第73話 73、3年後の戦い 

<< 73、3年後の戦い >> 

 信貴城下でのマリア陸送は軌道に乗った。

朝から夜まで人力車は利用された。

城下町は広く、歩いて行くには遠いと感じる場合があった。

城下町の外にもいくつかの町があり、歩いて行くには半日旅をしなければならない場合もあった。

 人力車には駕籠よりも馬よりも有利なことがある。

小荷物を運ぶことができることだった。

どこかに行くのに手荷物を持っていく場合がある。

駕籠は大きな荷物は重くなるから嫌うし、荷物を積む場所もない。

馬も荷物は積めない。

 客が車娘の後ろ姿を上から見下ろしながら乗れるのもいい。

優越感を持ちながら会話もできる。

何よりも車娘は強いので安心だ。

賭場の勝ち客は駕籠ではなく人力車を呼んだ。

女性客は駕籠より人力車を選んだ。

 駕籠屋を仕切っている嶋崎一家からの嫌がらせはなかった。

マリア陸送が殿様の協力の下に開店したことは信貴城下では有名になっていた。

人力車を引く車娘が恐ろしい剣術の腕を持つマリシナ国の兵士であることも知られていた。

自分の命をかけてまで嫌がらせをするヤクザはいない。

 嶋崎一家は毎夜のように賭場に来て10両(100万円)稼(かせ)いで帰って行く車娘にも闇討ち襲撃はしなかった。

襲撃しても勝てるとは思えなかった。

襲撃などしたら娘達は10両で止めて帰ってはくれなくなる。

1枚1両の大駒札を勝負に使われたら一人が40両稼ぐとして一夜で200両(2000万円)が消える。

10日もしたら2000両(2億円)が消えることになる。

嶋崎一家は賭場を開くことができなくなる。

娘達を出入り禁止にすることもできない。

嶋崎親分は腹が煮えたぎるほど悔(くや)しかったがどうにもできかった。

 三年の月日が経った。

信貴国のマリア陸送は信貴城下ー福竜城下の長距離路線を開通させた。

関所の詮議は無くならなかったが対象は客に対してだけだった。

マリアはマリシナ国の兵士の装備を変えた。

信貴鳶高が鉄砲を装備するようになったので鉄砲に対応できるように変更した。

マリシナ国は常に最強の装備を持っていなければならなかった。

 信貴鳶高は着々と遠征の準備をした。

長槍隊と弓隊を廃止し、2000丁の後装式の平滑銃を持つ鉄砲隊を組織した。

騎馬隊を竜騎兵に変えた。

竜騎兵は2丁の燧石式(すいせきしき、フリントロック)の短銃を両腰に差し、銃剣付きの長銃を持っていた。

多数の荷車を準備し、多くの兵糧米を蓄えた。

 そんな時、信貴国の属国の一つである豪雷国が隣国の長岡国から侵略された。

豪雷国は3年の間に兵力を2000人にまで回復させていたが以前の8000から比べればまだ十分に強くはなっていなかった。

信貴鳶高は属国の救援という名目で出兵させた。

他国を侵略しようと準備していたので出兵の好機と捉えていたのだった。

 マリアは中之島マリシナ国にいたが豪雷国のマリア陸送を通しての知らせを受け戦(いくさ)の準備をした。

そんなマリアの所に信貴鳶高から招待状が届いた。

長岡国との戦を見物しないかという内容だった。

信貴鳶高は戦に自信を持っているらしい。

 マリアは笑って股旅姿の娘達10人と共に金鉱のあるマリシナ国(金鉱マリシナ国)に行った。

信貴国から豪雷国への道は金鉱マリシナ国のある山街道と大友国の国境から入る道があった。

鳶高は山街道を通る道を選んだ。

第一にマリシナ国を通ることは安全だった。

たとえ敗走することになったとしてもマリシナ国は山街道を通る限り攻撃しないと信じていた。

反対に、大友国は戦況によっては裏切る可能性もあった。

属国というのはそんなものだ。

 マリアは山街道の関所跡の駐屯地で信貴鳶高と出会った。

「やあ、マリア殿。久しぶりだな。」

「お久しぶりです、鳶高様。長岡国との戦(いくさ)ですね。」

「まあ、手始めにな。遠征の最初の敵というわけだ。」

「それにしては兵糧を運ぶ兵站部隊が少ないですね。」

「一応、緊急出兵という形を取っている。大軍を出したら準備をしていたと言うことになるからな。大義名目が重要だ。」

 「銃剣着きの鉄砲隊が2000ですか。壮観ですね。」

「どれほど戦えるか、まだ未知数だ。」

「ふふっ、自信がお有りのようですね。後方の騎馬隊は竜騎兵ですか。」

「竜騎兵か。いい名前だ。これからそう呼ぶことにしよう。・・・だが何故(なにゆえ)龍なのだ。」

 「龍は火を吐きます。火器を持った騎兵は竜騎兵と呼ばれます。短銃も開発されたのですね。」

「うむ。威力は弱いが接近戦では便利だ。各自、2丁ずつ持っておる。」

「散弾銃ですか。」

「散弾か、接近戦だったらそれもいいな。今回は残念ながら1発玉だ。」

「戦いを見させていただきます。」

 信貴軍は豪雷の山街道の国境から豪雷城下町に入った。

国主の豪雷佐清(ごうらいすけきよ)は大手門を出て信貴軍を迎えた。

