第80話 80、賭場荒らしの町 

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 「無傷のお侍さん、あっしらが儲(もう)けた小判が4枚で良かったですね。5枚儲けていたら貴方(あなた)様もメクラになるところでした。」

マリアは残った侍に言った。

「貴様、何をしたんだ。」

「黙って賭場から退出してもらうための心付けで小判を差し上げただけですよ。たまたま投げたお金が目にあたってしまいました。治療費で消えるかもしれませんがね。・・・貴方も心付けの小判が欲しいですか。私が持っている小判は西の小判ですからちょっと大きいですよ。これなら確実にメクラになれます。」

そう言ってマリアは道中財布を取り出し、小判を人差し指と中指に挟み、顔の前に立てた。

 「待て、参った。降参だ。飛び道具には勝てない。」

侍は右手の刀を目の前に上げて言った。

「降参するにはまず刀を捨てなさい。」

「分かった、捨てる。許してくれ。」

侍は刀を捨て、その場に平伏した。

マリアは侍達に対峙していた若い衆に言った。

 「お兄さん方、賭場荒らしを外に出していただけませんか。血がこぼれないように顔を手拭いで覆(おお)ってね。小判は抜いてはいけません。血が出ます。5人の刀は危険だから貰ってもいいですが財布を貰ってはいけません。強盗になりますからね。荷車に乗せて無傷で残ったお侍さんに医者の所に連れて行ってもらってください。お侍さんは仲間を見捨てて逃げ出すかもしれません。でも後はどうなってもお侍さんの責任です。」

「へい、分かりやした。ありがとうございます。」

マリアの命令調な言い方に若い衆達は親分の許(ゆる)しを得ずに応え、動いた。

 若い衆が侍達を外に出すと胴元の男が客に言った。

「お客様がた、お騒がせして申し訳ありませんでした。新しい盆茣蓙(ぼんござ)を敷替えますので暫(しば)しお待ちください。どうぞ寿司や湯茶をお飲みになりご休憩ください。」

客達は部屋の隅や帳場に集まって食べ物を摘(つま)んだ。

マリアたちは注目の的だった。

 「皆さん方はお強いんですね。」

客の一人が(代表して)娘の一人に言った。

「私たち、いつも石を投げて練習しているの。でも小判を投げたのは初めてだわ。せっかく儲けた小判なのに勿体(もったい)なかったわ。」

 「脇差を持っているってことは娘さんの渡世人さんですか。」

「そうよ。博打の腕を磨いているの。脇差は歓楽街を歩く時の虫除けなの。蚊取り線香の脇差がないと蚊が、・・・おっと虫偏に文の『虫文』(か)はメスだったわね。オスの虫偏に武の『虫武』(か)がブブブってしつこく近づいて来るのよ。」

 それを聞いていたのか、胴元の男はマリアのところに来て言った。

「あっしはここで胴を取っている岩見助六と申しやす。どうもご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。」

「どういたしまして。賭場の客同士のいざこざです。」

「皆さんは渡世人だと思いやすが、どこのお身内でしょうか。」

「マリシナ国のマリアと申しやす。」

 「マリシナ国ってのはどの辺(あたり)でしょうか。ここは街道が交わるところで色々な国の方が通りますがマリシナ国ってのは聞いたことがございません。」

「西の国です。西に進むと大原国があり、その次が長岡国、その次が豪雷国、豪雷の向こうがマリシナ国になります。」

「豪雷の向こうは信貴ではないのですか。」

「信貴から少し貰ったようです。」

「そうですか。遠路来られたのですね。」

 「そうでした。大原からここ迄、宿がないのには難儀しました。野宿をしなけりゃなりませんでしたからね。今度来る時は馬車に乗って来ようと思います。」

「そうなんです。その間には町が一つも無いんで野宿になります。大原までの街道に旅人が少ないのはそのせいかもしれません。」

「周りは草原で馬の餌に不自由はありません。途中に小川が流れていた場所がありました。馬車の中継基地になりますね。駅馬車ってわけです。郵便馬車でもいいかな。ふふふっ。」

