第79話 79、邪馬大国の半両小判
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マリアに先に行くと言った信貴鳶高ではあったが、鳶高は自軍を昨日の宿営地まで後退させた。
マリアたちは呆(あき)れた様子で前を通っていく軍団を眺めていた。
鳶高はマリアのところに行って言い訳を言った。
「マリア殿、昨日の宿営地まで戻って輜重隊を待つことにした。斥候(せっこう)の話ではこの先、適当な待機場所はないそうだ。町があるらしい。」
「そうですか。邪馬大国軍の10000の死体は邪馬大国が葬ってくれるかもしれせんね。」
「そうかもしれんが、死体の穴を見て鉄砲を知るだろうな。次はおそらく歩兵だ。丈夫な盾を持って来るだろうな。輜重隊には花火迫撃砲を持って来るように指示した。」
「徹底的に叩(たた)くおつもりですね。」
「そのつもりだ。」
マリアたちは先に進んだ。
邪馬台国の町を見たかったからだ。
だが、街道は現在戦場になっている。
邪馬台国軍が街道に陣取っているかもしれなかった。
その時はその時だった。
幸いなことに暫く進むと町が見えた。
町の周辺は草の丘陵ではなく耕作地が広がっていた。
どこかに水源があるのかもしれなかった。
大原国からの街道では初めての街だった。
その間は茶店もなかったのだ。
大原国からの街道を行く旅人は野宿が嫌ならその街に宿泊しなければならない。
マリアたちは茶店に入った。
「団子をくれんかい。」
「へい、いらっしゃい。旅人さんですね。あのー、お代はどこのお金でしょうか。」
茶店の娘がお茶を運んで来て言った。
「へーっ、金(かね)に区別があるのかい。」
「はい、西の方のお金は東のお金の2倍になっております。同じ小判でも東の方が混ぜ物が多いんです。一分金も一朱金も同じで西の方が高くなっています。一文銭(25円)は同じですから西の一朱(6250円)は250文ですが、東の一朱は125文になっています。」
「面倒なもんだな。一文銭で価値を決めるってわけだな。持っているのは西の金(かね)だ。一文銭も持っている。」
「分かりました。団子一皿は20文(500円)です。11皿の220文でよろしいですか。」
「それでいい。西の一朱金で支払う。」
「ありがとうございます。ただいまお持ちいたします。旅人さんとは時々お金の問題で諍(いさか)いが起こるんです。」
「価値が違うお金が混ざっているならそうかもしれない。東の貨幣ってのはどこの国が作っているのかな。」
「邪馬大国みたいです。ここも邪馬大国なんですが都(みやこ)から離れているんで他の国のお金が入って来るんです。」
「私たちは大原の方から来たんだが、邪馬台国の都には一本道じゃあないのかい。」
「大原から都へは東への一本道だ。でもこの町は南の朱雀(すざく)と北の蓬莱(ほうらい)を結ぶ街道も通っているんだ。その先はどうなってるんか分からねえけんど。」
「交通の要所だから色々なお金が入って来るんだな。」
「そう、交通の要所だ。この町は要所だ。いいこと言うねえ、お客さん。いま団子とお茶の追加を持って来ます。」
娘が店の奥に消えると後ろから声がかかった。
「あんたら、大原から来たんだって。さっき聞いたんだが数日前に大軍勢がこの街を通って西に行ったそうだ。あんたら大丈夫だったんだ。よく来れましたな。」
頭に茶色の頭巾を冠った男だった。
「お仲間ですか。」
「お仲間って何だ。」
「股旅者の渡世人さんですか。」
「いや、私は薬屋ですよ。薬の行商です。」
「薬は荷物が軽いから一人でどこにでも商売しに行けやすね。あっしらはこっちの方は初めでやしてね、稼(かせ)げそうですか。」
「稼げるって、薬の商売ではないですね。・・・博打(ばくち)のことですか。」
「平和な街でしか賭場は賑(にぎわ)いませんで。この辺りは平和かって聞いているんでさ。」
「・・・なかなか会話についていくのが大変ですね。」
「すいやせん。あっしらは博打(ばくち)打ちでしてね。ひねくれた考え方をするんでさ。捻(ひね)くれ者かもしれやせんね。・・・薬屋さんはどちらから来られたのですか。」
「朱雀(すざく)から来ましたよ。どうしてですか。」
「いやね、さっきお金の価値の話が出ましてね、東の小判は西の小判の半分の価値だそうです。南の朱雀(すざく)と北の蓬莱(ほうらい)のお金はどうなっているのか知りたいんでさ。朱雀のお金はどうなっているんですか。」
「ここと同じですよ。邪馬大国の小判は半額です。まあ、大部分は邪馬大小判ですがね。」
「そうですか。二つの小判、『同じ価値あらまほしきことなり』ですね。」
「難しい言葉を使いますね。」
「どっかで聞いた言葉ですよ。博打打ちは記憶が重要なんでさ。」
茶店の娘が団子とお茶を運び始め会話は途絶えた。
結局西の街道の様子は語られることは無かった。
マリアたちは宿に入る前に町を散策し、道具屋で肩に振り分けできる大型の行李(こうり)を買った。
マリアたちは戦場見物するため道中合羽に隠れるように2丁の大型拳銃を腰に差していた。
道中合羽を脱げば何とも目立つ物だった。
拳銃を行李に入れて肩に吊るせば旅人には良くある格好になる。
