第72話 72、信貴城下での宣伝
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マリアはその場で100両を支払い、番町の元井筒屋に行った。
途中で掃除道具を買い、掃除を始めた。
雨戸を開け、家屋を雑巾掛けし、倉庫を整理し、庭を掃いた。
物や家具がなかったので掃除は容易だった。
屋根看板や提灯(ちょうちん)や暖簾(のれん)はゆっくり対応すればよかった。
掃除は昼過ぎには終わった。
マリアは娘5人を「マリア陸送」に残し、人力車を運んでくるためマリシナ国中之島に向かった。
娘達の一人に連絡をさせれば済むことだったが、信貴の城下では鳶高殿様の監視(興味)の目がある。
関所を通らないで連絡することは相手に疑念を抱かせることになる。
マリアの行動は明々白々(めいめいはくはく)でなければならなかった。
「またマリア殿か。今度は何じゃな。」
マリア達は関所で聞かれた。
「信貴城下で人力車の運送業を始めることにいたしやした。商売道具の人力車を仕入れるためにマリシナ国に行くところでございやす。」
「人力車というのはこの前、殿が乗っておられた乗り物だな。」
「左様にございやす。」
「分かった、通って良い。次に来る時は人力車を引いてくるのだな。」
「はい、その予定です。その節はよろしくお願いいたしやす。」
「詮議はするぞ。」
「心得ておりやす。」
二日後、マリアは10台の人力車と20人の車娘を連れて再び関所に来た。
「それが人力車か。この前はよく見えなかったがなかなか乗り心地が良さそうだな。」
「おかげさまで繁盛しておりやす。」
「車を引いているのは兵士なのか。脇差を差しておる。しかもマリシナの兵士と似たような服装をしておる。」
「左様にございます。車娘はいずれも居合抜きの達人でございます。三度笠も道中合羽も刃物は通りません。鎧と同じです。」
「客は安心だな。」
「『安全安心で家から家に』がマリア陸送の謳(うた)い文句でございやす。」
「分かった。通ってよい。」
マリアと10台の人力車と20人の車娘は信貴城下に到着した。
「マリア陸送」と墨書きされた新しい屋根看板と辻行燈(つじあんどん)風の行燈看板が準備されていたが、
暖簾と提灯はまだだった。
翌日、マリア達は豪雷国でのように宣伝活動を始めた。
10人の娘達は貸衣装屋から娘衣装一式を借り、着飾り、旅の埃(ほこり)を払い磨き上げた人力車に乗った。
人力車を引く10人の車娘は新品の三度笠に道中合羽を羽織り、筒袖の上着と股引きと下駄履きの衣装に脇差を差した。
三度笠は薄い鉄板で裏打ちされた三度笠に赤漆を塗った幅広の笠で、襟(えり)の高い膝下までの道中合羽は防刃繊維だった。
マリアは若衆姿で先頭の人力車に乗った。
豪雷国とは違って人力車の後には大太鼓を載せた荷車が付いていた。
着物姿の娘が袖を捲(まく)って太いバチを持ちドロドロドロドロカンカンカンカン、ドロドロドロドロカンカンカンカンと打ち鳴らした。
太鼓の音に町家からは物見高い人々が表に出てきた。
人力車群は最初に小野木一家の前に行った。
太鼓の音に小野木親分は通りに出ていた。
「小野木親分、今日は人力車の宣伝です。屋根看板を掛けていただいたそうですね。ありがとうございました。」
「いやなに、ほんのご祝儀がわりだ。これが人力車ですか。娘さんも器量良しだ。」
「みんな居合いの達人ですが、博打の方はまだまだです。小野木一家の賭場で腕を磨こうと思います。」
「ふふふっ、待っております。」
マリア達は次に太鼓を打ち鳴らしながら米問屋、井筒屋の前に行った。
井筒屋の主人、井筒屋錝太郎が表に出てきてマリアに言った。
「これが人力車ですか。艶(あで)やかな娘さん達が乗っておられるのですね。」
「みんな人力車を引く車娘でございます。おかげさまでマリア陸送を開くことができました。ありがとうございやす。」
「どういたしまして。機会があれば利用させていただきます。」
「車娘は全員が居合抜きの達人です。安心してご利用ください。料金は駕籠の半額でございます。一里(4㎞)で200文(5千円)でございます。」
「おやおや、早速のご商売ですね。」
「商売の方はまだ初心者でありますれば。」
「マリアさんのことは調べてみました。マリアさんは恐ろしいお方なのですね。マリシナ国のお殿様で鍋田国を滅ぼし、豪雷、大友、吉祥の2万の軍を打ち破り、信貴城を陥落させたそうです。湖の周りの国のヤクザ組織の頭目でもあるとも聞きました。信貴国も金蔵(かねぐら)の金鉱山も奪われたということでした。」
「おやおや、たった数日でよく調べましたね。井筒屋はしっかりした情報組織をお持ちのようです。」
「負けました。『おやおや』で返されてしまいました。ふふふっ。」
「ふふっ、その節はご利用ください。では失礼いたします。」
マリアは人力車群を信貴城の大手門の前まで移動させた。
信貴鳶高への感謝と報告をするためだった。
大太鼓をドロドロドロドロカンカンカン、ドロドロドロドロカンカンカンカンと打ち鳴らしながら大手門に近づくと信貴鳶高が共侍を連れて橋を渡って出てきた。
「やあ、マリア殿。いよいよ開店だな。」
信貴鳶高は先頭のマリアを見上げて言った。
マリアは人力車を降りて地面に片膝をつけて頭を下げた。
娘達は人力車を降りて人力車の横に立ち、車娘は人力車の引き手を下げ、人力車の側に出て片膝の形を取った。
