第75話 75、長岡城下の賭場 

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 マリア達は長岡城下を散歩した後、宿に入り風呂に入った。

貸衣装屋を宿に呼び、娘衣服一式を借り、股旅衣服を超特急の手間賃を出して洗濯に出した。

夜になると娘姿に長脇差を差して賭場に出かけた。

路地の奥の賭場だった。

賭場は路地か宿屋か料理屋か寺に相場が決まっている。

どれもお客が他人に言い訳ができる場所か見つからないで入ることができる場所だ。

 「ごめんよ、遊ばせてもらえるかい。」

若衆姿のマリアは敷居を跨(また)いでから言った。

「いらっしゃい。賭場はお二階でございます。」

案内人は少しほっとした表情で言った。

 2階の賭場には5人の客がいた。

馬子風、駕籠舁(かごか)き風、渡世人風、浪人風、町人風の男達だった。

城が攻められている街で賭場に来るという「まっとうな客」ではないらしい。

 「お客さんが少ないようですね。今日は賭場は開かれるんで。お聞きしてからコマにかえましょうか。」とマリア。

帳場の男が言った。

「大丈夫ですよ、お客さん。お客さんが少なければ胴元がお相手いたしまさあ。」

「そうかい。それなら安心だ。1両替えてくれないか。」

「へい。」

 マリア達はいつものように二人が組み、勝ち負けなしの勝負を続けサイコロの音を聞いた。

マリアは壁に寄りかかって勝負を見ていた。

胴元にしても最終的には場所代が入るのだから問題はなかった。

それに若い娘達11人が賭場に居ることは良いことだった。

賭場は客が多くなければならない。

最初のうち、勝負は和(なご)やかな雰囲気で進んだ。

 娘達が同じ目に賭けるようになって勝ち始めると賭場の雰囲気が変わった。

娘達は持ちコマの半分を賭ける方法で次第(しだい)にコマが増やしていった。

賭けるコマが10枚を越えるようになると客の丁半が揃(そろ)わなくなり胴元が受けるようになった。

娘達が勝ち続けているので他の客も勝ち馬に乗り娘達と同じ目に賭けるようになった。

客対胴元の勝負になったのだ。

 マリアは娘達に時々負けるよう秘密の指示を出した。

娘達は持ちコマの半分を掛けていたが、客達は手持ちの全てを勝負に賭けていた。

早く大勝ちしたい欲の皮が張っているお客なのだろう。

そんなお客は一人、また一人とオケラ(螻蛄、けら、朮、コマがなくなること、一文無しになること、お手上げすること、見ぐるみ剥がされること)になって勝負から脱落していった。

 娘達は1両になると換金し、再び勝負をした。

そして2両を儲けると勝負を止めてお寿司を食べた。

他の客は3人がオケラとなって賭場を去り、残りの2人はマリア達が勝負を止めて場を離れると勝ちを続けることができず、なにがしかの金を得て帰って行った。

賭場はマリア達だけになった。

 「お客さん達、まだ勝負を致しやすか。」

胴元はマリアに言った。

「いいえ、予定の2両を儲けましたからこれで終わりにいたします。」

「ありがとうございます。お客さんらは真の博徒(ばくと)でございます。」

「お礼を言われる筋はございません。」

 「いいえ、お礼を言わせてください。色々な意味でお礼をしなければならないと思っております。お客さんらはツボのなかの目を完全に読めております。それなのにわざと負けて勝ち馬に乗ろうとしたお客さんを上手に排除していただきました。また、いくらでも勝てるのに2両で止めていただきました。」

「賭場が潰れてなくなると私らの飯の種が無くなりますから。何事もほどほどがいいと思っております。」

 「娘さん達は渡世人ですね。娘さんの渡世人は見たことがありません。あっしは阿多一家の阿多麻乃進(あたあさのしん)と申します。非礼とは存じますが、どなたさんでしょうか。お名前を伺(うかが)えますか。」

「マリシナ国のマリアと申します。」

「マリシナ国とはどこら辺にあるのでしょうか。」

「マリシナ国は変な国で4つに分かれております。ここからは西の方向にあります。湖に3箇所、福竜と豪雷を結ぶ山街道に1箇所あります。」

 「4つに分かれた国とは珍しいですね。」

「二つは報酬でいただきました。」

「奪い取るのではなく報酬で貰(もら)ったとはどういうことでしょうか。国というものは普通は奪い取るのではないのですか。」

「石倉国から頼まれ、鍋田城を滅ぼした報酬で鍋田国の一部をいただきました。福竜国から頼まれ、信貴城を奪った報酬で信貴国の一部をいただきました。金鉱のある場所です。」

