第90話 90、信貴軍の攻城
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果たして信貴軍の攻城兵器は櫓(やぐら)だった。
門に近い街道の両側、比較的平坦な荒地2カ所に作るようだった。
敵が邪魔しないように鉄砲隊が城壁前で門を狙い、工兵隊は城壁からの弓矢を防ぎながら設置予定場所までの板道を作った。
さらに設置予定場所の前や板道の両側に穴掘り機で穴を掘り、太い丸太を立てた。
櫓を多滑車で左右から調節しながら移動させるためだった。
押すより引く方が動かしやすい。
多数の兵士に押させてもいい。
そして弓矢が届かない場所で櫓の組み立てを行った。
櫓は4個の車輪が付いた台座の上に組み立てられた。
高さはおよそ20m。
城壁の高さ15mよりも高い
最上部は兵士10人が鉄砲を撃つ場所だった。
20mの折畳式の梯子が台座から立ち上がり、柱の各部は綱で最上部と結ばれ梯子が撓(たわま)ないようになっていた。
40mの梯子の吊り橋のようだった。
櫓の上の鉄砲隊は鉄砲で城壁の上の敵を掃討する。
敵は鉄砲の弾を通さない丈夫な盾を掲げて防ぐだろう。
その時は地上からの花火迫撃砲で城壁の敵を吹き飛ばせばいい。
城壁の上の敵が居なくなれば梯子を伝って城壁内に兵を送り込めばいい。
攻城機に着いている梯子は吊り橋方式だ。
梯子を城壁に掛ける必要はない。
城壁の上、数メートルにまで伸ばして飛び降りたり綱を使って降りたりすればいい。
敵は梯子に届かないのだから梯子をどかすことはできない。
とにかく鉄砲や短銃を持った兵が城壁の上に降りることができれば制圧は容易だ。
信貴軍はそのように考えていた。
実際には、そうならなかった。
邪馬大国軍は多数の投石機を城壁の内側や城壁の上に集めた。
税金操作で城壁近くに家屋を建てさせなかったのはこのためだったかもしれなかった。
30台ほどの色々な形の投石機だった。
城壁上の投石機は少し小型で石を遠くに飛ばす形をしており、城壁内側の投石機は大型で上方に打ち上げ、大きな弧を描いて上から攻撃する目的の投石機だった。
信貴軍からはそれらの投石機は見えなかった。
信貴軍は朝から作業を始め、昼前には攻城機は完成されていた。
攻城機作成中、邪馬大国からの攻撃はなかった。
信貴軍から500m以上離れた場所には邪馬台国軍の騎兵が集結していたが攻撃はなかった。
信貴軍としてはそれらの騎兵を追っても騎兵は逃げるだろうし、兵力が分散される愚を犯すことになるので放っておいた。
敵騎兵が近づけば鉄砲隊が対応すれば十分だった。
櫓が完成し、板道の上を多滑車で引かれて所定の位置に到達し、倒れないように地面に固定されると城壁内から多数の石が攻城機に飛んできた。
櫓に当たる石もあった。
邪馬大国軍は櫓の設置位置が分かっていたので最初から着弾位置を調節することができた。
櫓の最上部にいた兵士は城壁の上に多数の投石機が並んでいるのを見たが、直後に大石の真上からの直撃を受け床板と共に落下した。
投石は間断なく続けられ攻城機は破壊された。
車輪が破壊されて攻城機は動かすことができなくなった。
櫓最上部の床板も粉砕され、二連梯子もへし折られた。
信貴鳶高は攻城機が破壊されて行くのを呆気(あっけ)に取られて見ていた。
確かに高い城壁が市民を守っている城塞都市なのだから敵の攻城機に対抗できる兵器を持っているのは当然だった。
訓練もしていただろう。
一度も使わず破壊された攻城機を見て信貴鳶高はそう思った。
花火迫撃砲で城壁上の投石機や城壁内部の投石機を破壊することはできるかもしれなかった。
だが目標の投石機の位置が分からないのだ。
花火迫撃砲の効果も分からないのだ。
あたら花火迫撃砲を使って敵に花火迫撃砲の威力を知らせる必要はない。
そんなことをすれば敵は必ず花火迫撃砲に対する防御を考えるはずだ。
単純な構造だから同じ物を作るかもしれない。
信貴鳶高は花火迫撃砲での攻撃はしなかった。
鳶高が次に命じたのは城壁扉の火薬による破壊だった。
扉は分厚そうな扉で、破壊は難しいと思ったのだが扉の下に穴を掘って爆発させれば破壊できるかもしれないと思ったのだ。
工兵は上からの投石や弓矢を防ぐための屋根型の覆いを作って近づいたのだが、門の上から投げ落とされた物は火炎壺だった。
多数の火炎壺が投げられ、門の前は瞬時に火炎の池ができ、工兵は焼け死に、爆破用の火薬壺は虚しく爆発した。
城門の扉は損傷をほとんど受けなかった。
信貴鳶高は城門前の火炎と爆発を無表情で見つめていた。
火薬での攻撃が失敗するだろうことは分かっていた。
それゆえ攻城機を作ったのだ。
だが攻城機は使う前に壊されてしまった。
それに遠くに見える邪馬大国軍の騎馬隊も気になる。
後ろに回り込まれて輜重隊を襲われたら厄介この上ない。
だいたい、この城塞都市は大きすぎる。
直径が10㎞あり、周囲は30㎞に及ぶ。
3500の兵で囲むことなどできない。
だから一ヶ所に集中して攻撃をかけたのだ。
門は5つもある。
