第88話 88、火巫女様の質問 

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 マリアは間口税50両を稼ぐため車娘の娘達に夜のお勤めを命じた。

早乙女国、前田国、大杉国、そして山脇国へ至る街道にある繁華街の賭場に20人の娘達を送り込んだ。

5人が組となって各賭場に入った。

マリアといっしょに股旅をしていた5人の娘が同伴し、娘達に博打を指導した。

 「いい、音を拾い上げてよく聞くのよ。サイコロの音は目によって音が違うの。サイコロの音が分かるようになれば壺の中の目を当てることができるのよ。」

「はい、アザミ姉さん。」

「いい、よく聞いて。・・・今のは3と1の音よ。・・・だからサンミチの丁よ。でも自分で分かるようになるまでは二人で丁と半に掛けなさい。損しないようにね。」

賽の目はサンミチの丁だった。

 「さあ、次よ。よく聞いてね。転がって止まる。ほらさっきの音とは違うでしょ。だから1でも3でもないの。おそらく5と6のゴロクの半よ。・・・いい、サイコロの音はサイコロによって違うの。賭場によって使っているサイコロも違う。それに敷物も違うでしょ。だからどの賭場に行っても最初は一生懸命音を聞かなければならないの。でもそのうち慣れるから賽の目は早く読めるようになるわ。」

「はい、アザミ姉さん。」

結果はゴロクの半だった。

 「いい、音に頼ってもだめな場合もあるの。ここの壺振りさんの腕は分からないけど、腕のいい壺振りさんは自分の思う目を出すことができるの。そのうえサイコロを積み上げることもできるわ。壺をゆっくり動かして自分の思う目で止めることもできるの。そんな壺振りさんの耳は私たちと同じよ。それに張られたコマを見て壺を開けるときにサイコロを転がすこともできるの。だから賭けるコマは常に手持ちコマの半分にしなさい。負けてもいいようにね。」

「はい、アザミ姉さん。」

 「次が始まるわ、よく聞いてね。・・・小夜、分かった。」

「はい、1も3も5も6もどの音も入っておりませんでした。」

「正解よ。4と2のシニの丁よ。」

結果はシニの丁だった。

 目の前で小声で話される娘達の話を聞いて壺振りは青くなった。

その壺振りは金丸一家の壺振りのように自在に目を出すことができなかったからだった。

自在に目を出すことができなければ金丸一家のように「さくら」客を使うこともできない。

今日は大損すると壺振りは思った。

 娘達は2両を稼ぐまで博打を続けた。

一人2両、一つの賭場当たり6人で12両になる。

その程度の金額なら胴元としても想定範囲内だ。

4ヶ所の賭場24人で48両。

マリアは娘達が帰ってくると半額の24両を徴収した。

 博打の教育が終わった娘達は翌日からは二人組で別の賭場に行って金を稼いで来た。

マリアは娘達に言った。

「いい、大勝ちしてはいけません。マリア陸送にとって賭場は人力車を利用するお客様がいる場所です。これからも長い付き合いになるかもしれません。出入り禁止になってはいけません。1人2両を上限としなさい。」

車娘の娘達は自分の番が来るのを楽しみに待った。

10日経ってマリアは税金分の50両を貯めることができ、間口税を支払うため娘二人を伴ってお城の烏門に行った。

 烏門(からすもん)は都を取り巻く石壁にある門のような巨大な門だった。

門衛はいなかった。

マリア達が中に入るとそこは城壁で囲まれている大きな広場になっており、広場の向こうには城壁と門があった。

敵が烏門からなだれ込んだら城壁で囲まれた形になるような構造だった。

 烏門から奥の門までの道の途中に建物があり、そこが税金の納付場所だった。

その建物から烏門までは距離があるので何らかのトラブルがあっても賊が烏門に達するまでに門を閉めてしまえばいい。

 烏門の扉というのは吊り下げ式で、太い木組格子が門の天井の石の隙間に吊り下げられていた。

扉が地面に当たる位置には深い溝が石の溝が掘られていたので格子扉はその溝に嵌まり込むようになっている。

通常の人力では格子扉は持ち上げられないだろう。

「なかなかうまくできているわね。」

マリアは面白そうに烏門の吊り下げ格子扉を見て言った。

 税金の納付場所は空(す)いていた。

通常の納付時期からはずれていたからだ。

「税金を納めに参りました。どのようにすれば宜しいのでしょうか。」

マリアは入り口の近くに腰掛けていた男に言った。

 「新規納入者だな。番号の順に進んでいけばいい。1番で建物の住所を言えばいい。住所が分からなければ地図で示してもいい。一軒一軒の間口が書かれた詳細な地図だ。そこで間口税が決まる。年間の税金がそこで決まるから書き付けを持って2番に行く。2番では支払い額が決まるから書き付けを持って3番に行って金を支払う。金と交換に鑑札をもらう。それで終わりだ。」

