第89話 89、人力車の客達 

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 マリア陸送の住人は間口税を払い正式に邪馬大国の城塞都市の住人となった。

何人の娘達がそこに住もうと問題にはならない。

間口税は一見高そうに見えるが建物に住んでいる住民数で割ればそれほど高い税金とは言えない。

 マリア陸送は人力車を走らせるようになった。

運賃は駕籠の半額、2輪馬車の3分の2だった。

速さは駕籠よりも早く、2輪馬車と同程度だった。

2輪馬車と異なり、夜も走った。

駕籠と違って安全性が高かった。

雨の日や寒い日には2輪馬車が好まれ、夜間の短距離移動には人力車が好まれた。

 「よう、勇ましい格好のねえちゃん、福久までやってくれんか。」

金丸一家のしまうちの繁華街の夜半、客待ちをしていた車娘に酔客が声をかけた。

「いらっしゃいませ、いいですよ。福久までは3㎞。曲がりを入れれば一里になります。運賃(はこびちん)は1㎞50文(1250円)で4㎞の200文(5千円)になりますが宜しいですか。」

「今日は景気がいいからな。いいからやってくれ。」

 「人力車切符をお持ちですか。4枚いただきます。お持ちでないなら現金を前金でいただきます。」

「えーっ、前払いなのかよ。」

「公共移送機関は前払いでございます。不特定のお客様をお乗せするのですからそうなります。目的地に到着したときにはお客様は眠っているかもしれません。お起こしして運賃を請求するのは眠いお客さんにはご迷惑をおかけすることになるやもしれません。不払いが生じるかもしれません。ご理解を。」

「わーたよ。さっき貰った切符で払わあ。」

 明るい繁華街を出て暗闇の街を走る車娘に不安になった酔客が声をかけた。

「姉ちゃん、こんな暗い中そんなに早く走っても大丈夫なのか。」

「大丈夫ですよ、お客さん。道は分かっています。目をつぶってでも走れます。小さい提灯ですが慣れればけっこう遠くまで見えるようになります。」

「そうかい。」

「それにこの街は番屋の辻行燈が所々にありますからね。楽な道です。」

「そうかい。」

「楽しいほうの爽快ではないですがね。」

「ちがいねえ。」

 しばらく会話が途絶え、車輪の音と車娘の高下駄(たかげた)の「かっかっかっ」という音が聞こえた。

「お客さん、起きてますか。」

「眠くなったがまだ起きてる。」

「すぐ先の辻行燈が福久の番屋の前です。どこに行ったらいいんでしょう。」

「早いな。番屋を通り過ぎて100m行った正月屋の前で止めてくれ。俺の家だ。」

 「了解。憶えておきます。次には『俺の家まで』って言えばいいですよ。もちろん私の人力車の時ですがね。」

「ほんとかいな。」

「お客さんの顔と家は憶えました。わたしら職業柄、記憶力はいいんです。」

「次に試してみよう。名前は何て言うんだい。」

「菊野って言います。」

「菊が咲いてる野原(のっぱら)だな。憶えておくわ。できればな。」

 そんな客だけではない。

色々な客がいる。

そして客でない者もいる。

 「娘、柳橋に行ってくれ。」

「いらっしゃいませ、お侍さん。柳橋までは5㎞。曲がりを入れれば6㎞になります。運賃(はこびちん)は1㎞50文(1250円)で6㎞の300文(7500円)になりますが宜しいですか。」

「それでいい。」

「人力車切符をお持ちですか。6枚いただきます。お持ちでないなら現金を前金でいただきます。」

「うむ。現金で払う。300文だな。」

 柳橋町は山脇、早乙女、前田、大杉国に通じる道が集まる広場を通り過ぎて大杉国に行く道を少し行った場所だった。

辺りは辻行燈(つじあんどん)もなく暗闇だ。

座席の侍は静かに刀を抜いて言った。

 「止まれ。お前の背中には刀が突きつけられておる。動けば串刺しだ。」

車娘は車を止め、前を向いたまま言った。

「お客さんから強盗に変わられたのですね。何用ですか。」

「恐ろしくはないのか。有り金を出せば殺さない。殺しても金は取れるのだぞ。」

「有り金はさっきお侍さんから貰った運び賃とおつり用の小銭だけですよ。最近は切符で支払うお客さんが多いんでさ。それでも強盗を続けますか。」

「今さら止めるわけにはいかんからな。」

 「お侍さん、わたしら車娘はいつも背中を見せて仕事をしております。だから後ろの防御は完璧なんです。わたしが着ている襟の高い道中合羽は刀も槍も通りません。朱塗の三度笠は鉄板で裏打ちしてあります。よほどの腕がないと兜割はできません。それと人力車には特別の仕掛けがしてあるんです。こうなります。」

車娘はそう言って引き手に着いていた小さなピンを抜いて前に飛び出した。

梶棒と支木が離れ、人力車は前に傾き、侍は座席から前のめりに転げ落ちた。

 車娘が言った。

「この人力車は支木が外れ、いつでも前に逃げることができるようになっています。・・・強盗のお侍さん、刀で勝負しますか。お侍さんが最初から殺そうとしなかったので勝負を提案しております。そうでなければとっくに殺していたはずです。」

