第87話 87、14人殺しの宣伝走行 

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 マリアは金丸親分に金を払い、娘達は宿屋に入り駕籠屋と宿屋の掃除を始めた。

マリアは金丸親分に大工と指物師を紹介してもらい、宿屋と駕籠屋を改修し、「マリア陸送」と大書した屋根看板を掛け、夜でも明るい灯籠看板を表に置いた。

店の前には料金表が書かれた掲示板が立てられた。

料金は金丸親分から聞いた駕籠賃の半額だった。

 10日後、マリア陸送は宣伝走行(デモンストレーション)を始めた。

10台の人力車には着飾った娘達が乗り、車娘は赤漆の三度笠に青色の膝下まで届く長い道中合羽、手甲、脚絆、股引を着た高下駄(たかげた)履きの股旅姿だった。

もちろん長脇差を差していた。

人力車の上の娘達は「安い」、「安全」、「早い」と書かれたプラカードを掲げていた。

人力車の後ろには太鼓と鐘が括り付けられた荷車が続き、若衆姿の娘達が白く細い腕を出して調子良く打ち叩いた。

 宣伝走行は最初は辻堂町に続く街道沿いに行われた。

そこでは問題は生じなかった。

金丸親分の縄張りだったのかもしれなかった。

 宣伝走行が広場から山脇国へ至る街道に入り繁華街に来ると一行の前に15人の男達が立ちはだかって言った。

「やい、てめえら。誰に断ってそんな物を引き回して騒いでいるんだ。」

マリアが応えた。

「誰かに断るんですかい。」

「あったりまえだ。」

「だれに断るんですかい。」

「そんなことも分からねえのか。」

「分からねえんで聞いているんでさ。」

 「ここは大鷹一家のしまうちだ。大鷹一家に挨拶が必要なんでえ。」

「大鷹一家ですか。いやですよ。それが不満なら実力で阻止したらいいでしょう。」

「てめえ、大鷹一家に逆らうのか。」

「大鷹一家との戦争が始まりますね。皆殺しになりますよ。」

「戦争だとう。上等だ、受けてやらあ。やれるもんならやってみな。小娘に舐められてたまるか。」

「車娘の娘たち、だれかこの者達を殺しなさい。刀を使ってはいけません。」

「マリア姉さん。私が殺します。」

「アザミか。いいでしょう。やりなさい。」

「はい、姉さん。」

 先頭車両の車娘、アザミは人力車の引き手を下ろし、跨いで前に出ると一気に15人の男達の群れに跳び込んだ。

アザミは地に着くとそのまま進み前にいる男4人の喉に指先をめり込ませて男達の後ろに出た。

アザミは地を蹴り左に身を反転し後ろ向きのままだった4人の男の首筋に手刀をめりこませた。

アザミは前進し、刀を抜こうとしている4人の男の喉に手刀をめり込ませた。

12人が声も出さずに地面に倒れた。

 残りは3人だった。

3人は脇差を抜き、両手で前に及び腰で刀を構えた。

「アザミ、一人は生かしなさい。」

マリアが言った。

「はい、マリア姉さん。・・・あんたら、良かったな。一人は生き残るようだ。」

アザミはそう言って相手の刀に向かって進んだ。

 相手がアザミを切ろうと刀を振りかぶった時、アザミは前に跳び相手の喉に左手先をめり込ませ、相手の左側をすり抜けながら右手手刀を右側の延髄に打ちつけた。

二人を倒した時、ようやく残りの一人はアザミの方を向いた。

それほどアザミの動きは早かったのだ。

 「大鷹一家のお兄さん、あんたは殺さない。マリア姉さんの言いつけだからね。刀を捨てな。逃げようとしても無駄だ。見てわかる通り私は早い。逃げたら足をへし折ってにげられないようにする。足を折っても死なないからね。」

「待ってくれ。降参だ。勘弁してくれ。殺さないでくれ。」

男は刀を捨て土下座した。

 娘達は荷車の太鼓を人力車の座席に乗せ、14人の死体を3台の荷車に積んだ。

マリアは土下座している男に言った。

「立ちな。大鷹一家に案内しな。」

「どっ、どうするんで。」

「14人の仏を弔ってもらうのさ。道端に放っておいたらまずいだろ。ついでに屋台骨の一つでも折ってやろうかな。まだ大鷹親分は殺さないから安心しな。」

「どっ、どうする気だ。」

「案内しないのなら足の膝を折って人力車に載せて案内してもらう。どうする。膝を折ったらもう走れない。」

「お助けください、案内します。」

 まりあ一行は再び宣伝走行を始めた。

太鼓の数は少なくなったが太鼓を打ち、娘達は笑顔で看板を掲げた。

一行の前には項垂(うなだ)れたヤクザ者が歩き、一行の後ろには14人の死体を載せた荷車3台が続いた。

「見た通り、まりあ陸送の車引の車娘は無敵。14人を一人で倒したよーっ。安全第一のマリア陸送の人力車。」

着飾った娘達はそう言って平然と宣伝した。

人間を殺したことを何とも思っていないらしい。

 大鷹一家に着くとマリアは死体の載った荷車を玄関先に着けさせ遺体を土間に並べさせた。

玄関番の手下はいなかった。

「ごめんよ。誰か居るかい。」とマリア。

「へーい。お待ちを。」と奥から三下らしい若者が出て来た。

「あっ、兄貴。どうされました。」

三下が叫んだ。

 「兄貴さんなのか。死んでるよ。親分を呼んで来てくれねえか。マリア一家が殴り込みに来たって伝えてくんな。」

三下は一言も発せず奥に飛んでいった。

暫くすると中年の男3人が脇差を持って出て来た。

三下はその後ろにいた。

マリアが最初に言った。

 「あっしはマリシナのマリアと申します。大鷹の親分さんは真ん中の方ですかい。」

「おれが大鷹の邪鬼だ。これはどうゆうこってえ。」

真ん中の男が言った。

「お身内の方々15人があっしらの通行の邪魔をしましたので殺しました。こちらで葬ってもらおうと運んでまいりやした。」

「てってめえ達が殺したのか。」

「あっしらの一人の娘が素手で14人を殺しやした。子分さんたちは少し弱かったようですね。一人はここに案内してもらうために生かしました。子分さんがどのように死んだのかは生き残った子分さんに聞いてくだせえ。」