敵騎馬隊はいつでも門から出撃でき、一ヶ所を集中攻撃してから城塞都市に戻ることができる。
周辺を知っている敵軍は夜間攻撃もできるだろう。
夜襲には鉄砲はあまり役に立たない。
むしろ短弓の方が有利かもしれない。
信貴鳶高は悔しさを滲ませながら兵を引かせ、辻堂町の方に引き返して行った。
信貴軍が居なくなると城門は直ちに開いた。
マリアは娘達と門外に出、信貴軍が残していった攻城機の残骸を眺めた。
城門前の火炎瓶の壺の欠片(かけら)と焼け焦げた信貴軍兵士の死体も見た。
そんな時、100人程の兵士を伴った火巫女が6人の男に担がれた輿(こし)に乗って現れた。
マリア達は兵士によって後ろに下げられたが火巫女はマリアの方に近づき、輿を地面に置かせ、担ぎ手と兵士を会話が聞こえなくなるまで遠くに下げさせた。
火巫女の近くには近習3人が立っているだけになった。
火巫女が言った。
「・・・信貴鳶高は退却したようだな。お前の望む通りになったかな。」
「そのようでございます。」
マリアは立ったまま答えた。
「なかなか良くできた攻城機だが少し脆(もろ)かったようだね。・・・信貴鳶高は今後どのようにすると思うかな。」
「分かりません。」
「・・・マリシナ軍に傭兵を頼むことはないのかね。」
「あるかもしれませんが、私は受けないと思います。大義がありませんから。・・・邪馬大国が長岡国に命じて豪雷国を攻めさせたのは邪馬大国に非があります。信貴軍が邪馬大国を討つのは当然です。でも信貴国は長岡国を属国にし、大原国も蓬莱国も朱雀国も属国にしました。邪馬台国の属国8カ国のうち4カ国を属国にしたのです。豪雷国が攻められた事に対する報復としては十分なものです。さらに邪馬大国軍騎馬隊10000は壊滅しました。槍弓騎馬隊5000も壊滅しました。邪馬大国は落とし前を支払ったと思います。」
「・・・マリシナ軍ならこの街を落とすことができるのかえ。」
「兵1300でできると思います。」
「・・・どうすればできるのかい。」
「軍事機密ですからお話できません。・・・信貴城を落とした時、マリシナ軍は天守閣を最上階から攻撃しました。信貴城天守閣の高さはこの城壁以上ございました。ご推察下さいませ。この城塞都市への外からの侵入は容易です。特に夜間は容易です。」
「・・・マリシナ軍に攻められたくはないの。」
「だれしも攻撃されるのは嫌だと思います。」
「・・・信貴鳶高は火薬を使うのに長(た)けておるようじゃな。マリシナ軍も火薬を使うのか。」
「使います。信貴鳶高殿様は囚(とら)われていた間に我らの鉄砲と爆裂弾を使った戦いを見て自国で鉄砲を作らせるようにしました。邪馬大国騎馬隊10000を壊滅させた信貴軍の鉄砲隊はその成果でございます。」
「・・・マリシナ軍はそんな信貴軍よりも強いのだな。」
「傭兵はそうでなければならないと思います。常に敵よりも強い矛と強い盾を持たねばなりません。」
「何とも面倒な世の中になったようだね。落ち着いて眠れない。」
「これまでは戦国の時代でした。マリシナ国がある湖周辺の国々は2000程度の軍隊しか持っておりませんでした。小国が乱立していたのです。そんな状況は時が経てば変わるものです。少し強い国は生き残って大国になり、弱い国は滅ぶか属国になります。有数の列強が覇を唱える状態になります。信貴国も邪馬大国もそんな列強の一つだと思います。さらに時が過ぎれば列強同士は戦い、やがてこの島は一つの国家になると思います。それはこの地に住み、同じ言葉を話す住民にとっては争いのない世界になることだと思います。尤(もっと)も幸せな時代になるのかどうかは為政者しだいですが。」
「・・・信貴鳶高は良い為政者になるかの。」
「今はそうかもしれません。でも人間は変わるものですから。」
「もう少し様子を見ようかね。」
「・・・火巫女様、少しお願いがあります。申してもよろしいでしょうか。」
「・・・分からん。・・・言ってみよ。」
「この都は山脇国、早乙女国、前田国、大杉国への道が通じております。それらの国々と都を結ぶ駅馬車を走らせたいと思います。6頭立ての高速駅馬車です。駈歩で走りますから途中に馬替えの中継基地が必要です。邪馬大国内にマリシナ兵士が駐屯する基地ができることになります。宜しいでしょうか。」
「・・・ひっひっひっ、さすがに辻堂への駅馬車はないようだね。」
「まだ時期尚早(じきしょうそう)だと思いました。」
「・・・辻堂町から向こうは駅馬車が走っているのだったね。」
「左様にございます。」
「・・・辻堂への駅馬車が通るようなことになれば広範囲に亘(わた)ってマリシナ軍の基地ができることになるのだね。」
「左様にございます。」
「戦国時代の終わりかのう。生きている間に見たいものだね。」
「いかがでしょうか。」
「いいだろう。属国への結びつきが強くなっていいかもしれない。」
「ありがとうございます。」
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