第67話 67、国境の確定 

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 一行は天守閣の前に行った。

「龍興様、これが信貴城の象徴である天守閣です。お話は天守閣の最上階でしようと思います。それで宜しいですか。」

「異存はありません。」

マリアは股旅姿の娘に騎馬隊に湯茶を出すよう命じ、天守にもお茶を持ってくるように言った。

 天気が良い日だったので天守閣最上階の扉は開け放たれており、さわやかな風が天守を通り過ぎていた。

3人は部屋に置いてあった床几(しょうぎ)に車座に座り、マリアから話を始めた。

「龍興様、龍興様は福竜国の全権大使のお立場でしょうか。」

「殿から信貴城の処理に関して全権を授かっております。」

「宜しゅうございます。・・・現在、信貴城の城内には一人の信貴兵士も居りません。広大な城なので100騎の兵では維持が難しいと存じますが、契約通り信貴城をお渡し致します。」

 「確かに受け取りました。しかし福竜国は直ぐに信貴城を放棄しようと思います。我らには信貴城を維持する自信がありません。」

「分かりました。私の提案を話しても宜しいですか。」

「ぜひともお聞きしたい。」

 「福竜国は信貴城を受け取り、信貴城の金蔵から150万両を出してください。その150万両から100万両を残金としてマリシナ国に支払って下さい。残りの50万両は荷車に積んで福竜国にお戻り下さい。千両箱が500個ですから20台の荷車で足りると思います。まあ千両箱5個くらいなら余計に持ち出してもいいと思います。めいわく料というわけです。マリシナ国は山街道の湖側をいただきます。ですからマリシナ国と福竜国は国境を接することになります。峠辺りが国境ですね。そうなると湖の国々に他国の軍が侵入する場合には必ずマリシナ国を通ることになります。マリシナ国はそれを許さないと思います。」

「適切な提案だと思います。我らの安全をマリシナ国が保障してくれることになります。」

 「・・・鳶高様、まだ信貴城の金蔵は見ておりませんが、どれくらいのお金があるのですか。」

「ワシも正確には知らないが一千万両くらいあるはずだ。150万両減ってもたいしたことではない。」

「200万両の身代金を払っても何ともないとおっしゃっておられましたからね。」

「だが、これからは節約しなければならんと思っておる。」

「いつまでも金鉱に頼ってはいけません。新たな産業を育(はぐく)み、他国が真似のできない工業を興さなければ全国統一は難しいと存じます。」

「ワシもそう思った。」

 話はすんなりと纏(まと)まった。

マリシナ国は契約通り150万両と金鉱を含む領地を得た。

福竜国は一銭も一兵も出さずに外敵を排除した。

信貴国は150万両と金蔓(かねづる)を失ったが国は存続した。

当事者の一角である豪雷、大友、吉祥の3国は協議に参加していなかったが、多数の兵を失っただけで敗北の賠償は求められなかった。

 福竜国の龍興興毅は20台の荷車に50万5千両を載せて福竜国に向かった。

100騎の騎馬隊が同行した。

途中のいざこざを避けるため、信貴鳶高は関長あての花押(かおう)付き書状を龍興興毅に渡した。

丁重に通せという内容だった。

 マリシナ軍は40台の荷車に100万両を載せて福竜国の荷車の後に着いて行った。

中之島に100万両を運ぶためだった。

マリアは荷車の護衛兼引き手として1中隊100人をつけた。

龍興興毅は後方から来る黒衣のマリシナ兵士を見て安心した。

マリシナ兵100人がいれば1000人の盗賊が来ても皆殺しにできる。

 3日後、マリシナ軍は信貴城を引き払った。

マリシナ国の新領土に行くためだった。

信貴鳶高はまだ捕虜の身で、前と同じ武家屋敷に寝起きしていた。

鳶高の食事は朝昼晩の3食が家老などから差し入れられていた。

差し入れ時には家老も同席し、今後の対応について毎回長話をしていった。

鳶高は山街道の関所と金鉱山に急使を派遣し、信貴国はマリシナ国に降伏したので敵対しないように命令した。

 マリシナ軍が隊伍を整え信貴城を離れると信貴家家臣は信貴城に入った。

マリシナ軍は城下町を通り、街道を早い速度で進軍した。

信貴鳶高は人力車に乗って隊列の中程でマリアと共に進んだ。

信貴軍1000人余りが早いマリシナ軍の後を必死になって着いて来た。

途中の関所では役人は平伏してマリシナ軍を通した。

 軍勢は茶店のある三叉路を山街道に向けて進軍した。

「鳶高様、この三叉路を国境といたしましよう。山街道の左側がマリシナ国、右側が信貴国です。山街道の中央が国境ですから山街道はどちらの国にも属しません。」

「了解した。」

「街道の管理はマリシナ国が行います。山賊がいない安全な街道にするつもりです。」

 「それも了解した。だが街道の警備は難しいぞ。」

「遠くから警備いたします。」

「だが周りは大木の林だぞ。見通しがきかない。」

「梢に隠れて警備します。マリシナ兵は身軽な忍者ですから。」

「鉄砲を使うのか。」

「近くは十字弓で、遠ければ鉄砲を使います。」

 「鉄砲の威力は強いな。盾を突き抜け、鎧も突き抜けてしまう。体を突き抜け後ろの兵の体で止まる。」

「これからの戦は鉄砲が中心になると思います。たくさんの鉄砲を持った国が勝ちになります。」

「信貴国でも作れるかのう。」

「作れます。殖産興業ですよ、鳶高様。」

「分からないことがあったら教えてくれんか。」

「鳶高様のお心次第です。」

 2200のマリシナ軍は山街道の関所に到着した。

関所の前には役人が平伏していた。

軍勢は旅人溜まりに入り、門の前20mで止まり、マリアと信貴鳶高が前に出た。

「殿、鉱山奉行の甲斐耀蔵(かいようぞう)でございます。お待ちしておりました。」

役人の先頭の武士が平伏したまま声を出した。

 「甲斐か、面を上げよ。関長は居ないのか。」

「関所役人の全員がいなくなりましたので私が関所を管理致しております。」

「・・・そうか、良くやってくれた。礼を申す。・・・このたび信貴国は目の前のマリシナ軍に敗れ降伏した。代償として領土を割譲することになった。この山街道がマリシナ国と信貴国の国境になる。金鉱山は残念ながらマリシナ国のものになった。其方達(そなたたち)の処遇はまだ決まっていない。マリシナ国の国主のマリア殿がお決めになる。・・・マリア殿。」

