第69話 69、殿様と食事
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小野木寛治が言った。
「お若いのに親分さんかい。漫遊の旅とは剛気だな。一家が安定している証拠だ。薩埵とか大石とかいう国は湖の周りの国かい。」
「左様にございます。湖の畔(ほとり)には福竜、薩埵、白雲、大石、マリシナ、石倉、五月雨の7カ国が並んでおりやす。」
「マリシナって国は信貴城を攻めて金鉱を奪った国なのかな。」
「左様にございます。」
「信貴国を降伏させたって国は強いってことだ。何で他の国を征服しないんだ。」
「国民の人数が少ないからじゃあないんでしょうか。」
「人数が少なくたって、組織の上を抑えれば支配はできる。」
「そう言えばそうですね。何ででしょう。」
「・・・まあ、ゆっくりしていってくれ。今日は賭場が開く。小さい賭場だが遊んでいってくれ。」
「ありがとうございます。そうさせていただきやす。」
マリア達は溜まりの一室に入ったが一息つくまもなく子分がとんできた。
「あのー、マリアさん。お客さんが訪ねて来ているのですが、どうしましょうか。」
「私に。・・・誰かしら。」
「殿様です。この国の殿様です。ご家来衆を外に待たして突然入って来ました。」
「まあっ、早いわねえ。関所から連絡があったのね。・・・分かりました。行きましょう。」
マリアが玄関に行くと信貴鳶高が上り框(あがりかまち)に腰掛け、小野木寛治は土間の隅に他の子分と共に平伏していた。
マリアを見つけると信貴鳶高は言った。
「おおっ、マリア殿。久しぶりじゃな。関所から知らせが来てな。居ても立っても居られず飯も食べずに飛んで来た。」
「鳶高様もお元気そうですね。」
「うむ、元気じゃ。・・・マリア殿、鉄砲ができたぞ。」
「それはおめでとうございます。早かったですね。刀匠達と一緒になってお考えなされたのですね。」
「暇だったからな。改良もしておる。後装式にしようと思ってな。」
「これで次弾の装填は3秒でできますね。」
「驚かないのか。」
「驚いております。武器は進歩するものです。後装式の次は連発式を考え、その次は速射できる機構を考えると思います。」
「マリア殿は先の先を考えているのだな。・・・どうじゃ、一緒に飯を食わんか。積もる話もある。・・・城に来いとは言わん。城下の料亭で飯をどうじゃ。ワシは少しは酒も飲むがな。」
「宜しゅうございます。この小野木一家はこれから賭場を開かなければなりません。我らが玄関で話を続けると賭場の準備ができません。外で食事をしましょうか。」
「そうしてくれるか。ありがたい。」
「でも鳶高様、暫くお待ちください。私はこのように股旅姿でございます。鳶高様と出会った時の若衆姿か娘姿でお話ししたいと思います。」
「マリア殿と話せるならいくらでも待つ。何ともない。」
「ありがとうございます。・・・あのー、小野木親分、この家に娘衣装はありませんか。なければ貸衣装屋から借りようと思います。」
「はいっ、娘の衣装がございます。」
「貸していただけませんか。」
「喜んでお貸しいたします。」
「ありがとうございます。・・・鳶高様、鳶高様は外で暫くお待ちください。準備いたします。」
「分かった。その間に臣下に適当な料理屋を探させよう。」
1時間後、マリアと信貴鳶高は料理屋に出かけた。
マリアは娘姿だった。
二人の後には信貴鳶高の家来と娘姿をした娘達が着いていった。
二人が行った料理屋は通りから小路を少し入った場所にあった。
「ここは家臣達が宴会をする料理屋らしい。ここに入るのは初めてじゃ。」
「なかなか静かそうなお店ですね。」
「他の客は追い出したんだろう。」
「まあっ。・・・お城は修理できましたか。」
「うむ。前と同じようになった。焼けた家臣の家も再建された。懐は寒くなったが城下は景気が良くなった。」
「すみませんね。」
「まあ、金山はお落とし前だからな。しかたがない。金鉱はうまくいっているのか。」
「坑夫の応募が絶えないようでございます。」
「相変わらず10倍の賃金を払っているのか。」
「はい、でも良質の金銀銅が採れますので損はしておりません。」
「ワシもな、金鉱という金庫を失って考えが変わった。マリア殿が言った「殖産興業」だったかな。産業を育(はぐく)み、民が豊かになれば国も豊かになると思うようになった。」
「最初は何を興しましたか。」
「製鉄業だ。鉄をたくさん作れば国は豊かになる。」
「昔、何処かの国で『鉄は国家なり』と言った宰相がいたと聞いたことがございます。これからの世の中は鉄がなければ成り立ちません。」
「確かにな。その宰相はどうなったんだ。」
「小さい王国をまとめ広大な一つの国家にいたしました。」
「・・・色々な所に密偵を放っておる。話をまとめると何処の国もまだ鉄砲を持っていないらしい。」
「鉄砲を使えば諸国を統一できますね。」
「長槍隊と弓隊は役目を終わったな。鉄砲隊に変えるつもりだ。」
「後装式の鉄砲だったら騎馬隊にも対応できますね。」
「うむ。300の騎馬隊が爆裂弾で壊滅したのでワシも爆裂弾を作らせた。だが作った爆裂弾は危険すぎた。何人も死んでしまった。安全な発火装置がなければ危険すぎる。当分は鉄砲で対応するつもりだ。要は鉄砲の数が多ければいいだけだ。」
「いよいよ全国制覇ですか。」
「まあな。鉄砲の威力を見れば大抵の国は降伏するだろう。降伏すれば上納金を取ることができるし、その国を戦わせることもできる。信貴国は鉄砲隊を送ればいいだけだ。」
