第94話 94、信貴鳶高との話 

<< 94、信貴鳶高との話 >> 

 マリアは10人の娘達を連れて信貴国に行った。

信貴鳶高に火巫女の養女となったことを報告するためだった。

都から2ヶ所の中継基地を経て辻堂町に着き、辻堂町の信貴軍駐屯地前と駅馬車駅を通り、中継基地を経て大原国の駅に到着した。

大原国を出て中継基地を通り、長岡国の駅馬車駅を通り、豪雷国の駅に着いた。

豪雷国を出て山街道のマリシナ国中継基地を通り三叉路を左に曲がって信貴国に入った。

 信貴国の関所はまだ存在した。

「在所、姓名、目的を言え。」

面番所の役人が言った。

「代表してお答えいたします。あっしはマリシナ国のマリアと申します。マリシナ国の国主であり、毎日この関所を通る駅馬車の総責任者でもあります。この関所は何度も通ったことがございます。渡世人として通ったこともあれば信貴鳶高様を連れたマリシナ軍の司令官として通ったこともございます。在所は定まってはおりません。直近では邪馬大国の都に住んでおりました。本日は信貴鳶高様に邪馬大国の火巫女様の養女になったことを報告するために来ました。」

 「マリシナ国のマリア殿であったか。お名前とご活躍は聞き及んでおる。着任したばかりで分からなかった。申し訳ない。通られよ。」

「ありがとうございます。」

マリアが立ち上がった時、駅馬車が関所の前に現れた。

6頭立ての駅馬車は門前で止められることなく面番所の前で止まった。

御者と護衛兵はマリア達を認め軽く会釈した。

 「マリア陸送の駅馬車です。朱雀国から参りました。乗客は4人。男3人、女1人です。全員朱雀国で乗車しました。」

御者が御者台から言った。

「不審者はおるか。」

「不審者はございません。」

「よし、通れ。」

日常の応答らしかった。

乗客が馬車を降りることなく駅馬車は出発した。

 「乗客の取調べはしないのですか。」

マリアは面番所の役人にきいた。

「毎日十数台の駅馬車が通るのでいちいち吟味をしてもしかたがありません。不審者を見張るのなら駅馬車の駅ですればいいことです。途中下車はないと聞いております。」

「ごもっともで。」

 マリア達は信貴城下に入りマリア陸送に行った。

マリア陸送の店内には役人が待っており、マリア達が店に入ると役人が言った。

「マリア殿でござるか。拙者、マリア陸送検見役の冬至降雪と申します。さきほど連絡がありました。殿がお目にかかりたいそうでございます。」

「追い越していった早馬が連絡したのですね。信貴鳶高殿様にはマリアは鳶高殿様にお会いするためにここに来たとお伝えください。」

「分かりました。早速伝えて参ります。ごめん。」

役人は大急ぎで店を出ていった。

 「あの役人、マリア陸送検見役と言ったわね。いつも店の中にいるの。」

マリアは店の娘に聞いた。

「はい、いつも店におります。乗り降りのお客を見張っているようです。」

「そう、目利きがきくのね。」

「時々、お客様に話しかけているようです。」

「入り鉄砲と出女ってとこね。駅馬車の駅でも役人は居るの。」

「いつもぶらついております。」

「なかなか厳しいわね。」

 翌日、マリアは娘10人を連れて信貴城に行った。

マリアは若衆姿で他の娘は娘姿だった。

大手門で名前を告げると近習らしき侍が出て来て暫(しばら)く待つよう言った。

(確かに)暫くすると信貴鳶高が馬に乗って現れ馬を降りて言った。

 「マリア殿、よく来てくれた。少し遠い所におってな。待ったか。」

「さしたる時間ではありません。鳶高様と話をするために信貴に参りました。」

「ワシも会いたかった。どこで話をする。」

「天守閣が適当だと思います。」

「了解。行こうか。」

 信貴鳶高はマリアと並んで歩き始めた。

その頃になって10人ほどの侍が息せきってようやく駆けつけて来た。

鳶高は天守閣を開けるよう近習に命じ、二人の近習は再びもと来た道を走り去った。

信貴城の大手門から天守閣までは距離があり、内堀を渡る陸橋が二つありそこには門がある。

マリア達が通る時には門は開いており天守閣の扉も開いていた。

マリアは娘達に周囲を警戒するよう命じ、天守閣には誰も入れないようにも命じた。

