第68話 68、数年後 

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 マリシナ軍が最初の関所に戻ると関所の役人は居なくなっていた。

鉱山奉行の甲斐耀蔵が指示したと思われた。

マリアは1中隊100人の兵士を荷車に満載された米俵と共に関所に残した。

関所をマリシナ軍の駐留地にしたのだ。

 次の関所も無人だった。

甲斐耀蔵は信貴鳶高に近づき頭を下げて言った。

「殿、甲斐耀蔵は一旦、鉱山に戻ります。ご下知をお待ちいたします。」

「そうしてくれ。マリア殿のお考えもあろう。とりあえず鉱山を守っていてくれ。」

「御意に従います。」

そう言って甲斐耀蔵は関所から続く山道を登って鉱山に向かった。

 「マリア殿、金鉱はどうしたらいいかのう。マリア殿が信貴国の俸禄の10倍の賃金を出すと言い出した時には驚いた。家老の俸禄よりもずっと多い。」

「世の中にはなりたくない仕事がございます。「汚い」、「きつい」、「危険」という「き」から始まる仕事です。坑夫の仕事はそんな仕事です。「汚い」、「きつい」、「危険」な仕事なのに賃金は高くありません。だれにでもできる仕事だから賃金が安いのです。もし賃金がこれまでの10倍になったらそんな仕事に就きたいと思う人間は出てくると思います。ご家老様の俸禄よりも多い賃金を貰えるのなら暫くなら働いてみようかと思う人間は出てくると思います。」

 「確かにな。信貴国でも坑夫を集めるのには苦労していた。罪人を働かせた場合もあった。確かに、家老よりも高い賃金なら募集をかければ人は集まるはずだ。だがそれではマリシナ国は損をするのではないのか。」

「損してもいいのです。坑夫は小判をもらいそれを使います。信貴国が小判を使うのと変わりません。世の中には小判の供給が続くのです。これまでと変わりません。」

 「それではまるで人助けではないか。」

「マリシナ国は金山で豊かになるより傭兵と商売で豊かになろうとしております。」

「マリア殿が治国は苦手だと言った意味が分かった。」

「世の中にはいろいろな考えの人が住んでおりますから。」

若い信貴国の国主と若そうに見えるマリシナ国の国主が楽しそうに議論を交わしていた。

マリシナ兵士はそれを近くで見ており、少し遠くで信貴国の兵士がそれを見ていた。

外目には二人は仲の良い友達のように見えた。

 マリアはその関所にも1中隊100人のマリシナ兵を残した。

関所は兵が駐留するには適していた。

家屋を改築すれば基地を作って駐屯地とすることも可能だった。

その地は水が出るのだ。

 2000人となったマリシナ軍は信貴国と福竜国に向かう三叉路に達した。

「信貴鳶高様、ここで鳶高様は捕虜から解放されます。人力車を降りて徒歩で国にお帰りください。」

マリアは人力車の鳶高に言った。

「そうか。それはありがたいな。長い間、世話になった。また会えるかな。」

 「私は渡世人であり、ばくち打ちであり、興業家でもあります。信貴国の城下にヤクザ一家を立ち上げるかもしれませんし、マリア陸送の人力車業を興すかもしれません。その節はお手柔らかにお願い申し上げます。」

「それと女忍者だったな。」

「私と会いたくなったら山街道の駐屯地に連絡すれば会えます。マリア陸送を立ち上げたらその店に連絡すれば会えると思います。」

 「マリア陸送と言うのはまるで諜報機関の出店みたいだな。」

「情報は重要です。」

「鉄砲は購入できるのかな。」

「ふふふっ。まだ武具屋は開店しておりません。でも多数の武具がマリシナ国に保管されております。我々には必要ないものです。武具屋を開店して武具を売り出してもいいですね。傭兵の国、マリシナ国としては鉄砲に勝る武器を開発しなければなりません。もう暫くお待ちください。」

