卒業旅行でお泊まりディズニーデートする百合

霜月このは

第1話

 バスを降り立つと、ほんのりとだけど海の匂いがする。身震いしてしまうくらいの冷たい風が、伶菜れなのふわふわの髪を揺らしていた。


「もう着いたんだ」

「意外と早かったねー」


 ここからは海は見えないけど、きっとパークの中からなら見えるんだろう。想像しただけで心が弾む。なんたって今日は初めてのお泊まりディズニーデートなのだ。


「チケット、紙じゃなくなっちゃったね」


 伶菜は今更そんなことを言う。


「もう、そんなのずいぶん前からだよ?」

由梨ゆりと違って、何年も来てないんだから知らないよ、そんなの」


 そう言って拗ねそうになったから、慌てて手を握って言った。


「いいじゃん、そんなの。……私だって、恋人と来るのは、初めてなんだから」



 *



 私と伶菜とは、元々は高校の同級生だった。元々同じ音楽部にいたのだけど、二年生のときのクラス替えで同じクラスになってから、急によく話すようになった。


 私が伶菜のことを意識するようになったのも、実はその頃だ。

 高校三年生になって部活を引退した頃、伶菜の志望校を聞いて驚いた。伶菜が行こうとしていたのは、いわゆる難関大学と呼ばれる関西のとある大学だったから。


 私たちの高校は千葉県の公立高校で、ほとんどの子の進学先は地元の国立大学とか、都内の私大とかだったから、伶菜のように遠くの大学を目指すのは珍しい。だから、どうしてその大学を目指すのか聞いてみたのだけど、『やりたいことがあるから』なんて言うだけで、ちっとも教えてくれなくて。


 悔しくなってしまった私は、伶菜に内緒で同じ大学を受けることにしたのだ。

 結果は惨敗。


 元々そんなに成績の良くない私が、難関大学に勝てるわけもなく。

 私は泣く泣く都内の私大に進学し、伶菜とは離れ離れになった。


「久しぶりのインパだーーー!」


 エントランスを入ってすぐの、開けた光景に、私はついつい手を広げて喜んでしまう。


「すごい、シーって、こんななんだ。ねえ、これってUSJのやつに似てない?」

「あー、アクアスフィアね……。その件に関しては黙っとこうね」


 地球儀型の巨大オブジェを見ながら、しれっとナイーブな話題をついてくる伶菜とは、高校時代に一度だけ一緒にディズニーデートをしたことがある。そのときに行ったのはランドのほうだったから、シーには来ていない。


 もともとテーマパークみたいな人混みが得意じゃない伶菜は、結局その時以来ディズニーに遊びに来ることもなかったようで、シーのほうに来るのは人生初ということだった。


 一方の私はといえば、実は大学時代に、シーでキャストのアルバイトをしていたことがある。一年くらいで辞めてしまったけど、そのおかげでシーの内部にはずいぶんと詳しくなれた。今日のデートではせっかくのその知識をフルに発揮させてもらうつもりだ。


「さて、どこからまわろっか。伶菜、何か行きたいところある?」

「えーと、そうだな……あの山のあたり行ってみたい」

「おっけー」


 伶菜が指したのはプロメテウス火山。煙を上げて、ときどき噴火する演出までリアルな、シーの中心にある火山だ。


 並んで火山のある『ミステリアスアイランド』の方角へ歩く。人の波に飲まれないように、と思うけど、今日はどちらかといえば人の入りは少ない方だった。


 なぜなら今はまだお正月休みが開けたばかりで、卒業旅行シーズンにしてはちょっと早い時期の1月初旬の平日の昼間で。ちょうど主要なショーの入れ替えどきで、大人気アトラクションのタワー・オブ・テラーがメンテナンス中、という珍しいタイミングというのもあって、人がそんなに多くないのだ。


 正直、私はタワー・オブ・テラーは乗りすぎているからこだわりはないし、伶菜はなんとなく絶叫系は好きじゃなさそうだったからこの日程にしたけど、正解だったなと思う。


「やっぱり、寒いね」

「うん」


 そんなことを言いながら歩く。めったに雪も降らない千葉県だけど、さすがに水に囲まれたテーマパークはこの季節、とても寒い。それも人がそんなに多くない理由の一つ。


 歩きながら、伶菜の左手が、ちょん、と私の右手に触れる。冷たくて、一瞬ドキッとする。


 高校生のとき、ディズニーランドに行った時も、確かこんなことがあった。そのときはついつい手を引っ込めてしまったけど、今はそんなことしなくてもいいから。

 私は伶菜の手をさりげなく握る。


「……っ!」


 伶菜はびっくりしたようで、声を出さないまでもちょっとだけびくっとする。でも抵抗はしない。それどころか、無言で指を絡めてきて、私たちは恋人つなぎになる。


 こういうところが、伶菜の可愛いところなのだ。

 ああ、早く触れてしまいたい。


 正直、今日の私は朝からそんなことばかり考えてしまう。

 伶菜が小さく吐く白い息さえも、今の私には目の毒だった。


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