第71話 71、賭場で大勝ち 

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 マリアと鳶高は夕方まで話していた。

鳶高がマリアと共に天守閣の扉を出てくると警護の供侍(ともざむらい)は一様に安心した表情になった。

警護の侍が様子を見にお茶を持って天守閣に入ろうとすると娘達はそれを実力で阻止しようとしたのだ。

鳶高はマリア達を大手門まで見送った。

 マリアは小野木一家に戻ると小野木親分に事情を話し、マリア陸送を開くことを伝えた。

「お殿様の肝煎(きもい)りですからね。だれも文句は言えませんや。井筒屋の家だったら位置的にもいい場所ですよ。」

 「駕籠屋はどこが仕切っているのですか。」

「駕籠は嶋崎が仕切っている。あんまり評判は良くないがな。」

「賭場で大勝ちした客は駕籠で帰らないと危ないと聞いたことがあります。」

「人力車が走り始めたら難癖を付けてくるだろうな。」

「まあ、返り討ちになるでしょうね。車を引く車娘は強いですから。」

 「だが車娘って言うからには娘さんなんだろ。」

「ゴロンボ浪人の5-6人なら10秒くらいで殺せると思います。度が過ぎれば殴り込みをかけますよ。殴り込みはヤクザの専売ではありません。」

「マリアさん達の家業は用心棒でしたね。」

「左様です。娘達の剣の腕は武芸大会で優勝できるほどの腕ですし、何と言ってもあっしらには組織力があります。湖の周囲の国々のヤクザは纏(まと)まっております。いざとなれば信貴城を落とした軍を出動させます。」

 「軍隊ですか。子供の喧嘩に親が出て行くようですね。」

「そうでした。慢心していました。反省します。殴り込みは車娘自身にさせます。」

「・・・参ったな。」

「難癖を付けてくるのを楽しみにして待っています。」

「・・・参ったな。」

 マリア達は宵の口から嶋崎一家の賭場に行った。

前回この賭場に行った時には娘達は着物姿に兵児帯(へこおび)をラフに巻き、長脇差を差していた。

今回は大勝ちをする予定だったので自由に動ける股旅姿で出かけた。

 賭場は以前と同じで小路を入った突き当たりの宿屋の2階だった。

小路の入り口付近には前と同じように愛想の良さそうな女が立っていた。

「嶋崎の賭場はここかい。」

マリアは前と同じように女に言った。

「そうですよ。・・・思い出した。前に娘姿で来た方ね。今日は勇ましい姿ね。」

「これが本来の姿でさ。通るぜ。」

 マリアは前と同じように1両(10万円)でコマ32枚を受け取り娘達に3枚ずつ分配した。

コマ1枚は半朱(3125円)で変わらなかった。

娘達はいつものように二人がペアを組み、最初は丁半同時に賭けて勝ち負けなしとし、その間、必死になってサイコロの音を聞き分けようとした。

サイコロの目が判るようになると勝負を始めた。

 娘達は常に手持ちのコマの半分を賭けた。

3枚のコマの1枚を賭け、勝てば4枚になったコマの2枚を賭けた。

それに勝つと6枚のコマの3枚を賭けて勝ち、9枚になったコマの4枚を賭けて勝ち、13枚になったコマの6枚を賭け、コマを19枚にし、9枚を賭けて28枚とし、14枚賭けて42枚にした。

 連続7回勝てば3枚のコマ札は42枚になる。

1両は16朱でコマの数では32枚。

場所代の1枚を加えると33枚で1両に換金できる。

娘達はコマ数が42枚になると1両に換金し、別の娘達に替わるか、残りの9枚で再び勝負に参加した。

半数ずつ賭けて行く方法では(壺振りの腕で)たとえ負けても損害は手持ちのコマが半分になるだけだ。

 丁半博打での1回の勝負時間はおよそ5分だ。

7回の勝負にかかる時間は35分。

娘達はおよそ1時間の勝負で2両(20万円)の小判を得た。

10人だから20両になる。

20両もと言うべきか20両しかと言うべきか。

 マリアは胴元のところに行って言った。

「胴元さん、今日はあっしらはツキに恵まれているようです。大勝負をしたいのですが賭ける駒札の数が増えますんで困っていやす。大店(おおだな)の旦那衆がお使いになるような大駒はありますでしょうか。」

