第96話 96、エピローグ 

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 火巫女は眠るように死んだ。

さらに10年が経った頃だった。

老衰だった。

マリアは火巫女の仕事を受け継いだ。

家臣の中には異議を持っている者も居ただろうが、それは20年前から決まっていたことだった。

異議を唱える時間は20年間もあったはずだった。

 国葬を終え火巫女の遺体は城内にあらかじめ作られていた霊廟に安置された。

日巫女に仕えていた近習達は霊廟の管理が仕事になった。

マリアは大臣達にこれまで通り職務を遂行するよう命じた。

現在の大臣は心が読める火巫女が任じた大臣だ。

不適当な大臣であるはずがなかった。

 マリアは二つの国の国主になった。

機械人間の国と生物人間の国の国主だ。

強力な軍事力を持った国と多数の人間を擁する国だった。

マリシナ国もマリシナ国の兵士も人間社会に受け入れられ、運送業で確固たる位置を占めるようになった。

ヤクザの世界でも強力な存在感を示した。

それはこの世界に姿を現した時のマリアの目標であった。

 信貴鳶高は征服を続け、湖の国々と邪馬大国を除いて世界を統一した。

世界というのは同じ言葉を話す全地域という意味で、海で囲まれた広い土地だった。

鳶高は幕府を開き、参勤交代の制度を属国に強(し)いた。

信貴国城下町は広がり、多くの国の屋敷が建ち、人口が増えた。

壮年となった鳶高自身は何人かの妻を娶(めと)り多くの子供を授かった。

そんな状況になっても信貴鳶高は決してマリシナ国にも邪馬大国にも邪馬台国の属国にもそして湖畔の国々にも軍を送らなかった。

領土的には小さな範囲だったのだ。

 マリアは参勤交代を倣(なら)うかのように定期的に信貴城下に行った。

信貴城下のマリア陸送を見回るためだった。

娘10人を連れ、股旅姿で旅した。

山街道の三叉路の先の関所は新築され広くなっていた。

 「おお、マリア殿。よくいらっして下された。大殿様にはさっそくお知らせいたします。・・・職務がら在所と姓名と目的をお聞きしたい。」

面番所の役人がマリアに言った。

「代表してお答えしやす。あっしはマリシナ国と邪馬大国のマリアと申しやす。連れの者達はあっしの子分でございやす。目的は信貴城下のマリア陸送の視察でございやす。」

「よう分かりました。どうぞお通りくださいまし。」

「ありがとうございやす。通らせていただきます。」

 マリア達が関所を出るとすぐに早馬がマリア達を追い越していった。

マリア達が人力車のマリア陸送に着くと50人の共侍が店前に整列しており信貴鳶高が上がり框(かまち)に腰掛けて待っていた。

客は居なかった。

追い出されたのかもしれない。

 「おお、マリア殿。久しぶりだな。待たせてもらった。」

「お元気そうですね、鳶高様。」

「今のところはな。50に届いた。あと10年もしたら老人だ。」

「病気になられたらお知らせください。治してさしあげます。」

「その時は頼む。・・・全国制覇をしたぞ。とうとう海が国境になった。」

 「おめでとうございます。20年かかりましたね。」

「うむ。長かったな。だが小さな階段を一段上がったような気がする。」

「戦争のない大きな世界になりました。これが続けば生産性は向上し文化は躍進します。」

「文化の向上にはマリア殿が作った学校の寄与が大きいと思う。信貴城下でもマリア殿の学校の卒業者が学校を開き始めておる。マリア殿の学校でもらったという教科書を見せてもらった。内容は知らんことばっかりだったが、あれはどうやって書いたのだ。同じ形の文字ではないか。」

 「あれは印刷機で印刷しました。その印刷機はまだこの世に出しておりませんが、印刷の仕方の歴史は別の教科書に書かれております。何枚も刷(す)るのは木版と同じで原盤を使います。原盤は蝋を強いた薄い紙を使う場合もあります。染物と同じで蝋を削り原盤を作ります。活字と言う文字の型を作り厚紙に押し付けて文字の溝を作り、その紙に鉛を流して鉛板にすれば原盤の鉛板になります。印刷の方法は文化の進展と共に進化していくものです。必要が生じれば発明は起こります。」

「『必要は発明の母』と言うことだな。」

 「左様にございます。・・・鳶高様、国境の向こうはご存知ですか。海の向こうです。」

「全く知らん。」

「海の向こうにも陸があり、人間が住んでおり、全く違う言葉が話されております。その地からこの地に来たと言うことは聞いておりませんし此の地からその地に行ったと言うことも聞いておりません。ですから現在のところは同程度の文明を持っているのだと思います。確かに『必要は発明の母』でした。此の地は戦争によって弓矢から大砲が戦いの主力となりました。彼の地では戦争がまだ続いているのかもしれません。大砲より強力な武器が発明されるかもしれません。」

 「・・・マリア殿は文化の発展は住民にはいいが為政者は科学文明の発展も忘れるなと言いたいのだな。」

「左様にございます。国境が海なら海を越えることができなければなりません。」

「海を越えるには大型船か。信貴国では無理だな。」

「海に面している国ではできるかもしれませんよ。大河に沿っている国ではできるかもしれません。」

「そうだな。作らせてみようか。」

「それが為政者と言うものです。」


完 2022・12・31

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