「分かった。信貴城下での開店を心待ちにしておる。独自に作ってみようとも思っておるがな。」

 マリシナ軍は三叉路を右に曲がって福竜国への峠に向かった。

信貴鳶高は三叉路でそれを見送った。

信貴国の軍勢が近づくと鳶高は用意された馬に飛び乗り、兵士と共に信貴国に向かった。

信貴鳶高は時々振り返って小さくなっていくマリシナ軍の軍列を見た。

そして対等の話し相手が急にいなくなったと感じた。

 数年の年月が経った。

湖の湖畔の国々は平和な時を過ごした。

平和はマリシナ国の存在に依(よ)るところが大きかった。

ある国が他国を侵略しようとすれば侵略された国はマリシナ国に傭兵派遣をお願いする。

マリアはその要請を受けるだろう。

マリシナ国は侵略した国を滅ぼし侵略された国は侵略した国の3分の2を得ることができる。

 それは福竜国、薩埵国、白雲国、大石国、石倉国、五月雨国の国主のだれもが知っていることだった。

マリアはどの国の国主とも知り合いだったし、6カ国には毎日マリシナ廻船の筏船が廻っている。

マリア陸送の人力車も城下を走っている。

ヤクザ組織の6カ国の連合(環六)も確立している。

湖畔の国々の間では争いが起こる蓋然性はほとんどなかった。

争いを起こせば自国が滅びるからだ。

 外からの侵略も心配はなかった。

湖の国々に至る峠を越える唯一の街道はマリシナ国を通っている。

侵略しようとする国は最初にマリシナ国と争わなければならない。

マリシナ国を打ち破る軍隊がこの世にあるとは思えなかった。

そんな軍隊があったとしたら、その場合は戦わずに無条件降伏をすれば良かった。

 金鉱山はマリシナ国が管理した。

信貴国の鉱山奉行の甲斐耀蔵は信貴国の奉行を辞し役人共々(ともども)これまでの俸禄の10倍の賃金を貰ってマリシナ国に雇われた。

坑夫も精錬工もそれまでの賃金の10倍の賃金を貰うようになった。

 きつく危険な仕事を辞めて町に戻った坑夫は大金を持って暫(しば)しの悦楽の生活を送った。

1年間働けば10年分の賃金がもらえるのだ。

坑夫の募集には応募者が絶えなかった。

役人の仕事は次第にマリシナ兵に替わっていった。

役人とはいえど家族を持ちたいと思う者もいる。

山の生活は高給ではあるが孤独な生活なのだ。

 信貴国の信貴鳶高は鉄砲の制作を始めた。

自身が見た鉄砲の形を刀匠達に伝え、発火機構を思い出す限り話した。

刀匠達は刀や槍に使う良質の鉄板を筒状にし、その周りを鉄板で巻き、火薬の爆発に耐える太い鉄筒を作った。

 信貴鳶高が作った鉄砲の封鎖機構は最初はマリシナ軍が採用していたものと同じ螺子式(ねじしき)の尾栓であったが、鳶高は戦いにおける前装式の不便を解消するため後装式に改良して尾栓をなくし、火薬と弾を和紙で一体化した薬莢を使用するように改良させた。