 「信貴国って豪雷、大友、吉祥を属国にしている大国でしょうが。よく勝てましたね。」

「マリシナ国は国民皆兵(こくみんかいへい)でみんな強いんです。」

「今、長岡の城を囲んでいるのは豪雷と信貴の軍だと聞きました。信貴軍は変な武器を持っていました。何だか分かりますか。」

「『鉄砲』だと思います。火薬で鉛玉を飛ばすようです。」

「もう槍や刀では太刀打ちできないですね。」

「そうだと思います。」

 「あっしは元々は長岡国の家臣の末席でした。長岡国はどうなるんでしょうね。」

「分かりません。でも何で長岡国は豪雷に兵を向けたんでしょうね。見た限り長岡国は大国ではないと思います。」

「そりゃあ、邪馬大国(やまたいこく)から命じられたからですよ。長岡国は邪馬大国のいいなりです。あっしはそれがいやで家臣を辞めたんですがね。」

「じゃあ、豪雷が怒る先は邪馬大国ってことですね。」

「そう思います。」

 「邪馬大国ってのはどの辺りにあるのですか。」

「東です。長岡の隣が大原国でその先が邪馬大国です。大原国は長岡国と同じように邪馬大国の属国です。」

「邪馬大国ってのはこの辺(あた)りで覇(は)を唱(とな)えているのですね。」

「そうです。8カ国を属国にしています。邪馬大国の軍はとてつもなく強いということです。特に騎馬隊が強いそうです。ここら辺りは平原なので縦横無尽に馬を操(あやつ)る騎馬隊の強弱が決め手になるんですな。」

 「山や森林のある国とは戦い方が違うんですね。」

「そう思います。騎馬隊は軽い革鎧(かわよろい)と短弓で武装しています。馬も軽い革で覆(おお)っているんです。長槍や弓では対抗できません。」

「確かに。馬に鉄の鎧を着せたら重すぎて動けません。軽い革鎧が決め手ですね。」

「そう思います。」

マリア達はその夜は信貴軍に帰らず宿に帰った。

 朝になって渡世人姿になって信貴軍に戻ると信貴鳶高が言った。

「マリア殿、昨夜は居(お)られなかったがどこかに行ったのかな。」

「はい、宿を取り風呂に入り衣服を洗濯しました。」

「遠征では風呂には入れんからな。街の様子はどうであった。」

「少し緊張しているようでした。賭場は開かれておりましたがお客は少なかったですね。」

 「賭場に行かれたのか。」

「はい、お金を儲け、情報も仕入れて参りました。」

「どんな情報かな。」

「邪馬大国についての情報です。邪馬大国はこの辺りで覇を唱えている国です。8カ国を属国にしています。長岡国もその一つで、今回の豪雷侵攻は邪馬大国の命令のようです。」

「やはりな。こんなちっぽけな城なのに豪雷を攻めるとは合点がいかなかった。邪馬大国は確か東だったな。」

 「長岡国の東側が大原国でその先が邪馬大国です。邪馬大国の戦いはどうも騎馬の戦いのようです。軽い革の鎧(よろい)を着て馬も革鎧で覆うようです。おそらく弓矢は通りませんから馬は小型戦車のようになると思います。」