二人は急な階段を登り、最上階の扉を開け、回廊に腰掛けて話を始めた。

 「鳶高様、ご存知かもしれませんが、私は邪馬大国の国主の火巫女様の養女になりました。火巫女様の老後の面倒を見るためだと思います。火巫女様は還暦を過ぎた老婆でお名前のように巫女だったようです。家族は一人もおりません。現在は国政を執っておらず国政は大臣達に任せております。火巫女様は大臣の任免を行なうことで邪馬大国を支配しているのです。火巫女様に問われ、私は出所を明らかにしました。金属の体と遠くの星から来たことを明かしたのです。火巫女様は死んだ後の大臣達の争いを心配し私を養女とし、火巫女様の死後は私が大臣達の任免をすることにしました。火巫女様の死後は私が邪馬大国を支配することになります。それをお知らせするため信貴国に参りました。」

 「都の辻々に立てられた高札でマリア殿が養女になったことは知っている。火巫女が死んだ後は仕事を引き継ぐことも知っておる。ワシはまだ若いが火巫女の気持ちはよく分かる。後継者なしでボケてしまったらどんな仕返しを食らうか恐ろしくて夜も眠れないだろうな。だれかを後継にすればいいのだが誰も信用ができないのが支配者というものだ。その点、マリア殿はうってつけだ。約束を守り裏切らない。常に最強の軍隊を持っており他人を下に置きたいという支配欲も持っていない。もともとマリア殿は圧倒的に上なのだから支配欲がないのは当然だがな。」

 「そんな状況ですから鳶高様が再度邪馬大国に侵攻した場合にはマリシナ軍は反撃することになると思います。」

「そうだろうな。マリア殿がいる限り邪馬大国には軍を侵入させない。今は河向こうの国々を平らげようと準備している。・・・前の城塞攻めは見たのか。」

「直接には見ませんでした。当時は城塞都市の中におり、見ることができませんでした。信貴軍が引いてから破壊された攻城機2台の残骸と兵士の死体を見ただけでございます。」

 「あの時も惨めだった。攻城機で攻撃を開始する前に壊されてしまった。どんな投石機だったのだ。」

「色々な形の投石機でした。どれも古そうな物でしたね。投石機はだれでも考えることができる構造ですから多数の試作品を倉庫にでも保管してあったのかもしれません。花火迫撃砲はどうして使わなかったのですか。」

「使う前に攻城機が壊されてしまった。あれが無くなると目標が分からなくなる。観測用の櫓を作っておくべきであった。闇雲に撃っても効率が悪いし効果も分からない。それに花火迫撃砲は構造が単純だからな。真似されたらこっちが不利になると思った。」

 「火巫女様は火薬の使用に気づかれました。いずれ投石機はなくなると思われます。鉄砲もそのうち出てくると思いますが邪馬大国の製鉄業は信貴国ほど進んではいないと思います。」

「だが小判を作っている国だからな。製鉄業の立ち上げも早いだろう。・・・マリア殿、マリア殿の駅馬車業によってこの辺り、広範な範囲に亘って世情が安定してしまった。もう大規模な戦は起きないような気がする。まあ起こせない状況だな。傭兵業は廃業になる運命になる。マリア殿はどうするつもりだ。」

 「そうですね。学校でも開きますか。・・・戦のない世の中になれば生産力が高まり、人口が増え、生産に関与しない人間が多くなります。博徒が生きていける世界ですね。そんな世界で必要なものの一つは科学知識だと思います。私は進んだ科学知識を持っているつもりです。宇宙船には科学知識が蓄積されており随時取り出すことができます。教科書を作り、学びたい者を集め、この時代に合った知識を教えようと思います。そこで学んだ者は教師となり世に科学知識を広めます。マリシナ国の娘達には一通りの知識と言葉を学ばせておりますが、娘達の中にはもっと学びたいと思う者がいるはずです。そんな娘達にも学校でさらに進んだ知識を授けようと思います。・・・私が作られた星で私は娘達と同じような兵士でした。事情があって学校に通うことになり研究者になりました。研究を進め、過去にも未来にも行けるようになりました。私にもできたことですから娘達にもそれができる者がいるかもしれません。もちろん人間もです。科学文明が進めばこの星の人間も宇宙に飛び出すことができるようになると思います。」

