第86話 86、サクラ客のいる賭場 

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 その晩、マリア達は近くの繁華街の賭場に向かった。

脇差を差した若衆姿だった。

昼間には走っていた2輪馬車は盛り場には見当たらなかった。

馬車は夜は走らないらしい。

代わりに駕籠が走っていた。

マリアは人力車の入り込む余地はあると感じた。

 賭場は歓楽地の宿屋の2階で堂々と開かれていた。

「博打はやらんかねーっ。場所代は取らねえよーっ。胴元との勝負だけだよーっ。儲けるか損するかはサイコロしだいだ。運を信じて賭けてみないかーっ。」

客引きが大声で呼びかけていた。

 「場所代はないって本当ですかい。」

マリアは客引きに言った。

「本当ですぜ。ほかの盛り場とは違うんで。うちの賭場は勝負だけだ。1回賭けて儲けてそのまま帰ったっていいんですぜ。ただし、おもてなしはできねえ。せいぜいお茶くらいだ。」

「そりゃあいいですな。よっぽど壺振りの腕がいいのですね。」

「へへっ、そりゃあそうでしょうな。そうでなくちゃあ、あっしらは食っていけねえですからね。」

「賭け数の少ない方に張った方が儲かるんですね。」

「だれもそう考えるんでさ。」

「もっともだ。」

 賭場は賑わっていた。

マリア達はいつものように最初は様子見した。

客全員が胴元との勝負をしているのだ。

壺が振られ客は丁半にコマ札を賭ける。

壺が開けられ、勝った客はコマを受け取る。

 丁(偶数)に賭けられるコマ札数が多ければ壺振りは(腕が良ければ)半の目を出そうとする。

客はそれを知っているから半に賭けようとする。

丁半同数なら胴元の儲けはない。

この賭場は儲けを目的としているのではなくこの歓楽地に客を集めることを目的としている。

マリアは最初にそう思ったのがどうもこの賭場はもっと阿漕(あこぎ)な儲け方をしているようだった。

客の何人かは「さくら」らしかったのだ。

 「さくら」客は壺振りの僅(わず)かな仕草の合図を受けて壺の中の目を知り、仮に丁だったら丁に賭ける。

本物の客は畢竟(ひっきょう)半に賭けることになり、負ける。

本物の客が「さくら」客の勝ち馬に乗ろうと「さくら」客と同じ目に賭けようとするようになってくれば「さくら」客は本物の客と共にわざと負ける。

「さくら」がいくら負けても胴元の腹は痛まない。

どうころんでも本物の客が儲けることは難しい。

 マリア達はいつものように二人組になって賭けた。

壺の中の目が分かるようになると持ち札の半数を賭けるようにしてコマ札を増やした。

「さくら」客と同じ目に賭けることもあったし違う目に賭けることもあったが常に勝ち続けた。

派手派手しい若衆姿の若い娘達が勝ち続けていると本物の客も娘達の目に賭けようとした。

そうなると「さくら」客は成す術(すべ)がない。

丁半を合わせるためにあえて負けるか片方の目に偏った勝負にするかしかない。

 マリア達はコマ札が増えると小判に換金した。

換金手数料は必要ないし、この先どのような展開になるかが分からない状況では小判に交換しておいた方がいい。

「きゃー、また勝った。サクラ、今日はつきまくっているわね。」

「ほんと、モミジ。こんなことめったにないわね。次は何にする。また丁にする。」

「そろそろ半にした方がいいのじゃないかしら。」

娘達の甲高い声は賭場の外まで聞こえ、新しい客が入ってくる。

そんな客は娘達と一緒に勝ちを続けた。

 「えーお客の皆さん、誠に申し訳ありませんが本日の賭場は閉めさせていただきます。こちらで準備した金が底をつきそうになっております。今夜はあっしらの負けでございます。明晩には十分な金を準備して賭場を開こうと思います。皆様がお持ちのコマ札の倍額をお支払いいたしますので今日のところはそれでご勘弁をお願いいたします。」

賭場の胴元が壺振りの横に出てきて言った。

客も倍額換金ということで納得した。

 マリア達が換金していると胴元が言った。

「胴元の金丸真司と申しやす。今日は完全に負けやした。皆さんはどういう方達なのでしょうか。宜しければお名前をお聞かせいただけやせんか。」

「マリシナのマリアと申しやす。今日は勝たせていただきました。ありがとうございやした。あっしらは今日この街に入ってきたばかりの渡世人の股旅者でやす。」

「ご同業でしたか。どうりでお強いわけだ。どれほどご滞在でしょうか。できればもうここには来ないようにお願いできませんでしょうか。」

 「ふふふっ。出入り禁止ですね。いいですよ。明日からは別の賭場に行きやしょう。あっしらも別に博打で生きようとは思っておりません。広場の茶店のご主人が申しておりましたが、博打は儲けはするが財を成すものではないそうです。」

「財を成すためにこの街に来られたのですか。」

「副業で商売をしておりやす。この街にも支店を置けたらいいかなと思いやした。」

「どんなご商売をしておられるのですか。」

「マリア陸送って店を持っておりやす。人力車と駅馬車業で。この街を見ると人の移動には昼は2輪馬車で夜は駕籠のように見えました。それで人力車も入り込める余地があるかなって思ったんで。」

