一人もできてしまうだろうと思ったから。


 でも、由梨はずっと恋人を作らなかった。

 大学四年間、ずっと。わたしと同じで。


 わたしたちは年に二回くらい会って、お互いの大学生活のこととか、今好きな音楽とか、ハマっている漫画とか、そういう話ばかりした。恋愛の『れ』の字も出さずに、ずっと友達でいて。


 だけど去年の冬は違った。既に就職が決まり、卒論の提出も済ませた大学四年生のわたしたちは、せっかくだから早めにお祝いをしちゃおう、なんて行って、クリスマスに一緒に遊ぶことにしたのだ。


 由梨が予約してくれた都内の夜景の見えるレストランで、クリスマスディナー。まるでカップルみたいだ、なんてちょこっとだけ浮かれてしまっていたら、まさかの展開が起こったのだ。


 わたしはそこで初めて、由梨の就職先を知らされた。

 由梨の就職先は、わたしの住んでいる関西地方に拠点を置くメーカーだった。


 そして、彼女はわたしにくれたのだ。

 『私と付き合ってください』という告白の言葉を。



 *



「伶菜、こっちは絶叫系で、こっちはゆったり系だけど、どっち行きたい?」


 火山の麓で、由梨が問いかけてくる。『どっちでもいいよ』って言いたかったけれど、それじゃ困るだろうなと思って、わたしは絶叫系を選んだ。『センター・オブ・ジ・アース』なんて名前で、おそらく火山の中かなんかを通るコースターなのだろう。


「これ、最後落ちる時の傾斜けっこうあるけど、大丈夫?」


 ちょっとだけ心配そうにそう言ってくれる由梨は優しい。


「……由梨が乗れるなら、大丈夫でしょ」


 でも、ついついそんな言い方をしてしまう自分が憎らしい。本当はこう言いたかったのだ。『由梨がついててくれるから大丈夫』だって。


「じゃあ、並ぼうか」


 そう言って由梨は颯爽と歩く。アトラクションに並んで暗い道を進みながら、由梨と会話をしながらもだんだんと、緊張してくる。実は絶叫系はそんなに得意じゃない。


 ちょっとだけ後悔し始めていると、温かい手がぎゅっと、わたしの手を包み込む。


「手、つないでよう」


 由梨はそれだけ言って、わたしの手を握る。たったそれだけのことで、わたしの頭の中は別のことに支配されてしまう。


 ……わたしたち、恋人同士なんだ、って。


 意識し出したらもうだめで、ドキドキが止まらなくなってしまう。今日はこの後一日一緒にいて、お泊まりだから夜もずっと一緒だっていうのに。今からこんなんじゃ、心臓が保たないじゃないか。


「あ、ちょっと待ってて」


 由梨がわたしの手をぱっと離す。前の人に続いて歩きながら鞄をゴソゴソやって、取り出したのはリップクリームだった。


「乾いてきちゃってさ」

「冬だもんね」


 そんなことを言いながら、由梨がリップを塗るのを見て、ついでにわたしも塗り直した。由梨の唇のサーモンピンクがさっきより鮮やかになったのを見て、またドキッとする。唇のあたりがこそばゆい感じになるのは、きっとこのあいだのクリスマスのせい。


 恥ずかしくなって、わたしはついつい下を向いてしまうのだった。

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