「まるでヤクザの世界ですね。」
「ヤクザと同じなのか。よくわからん。」
「私は湖の周りの6カ国のヤクザを『環六』という組織でまとめました。一国で一つのヤクザ一家が環六に参加できます。そのヤクザ一家が攻撃を受けた場合はマリシナ国の軍隊が相手を滅ぼします。環六に入っているヤクザ一家は周囲のヤクザ一家を傘下に置きます。環六の傘の下に入っていれば強力が助っ人(すけっと)がいるので安心です。結局環六に入っているヤクザ一家の下に子ヤクザ一家が入り、子ヤクザ一家の下には孫ヤクザ一家が入ります。環六に入っているヤクザ一家は環六に上納金を払わなければなりません。その一家は子ヤクザ一家から上納金を徴収して環六への上納金に当てるわけです。孫ヤクザ一家も子ヤクザ一家に上納金を払います。そんなわけで環六には大金が入って来ます。」
「環六を束(たば)ねるのがマリア殿というわけだな。」
「一応、『総長』という肩書きになっております。総長の権限は環六に入るヤクザ一家を決めることだけです。」
「確かに、そんな組織は国の組織にも使えそうだな。各地に守護大名を配置させ、守護大名は配下の大名から上納金を得、守護大名はワシに上納金を払うわけだ。ワシは守護大名を決める権限だけを持つわけだな。・・・だが、そのためには強力な軍事力を持たねばならんわけだな。ふーむ。・・・個別に支配するのとどちらがいいかだな。」
「ふふっ、取らぬ狸の何とかですね。」
「ふふふっ、その通りだ。」
話は尽きなかった。
マリアは真夜中近くに小野木一家に帰って来た。
小野木親分は起きて待っていた。
「お帰りなさいまし。」
「親分、待っていらっしたのですか。申し訳ありません、お迷惑をおかけいたしました。」
「とんでもありません。ヤクザの家に殿様が来るなんてとてつもなく名誉なことです。」
「賭場は無事に開けましたか。」
「少し遅れましたが、何ともありません。」
「既に深夜です。事情は明日お話しいたします。今夜はどうぞお休みになさってください。」
「分かりました。でもこのままでは眠れるとは思いません。ちょっとでいいですから話してくれませんか。マリアさんは殿様とどんな関係なのですか。」
「昔、鳶高殿様を誘拐(ゆうかい)したことがあったのです。それ以来の知り合いです。」
「殿様を誘拐したのですか。驚きやした。でも殿様はマリアさんをえらく気に入っているように見えました。誘拐を恨んでいないのですか。」
「ふふっ、なぜでしょうね。・・・でも安心してお休みください。小野木一家に迷惑をかけることはないと思います。あっしらも休もうと思います。お借りした娘さんの衣装は洗ってお返しいたします。ありがとうございました。」
そう言ってマリア達は溜まりの部屋に戻って行った。
溜まりの部屋には夜具が敷かれていた。
翌朝の朝食は少し豪華だった。
薩埵国の小仏一家での朝食は一膳の飯と煮魚1匹と味噌汁とタクアンだったが、小野木一家での朝食はお櫃(ひつ)ご飯と煮魚2匹と肉の入った豚汁とタクアンと枇杷(びわ)だった。
小野木親分も子分も同じ場所で同じものを食べた。
「マリアさん、今日の予定は何ですか。」
小野木親分がマリアに言った。
「今日は城下を見聞しようと思いやす。駕籠の問屋場程度の大きさの空き家を見つけるか広い空き地を探そうと思います。」
「何かを始める予定ですか。」
「マリア陸送の支店を作るためです。マリア陸送では人力車業を営んでおります。人が乗れるように改造した荷車を車娘(しゃこ)が引くのです。駕籠は二人が必要ですが人力車は一人で引くことができます。湖の周りの国では結構人気があります。豪雷国でも走っています。豪雷国から福竜国まで1日で着くことができるんです。少しお金持ちの旅行好きな方は朝に豪雷を出発し、夕には福竜の宿に泊まり、翌朝にはマリシナ廻船の筏船に乗って湖の6カ国を1日で周遊してから福竜に泊まり、翌日は1日かけて豪雷に帰ることができます。そんな旅行をほとんど歩かないですることができます。車娘はマリシナ国の兵士ですから十分に強く、旅行は安全です。」
「マリアさんはそんなことをしているのですか。」
「豪雷から福竜までの距離は信貴から福竜までの距離と同程度です。信貴から福竜までの人力車路線を開こうと考えております。まあ、信貴国には詮議が厳しい関所がありますから鳶高殿には詮議無しのお願いをするつもりです。ふふっ。」
「鳶高殿って殿様のことですか。」
「そうです。」
「関所を詮議無しで通るのですか。」
「できるかもしれませんね。」
マリア達が股旅姿で表に出ると信貴鳶高が10人ほどの家臣を連れて待っていた。
後ろの家臣は馬を引いていた。
「まあっ、鳶高様。待っておられたのですか。」
「うむ。押しかけたら迷惑をかけると思ってな。外で待っておった。」
「昨夜は楽しい時を持つことができました。ありがとうございます。」
「普通に聞いたら情事があったように聞こえるな。マリア殿は今日は何をするのだ。そんな出立(いでたち)では出立(しゅったつ)してしまうのか。」
「いいえ。今日は信貴の城下を散策しようと思っております。」
「娘姿でないということは何かを企(たくら)んでいるのだな。」
「左様にございます。」
「一緒についていっていいか。」
「宜しゅうございます。」
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