「あることはあるが手数料は高え。それでいいか。」

「どのような駒札でしょうか。」

「1枚が1両だ。換金時には1枚が必要だ。だから1枚だけでは換金できない。」

「それで結構でございます。3枚ほどいただきやしょう。」

 マリアは大駒札を持って壺振りの近くの場所の娘と交代して勝負に参加した。

娘達はマリアの後ろに陣取って成り行きを見つめた。

壺が振られ、マリアは丁に1枚を張った。

娘達も51(ぐいち)の丁だと一致した。

「勝負、・・・51の丁。」

マリアは1両を儲け、コマは4枚になった。

 次の勝負ではマリアは半に2枚を賭け、再び勝った。

コマは6枚になった。

3回目は張らず、見(けん)とした。

サイの目に確信を持てなかったからだった。

娘達は44(しぞろ)だと主張したがマリアは張らなかった。

結果は44(しぞろ)の丁だった。

 「あんた達の方が耳がいいようね。次もよろしくね。」

「はい、マリア姉さん。」

次の勝負ではマリアは3枚のコマを張り、勝ってコマは9枚になった。

マリアは次も4枚を張って勝負し、勝ってコマを13枚にした。

マリアはその後、持ち札の半分を賭ける方法を使ってコマ札を19枚、28枚、42枚と増やしていった。

 壺振りの額からは大粒の汗が吹き出していた。

振るツボも震えているように見える。

壺振りにとって何十両もの勝負は緊張する大勝負なのだ。

「ここで休憩を取らしていただきます。」

中盆の男が言った。

壺振りが役に立たなくなったからだった。

マリアは帳場で大駒札41枚を小判40枚(400万円)と交換した。

これでその夜、マリア達が強盗に襲われるのは(おそらく)確実になった。

 マリア達が出されたお寿司を食べ、お茶を飲んでいると馬子(まご)らしい男が近づいてきて言った。

「あんたら今日は調子がいいようだな。おかげでこちとらも大儲けだ。あんたらが賭けた方に賭けたら負け知らずだ。ありがとうよ。」

「それは良かったですね。」

 「あんたら今日、朝っぱらから町を歩いていなかったか。」

男はそう言って徳利の酒を口飲みした。

「ええ、ちょっと用事がありやしたんで。」

「変な行列だったんで良く覚えてら。行列の最後に馬を引いていたのは馬事取り締まり方の馬場様ではなかったか。こちとら馬子はまともに顔も見れねえお方だ。あんな偉いお役人様が馬の轡(くつわ)を取って一番後ろから歩いていた。」

 「左様でしたか。」

「番屋の役人も腰を低くしてヘコヘコしながら行列を案内して歩いておったわ。後ろの侍は体格がええし強そうだった。ありゃあ、よっぽど身分の高いお方じゃあないのか。」

「お城の殿様でした。」

「あんたら殿さんと知り合いなのか。」

「渡世人姿の娘に興味を持たれたみたいです。」

 「確かにな。娘渡世人なんて滅多にいねえ。城の殿様と会えたのも運が良かったからだ。しかも、その運が夜まで続いているってわけだな。おかげでこちとら大儲けだ。ありがとうよ。」

「どういたしまして。お帰りは気をつけてくださいね。運を放さないように。」

「そのつもりや。」

 賭場はそのままお開きになった。

壺振りの代わりがいなかったようだ。

娘達は残りのコマ札を換金し、マリアは大駒札を懐に入れた。

残り1枚しかないのだから換金できない。

 マリア達は他の客といっしょに表に出た。

急に賭場がお開きになったから客は一斉に帰る。

客は三々五々、纏(まと)まって帰る。

大勝ちした客を個別に襲うのは難しい。

 マリア達は襲いやすいように纏(まと)まって通りを歩いたのだが小野木一家に着くまでとうとう襲われなかった。

「襲われなかったわね。まあいいか。また行って儲けましょう。」

「はい、マリア姉さん。」

娘達は懐の財布の中の2両余りの重さを感じながら答えた。

 翌日、マリア達は番町米問屋の空き家の購入のため移転先の井筒屋に行った。

「御免くださいやんし。」

股旅姿のマリア達が店に入ると従業員は少し驚いて言った。

「いらっしゃいませ。あのー、マリアさんでしょうか。」

「そうです。」

「お待ちください。すぐに主人を呼んで参ります。」

そう言って奥に駆けて行った。

 すぐに奥から小太りの男が出てきて言った。

「マリア様でしょうか。私は井筒屋の井筒錝太郎と申します。あのー、以前の店の購入に関していらっしたのでしょうか。」

「マリシナ国のマリアです。よくご存知ですね。」

「昨夜、お城から使いがありまして、あの家はマリシナ国のマリア様にしか売ってはならないと言われました。驚きました。殿様の直々(じきじき)のご命令だそうです。」

「そうでしたか。直ぐに動いたのですね。・・・空き家購入の交渉に入っても宜しゅうございますか。」

 「もちろんです。どうぞお上がりください。」

奥座敷で井筒屋錝太郎が言った。

「あのー、売却価格を決める前にあの店をどのようにお使いになるのか、お聞かせ願えますか。」

「人力車の店にするつもりです。名前は『マリア陸送』です。」

「人力車とはどのような物ですか。」

「荷車を人が乗れるように改造したのが人力車です。車娘(しゃこ)が人力車を引きます。駕籠と同じような運用です。」

 「聞いたことがあります。豪雷国では城下を走っているそうですね。」

「はい、最近では豪雷城下から福竜城下までの長距離便も走っております。また、湖の周りの国でも走っております。」

「分かりました。お売りいたしましょう。金額は100両(1000万円)です。」

 「たったの100両ですか。マリシナ国はお金持ちです。信貴国から貰った金鉱からはむざと多量の小判が生まれております。」

「皆の役に立つ店になるのです。只で差し上げても良いと思っております。」

「分かりました。100両で買わせていただきます。」

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