第92話 92、火巫女のゲーム
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マリアは邪馬大国の都に戻ると山脇街道に駅馬車の駅を建設させた。
位置は城門から500mの位置だった。
待合室もある立派な駅舎だった。
駅舎の後ろには大きな厩舎(きゅうしゃ)が建てられ多数の馬車馬が飼育された。
邪馬大国では馬の値段が安いのだ。
厩舎の後ろには御者、護衛、馬の世話係などの宿舎(しゅくしゃ)が建てられた。
宿舎は10m程の高い丸太の塀で囲まれており、井戸が掘られ、四隅には櫓(やぐら)が立っており、兵士が常時見張りをしていた。
あたかも軍事基地のようだった。
マリアは駅に1個中隊100人を常駐させた。
山脇国の駅馬車駅も同様な施設を作った。
2ヶ月後、準備ができるとマリアは都で宣伝試走を始めた。
6頭建ての駅馬車2台を先頭に10台の人力車が邪馬大国の都をゆっくりと走った。
駅馬車と人力車には着飾った娘達が乗り、御者と護衛と車娘は朱塗の三度笠を冠っていた。
娘達は白い腕を見せ、看板を掲げ、微笑んだ。
看板には「マリア陸送の高速駅馬車」、「早い。安全。安い。」、「最強の護衛付き」、「山脇城下まで半日」、「人力車・駅馬車・人力車、家から家に」、「小荷物も大丈夫」、「申し込みはマリア陸送」、「支払いは切符で」などが書かれていた。
宣伝試走は山脇街道の駅から出発し、城門を通り、広場に達し、マリア陸送がある辻堂街道を通り、城門で引き返して広場に戻り、早乙女街道、前田街道、大杉街道を門まで往復して広場に戻った。
広場では馬に乗った近習の大榎左馬之助が10人の手勢を連れて試走を止め、駅馬車から顔を出したマリアに言った。
「マリア殿、近習の大榎左馬之助だ。大方様(おかたさま)がお望みじゃ。この行列を城の周りを回らせてくれないか。」
「火巫女様のおかげで駅馬車業を立ち上げることができました。試行の最後にお城に行って門外からお礼の言葉を発するつもりでおりました。」
「言葉を発するとはどういうことだ。」
「ふふっ、大声で全員が『ありがとうございました』って叫ぶんですよ。」
「発しないで述べてくれないか。大方様はそなたと会いたがっておられるようだ。」
「了解。」
一行は左馬之助の馬、10人の兵士、馬車、人力車の順でお城に向かった。
大手門に着き、周回道路を左に進み烏門(からすもん)に来た。
烏門は都を取り巻く石壁にある門のような巨大な門だった。
税金を納める住民が自由に入れる門で、内側は門のある城壁で囲まれた広場になっている。
烏門の扉は吊り下げ式で、太い木組格子が門の天井の石の隙間に吊り下げられ、地面の溝に入り込む構造になっている。
吊り扉が落とされたら広場は出口のない咫尺(しせき)の地になる。
果たして大榎左馬之助は烏門を入り広場の中央で止まってマリアに言った。
「マリア殿、誠に申し訳ないのだが大方様はゲームをお望みじゃ。ゲームという言葉を使ったのは「大方様の娯楽」という意味と「マリア殿との試合」という意味と「マリア殿は狩の獲物」という意味があるからだ。ゲームは獲物のマリア殿達がこの場から逃(のが)れることができるかどうかだ。マリア殿が了承すれば烏門の格子扉は落ちる。向こうの門も閉じられる。そんな状況でマリア殿達は外にでなければならない。建物はできるだけ壊さないでほしい。人間もできるだけ殺さないでほしい。期限は1日だ。マリア殿がゲームに勝ったら褒賞を下さるそうだ。どうだろう。受けてくれないだろうか。」
「ふふっ、力を見たいのですね。下さるご褒美はどのような褒賞なのでしょうか。」
「拙者には分からん。大方様のお考えは分からん。」
「24時間以内にこの地から出れば宜しいのですね。」