日々の努力と意欲の成果だった。

 マリアは金の採掘が軌道に乗ると娘達を引き連れ、股旅姿での旅を再開した。

股旅は世間を知るには便利な方法だ。

徒党が組めるし、大金は持っていないから襲われないし、住所不定の輩(やから)で悪事をしてもすぐに国外に逃げることができる。

 マリア達は中之島から福竜に行き、峠を越えて川沿いに信貴国に向かった。

信貴国の入り口には相変わらず関所があった。

関所の門衛はマリアの顔を覚えていた。

丁重にマリア達を面番所に導いた。

 「マリシナ国のマリア殿であったな。だが、役目がら詮議せなければならぬ。在所、姓名、目的を申せ。」

面番所の役人が言った。

「代表してお答えいたしやす。あっしらはマリシナ国の渡世人でございやす。この度(たび)仲間を連れて信貴城下に行こうと思いやす。宜しく通過の御許可を願いやす。」

「以前『仲間』ということで騙されたな。仲間というのはそこにいる10人のことか。」

「左様にございやす。2300の軍団ではございやせん。」

「其方(そなた)には騙され続けたからな。・・・間違いないな。」

「間違いございやせん。」

「よし、通って良い。」

 信貴国城下町に着いたのは夕方にはまだ少しの時があった。

マリアらは茶店のような一膳飯屋に入って団子を食べながら聞いた。

「ご主人、あっしらこれからどっかの一家に草鞋(わらじ)ならぬ下駄(げた)を脱ぐつもりなんだが何処(どこ)の親分さんがいいかね。」

「あんたら娘さんなのに股旅者(またたびもん)なんかい。そうだな、嶋崎親分の所が一番でっかいんだが、子分のがらが悪いからな。小野木の親分さんのところがいいんじゃあないかな。」

 「そうですかい。嶋崎親分ってのは日光屋って旅館の近くで賭場を開いている親分さんですかい。」

「そうだ。人相の良くないごろんぼが賭場で酒を飲んでるって噂(うわさ)だ。」

「確かに。以前日光屋で教えられた賭場がそこでしたが、娘の行くところではないですな。勝ちましたがね。」

「よく勝って無事だったな。大勝ちしたら必ず駕籠(かご)に乗って帰らないと家には帰れないって噂がある。」

「まあ、儲けがそこそこだったから宿に帰れたんでしょうね。小野木の親分さんの所に行ってみやしょう。」

 小野木一家はお城に近い間口の小さい家で商店に挟まれた目立たない家だった。

子分らしい若者が家の前で土間箒(どまぼうき)に寄りかかって思案深げに街を眺めていた。

マリア達が近づいて行くと若者は緊張した面持(おもも)ちになった。

マリアは若者に言った。

 「ここは小野木親分さんのお宅でしょうか。」

「はい、そうです。御用ですか。」

「あっしらはマリシナ国の渡世人でございます。一宿一飯の恩義を賜りたく罷り越しました。仁義を切っても宜しゅうござんすか。」

「はい、親分は家におります。読んできますからどうぞお入りください。」

そう言って若者は家に入り、マリア達は軒先で三度笠を地面に置き、道中合羽を畳んで三度笠に載せ、暖簾をくぐった。

 奥から壮年の男が出て来た。

「娘さんの渡世人か。珍しいな。仁義を切ってくんな。」

「ありがとうございやす。・・・お控えなすって。」

そう言ってマリアは中腰になり、他の娘たちも中腰になった。

「お控えなすって。」

 「早速、お控えくだすって有難う御座います。ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、粗忽者ゆえ前後間違いましたる節はまっぴらご容赦願います。手前、生国生湯の水も分からねえ捨子。石倉隣、隠れ村で育ちました。姓は無く名はマリア。稼業、用心棒。昨今の駆出し者で御座います。大石の狛犬大五郎親分と縁を持ち、白雲の白鷺一羽親分の暖かい慈(いつく)しみを受け、薩埵の国では博打公認のマリア一家を立ち上げました。世間をまだ知らぬ身。漫遊の旅を始め、この地に着きました。以後、万事万端、一宿一飯、我ら11名。ざっくばらんにお頼申します。」

 「丁寧なるお言葉、有難うございやす。手前、小野木一家の小野木寛治と発します。この信貴の地で生まれ育った根っからの渡世人。以後、万事万端、宜しくお願い申します。大したおもてなしはできませんが、我が家同様、ごゆるりとお休みください。」

「しがねえ渡世人の仁義、暖かくお受けいただきありがとうございました。」

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