 「マリシナ国のマリアです。この先の関所とこの関所の役人は我らが全員を殺し、遺体は下方の森に捨てました。理由は我が軍の進行を1000人の兵が実力で阻止しようとしたからです。それは平時の事件ではなく戦時の事件でした。ちいさな戦争が起こり、関所の軍勢は皆殺しになったのです。・・・今後、山街道の管理はマリシナ国が行います。関所はなくします。鉱山奉行の甲斐耀蔵(かいようぞう)殿は一旦、鉱山に戻りこれまで通りのお仕事をお続けください。分かりましたか。」

「仰(おお)せに従います。」

 「・・・マリシナ国は金鉱山を運営するつもりですが実際の業務にマリシナ国民を使うつもりはありません。マリシナ国民は全員が兵士だからです。これまでの坑夫や精錬工は今までの賃金の10倍の賃金で雇うつもりです。10倍の賃金なら多くの人間が集まると思います。甲斐耀蔵殿や他のお役人もこれまでの信貴国からの俸禄の10倍の賃金で雇うことができます。ご深慮ください。・・・もちろん予定は未定です。別の方法も考えられます。私が信貴鳶高様を雇うことです。貨幣鋳造料を払い、これまで通り金銀銅貨を生産してもらうことです。これが一番容易な方法ですが、その場合は、皆さんは信貴国の役人のままであり俸禄が増えることはありません。どんな方法がいいのか、まだ定まってはおりません。とりあえず甲斐耀蔵殿と他のお役人様は関所から鉱山にお戻り下さい。」

「仰(おお)せに従います。」

 マリアとマリシナ軍は関所を通り抜け4㎞先の関所に向かった。

混乱を避けるためか甲斐耀蔵はマリシナ軍の後に続く信貴国軍の先頭に加わりマリシナ軍に続いた。

信貴国軍隊の指揮官に関所での顛末も話したのであろう。

関所が近づくと甲斐耀蔵はマリシナ軍を追い越し、先に関所に入った。

なかなか機転のきく男らしい。

マリシナ軍は平伏する役人の前を通って関所を通過した。

 山街道が豪雷国に入る国境では豪雷国国主の豪雷佐清(ごうらいすけきよ)が100人ほどの手勢を連れて待っていた。

マリシナ軍は国境の手前30mで止まり、マリアと信貴鳶高が前に進んで豪雷佐清と対面した。

「豪雷国の豪雷佐清殿様でしたね。どうされました。」

マリアが言った。

 「やはりマリア殿でしたか。黒いマリシナ軍が豪雷国に向かっているとの報告を受け国境(くにざかい)でお待ちしておりました。豪雷国には現在防衛できる兵士がおりませんので早々に降伏しようと思いお待ちしておりました。」

「それはご心配をおかけしましたね。マリシナ軍は豪雷国に入るつもりはありません。今日は信貴国の信貴鳶高様と新たな国境を定めるためにこの地に来ました。信貴鳶高様はご存知ですね。」

 「まだお会いしたことはありませんが存じております。・・・信貴鳶高様でしょうか。豪雷の豪雷佐清(ごうらいすけきよ)でございます。以後お見知り置きくだされ。」

「信貴鳶高です。この度、マリシナ軍に完膚なきまでに痛めつけられ降伏した次第です。信貴国は山街道の湖側をマリシナ国に割譲しました。今日は国境線の確定のためにこの地に来ました。」

「そうでしたか。マリア殿、山街道は今後も使えるのでしょうか。」

 「使えます。街道の管理はマリシナ国が行います。関所は無くなります。山賊も出没しなくなると思います。」

「それはありがたいことです。」

「豪雷国はこの地点でマリシナ国と信貴国とに国境を接することになります。」

「了解しました。」

 「マリシナ国はこの山街道に沿って川に突き当たるまで続き、福竜国との国境は山の峠までです。峠を下ると湖畔の福竜国城下に至ります。そこにはマリア陸送の店があり、マリシナ廻船の基地もあります。現在、豪雷城下にあるマリア陸送の人力車はご城下内のみを走っておりますが、いずれマリア陸送人力車は豪雷と福竜の間も走ることになると思います。朝、豪雷を人力車で出発すればその日の夕方には福竜の城下で泊まることができます。翌朝マリシナ廻船の筏船に乗ればその日のうちに湖の周りの国を一周できます。お客はほとんど歩かないでそんな旅行をすることができるようになります。・・・ふふっ、金儲けを企(たくら)んでいるのですよ。」

 「機会があったら人力車に乗って湖畔の国を訪問したいと思います。人力車は豪雷城下でも早くて安全で安いと好評のようです。」

「商売繁盛ですね。」

マリシナ軍は豪雷佐清を安心させるように直ちに来た道を戻って行った。

後ろに着いて来た信貴国の軍勢は道の信貴国側に整列してマリシナ軍を通した。

人力車に乗っていた信貴鳶高は自国の兵士に軽く左手を上げながら通り過ぎた。

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