その晩マリアたちは半両小判2枚を儲けて宿に帰った。

 翌日マリア達は町を散策した。

マリアは駅馬車・郵便馬車構想に魅力を感じていた。

国と国とを結ぶ輸送手段だ。

郵便物を運んでもいい。

人力車がある町の地図はできているから郵便物の配達もできる。

その土地の人を雇ってもいい。

 街中ではマリア陸送の人力車が便利だが長距離はやはり馬車がいい。

鉄砲で武装した駅馬車だ。

その町は多くの馬がおり、値段も安いことが分かった。

信貴鳶高が邪馬大国を征服したら駅馬車業は開くことができるだろうと思った。

 その夜は繁華街の向こうにあるもう一つの賭場に行った。

おそらく昨夜の賭場荒らしを送り込んだヤクザ一家の賭場だ。

事の成り行きを知るための見届け人を客として送り込んでいたらマリア達を知っていることになるし、送り込んでいなかったら知らないことになる。

昨夜賭場に連れて行った5人の娘を留守番に残し、5人の娘を連れて賭場に行った。

長ドスを兵児帯(へこおび)に差し込んだ渡世人の姿だ。

動き回るには便利だ。

 賭場は宿の2階だった。

「ごめんよ。遊べるかい。」

「いらっしゃい。賭場はお2階です。」

「儲けさせてもらうよ。」

「みなさん、そうおっしゃって階段を上がるんでさ。でも誰かが勝って誰かが負けやす。」

「しゅあー違いねえ。」

「えっ。」

「そいつは当然だって言ったのさ。」

 賭場の客はそれほど多くはなかった。

マリアは帳場で1両小判を出し32枚のコマと交換し娘達に5枚ずつ与えた。

娘たちは二人が組んでそれぞれ丁半に賭け、サイコロの音を必死に聴こうとした。

他の娘たちは壺振り近くの客の後ろに座って音を聴いた。

12回ほど勝負が進むとようやくサイコロの音と実際の目が一致するようになり、丁半どちらかに賭けるようになった。

 壺振りの腕はまだ分からないので常に手持ち札の半分を賭けるようにした。

娘たちは手持ち5枚のうちの2枚を賭け7枚にし、3枚を賭けて10枚に、5枚を賭けて15枚、7枚賭けて22枚、11枚賭けて33枚にした。

それだけ儲けると席を後ろの娘達と替わり、帳場に行って手数料込みで17枚を半両小判(5万円)に換えた。

そして残りコマ16枚を持って茶菓子を食べお茶を飲んだ。

余裕の悦楽の時だ。

 賭けをしていた娘達二人が勝ってマリアと残った娘に席を譲り、半両小判に替えて寿司を食べていた娘達と合流した時、一人の侍が賭場に入って来た。

昨夜、賭場荒らしをして無傷で生き残った侍だった。

侍は帳場で半両小判をコマに換えたらしく、手には16枚のコマを持っていた。

そして刀を差していた。

刀も買ったらしい。

 侍は空いた席に座って勝負を始めた。

娘たちは壁の隅で団子を食べていたので侍は娘たちには気づかなかったようだった。

たとえ気づいたとしても股旅姿の娘は昨日の着物姿の娘とは違うと思ったのかもしれなかった。

娘の一人が侍に気付きマリアに大声で言った。

「マリア姉さん、右の二つ先の席に昨夜の賭場荒らしが居ます。」

賭場で「賭場荒らし」という言葉は緊張を生み出す。

賭場の騒(ざわ)めきは一瞬で止まり、次の展開を待った。

 「あれっ、昨日の賭場荒らしのお侍さんでやすね。今日は賭場荒らしではなくお客さんですか。」

マリアは侍を確認してから言った。

「なにいっ、貴様、拙者を賭場荒らしと申しているのか。・・・あっ。」

「分かりやしたか。昨夜の娘ですよ。お仲間の4人のお侍さんは医者に連れて行きましたか。まさか途中で見捨てたりはしなかったでしょうね。4人とも目が見えなくなったのですよ。まさか仲間の金を奪ったりはしなかったでしょうね。懐(ふところ)が豊かそうでやすね。新しい刀も差していやすね。」