「そうじゃ。」
「城兵は阻止行動を取るのでしょうか。」
「弓矢は射ないとは思うが不明じゃ。」
「殺そうとすれば殺しますが宜しいですか。」
「当然だ。」
「このゲーム、受けましょう。大榎様が向こうの門に消えた時からゲーム開始です。」
「ありがたい。最初に殺されるのは拙者だと思っていた。」
大榎左馬之助が右手を挙げると烏門の格子扉は轟音を響かせて地面の溝に嵌った。
大榎左馬之助と兵士が奥の門に消えるとマリア達は駅馬車と人力車を連れて徴税所前に行った。
徴税所は空だった。
建物の奥に井戸を見つけ、娘達は馬車馬に水を与えた。
マリアは徴税所の椅子に腰掛けて作戦を立てた。
最初、マリアは娘達を連れて城壁を巡って調べた。
烏門の格子扉は10人の娘達が引き上げようとしたが動かなかった。
閂(かんぬき)がかかっているらしい。
城壁の高さは都市を囲む城壁と同じ15mだった。
内の門もアーチ状で頑丈そうな扉だった。
城壁の厚みは15m。
城壁は垂直ではなく石垣と同じように傾きを持っていた。
街側の城壁は鋸壁(きょへき、凸凹壁)となっており、内部が平らで兵士が行き来でき、内側の城壁は城壁の上が土壁の屋根付き建物になっていた。
屋根までの高さはさらに高くなっている。
夜まで待てば空を飛んで容易に城壁上に行くことができるだろうが、それは見物人(大方様)には不興だろう。
「さて、どうするか。」
マリアは呟(つぶや)いた。
軍隊と違い利用できる材料があまりなかった。
人力車には利用できそうなものはなく、駅馬車には連発長銃と爆裂弾と30m程の綱と針金の束が常備されていた。
綱は引くためで針金は補修のためだった。
マリアは振り子の原理を利用することにした。
鋸壁の凸部に綱を掛け、車娘が振り子となって城壁の上に登ろうとした。
最下部で十分な速さがあれば城壁以上に届くし、届かなくても途中で綱を引けば届くようになる。
要は綱をしっかり持っていることだ。
マリアは投げ縄を作った。
鋸壁の凸部に掛かるほどの輪を作り、輪部の綱を針金で巻き広げた輪にした。
輪の先端に予備銃弾の包みを付けて錘(おもり)とし、鎖鎌のように輪を回転させ鋸壁に向けて放り投げた。
最初は届かなく失敗した。
二度目は鋸壁の上には届いたが凸部には掛からなかった。
5回目の試投で輪はようやく凸部に掛かった。
マリアは間を置かずに30mの距離から全力で駆け、垂れ下がっていた綱を左手で掴み、体を城壁に対して直角にし、右手に連発短銃を持って城壁を駆け上った。
マリアの体が城壁よりも高くなると綱を引いて城壁上に降り立った。
短銃を構え周囲を見回したが兵士は居なかった。
マリアは綱を下に投げ車娘に上がってくるよう命じた。
10人の車娘が城壁に上がるとマリア達は連発短銃をかまえて烏門の方に向かった。
烏門内部に入る扉は開いていた。
内部に飛び込むと10人の兵士がいた。
「動くな。抵抗するな。抵抗すれば殺す。殺してもいいとの許可を大榎様から受けている。」
マリアが言った。
「抵抗は致しません。」
長らしき兵士が答えた。
「それがいい。格子扉を上げよ。」
「承知しました。」
兵士達は2ヶ所の閂(かんぬき)を外し、太い綱が巻かれた巻き取り機を歯止めを一段一段かけながらゆっくり回した。
床の隙間から格子扉が現れ、十分上がると格子に閂をかけた。
マリアは娘の一人に人力車と駅馬車を烏門から出すように伝えさせた。
人力車と駅馬車が烏門を通ると、その様子は床に開けられた小穴から見ることができた。
戦闘になればその穴から攻撃するのだろう。
人力車と駅馬車が通り過ぎるとマリア達は城壁に出、綱を街側に二重に垂らし、綱を伝って地上に降り、綱を回収し、綱輪を折り畳んで駅馬車に乗せ宣伝試走を始めた。