早速、銃と弾を入れて肩に背負った。
大型拳銃は2㎏近いので5㎏の荷物になる。
行李に小判が入っていたらその程度の重さになる。
マリアたちは宿に入った。
1万もの騎馬隊が町を通ったのに宿の様子は日常の様子だった。
軍隊が通るのは良くあることだったのかもしれない。
そしてあるいは邪馬台国軍がよもや負けるだろうとは思っていなかったのかもしれなかった。
暫くすれば信貴国軍がこの町に到着する。
この町がどう対応するのか、邪馬大国がどう対応するかは興味深い。
夕刻前に貸衣装屋で娘衣装を借り、宿に入って娘衣装に着替え、股旅衣装を特別の料金を払って特急洗濯に出した。
「娘は清潔な衣服を着なければならない」がマリアの持論だった。
夜になるとマリアは娘5人を連れて賭場に行った。
残りの娘5人は留守番だった。
三度笠と道中合羽(どうちゅうがっぱ)と拳銃が入った行李(こうり)を宿に残したためだ。
(旅先、貴重な物は身から離してはならない。宿は信用してはならない。)
娘たちは長い髪を束ねて背中に垂らし娘姿にぽっくり下駄履き、兵児帯(へこおび)に長脇差を差した出立(いでたち)だった。
護身用の長脇差を除けば普通の娘に見えた。
刀を差さなければ若い娘は夜の歓楽街を歩きにくい。
安心して男どもが声をかけてくるからだ。
賭場は歓楽街の近くにあった。
歓楽街の向こうにも賭場があるらしい。
マリアたちは宿に近い方の賭場に入った。
マリアは帳場で小判1枚(1両、10万円)を出した。
「この金は使えますか。」
「いらっしゃい、西の小判でやすね。もちろん使えまさあ。」
コマは32枚だった。
コマ1枚は信貴国や湖周辺の国々と同じ半朱(3125円)になる。
「へー、東の小判では何コマなんですか。」
「へい、16枚になりやす。」
「換金した時に貰(もら)える金はどっちの金ですか。」
「へへっ、東の国の金です。すみません。・・・でも16枚で1両でさ。場所代はコマ1枚です。」
「了解。楽しませてもらいます。」
「娘さんは大歓迎でさ。」
賭場は混んでいた。
娘たちは壺振りの近くの客の後ろでサイコロの音を聞きながら席が開くのを待っていた。
前のお客がオケラになって居なくなると娘二人は強引に割り込み、二人組になって博打に参加した。
もうサイの音(ね)は分かっていた。
娘たちは最初から勝負に出て5枚の持ち札の2枚を賭けた。
勝負に勝って7枚になった。
「へへっ、勝っちゃった。シオン、次も行こうか。」
「もう分かっちゃったもんね、サオン。」
二人の娘は次に3枚を賭け、勝ち、手持ちを10枚にした。
娘達は常に手持ちのコマの半分を賭けた。
次に5枚を賭けて15枚に増やし、7枚を賭けて22枚とし、11枚を賭けて33枚にした。
娘たちは後ろの娘と交代し、帳場で17枚で換金し、東の小判1枚を得た。
「マリア姉さん、東の小判です。少し小さくて金色がくすんでいます。」
娘の一人が渡された小判をマリアに見せて言った。
「そうね。半両小判ね。」
次の娘たちも勝ちを続け半両小判に替え、マリアと娘ナオンの番になると騒ぎが起こった。
「やい、てめえら。てめーら賭場荒らしだろう。さっきから見(けん)ばかり続けやがって。初っ端からずーっとじゃねえか。場所も広く取りやがって。そんなことをすれば他のお客さんが遊べねえじゃあねえか。」
一家の若い衆10人が賭場に座っている5人の侍に向かって言っていた。
侍たちは賭場の一角に陣取り、胡座(あぐら)をかき、互いの間隔を広めに取り、間に刀を置いて座っていた。
「我らに難癖を付けておるのじゃな。賭場荒らしとな。この代償は大きいぞ。賭場荒らしだったらどうするつもりじゃ。」
「うっせえ。ゴロンボ浪人、5人や6人に舐(な)められてたまるか。叩(たた)き出してやる。」
「そうか。この賭場は血の海になるな。」
そう言って5人の侍は大刀を抜いた。
周囲の客は部屋の隅にあわてて寄った。
マリアと娘はその場を動かず、マリアが言った。
「お侍さん、続きは外でやってくれませんか。私は博打を楽しみたいんです。」
「なんだとう。気の強い娘だな。刀を持ちくさって。怪我したくなければ隅に引っ込んでいるんだな。」
「私は真っ当なお客の代表です。黙ってここから出て行ってくれませんか。出なければ私たちが相手をしますよ。博打の邪魔をされた怒れる客ということです。」
「お前たちが我らの相手をすると言うのか。」
「それが一番早い解決法だと思います。」
「おもしろい、やってみよ。」
「そうですか。・・・娘たち、半両小判を目の間に入れてやりなさい。」
「はい、マリア姉さん。」
そう言って4人の娘達はせっかく儲けた半両小判を侍達の顔に向けて投げた。
娘達は居合抜きと同じように小判を持った右手を左手で止め、右手に力を入れると左手を外した。
右手はフィンガースナップと同じように目に見えない速さで動き、半両小判は侍の鼻根に水平にめり込み両眼を半分だけ切り裂いた。
4人の侍達は刀を落としてしゃがみ込み顔を手で覆って呻(うめ)いた。
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