「昨日の娘か。むむむ。」

 「ここでは他のお客さんに迷惑をかけます。外で話しやしょうか。今日は刀でお相手しやすよ。メクラになった仲間の金を奪うようなあんたは死んだ方がいいみたいですね。・・・娘たち、この侍を外に連れ出しなさい。」

「はい、姉さん。」

 娘たちはそう言われるのを待っていたかのように返事をし終える前に跳躍し最初に侍の刀を足で押さえた。

他の二人は両腕を取って逆手に捻り上げ、帯を持って仰向けに頭の上にまで持ち上げた。

「くっ、きっさ、・うぐっ・・・・」

侍は声を出そうとすると腕を捻(ひね)られるので声を出すのを止めた。

二人の娘は侍を頭の上に持ち上げたまま階段を下りて行った。

刀を押さえていた娘は刀を持ってそれに続いて下りて行った。

 「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。あのお侍さんは昨夜、この先の賭場で賭場荒らしをした5人の方々の一人でした。4人をメクラにしました。あのお侍さんには仲間を医者に連れて行くよう命じたのですが、仲間を見捨てて仲間の金を奪ったようです。これからちょっとお仕置(しお)きをして参りやす。どうぞ博打をお続けください。お侍さんの駒札(こまふだ)は皆さんで分けてください。ちょっと出かけて来やすが、すぐに戻って参りやす。」

マリアはそう言って階下に下りて行った。

他の二人の娘たちは賭場に残った。

 マリアは外に出ると娘達と一緒に路地の奥に入って行った。

その夜は曇り空の闇夜で路地の奥では人影もできなかった。

「クオン、このお侍さんを草原に捨てて来なさい。」

マリアは娘の一人に言った。

「はい、マリア姉さん。」

クオンは侍の腰と腕を持ったまま垂直に上昇し闇夜に消えた。

「あっあっあっ。」と侍は驚いた声を上げたがその声はすぐに消えた。

クオンは町から離れた草原の上空1000mから侍を落とし、元の路地に戻って来た。

 マリアと3人の娘が賭場に戻ると胴元の男がマリアに言った。

「あのお侍さんはどうなったんで。」

「数発殴ってから解放してやりました。この近くには来るなって脅しましたからもう姿を見ることはないと思いやす。」

「皆さんはお強いんですね。一瞬でお侍さんを制圧し声も立てさせなかった。」

「あっしらは渡世人ですが用心棒もしているんでさ。あれくらいは朝飯前です。」

 「昨夜は娘姿で岩見一家の賭場におられ、今日は脇差を差した股旅姿でここに来られたってことは仕返しの賭場荒らしでもするおつもりだったのですか。」

「ご明察。確信があるわけではありやせんでしたが、その可能性もあると思っておりやした。」

「そうでしたか。はっきり申しますが、あっし、藤井一家の藤井敬三はそんな真似をするような男ではありません。岩見一家の岩見助六とは兄弟分です。争うのは月一回の囲碁の勝負だけです。」

 「そうでしたか。あの侍たちは賭場荒らしを生業(なりわい)としていたのかもしれませんね。・・・でも、この町にはお城がありません。侍の働き場所は少ないと思いますが、どうしてあんな侍がいるのですかい。」

「邪馬大国の役所があります。小さい役所ですが税金をしっかり取るんですよ。人頭税と家屋税です。国の役人には逆らえませんや。そのくせ町のことは何(なん)にもしてくれません。」

 「まあ、どこも同じですね。どこかで聞いたことがありますが昔、日本(にほん)っていう名の国では7割も税金を取っていたそうです。でも住民は善良でおとなしいので反乱も起こさなかったそうです。」

「この町は平和で軍隊もおりません。軍隊が居れば独立したいものですよ。」

「国には外からの侵略を跳ね返す武力が必要だと思います。」

「そう思います。」

 その夜、娘達は半両小判2枚を儲けて賭場を出た。

マリアは残ったコマを集めて6枚の半両小判を得た。

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