「鉄砲がなかったら侮(あなど)り難(がた)い敵になるところだったな。」

「平原の戦いではそうなると思います。でも森と山の戦いでは騎馬は早く動けません。」

「要するに邪馬大国は信貴に攻めて来られないし信貴国は邪馬大国に攻め入れないということだな。」

「これまではそうだったと思います。」

 「昨日のうちに長岡は邪馬大国に援軍要請の早馬伝令が出したはずだ。果たして援軍は来るのかな。」

「野望を持っている鳶高様ならどうしますか。」

「見殺しするかもしれんし、救援を送るかもしれん。どちらも侵攻の口実になる。まあ、ワシは救援を出して口実にしたんだがな。それも鉄砲の威力を信じていたからだ。」

「山や森がある信貴国に勝てると思わなければ邪馬大国は長岡に援軍は送らないですね。」

「そうかもしれん。明日にはそれが分かる。」

 翌日午後のその時になると大手門が開き、白旗を持った武者が出て来た。

武者は橋の中央まで進み大音声(だいおんじょう)で言った。

「拙者は長岡城の守備隊の佐竹三之丞と申す。長岡軍の軍使として参った。ご返答申し上げる。代表の方、いざ、お出まし候(そうろう)。」

信貴軍からは竜騎兵が出てきた。

「拙者は一昨日お会いした信貴国軍騎馬隊の大隅雪風と申す。返答をお聞かせ願おう。」

 「長岡国は条件付きで降伏しようと思う。条件を述べても良いか。」

「述べられよ。」

「国主、長岡住永(ながおかすみなが)様及びそのご家族が生きながらえ、安住できることが条件だ」。

 「その条件はこちらでも予想して検討した。国主及びそのご家族は安住できることを確約する。ただし、その地は長岡城ではない。ご家族は信貴城下で暮らしていただく。言ってみれば人質だな。国主、長岡住永は半年毎に信貴城下と長岡国で暮らす。国政は長岡住永が継続できるが信貴国の命に従わなければならない。・・・簡単に言えば属国となり、家族を人質として差し出し、半年毎に信貴国に顔を出すと言うことだ。」

 「そちらの条件は予想しなかった条件だ。拙者の考えでは好条件だと思う。異国の地とは言え、ご家族はこれまで通りの生活ができ、国主は国政を営むことができる。属国の立場は現在と変わらない。・・・我々の降伏条件を呑(の)んでいただいたのだから降伏するに支障はない。だが、拙者の立場はあくまで軍使である。交渉の全権を持っているわけではない。即刻帰って検討することを約束する。返事は1時間以内に致そう。」

「降伏する場合には大手門を開かれよ。」

「了解した。」

 1時間後、大手門は開かれ内側には国主、長岡住永と思われる男と200人ほどの侍が立っていた。

おそらくそれが長岡城の残存兵力であると思われた。

侍は小刀も含め武器は持っていなかった。

 信貴軍の竜騎兵の隊長が言った。

「城を明け渡すという形を取る。城を出て橋を渡られよ。」

城主を先頭に200人余りの男達は大手門前の橋を渡り、纏(まと)まって止まった。

信貴鳶高は少し危険だったが長岡城主の前に進み出て言った。

「信貴国の信貴鳶高じゃ。仲間が増えて嬉しく思う。」

「長岡住永で御座います。暖かい温情に深く感謝いたします。」

 「形が重要でな。長岡城は一応、豪雷国に接収され、その後、信貴国がそれを貰い、長岡殿に住んでいただくことにする。・・・ワシの横にいるのは豪雷軍の指揮官じゃ。北方(きたかた)殿だったな。1小隊を率いて長岡城を占領してくれんか。その後、ここに戻ってくれ。」

「ふふふっ、了解しました。・・・長岡住永様、拙者、北方熊楠(きたかたくまぐす)と申す。これから豪雷軍は長岡城を占領させていただきます。」

 北方熊楠司令官は10人の小隊を引き連れ、大手門に向かい、大手門を過ぎてから元の位置に戻って来た。

「大隅雪風指揮官、次は其方(そち)じゃ。竜騎兵400を城に入れよ。2小隊20騎を城に残し、残りは戻ってこい。」

「了解いたしました、殿。」

これには少し時間がかかった。竜騎兵400騎は隊伍を整え、馬脚を合わせて行進風に大手門を通り、直ちに大手門から出てきた。

 「これで良い。長岡城は信貴国の物になった。・・・長岡住永殿、長岡殿には暫くこの近くの武家屋敷で暮らしてもらう。城内に人を残してはならない。そして直ちに信貴城下に屋敷を建てよ。屋敷の規模は貴殿と家族が家来と共に暮らせる大きさだ。郊外でもいい。家族がそこで暮らし始めたら貴殿には長岡国を与える。これまで通り統治せよ。貴殿は半年は信貴国で暮らし、半年は長岡国で暮らす。それでいいかな。」

「温情に深く感謝いたします。仰せの通りに致します。」

「うむ。城にいる20騎の竜騎兵には食べ物を用意してくれ。信貴国から早急に官吏(かんり)を派遣し、竜騎兵は原隊に復帰させる。後は官吏の言葉に従ってくれ。」

「仰せの通りに従います。」

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