第95話 95、10年後 

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 翌日、マリアは10人の娘達を連れて湖畔にある福竜国に向かった

湖畔の国々には駅馬車が通っていない。

湖畔の国々にはマリシナ廻船が回っており駅馬車よりもずっと便利だからだ。

荷物も人も馬も運ぶことができる。

乗り心地も駅馬車よりもいい。

それに白雲国の大河があるので駅馬車を周回させるのは難しかった。

そんな国々は福竜国の峠道を通して外の世界と結ばれている。

 峠道は細く幾重にも曲がりくねっており行き来は徒歩か荷車か馬か人力車になる。

駕籠舁きは峠を嫌がったし馬は手荷物を一緒に運べなかった。

人力車の車娘は人と荷物を乗せて湖の国に至る峠道を越える。

普通の人間にはあまり真似できないことだった。

 駅馬車は御者と護衛で600㎏、乗客4人で300㎏、乗り心地を良くするために重くした車体が1000㎏。

6頭立ての馬車とは言え2トン近い馬車を曲がりくねった山道を通って峠の頂上にまで引き上げるのは困難だった。

「この道は高速駅馬車ではやっぱり無理か。」

マリアは呟(つぶや)いた。

 マリア達は山街道の三叉路にある茶店に入った。

「ごめんよ、団子をくんねえ。」

「いらっしゃい。おや娘渡世人さん達ですね。お久しぶりでございます。ただいまお茶をお持ちします。」

「三色団子11皿頼みます。ありますかい。」

「ぎりぎりございます。団体さんはありがたいことで。一気にはける。」

 主人がお茶を持ってくるとマリアが言った。

「景気はどうですかい。」

「ぼちぼちでんな。馬車は毎日何台も通るのに通り過ぎるだけですから。人間じゃあなくて埃(ほこり)だけが店に入って来ます。」

「そりゃあ難儀なことですね。」

「でも人力車のお客さんは時々止まって弁当を買ってくれまさあ。」

「ぼちぼちですね。」

「さいで。ぼちぼちですわ。」

 「この三叉路に駅馬車の駅と人力車の寄せ場ができるって噂(うわさ)を聞いたことがありやすよ。」

「ほんとかいな。そうなったら御の字だ。」

「駅馬車で山街道を来たお客が福竜に行くためでさあ。ここで降りて人力車で峠を越すってことですな。駅馬車は山道を通れませんで。」

「そしたら福竜から人力車で来た客はここから駅馬車に乗るんかい。」

「席が空いていたらそうなるかもしれやせんね。あるいは山街道を通って豪雷で駅馬車に乗るかもしれやせん。そのうち信貴と福竜の間にも人力車が通るかもしれやせんぜ。」

「そうなったら御御御の字だ。」

「そうなるといいですね。」

 後になってマリアは山街道の三叉路の茶店の隣、マリシナ国の領土内に駅馬車の中継基地と乗り換え駅を作った。

駅には人力車を配置させた。

旅人にとっては少し不便だったが湖の国からの客も駅馬車に途中乗車や途中下車できるようにした。

駅馬車の乗客は信貴国の関所で詮議されないからだった。

 10年の月日が過ぎた。

信貴鳶高は信貴国国境を流れる大河を渡り、沿岸の国々を次々に平定した。

最初は自身が出撃し敵を打ち破って行ったが、降伏する国が出てくるようになるとその国に出兵を命じ隣国を攻撃させるようにした。

3000人の鉄砲隊を派遣し、鉄砲隊は軍勢の中心になって活躍した。

出兵を命じられた国は鉄砲隊を守り、兵糧を補給した。

信貴国は弾薬を補給するだけだった。

作戦の基本は相手を降伏させ属国にすることだった。

 マリアは邪馬大国の都に学校を創った。

エリートを作るための学校だった。

初等学校、中等学校、高等学校、大学校でそれぞれ3年の期間とし1学年の定員は50人だった。

対象は一般人で年齢を問わなかった。

授業料は年間1両(10万円)で学生の面倒はみなかった。

 知識を求める者達だけの学校だった。

系統的に教えるので経験を通して学ぶよりも短時間で多くの知識を習得できる。

簡単な入学試験を受けて入学し、厳しい卒業試験を受けて卒業する。

受験生が最初に驚いたのは入学試験問題の活字だった。

細い線の文字で同じ大きさで同じ形だった。

 教師は娘達だった。

マリアは学校を創る前に教師を作った。

教師になりたい兵士を募りマリアの教育ホログラム映像を見せて教育した。

娘達の記憶は優れており、覚えたことは忘れなかった。

そして短時間で教えること専門の教師になることができた。

そんなわけで、時々は学生の質問に答えることができず一緒に考えることもあった。

そして翌日には答えを持って来た。

みんなで考えたりマリアに聞いたりしたのだ。

 高等学校までは全員が同じことを学んだ。

物理、数学から音楽、絵画まで広範に学んだ。

大学では学生の好みに合わせ教科書が1冊渡された。

3年間で教科書を理解し、試験に合格しなければ卒業できなかった。

例えば数学を選んだ学生には分厚い教科書が与えられた。

教科書には「解析概論」と書かれてあった。

それを教えることができる教師はもちろん居なかった。

 大学校を卒業できた者はまだいなかったが、高等学校を卒業した者はいた。

初等学校、中等学校、高等学校を卒業した者にはそれぞれ3級教師、2級教師、1級教師の免状が与えられた。

それぞれの者は出身地に戻って塾を開いたり、官職の試験を受けて役人になったりした。

 マリアは火巫女様に頼み、高級官僚の登用試験を始めた。

家柄や出自に関係なく優秀な人間を集めようとしたのだ。

もちろん試験に通ったからと言って必ずしも優れた人間とは限らない。