「むむっ。お前達が強いことは知っている。後(うしろ)を取れば勝てると思ったがだめだったか。どうする気だ。」

 「お侍さんしだいです。勝負をして殺し合いをするか、番屋に強盗しましたって自首するか、早いわたしが追いかけないことを祈って逃げるかです。」

「むむっ、・・・さらばだ。」

そう言って侍は納刀もせず広場の方に向かって駆け出し、闇に消えた。

車娘は少し微笑んで支木を梶棒に繋ぎ、元の道を引き返した。

 そんなある日、信貴軍4000が辻堂町からの街道から邪馬大国に攻め入った。

鉄砲隊3000と竜騎兵500は同じだったが500人の工兵が加わっていた。

輜重隊には角材や車輪や綱や網が載っている多数の荷車があった。

攻城装置ができたらしい。

 町を囲む城壁の扉は閉じられ、城壁の上には多数の兵士が現れた。

城壁の上には馬に乗っている者もいた。

指揮官か伝令兵かもしれなかった。

そして多数の騎馬兵が城壁の外に出て行った。

遊撃軍なのかもしれなかった。

マリア達一般住民は信貴軍が攻めてきたことを知らなかった。

城壁の扉が閉められ城壁に兵士達が現れたことから戦いが始まろうとしていることを知った。

 マリア達は微妙な立場になった。

信貴軍が城塞都市を攻撃し、マリア陸送に危険が迫れば信貴軍を攻撃しなくてはならない。

信貴鳶高はマリア達が城塞都市にいることを知らないだろう。

そしてマリシナ軍が信貴軍を攻撃し始めたら驚くであろう。

 そんな状況下、マリア陸送に近習の大榎左馬之助が来てマリアに言った。

「火巫女様が聞きたいことがあるそうだ。いっしょに来てくれんか。」

「その言い方は命令でしたね、ご一緒しましょう。」

マリアは娘二人を連れて城に行った。

城の警備は以前と変わっていなかった。

信貴軍の侵攻に城塞都市は安全だと思っているらしい。

以前と同じ建物の前でマリア達は火巫女に会った。

 「良く来てくれたね。少し聞きたいことがあったので来てもらった。」

火巫女はマリアの顔を見ながら言った。

「どのような事でしょうか。」

「・・・信貴軍が攻めて来た。知っておるか。」

「辻堂町方向の城壁の上に多数の兵士が現れましたので推察しておりました。」

「・・・以前は攻めて来たが帰った。再び来たということはどのように推察できるかな。」

 「以前引き返した理由が無くなったのだと思いました。」

「・・・以前引き返した理由は何だと思うのかい。」

「この城塞都市を攻撃する手段がなかったことだと思います。信貴軍の主力は鉄砲隊と鉄砲を持つ竜騎兵です。それらでは城塞都市を攻撃することはできません。内部に入ることができないからです。」

「攻城兵器が準備できたと言うことだね。」

「そう推測しました。」

 「・・・どんな攻城兵器かのう。」

「分かりません。」

「・・・お前ならどんな攻城兵器を考えるのかえ。」

「要は兵士が城壁の中に入ればいいわけです。最低段階の兵器は梯子(はしご)です。・・・これはまあ失敗するでしょうね。上から石でも落とされたら全滅です。次の兵器は櫓(やぐら)です。20mの移動式櫓を立てて上から鉄砲を撃ちながら梯子を掛ければ石塀の中に兵を送り込むことができます。鉄砲があるから周囲を制圧でき、門を開くことができます。3番目の兵器は爆弾です。弓矢を防ぎながら門に辿(たど)り着き、扉の下に穴を掘って火薬を埋め、爆発させれば扉は壊れます。4番目の兵器は大砲です。大型の鉄砲で門を吹き飛ばすことができ城壁を壊すことができます。これは遠くから攻撃できますから安全です。その次の兵器は熱気球です。綱で繋いだ大きな天灯を作れば兵士と爆弾を積むことができます。空からの攻撃ですから弓矢は届かず安全です。町家の放火もできます。風上の数軒に放火すれば大火事になります。」

 「奇抜な兵器を考えるものだね。」

「マリシナ国は傭兵の国ですから強力な兵器を常に考えております。」

「・・・どんな兵器を使うかのう。」

「先ほど言ったように分かりません。輜重隊がどんな物を載せているかを見たらどうですか。」

「騎馬隊が遠眼鏡(とうめがね)で見た。角材と車輪を積んでいるようだ。」

「それなら櫓を作るみたいですね。」

 「やはりそうかのう。・・・それでお前達はどういう立場だ。信貴鳶高とは知り合いで戦争見物も許されている。一方、お前達は都に住み人力車業を営んでおる。人気もあるようだな。お前達が仕事をしていなかったら、そして税金を払っていなかったら密偵と見なされても当然の立場だった。」

 「少し悩んでおります。信貴鳶高とは知り合いで信貴軍はわたしらを攻撃しません。わたしはマリシナ国のある湖の周りの全ての国々で人力車業と湖を廻る廻船業を営んでおります。信貴国及びその属国でも人力車業をしており、最近では国の間を行き来する駅馬車業も立ち上げております。今回、邪馬大国でも人力車業を始めたわけです。・・・マリシナ国は攻撃されたら反撃します。もし信貴軍が城塞内に侵入し街中で戦いが始まりマリア陸送に害を及ばすようになれば反撃しなければなりません。それで悩んでおります。」

「・・・要するに戦争見物はしたいが自分たちが攻められたら反撃するということだな。」

「そうならないことを祈ってます。」

「・・・お前の心は見えないが信用しよう。帰ってよい。」

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