共侍(ともざむらい)は鎧を着た10人だった。

以前マリシナ軍を国境で迎えた時も共侍は少数だった。

豪雷佐清(ごうらいすけきよ)は猟師の懐(ふところ)に入る窮鳥(きゅうちょう)となって生き残って来たらしい。

 「信貴鳶高様、この度(たび)の素早い援軍、佐清(すけきよ)感謝に耐えません。」

「豪雷は仲間だ。気にすることはない。で、どうなっているのだ。」

「国境の手前で何とかくい止めておりますが、戦況は捗々(はかばか)しくございません。」

「そうか。早速、行ってみよう。案内人をつけてくれんか。同士討ちは避けねばならん。」

「1小隊を先導させます。」

「そうしてくれ。」

 「・・・あのーっ、あの股旅姿はマリシナ国のマリア殿ではございませんか。」

「気付かれたか。マリア殿には招待状を出して来てもらった。強くなった信貴国の軍を見てもらうためにな。・・・マリア殿、ここに来られんか。」

マリアは近づき言った。

「豪雷佐清様、お久しぶりでございます。」

「マリア殿に会えるとは思わなかった。お元気そうですな。」

「おかげさまで。鳶高様から招待され戦見物に来ました。」

 「マリア殿がここに居られると言うことは100万の援軍を得たも同様です。」

「私は今回は見物するだけです。援助は致しません。」

「いやいや、マリア殿が居られると言うことはこの戦が必ず勝つということです。安心できます。」

「鳶高様の采配を興味深く拝見しようと思います。」

 信貴軍は長岡国との国境近くの草原で陣を張った。

夕刻に近づいたからだった。

前方には豪雷軍が陣を張っており、その先には長岡軍が対峙していた。

豪雷軍2000、長岡軍5000という勢力だった。

双方の武器はこれまで通り槍と弓と騎馬が主体となっているようだった。

信貴軍は鉄砲隊2000と竜騎兵500という構成だった。

数的には5000対4500の戦いだった。

 夜が明け、朝飯を食べ終わると戦いが始まった。

信貴鳶高が命じた。

「1番太鼓を打て。」

ドロドロドロドロカカカドン、ドロドロドロドロカカカドン。

10列縦隊に隊伍を組んだ鉄砲隊が脚を揃えて前進し、豪雷軍に進むと豪雷軍は左右に分かれて鉄砲隊を通した。

 鉄砲隊2000人が豪雷軍の前に出ると信貴鳶高が言った。

「2番太鼓を打て。」

ドロドロドロドロカカカドンドン、ドロドロドロドロカカカドンドン。

鉄砲隊は10人単位で整然と左右に進み1列3段の広い戦線を形成した。

整然とした軍勢の展開で長岡軍は弓隊を前面に出し、後ろに長槍隊を配置させる戦線を構築した。

 「3番太鼓を打て。」

鳶高は命じた。

ドロドロドロドロカカカドンドーンドン、ドロドロドロドロカカカドンドーンドン。

竜騎兵500のうち400が後方から左右に馬を飛ばし鉄砲隊の左右に陣取った。

長岡軍はそれを見て騎馬隊が長槍隊の後方に左右に分かれて臨戦態勢を取った。

 「よし、4番太鼓。」

ドロドロドロドロカカカ・・ドロドロドロドロカカカ・・ドロドロドロドロカカカ。

鉄砲隊の1列目が斉射した。

その後2列目は1列目の前に前進し斉射し、3列目はその前に出て斉射した。

まだ矢が届かない距離からの攻撃だった。

 長岡軍は最初の斉射後、生き残った兵士は側の盾の影に隠れたが盾は鉄砲の弾を防ぐことができなかった。

掩体のない草原で長岡軍の弓隊と長槍隊は2000丁の鉄砲の一斉射撃でほとんど壊滅した。

長岡軍の騎馬隊は馬の制御に手間取った。

騎馬隊の馬は軍馬だったが、これまで鉄砲の音を聞いたことがなかったのだ。

 「よし、5番太鼓を打て。」

信貴鳶高は満足そうに命じた。

ドロドロドロドロドロドロドロ・・ドロドロドロドロドロドロドロ。

竜騎兵が敵の騎馬隊に向けて突撃した。

戦況を見れば、竜騎兵を出す必要はなかった。

鉄砲隊が騎馬隊を遠くから撃てばことは終わったはずだった。

 信貴鳶高は竜騎兵の戦いぶりを見たかったのだ。

一兵の損失も無しに敵騎馬隊を殲滅できるのか、多少の犠牲が出てしまうのかを知りたかった。

竜騎兵は相手騎馬に近づくとまず長銃を撃って敵を仕留めた。

入り乱れた乱戦になると左手に銃剣長銃を持ち、右手で腰から短銃を抜いて撃った。

撃ち終わると短銃を腰に差し、もう一丁の短銃を撃った。

 「銃を撃ち終わったら早急に戦場から離脱し弾を込めよ。」が竜騎兵に対しての命令だった。

結局、400騎の竜騎兵のうち2人が傷を負った。

短弓で射られたのだった。

相手騎馬隊の方が味方より少ない数だったのに犠牲が出た。

鳶高は鉄砲隊で騎馬隊を倒す方が容易だと認識した。

弓矢で馬は倒れないが鉄砲では馬は容易に倒れる。

もったいないが馬を撃ってから武者を撃てばいい。

馬から落ちた騎馬武者に弾を避ける掩体はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る