しかしながら高級官僚が職務を遂行するに必要な学力と知識を持っているかどうかを調べるにはペーパー試験以外に公平で適当な方法は見つからない。

 火巫女は数年前から体調が悪くなった。

加齢に伴う変化だった。

マリアは都の城に入り火巫女の話し相手となった。

若い頃の話、他国との戦争の話、築城に纏(まつ)わる話、大臣の話、金鉱の話、そして城の抜け穴の秘密まで話した。

 火巫女は人間の心を読めるらしかった。

そのため火巫女は常に孤独だった。

命令にしても相談にしても雑談にしても相手の心の推移が見えてしまえば興は冷める。

心が分からないマリアとの会話は面白かったのだろう。

色々なエピソードを自慢や悔恨を含めて話してくれた。

マリアは邪馬大国を深く知ることとなった。

 大臣を呼び、状況の報告をさせ、退出後、大臣の性格や能力やささやかな野心を教えてくれた。

「・・・大曲、軍事の状況はどうかの。」

火巫女は軍事大臣に言った。

 「はい大方様、攻撃隊に関しましては、騎馬隊20000は日々訓練を続けております。1日あれば出動は可能です。兵装は短弓と短槍から短銃と長銃に変えてあります。信貴国と同じ物でございます。盾はありません。鉄砲の時代ですから馬が倒されれば終わりだからです。歩兵10000は弓槍から長銃に変えてあります。小隊は10人単位から20人単位といたしました。方陣盾を採用したからです。方陣盾とは鉄砲玉が通らない盾を4台の荷車の周りに囲んだものです。鉄砲は盾の間から撃ちます。荷車には小型の投石機と火炎弾と爆裂弾を積んであります。爆裂弾は信貴国と同じく導火線式です。防衛隊に関しましてはこれまでの投石機に加えてとりあえず塹壕内に臼砲を設置しましたがまだ開発中でございます。とにかく敵を近づけさないことが防衛には肝要で敵より遠くにまで届く大砲が必要です。敵は大砲を運ばなければならないから小型です。こちらは大型の固定式ですからより遠くに飛ばすことができるかと思います。」

 「・・・分かった。金は足りておるか。」

「できればもう少し増額していただきたいと思います。」

「分かった。大蔵大臣に頼め。」

「ありがとうございます、大方様。」

 大臣が退室すると火巫女がマリアに言った。

「大曲はの、真似をするのが得意なのじゃ。信貴軍にこっぴどく負けて対応を考えさせたのだろうな。賄賂でも使って信貴軍の兵器を盗ませたのかもしれない。自分で考えたのかもしれない。やつはの、まだ独身なのじゃ。真面目過ぎてな、色恋を遠ざけておった。じゃが子供は持ちたいとも思っておる。」

「軍事大臣には適任ですね。」

「そうじゃな。」

 大蔵大臣が呼ばれた。

「・・・皆月、財務状況はどうかの。」

「はい大方様、邪馬大国の財務状況は健全でございます。ですが懸念もございます。」

「・・・申してみよ。」

「邪馬大国では2種類の小判が出回っております。邪馬大国の小判と信貴国の小判です。同じ1両と呼ばれておりますが、巷(ちまた)では信貴国の小判は邪馬大国の小判の2倍の価値を持っております。金の含有量が違うからです。実際に金の含有量を調べましたところ、信貴国小判の金含有量を10としますと邪馬大国小判は7となっております。ですから信貴国小判1枚を持つより邪馬大国小判を2枚持った方が得になります。それを知っている両替商は信貴国小判と邪馬大国小判の両替で巨利を得ております。邪馬大国小判を金の延板にして保管しているのです。いくつかの対処の方法がございます。一つは邪馬大国小判を7割小判とすることです。一つは金含有量を5とした半両小判を作ることです。もう一つは金含有量を10とした小判をつくることです。」

 「・・・そなたの考えはどうなんだい。」

「はい大方様、小判の金含有量を知らせ現在の邪馬大国小判を7割小判とする御布令(おふれ)を出し、同時に金含有量10の新小判を鋳造して世に出せばよいと思います。御布令を出す前に両替商からは大量の邪馬大国小判を信貴国小判と1:2の割合で回収させます。邪馬大国小判は新小判に改鋳します。」

「・・・そなたの考えで進めなさい。信貴国小判はあるのかい。」

「何とか集めます。」

 マリアが口を挟んだ。

「信貴国小判100万両(1000億円)をお貸ししましょうか。それくらいなら荷車20台で運べます。返済は新小判が普及してからでいいですよ。500万両でもかまいません。」

「そうしていただければ大助かりです。全部邪馬大国小判に換えることができれば新小判で40万両(400億円)の得になります。邪馬大国小判に替えることができなければ金塊で替えさせます。両替商は40万両の損になります。まあいくら両替商でも500万両は持っていないと思います。100万両で結構です。」

「マリシナ国は大丈夫なのかい。」

「マリシナ国は裕福ですが質素です。信貴国小判を作っている金鉱山は優秀な鉱山で多量の金を産出しております。何の問題もありません。」

「じゃあ、そうしてもらうかね。」

  大蔵大臣が退室すると火巫女がマリアに言った。

「皆月はの、商人が嫌いなのじゃ。特に両替商や金貸商がな。ろくに働きもせずに利益を貪(むさぼ)っていると思っておる。対応は優しそうだが陰険な男だ。色恋では浮き名を流しておる。結婚して子供もいるのにな。多情な男だ。」

心を読める火巫女の配下には造反の意思を持つ者はいない。

大臣にしても近習にしても召使いにしても日巫女の周りの人間は火巫女には従順だった。

そんな人間を集めたのだ。

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