 「なっ、何で殺したんだ。」

「戦争になりましたから。死んだ子分さんたちはマリア一家と大鷹一家の戦争を受けました。今は戦争の真っ最中でマリア一家が大鷹一家に殴り込みをかけているところでさあ。大鷹親分を殺せば戦争は終わります。まあ10分もかからず戦争は終わると思いやすよ。お覚悟を。」

「何だと。殴り込みだとう。」

 「さいで。表には仲間30人がおりやす。一人一人が14人を素手で殺すことができる者達でございやす。この家に何人の子分さんが居るか分かりませんが400人の子分さんが居ても皆殺しになります。戦争を続けますか。」

「まっ、待て。落とし前をつける。殴り込みは止めてくれ。」

「分かりやした。あっしらもその方が都合がいいんでさ。今は人力車の宣伝走行の途中でしてね。ここで何百人も殺したらお客さんはあっしらを怖がりますからね。落とし前は後で決めることにしやしょう。子分さん達は愚かでしたが死んでしまったら仏です。ねんごろに弔ってくださいな。」

 マリアはそう言って外に出た。

太鼓を荷車に取り付け、着飾った娘達は人力車に乗り、太鼓や鐘を響かせて宣伝走行を始めた。

大鷹親分と子分達は表に出てそれを呆気(あっけ)に取られて見つめていた。

14人を殺したことなど気にもしていないことが娘達の愛嬌を振りまいている笑顔で分かった。

 14人殺しの噂はすぐに広がった。

通行人や見物人が見ている前で一人の車娘が素手で14人の大鷹一家のヤクザを十数秒で殺してしまい、死人を荷車に載せて大鷹一家に殴り込みをかけたのだ。

後日、大鷹一家は落とし前として千両箱をマリア陸送に渡した。

 そんな噂のためか、早乙女国、前田国、大杉国に通じる道にある繁華街でのマリア陸送の宣伝走行には妨害はなかった。

大鷹一家の子分達がとりわけ弱かったというわけではなかったからだった。

 マリア達は宣伝走行を1ヶ月ほど行った。

マリア陸送の壁には大きな白地図が貼られ、主要街道、その他の通行可能な道、主要な施設と店舗、番屋の位置、分かりやすい目印、町名などが詳細に記入されていった。

 地図の中には大きな空白の場所があった。

丘の上に立つ広大な城だった。

マリシナの兵士は空を飛ぶことができ、城の配置を調べようと思えばできた。

だが、地図は空白のままにされた。

その地図は客が見ることができる地図だったからだ。

 実際に営業を始めようとすると城から役人がマリア陸送に来た。

徴税士だった。

マリアが対応した。

「分かっていると思うが邪馬大国の都の住人は城壁で囲まれ、平穏、安全な生活を営むことができる。その代償として住民は税金を払わなくてはならない。『間口税』というものだ。人は眠る必要があり、そのためには家が必要だ。例外はあるかもしれんが、一般的には大きな家ほど快適な生活を送ることができる。家の大きさが外側から明白に分かるものが間口の大きさだ。邪馬大国は建物が立っている場所と間口の大きさで税を課しておる。」

役人が言った。

 「素晴らしい税法だと感服致しました。単純明快な方法だと思います。外形標準課税方式ですね。以前いた所では事業の儲けに対して税金を掛けたり、物を買った金額に対して税金を取るなんてひどい税金の徴収がございやした。儲けをごまかして税金を全く払わない大きな店もございました。銀行とかいう名の金貸屋でしたね。とにかく金が動けば税金を取ることが当然のようになされておりやした。それに比べたら間口の大きさだけで税金を取るのは真っ当な方法だと思います。」

 「そんなに褒められたのは初めてだな。」

「で、この店の課税額は如何程なのでしょうか。」

「うむ。この店は年間50両(500万円)で、隣の宿屋も50両になる。」

「支払いはここの町で使われている小判で支払ってもよろしいのでしょうか。」

「当然、それでいい。」

「早速、お払い致しましょう。徴収月は何月なのですか。」

 「徴収月は4月だ。だが税金は前払いだ。今は10月だから次の4月まで6ヶ月ある。

従って2軒の税金は50両だ。20日以内に支払え。」

「了解いたしました。あのー、手持ちの小判は西の小判でございます。西の小判25両で支払ってもよろしいんで。それともここの小判に両替してからお納めいたしますか。」

「当然、ここの小判で収めなければならない。」

「分かりやした。両替してからお納めいたします。どこに持っていけば宜しいので。」

 「城の烏門(からすもん)から入れば徴収役所がある。そこで税金を納めれば監察札が貰える。監察札は分かりやすい位置に吊るしておけば税金を納めたことが分かる。まあ、台帳を見れば納めたかどうかはすぐに分かるから飾りみたいものだ。」

「了解いたしました。早速、両替して収めようと思います。」

「うむ。そうしてくれ。褒(ほ)められたのは初めてじゃな。」

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