第76話 76、信貴鳶高の進攻
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長岡城の受け渡しは滞(とどこお)りなく終わった。
国主が住むための武家屋敷が決まり、長岡住永が家に入り、家臣が城に残っていた長岡住永の家族と女官達を連れて来た。
城は竜騎兵20人がいるだけになった。
城には食料や炊事道具はあるのだろうが、米と炊事道具を積んだ荷車1台が運び入れられた。
豪雷軍と信貴軍は長岡城下を出た。
城に残った竜騎兵20人は決死隊だった。
長岡住永が約束を破って城に戻り竜騎兵を殺す可能性があった。
長岡国の要請で邪馬大国軍が救援に来る可能性もあった。
どちらの場合も討ち死にすることになるのだ。
豪雷軍と信貴軍は豪雷長岡の国境、豪雷国側で待機した。
信貴国の官吏が長岡国に到着し、竜騎兵が戻ってくるまで待つことにしたのだ。
城を管理する官吏が殺されるのと兵士としての竜騎兵が殺されるのでは後者の方が影響は大きい。
敵に鉄砲と短銃が渡ることになるからだ。
果(は)たして長岡住永は約束を守り、邪馬台国軍は来なかった。
長岡住永としては邪馬大国の属国になるより信貴国の属国になった方が良いと思ったのかもしれなかった。
信貴国は豪雷国が攻められたら直ちに救援に駆けつけてくれたのだ。
信貴軍は信貴城に戻った。
マリア達は信貴鳶高と共に信貴城下に戻り、城下で鳶高と分かれマリア陸送に入った。
マリアは別れしなに鳶高に言った。
「鳶高様、ご招待ありがとうございました。この度の軍の指揮ぶりはお見事だったと思います。特に家族を人質に取り国主が半年ごとに国許(くにもと)と信貴国に住むという御処置には感銘いたしました。」
「うむ、どうしたら反抗させず楽に統率できるかを考えた結果だ。」
「この方法はいずれ『参勤交代』と呼ばれることになる方式でございます。信貴城下は大きく繁栄し、信貴の文化は各地に広がり、逆に各地の文化も産物も入って来ます。また、これから鳶高様に征服される国にとってもこの方式を提示されれば安心して軍門に下ると思います。」
「何だ。名前まである方式だったのか。残念だな。」
「いいえ、この方式は鳶高様が最初にお考えになったものです。私は『いずれ呼ばれることになる』と申しました。私には未来が予想できますから。」
「そうだったな。どうじゃ、邪馬大国は滅ぼせそうか。」
「鳶高様は邪馬大国軍を打ち破ると思います。その先は私にはまだ見えません。」
「そうか。ずっと見ていてもらいたいものだな。」
「そうするつもりです。」
長岡住永は信貴城下に屋敷を建て家族を住まわせた。
そして半年ごとに信貴国と長岡国に住むようになった。
信貴国の属国である豪雷、大友、吉祥の3国も信貴城下に屋敷を建て、家族を住まわせ、国主は半年ごとに信貴国と国許(くにもと)を行き来した。
3国は大いに不満があったろうが明から様に反対することはなかった。
信貴国の軍事力が圧倒的だったからだ。
時が流れ、制度が定着すると豪雷、大友、吉祥、長岡国は安定した属国となった。
信貴鳶高は邪馬大国の制圧を始めた。
鉄砲隊2000と竜騎兵500を山街道に進め、豪雷国を通り、長岡国を通り、大原国の国境に達した。
属国である豪雷国と長岡国には戦闘兵を求めなかった。
その代わり信貴国から伸びる長い兵站線を守らせた。
豪雷国も長岡国も自国内を通る兵站線を守ることは容易だったし、ほとんど危険はなかった。
大原国は草原の国だった。
大きな山はなく、馬、牛、羊、家鶏を養い、畑作を中心に国を営んでいた。
長岡国と大原国の国境は定かではなく、街道に長岡国と大原国と篆刻(てんこく)された道標があるだけだった。
周囲は背の高いススキのような雑草の原だった。
信貴軍は国境で軍を止め大原軍の出現を待った。
1日後、大原軍が現れた。
騎馬隊200、槍隊100、弓隊200という規模だった。
信貴鳶高は最初に軍使を出した。
1騎の竜騎兵が長銃剣の先に白布を付け相手の弓隊の20m前までコマを進めて大音声で言った。
「拙者は信貴国騎馬隊の大隅雪風と申す。前方の軍勢に伝えたいことがある。代表は出て来られよ。身を守る武器を持って出て来られよ。・・・ここは貴軍の弓隊の射程範囲にある。安心して出て来られよ。」
相手は騎馬に乗って弓隊の横から出てきた。
「拙者は大原国軍騎馬隊の大平泰平(おおひらたいへい)と申す。口上を述べられよ。」
「我らは大原国に仇(あだ)なす者ではない。邪馬大国を討つために大原国を通過したいだけだ。我が軍はまだ一歩たりとも大原国に入っていない。大原国に話をするため大原軍が到着するまでここで待っておった。・・・邪馬大国は属国である長岡国に豪雷国を討つよう命じた。豪雷国は信貴国の属国である。豪雷に攻め込んだ長岡軍5000はわずか1時間以内の戦いで援軍である我が軍2500に全滅させられた。その後、我が軍は長岡城を攻略したわけだが、邪馬大国からの援軍は最後まで来なかった。邪馬大国とはそういう国だ。長岡国は信貴国の属国となった。その辺りの経過は貴国もご存知のことだと思う。・・・今回の邪馬大国への侵攻は豪雷国を討つよう命令したことに対する報復である。大義は我らにある。大原国が長岡国と同様に邪馬大国の属国であることは知っている。大原国が邪馬大国との義理立てで我らの進軍を阻止しようとしてもそれは構わない。