「いや、マリア殿。マリア殿に頭を下げられると面映(おもはゆ)い。頼む、立ってくれんか。」
マリアは黙って立ち上がると言った。
「鳶高様、おかげさまで信貴城下町にマリア陸送を立ち上げることができました。感謝いたします。」
「たいした事はしていない。派手な宣伝だな。人力車に乗っている娘達も連れて来たのか。」
「はい、全て人力車を引く車娘でございます。今回、10台の人力車に対し20人を連れてきました。1日ごとに交代で引きます。」
「みんなマリシナ兵士なのだな。」
「左様にございます。」
「中之島で武芸を磨いていた娘達か。」
「皆、居合抜きの達人でございます。」
「城下も賑(にぎ)やかになるな。」
「できる限り平和裡(へいわり)に事を処理する所存です。」
「マリア殿が言うと恐ろしそうな言葉だな。まあ、何か頼み事があれば言ってくるがよい。できる限り平和裡に事を処理しよう。」
「ありがとうございます。それでは失礼し、宣伝を続けようと思います。」
「分かった。またな。」
信貴鳶高は人力車の車列が見えなくなるまで見送った。
そして共侍(ともざむらい)に言った。
「そち達も気をつけた方がよいぞ。人力車の車娘は10㎝もある丸太を一瞬で三つ切りにするし、落ちてくる木の葉を半切して刀身に載せることができる。恐ろしい腕だ。」
マリア陸送の宣伝走行は街の諸所で停まった。
娘達は微笑みながら用意してあった看板を掲げた。
「マリア陸送の人力車」、「家から家に安全旅行」、「お駕籠の半額」、「美しい車娘の護衛付」、「雨にも濡れない」、「小荷物も大丈夫」、「お申し込みは『番町』のマリア陸送に」などが書かれた看板だった。
マリア陸送の町名にだけ紙が貼られて変更されていたので、宣伝看板は豪雷国で使った物だったらしい。
豪雷ー福竜の長距離便のおかげだった。
その後、人力車は娘を乗せて1週間ほど城下町を走った。
走った歩数で距離を概算し、町の名称を教えてもらい、人力車に乗った娘はそれを記録し、マリア陸送に戻って信貴城下町の(あまり正確でない)おおまかな地図を作って行った。
他国から来た新参者が運送業を始めるのだ。
地図は必要だった。
そしてそれは軍事的にも重要なものでもあった。
マリア陸送の車娘の娘達は毎夜のように賭場にでかけた。
半数、10人が艶(あで)やかな娘姿で出かけ、半数はマリア陸送で客を待った。
賭場は嶋崎一家の賭場と小野木一家の賭場で、5人ずつが参加した。
小野木一家の賭場では丁半博打に参加し、勝ちも負けもせず、場所代を支払い、ホステスのように賭場の花になって小野木一家に貢献した。
嶋崎一家の賭場では一転して鉄火場博打に参加し、鬼のように勝ち捲(まく)った。
「こんばんわ。今夜も勝たしてもらいに来たわ。」
娘達はそう言って客引きの女に声を掛けてから嶋崎一家の賭場に入った。
女は「いらっしゃいまし」と言ったが明らかに無愛想だった。
勝ちまくる客は上客ではないのだ。
嶋崎一家の壺振りは新しい壺振りに変わっていたが、自在にサイの目を出せる腕は持っていなかったようだった。
自在に賽の目を出せなければ勝負を制御することは難しい。
それでも壺の中のサイの目は読めているようだった。
娘達は手持ちコマの半分だけを賭けるやり方をした。
娘達は勝ち続けたが賭けるコマが多くなると時々負けることがあった。
「壺振りのお兄(にい)さん、ツボを開ける時にサイを引っ掛けるのは止めてくれないかしら。予想したサイの目が変わってしまうでしょ。サイはツボの真ん中に置いてほしいわ。」
娘の一人が言った。
「お嬢さん、あっしがイカサマでもしているとおっしゃるんで。」
「いいえ。イカサマではないわ。それは壺振りさんの腕前よ。お兄さんがツボの中の目を読めていることは分かっているわ。可愛い娘の小さな小さなお願いなの。」
「あっしはあっしのやり方しか知りやせん。今まで通りツボを振らせていただきやす。」
壺振りは憮然(ぶぜん)とそう言ったが、そんなやり取りで客の目はサイコロがツボの真ん中にあるかどうかに注目するようになった。
壺振りはサイコロをツボの真ん中に置かざるを得なくなった。
客はツボの中に止まっているサイの目に賭けるのであって、その後の動きの結果に賭けるのではない。
コマを掛けた後にサイコロを動かすなら、ツボは必要なくなる。
丁半を張り終えたら丁半双方の代表客が1個ずつのサイコロを同時に投げても面白いかもしれない。
娘達は2両を儲けると勝負を止め、集まってお寿司を食べ、お茶を飲んだ。
「皆さんは毎晩来られるのですね。」
商家の若旦那風の男が娘達に声をかけた。
「いいえ、私たちがここに来るのは4日毎よ。私たち、夜は忙しい時と暇な時があるんです。浪費癖があるのでここに来て儲けないと生活できないの。貴方(あなた)は毎日来られるのですか。」
「いいええ。数日おきですよ。でも、いつ来ても皆さんをお見かけしますんでお聞きしました。」
「きっと別の仲間かもしれませんね。今夜は儲けましたか。」
「はい、皆さんと同じように張ったら勝つことができました。感謝しています。」
「それは良かったですね。」
「皆さんはどうしてそんなに勝てるのですか。」
「娘の直感よ。」
「それでは真似ができないですね。」
「そう言うことよ。」
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