「了解。簡単ですね。」

「金を貰うのだからな。なるべく容易にできるようにしている。」

「ごもっともで。」

 マリアは50両を支払い鑑札を貰って外に出た。

外には馬に乗った武士が3人の兵士を連れてマリアを待っており、マリア達を見ると馬上から言った。

「マリア陸送の者か。」

「左様で。どなた様でしょう。」とマリア。

「近習の大榎左馬之助だ。聞きたいことがある。いっしょに来てくれんか。」

 「難しい言い方ですね。命令しているのでしょうか頼んでいるのでしょうか。」

「両方だ。頼みの形式を取ってはいるが大方様(おかたさま)の頼みは命令と同じだ。」

「大方様とはどなたでしょうか。」

「邪馬大国主の火巫女様だ。」

「行きましょう。」

 マリアと娘二人は騎馬の後を歩き、兵士二人はその後に続いた。

マリア達は広場の向こうの門を通り抜け、庭園を突っ切り、瀟洒(しょうしゃ)な造りの家の前の石畳に安楽椅子を出して座っている老婆の前に連れて行かれた。

 「お方様、マリア陸送の者を連れて参りました。」

大榎左馬之助が馬から下り、片膝を付いて老婆に言った。

「ごくろうだったね。そこにいなさい。」

「はっ。」

老婆はマリアの方を向いて言った。

 「税金を納めに来たマリア陸送の者だね。」

「マリア陸送のマリアと申します。貴方様はどなたでしょうか。」

「・・・質問は久しぶりだね。私は火巫女と言って邪馬大国を創った者だ。」

「邪馬大国主の火巫女様はマリア陸送の者に何を聞きたいのでしょうか。」

「・・・物おじせぬ者だな。お前はマリア陸送の長(おさ)なのか。」

「左様にございます。マリア陸送を創った者です。」

 「・・・不思議な者達だね。心が読めない。・・・先の戦(いくさ)で股旅姿の11人の娘達が騎馬隊の包囲を破ったと聞いた。お前達がこの街に来た時は股旅姿だったとも聞いた。騎馬隊を破ったのはお前達かい。」

「左様にございます。身の危険を感じ包囲を突破しました。」

「素直だね。あっという間に100人ほどの騎馬兵が倒されたそうだ。どんな武器を使ったんだね。」

「連発短銃を使いました。火薬で鉛玉を飛ばす武器でございます。」

 「・・・どれほどの威力があるのかね。」

「馬の首を貫き、乗っている騎馬兵も貫きます。馬の胴を通過させることはできません。」

「信貴軍もそれを持っているのかい。」

「持ってはおりませんが、竜騎兵は近いものを持っております。でも信貴軍の鉄砲隊の長銃は連発短銃よりも強い威力を持っております。」

「それが騎馬隊1万を倒したんだね。」

「左様にございます。邪馬大国の騎馬隊は勇敢でした。周りが倒されても倒されても突撃を続け最後は白兵戦になりました。」

 「・・・お前はそれを見ていたのかい。」

「遠くの丘の上から見物させていただきました。」

「・・・何の目的で戦見物をしたのだい。」

「興味半分、実利半分でした。」

「面白いのう。説明してくりゃれ。」

「興味は鉄砲の登場でこの世が次の段階に入ったことを見るため。実利は傭兵国家としてどの段階まで軍備を引き上げるべきかを検討するためでございます。」

 「・・・人力車業の長の考えではないな。そちは何者じゃ。」

「マリシナ国の国主でございます。マリシナ国は傭兵国家でございます。依頼人の依頼により軍を出します。そのため常に勝つことが必要です。」

「・・・どの国の軍よりも強いのだな。」

「そうあるべきだと考えております。」

「・・・信貴国はそれを知っておるのかえ。」

「知っております。」

 「・・・信貴国の国主は自分の軍よりも強い軍があっても何ともないのかい。」

「お心の内は計りかねますが、信貴鳶高様はマリシナ国が覇を唱(とな)えることはないと信じていると思われます。」

「・・・お前は信貴国の国主を知っておるのかえ。」

「知っております。鳶高様を誘拐し、信貴城を落城させ、金鉱をいただきましたから。」

「・・・誘拐、落城、金鉱とな。・・・どんな者なのだ。」

「未婚の若者でございます。」

 「・・・なぜ信貴国は邪馬大国を攻めるのかな。」

「難しい質問ですね。いろいろな答えがあるからです。信貴鳶高がこの世に居たから。信貴国と邪馬大国がこの位置にあったから。信貴鳶高が若く覇を唱えたい野望を持っていたから。邪馬大国が長岡国に豪雷国を攻めさせたから。・・・それは小さな口実にすぎませんね。・・・邪馬大国が周辺諸国を属国にしたのはなぜでございますか。それも答えの一つになるのかもしれません。」

「歳をとったのかな。愚かな質問をしたようだね。」

 「人間の一生は短うございます。そしてそれがこの世界を発展させます。」

「だれも死なない世の中では発展はないということだね。」

「左様にございます。」

「・・・お前はだれだ。心が読めぬ。・・・人間ではないのか。」

「人間でございます。」

「・・・恐ろしく強い人間のようだな。・・・一人の娘が十数秒で14人のヤクザ者を殺したと聞いた。」

 「・・・。」

「なぜ答えぬ。」

「どのようなご質問でしょうか。分かりませんでした。」

「・・・お前達はそれほど強いのかい。」

「強いと思います。マリシナ国は国民皆兵です。日々戦いの訓練をしております。」

「常に最先端の武器を持ち、国民は日々戦いの訓練をしている兵士かい。マリシナ国とは争いたくないな。」

「そう思っていただければ幸甚です。我らは平和を希求する者です。」

「分かった。どの国もお前の国とは争いたくないのだろうね。帰っても良い。聞きたいことがあれば呼び出す。・・・左馬之助、門まで送っていきなさい。」

「はっ。」

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