 「そんな世界になる頃にはワシは死んでおるな。」

「そう思います。」

「何か、他国を征服するのが虚しくなるな。」

「それがそうなるための過程でございますから。・・・人間がその時代その時代で精一杯に生きて時代の糧(かて)を次代に残して来たことで今の時代ができているのでございます。」

「高みに行くための階段の一段になることだな。」

「左様に思います。」

 「だがな、不死のマリア殿はそれを見ることができるわけだ。なんとも羨(うらや)ましい限りだ。・・・マリア殿の故郷には人間が住んでおり、そこでは星々に行くことができるほど文明が進んでいるのだったな。そんな世界でも人間は不死になれないのか。」

「その星ではまだ出来ておりませんでしたが、人間が不死になることは簡単にできます。まあ実際に不死かどうかは時間が経たなければ分からないわけですが、数百年も数千年も寿命を延ばすことができます。」

 「どんな薬を飲むのだ。」

「薬は飲みません。私は二つの方法を知っております。その一つは光のシャワーを全身に浴びることです。鳶高様が腕に怪我をなさった時、時間が経てば傷は自然に治ると思います。新しい肉ができ新しい皮膚ができるからです。それは肉にも皮膚にも刺激を受けると増殖する細胞の素が常に一定の割合で入っているからです。でも体の中の臓器にはそんな刺激を受ける機会はありません。だから新しい細胞に置き換わることなく老化していくのです。光のシャワーは普通の光ではなく体の中に入っていく光です。体の中の臓器はそんな光に当たって刺激を受け細胞は増殖して古い細胞と置き換わっていくのです。ですから光に当たった体は若い体になることができます。」

 「納得した。全身の細胞が新しい細胞に替われば若くなるわけだ。マリア殿の宇宙船はそんな装置を積んでいるのか。」

「積んでおります。」

「ワシに使わせてくれんか。」

 「まだだめでございます。鳶高様が60の齢(よわい)を経てからなら考えてみましょう。理由は二つです。若い体に光が当たれば新しくできた細胞は替わるべき細胞がないので困りはて変な細胞になります。癌細胞と言って勝手に増殖していく細胞に変わります。植物でも同じことが起こります。カルスと言って木の幹にできた瘤(こぶ)のような物です。それが体の中で生じたら死に至ります。まあそんな場合には治せますがね。二つ目の理由は時が経つとお考えが変わるからです。鳶高様は結婚なされ子供を授かると思います。鳶高様が60歳になれば子供は30歳ほどになります。御家臣も歳をとるでしょう。そんな状況で鳶高様だけ長寿処理を受けた時お子様やご家臣はどう思うでしょうか。その頃の鳶高様はそれをお考えになると思います。推測ですが、鳶高様は『人間は歳をとり死んでいくものだ』と思うかもしれません。」

 「納得した。確かに親が子供よりも長生きしたら子供はたまらんだろうな。もう一つの方法とはどんな方法なのだ。」

「もう一人の鳶高様を作る方法です。鳶高様の髪の毛1本から鳶高様の体を作ることができます。何もしなければ長い時間をかけて子供の体から若者の体になり壮年の体から老人の体になって話すことも考えることもできない肉体ができます。でも鳶高様の体に合わせて成長させれば二人の鳶高様ができます。一人は若い細胞を持った鳶高様でもう一人はその時の鳶高様です。古い鳶高様を消せば若い鳶高様が残ります。」

 「消すとは殺すと言うことか。」

「そうです。人間だれしも自分と同じ人間は好みません。自分を殺すのも殺されるのも嫌ですから実際には時間を止めて保存しておきます。」

「記憶も考えも同じなのか。」

「そうなるように成長させます。」

「そんな方法は嫌だな。」

「そう思います。」

 マリアと信貴鳶高は長いこと話した。

家臣の持って来た昼食を食べ、お茶を飲んで話した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る