 「人力車っていうのは馬車馬の代わりに人が走るんですね。駅馬車ってのはどんな物なのですかい。」

「6頭立ての馬車です。国と国との間を走ります。駈歩で走りますから例えばこの都と辻堂町なら半日で行き来できやす。客は4人で御者と護衛が乗っておりやす。駈歩ですから馬替えのためにいくつか中継基地が必要です。」

「国と国を結ぶ馬車ですか。どんな国を結んでいるのですか。」

「今のところ信貴、豪雷、長岡、大原、蓬莱、朱雀を結んでおりやす。」

「手広く商売なさっておられるのですね。」

 「遠距離輸送が駅馬車の目的ですから。・・・親分さん、この辺りに大きな空き家はありませんか。人力車10台を置くことができる倉庫付きの売家です。」

「・・・ちょうどいいのがあります。籠屋だった家です。実はあっしが経営していたんですがね。駕籠舁(かごか)きがみんな他の店に取られてしまったんで店を畳もうとしていたんでさ。この都では建物には高い間口税がかかりやすんで。間口が広い籠屋なんて税金食い虫ですわ。」

「駕籠舁きの待遇が不満だったのかもしれませんね。さくらの客を使ってぼろ儲けをしていた親分ですからね。」

「分かってしまいましたか。すいやせん。儲けを増やそうと考えたんで。」

 「使用人は大切にしなければなりません。・・・その家は綺麗なんですか。若い娘達が住まなければならない店ですからね。」

「あまり綺麗とは言えませんが、その隣は宿屋になっておりやす。その宿屋もあっしのもんなんです。宿の方はそこそこ綺麗で部屋数が20もあります。駕籠屋がなくなって客が少なくなってしまい、売ろうと思っていたんでさ。なんせ間口税金が高いですからね。」

「明日にでも見させてもらいやしょうか。どこに尋ねたらよろしいんで。」

「この賭場の隣があっしの金丸一家でさあ。」

「了解。条件が合えば買いましょう。見せ金の足しにはなると思いますよ、金丸親分。」

「お待ちしております。」

 翌日マリア達は同じ若衆姿で金丸一家に行った。

金丸親分は相好(そうごう)を崩してマリア達を出迎え空き家に案内した。

籠屋だった空き家は繁華街の端にあり立地条件は満足する物件だった。

少し手入れが必要そうに見えたが問題はなさそうだった。

その横の宿屋も間口が広く奥行きもあり、大きな裏庭があった。

宿屋はまだ営業中だったが客の数は下足の数から多くないことが分かった。

 「金丸親分、なかなか良さそうな物件ですね。少し気になっていることがあるんですがね。昨晩言っていた間口税ってのはそんなに高いのですか。」

「すぐに分かりますけどね。この国の間口税は高いんでさあ。間口の広さに比例して税金を取られ、場所によって税金が違うんでさあ。道が交わる広場なんてとても払える額じゃあありやせん。それでだれも広場近くには店は出せねえんで。広場から離れるほど税金は安くなっていきやす。ところがこんどは逆に壁に近づくと道沿いの間口税は高くなっていきます。だから一番安い場所に繁華街ができるんでさ。どの道も同じです。こりゃあ役人の陰謀だってことは分かってはいるんですがね、逆らえませんや。なんでも税金で街を計画通りにしているそうです。」

「なかなかうまいやりかたですね。」

「火巫女様のお考えでさあ。」

 マリアは結局500両で空き家と宿屋を買った。

正確に言えば半両小判1000枚相当で買った。

マリアにとっては安い買い物だったし、金丸親分にとっては高く売れた物件だった。

「金丸親分、これから人力車と車娘と金を運んで参りやす。10日ほどかかると思いやす。それまでに宿屋を空にしておいていただけますか。」

「もちろんでさあ。手付金をいただけるんで。」

「ふふっ、昨晩儲けた20両でどうですか。」

「十分でさあ。」

 マリアは城塞都市を出て辻堂町に向かった。

城塞都市の門は開いており、都市を出る者に対しての詮議はなかった。

マリアは中之島に戻り人力車10台と車娘20人を連れて邪馬大国に向かった。

人力車の座席には千両箱2個が載っていた。

途中の辻堂町に信貴軍はいなかった。

駐屯地に集結して攻城兵器でも作っているのかもしれなかった。

 邪馬大国の城塞都市の門では誰何された。

「何者だ。ここに来た目的は何だ。」

「マリシナ国のマリアと申します。目的はこの街で人力車業を開くためでございます。すでに建物は街中に確保してございます。この先の金丸親分の籠屋屋の建物でございます。連れの者は人力車の車娘でございます。」

「人力車とはそれだな。馬の代わりに人が引くのだな。」

「左様にございます。」

 「座席に積んでいるのは千両箱ではないのか。」

「左様にございます。」

「なぜ覆(おお)いをしていないのだ。偽物なのか。」

「本物でございます。家屋の購入ですぐに無くなってしまう金でございます。それと有名な間口税を支払うためのお金でもあります。もう一つの理由は新しい店には十分な資金があるということを皆様に知らせるための見せ金でもあります。」

「ふーん。商売とは難しいものだな。」

「新規事業の立ち上げでございますから信用が第一でございます。」

 「ふーん。人力車の料金はどれくらいだ。」

「当面は駕籠の半額にするつもりです。」

「安いな。」

「2輪馬車は強敵でございます。そんな中で生き残らなければなりません。多少の無理はしなければなりません。」

「互いに安値合戦をしてくれることはいいことだ。通ってよい。」

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