ゲーム期限の1日にはまだ22時間残っていた。
マリアは人力車と駅馬車をマリア陸送に戻し、夜になると中継基地から1000人の兵士を呼んだ。
城塞都市の門の扉は夜は閉じられる。
兵士は街の城壁に鉤縄を掛けてよじ登り城壁内に降りた。
かなりの兵士は暗闇に乗じて空中に飛び上がり直接城壁内に入った。
黒衣の兵士1000人は暗闇の街を早足で駆け、明るい繁華街を通り過ぎ、暗い広場を通り過ぎ、城に向かった。
繁華街の通行人は呆気にとられていた。
城の大手門に着くと数名の兵士は飛び上がって城内に降り、門衛を縛り上げ、大手門を開けた。
マリシナ軍は城壁に沿って暗闇を疾走し、烏門の内側の門に到着し、門衛を縛り上げ、扉を開けた。
兵士たちは城内の道を天守閣のある方向に進み紆余曲折を経て天守閣の下に着いた。
暗闇の中、兵士達は衛兵を縛り上げ、天守閣の扉を開け、一部の兵士が内部に入った。
天守閣に入った兵士は胴火で蝋燭(ろうそく)に火を灯し、周囲を探索し、備えつけの蝋燭に火を移した。
兵士たちは天守閣入り口の扉を閉じ、内側から閂(かんぬき)を掛け、最上階まで上がり、欄干(らんかん)に綱を掛け、屋根を伝って地上に降りた。
もちろん空を飛んで降りた兵士もいた。
最上階の扉だけが開け放たれた状態になった。
マリシナ軍の兵士が天守閣まで来た証拠は内側から閉じられた扉と、灯された跡がある蝋燭と、開けられた最上階の扉だった。
マリシナ軍兵士1000人は大手門から場外に出た。
門衛はまだ縛られたままだった。
マリシナ軍が山脇街道にある繁華街を通ると繁華街には営業中の人力車があった。
人力車の車娘は片手を上げて兵士に微笑んだ。
兵士たちは中隊100人毎の密集隊形で行進していたのだが、人力車の前に来ると盾を側面から頭上に上げて車娘に凱旋の挨拶をした。
マリシナ軍が街の城壁の門に着くと門は閉じられ50人ほどの兵士が槍と短弓を持って構えていた。
マリアが密集集団の中から言った。
「門を開けよ。我らはマリシナ軍だ。私はマリア陸送のマリアだ。これは火巫女様の娯楽である。我らは敵ではない。近習の大榎左馬之助様から人は殺すなと言われている。それゆえまだ人を殺(あや)めていない。それとも戦うか。大榎様は我らを殺そうとすれば殺しても良いと言われた。我らに弓を向ければ殺す。槍を向ければ殺す。1000人のマリシナ兵士と戦うか。どうするかを決めよ。」
門衛の長が言った。
「門衛を縛ったのはお前達か。」
「そうだ。扉を開けるためだ。約束ゆえ殺さなかった。」
「城に行ったのか。」
「そうだ。天守閣まで行って内側から閂を掛けた。」
「夜間は扉は閉めることになっておる。命を賭けてでも扉は守らなければならない。」
「そうか。なかなか肝の据わった衛兵だな。・・・中隊、盾を構えよ。盾で押し付けこの者達を排除せよ。」
兵士は盾を隙間なく立て、門衛達に近づいていった。
門衛から弓矢が飛んでくることはなかった。
門衛50人は盾で囲まれ押し付けられた。
娘達の体重は300㎏だ。
100人で30トン。
門衛達はびくともしない力で押され門の端に移動させられた。
門は開かれ、9中隊は門を通過し門衛を押していた中隊も盾を引いて素早く門を出た。
マリアと娘10人だけがその場に残った。
マリアが言った。
「門衛さん、弓矢を射なかったのは正解でしたね。死ななくて済みました。見た通りを報告してかまいません。あっしは辻堂街道沿いのマリア陸送におりやす。明日の午後には烏門で大榎左馬之助様に会うと思います。それまでに報告しといた方がいいですね。」
マリアはそう言って娘達と暗闇に消えた。
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