我らは大原500を全滅させることができるだろう。大原城がどのような城であるかは知らない。だが我らは大原城を落とすことができると信じている。・・・その場合、大原国は長岡国と異なり信貴国の属国として長らえることはできない。長岡国は邪馬大国の命令で侵攻したが大原国は自分の意思で我が軍に反抗したからだ。・・・大原国に提案する。大原国は信貴国の属国となれ。他国に攻められても援軍を送らない邪馬大国との縁を切り信貴国の属国となれ。属国となれば大原国はこれまで通り国を治めることができる。我らは属国を守る。侵略されたら援軍を送る。・・・以上が信貴国の提案である。よく検討し決断されよ。期限は今から2日後だ。その間に邪馬大国に援軍を要請してもよい。城の防御をかためても良い。2日後に結論を聞こう。以上だ。」
「口上は承(うけたまわ)った。提案を検討し返事する。2日間は国境を越えないのだな。」
「そのつもりだ。良い結果になることを期待する。」
竜騎兵軍使は馬を数歩後退させ、反転させ、自軍に駆け戻った。
大原軍の弓矢は放たれなかった。
2日後、大原国は信貴国の属国となることに同意した。
長岡軍5000を1時間で全滅させることができる信貴軍に500の大原軍が勝てるはずはなかった。
信貴国の属国の立ち位置も長岡国を見れば分かっていた。
家族を信貴国に住まわせ国主は半年ごとに国許(くにもと)と信貴国で暮らす。
宗主国と属国の結びつきが強いのだ。
他の属国とも交流ができる。
大原国が生き残るには信貴国の属国になるしかなかった。
属国にならないで信貴軍を通すだけにしたとし、邪馬大国が敗れた場合、大原国はもはや信貴国の属国にはなれないだろう。
属国になれという提案を拒否したからだ。
たとえ信貴国軍が邪馬大国軍に敗れ、邪馬大国軍が信貴国の属国になって邪馬大国を裏切った大原国に攻め入ったとしても滅ぼされる時期が遅れるだけだ。
小国の悲哀だ。
小国は生き延びるために強い方に属さなければならない。
大原軍は陣を解き、大原城に戻って行った。
信貴軍はその後を進み城下町の前で止まった。
信貴鳶高は大原城に使いを出し、邪馬大国の地形に詳しい者の派遣を要請した。
鳶高は邪馬大国の地形は知らなかったし、信貴軍の中でも詳しく知る者は少なかった。
2日間の軍議を経て信貴鳶高は大原ー邪馬大の国境に軍を進めた。
その頃、信貴軍の最後尾、輜重隊(しちょうたい)の後ろ300mに股旅姿の集団が現れた。
マリアとその娘達だった。
山街道を信貴軍が通ったとの知らせを受け、興味本位で急遽(きゅうきょ)出発し、追いついたのだった。
軍隊の輜重隊の後を付けている股旅者はどう見ても「怪しい者」だ。
信貴国の属国になることにした大原国はまだ信貴軍に信用されているわけではなかった。
豪雷国や長岡国のように兵站線を守るという役割は与えられてはいなかった。
それでも100騎余りの大原軍騎馬隊が輜重隊の近くを自主的に警備していた。
信貴鳶高としては大原軍が信貴輜重隊を襲ってもそれはそれで良かった。
大原国の意思が分かるからだ。
たとえ輜重隊が襲われても大原の城下に攻め入れば食料は確保することができる。
大原国騎馬隊はマリア達を見つけ、遮(さえぎ)るように近づいて言った。
「お前達は何者だ。みんな娘ではないか。なぜ信貴軍の後をつけるのだ。」
マリアが応えた。
「あっしらはマリシナ国の股旅者でございやす。信貴軍と邪馬大軍の戦いを見物するため後を付けておりやす。」
「股旅者が戦いを見物するためだと。なんと不埒(ふらち)なことをズケズケ言う娘だな。恐ろしくはないのか。」
「恐ろしいものが戦でございやす。・・・あっしらは怪しい者に見えますが、決して怪しいものではございません。信貴軍とは知り合いでございます。」
「それもいい加減な言い訳だな。軍隊と知り合いなんて聞いたことがない。」
「弱りましたね。・・・皆さんはどこの騎馬隊ですか。信貴軍の竜騎兵とは違うようですが。」
「我らは大原軍の騎馬隊だ。」
「大原軍が信貴軍の輜重隊の警備をしているのですか。大原国は邪馬大国の属国だったと思いますが。」
「大原国は信貴国の味方をすることになったのだ。」
「そうでしたか。それは良い選択をしたと思います。・・・黙(だま)って戦を見ようとしたのですが仕方がないですね。信貴鳶高様に『マリアが後ろで見ている』とお伝え願えますか。直接会えないのなら竜騎兵の誰かに伝言を頼んでいただけませんか。」
「信貴鳶高の知り合いなのか。」
「知り合いです。」
「・・・待っておれ。」
30分後、信貴鳶高が竜騎兵100騎を引き連れ、マリアの前に来て馬上から言った。
「マリア殿、来てくれたのか。」
「戦(いくさ)を見物しに来ました。」
「そうか。一緒に来ないのか。」
「今回は遠くから見物させていただきます。」
「分かった。これから進撃だ。じっくり見ていてくれ。」
「そういたします。」
「それじゃあな。」
信貴鳶高は馬を反転させ大急ぎで先頭に戻って行った。
竜騎兵達はマリアに黙礼して鳶高を追った。
マリアはその場に残っていた大原軍騎馬隊指揮官に言った。
「これでご疑念はなくなったと思います。どうぞ輜重隊警備をお続けください。」
「分かった。失礼した。・・・信貴鳶高を近くで見た。まだ若いんだな。」
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