第66話 66、戦後の話
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マリアは天守閣からの合図を見て信貴鳶高に言った。
「鳶高殿様、合図が来ました。天守閣の最上階と4階を制圧したようです。爆発音が1回しましたから1発の爆裂弾で4階を制圧したもようです。あとは上から順に爆裂弾を投げ込めば天守閣の兵士は全滅するはずです。鳶高様の身内の方も居られるかもしれません。降伏の宣言をなされた方がいいと思います。今がその時です。」
「こんなに簡単に天守が落ちるとはな。・・・天守には家族は居ないはずだ。地下道から逃れていると思う。抜け道の出口は焼け野原になった場所よりずっと遠くだ。」
「やはり初期の計画通り地平線まで焼き尽くすべきだったのですね、でも城下町が無くなったら殿様の食事は買えなくなっていました。これでいいと思います。」
「分かった。降伏させよう。」
信貴鳶高は人力車を降り、徒歩で軍勢の間を抜け、最前線を通り過ぎて天守閣の扉に至る階段の前まで進んで大声で言った。
「信貴鳶高じゃ。天守閣内にいる兵士に命じる。扉を開け、武器を捨てて出てこい。これ以上の抵抗は無駄だ。このままでは全滅する。捕虜は殺さないそうだ。信貴国国主、信貴鳶高が命ずる。投降せよ。」
辺りのざわめきが止まったようだった。
暫く経つと天守閣の扉が開き、重臣らしき者達を先頭にして兵士たちが階段をかけ下り信貴鳶高の前に整列した。
重臣達は地面に平伏し、兵士たちは片膝を立てて腰を下ろした。
「沖城、山道、水前か、心配をかけたな。」
「殿、よくご無事で。これはいったいどういうことなのでしょうか。」
「長い話になるがな、ワシは後ろのマリシナ軍の指揮官のマリア殿に誘拐されたのだ。山の上の湖の中之島で囚(とら)われていた。マリシナ国が信貴城を攻撃することになったので我が軍を降伏させるためにワシを連れて来たということじゃ。マリシナ国が負けそうになった場合にはワシを人質にして身代金をせしめるつもりだったようだがな。」
「御不自由はありませんでしたか。」
「不自由と言えば不自由だったが楽しい時を過ごしておった。自分で下帯を洗濯したのだからな。」
「おいたわしや。」
「事情はもっと複雑なのだがそれ後で話す。今は兵力を温存することが大切だ。このままでは我が軍の精鋭が全滅しそうだったので降伏することにした。後はマリア殿の指示に従え。まずは生き延びることが重要だ。信貴国にはまだ10万の兵が残っておる。」
「殿のご指示に従いまする。」
「うむ。悔しいが降伏する。」
そう言って信貴鳶高は片手を上げた。
マリアは軍勢を引き連れて信貴鳶高のところに行った。
「マリア殿。我らは降伏する。」
信貴鳶高が言った。
「分かりました。降伏を受け入れます。兵士の方々は立ち上がってこの城を出てください。城内には一兵も残してはなりません。拘束はいたしません。城下に出たら信貴国を離れてもいいし地方の仲間の軍に加わってもいいし、好きなようにしてください。ただし、城下に居座っての町民に迷惑をかけてはいけません。暫く経てば鳶高殿様が再び雇用してくれるかもしれません。」
「3名の家老はどうするのだ。」
「御家老様も城を出ていただきます。鳶高様は我らの切り札ですから囚われの身です。」
「まあ、仕方がないか。・・・沖城、母と妹が居ないが逃れているのか。」
「はい、騎馬隊が全滅した後に脱出なされました。今は久保坂の地に居(お)られると思います。」
「それは良かった。・・・マリア殿、ワシはこの城に居ることになるのかそれともこれまでの屋敷か。」
「これまでの屋敷に囚(とら)われていてください。信貴城は警備しますが空にしておくつもりです。」
「了解した。・・・沖城、ワシは大手門前の山道の屋敷に囚(とら)われておる。食事を運んでくれんか。いつもマリア殿に城下町の店から食事を運んでもらっている。食事くらいは自前で用意した方がいい。」
「さっそく準備させます。」
「そちの家も焼け落ちてしまっている。大丈夫か。」
「大丈夫でございます。知り合いは多数ございます。」
親衛隊長が言った。
「殿、我が軍の死体を持ち帰る許可をお願いしていただけませんか。我らで弔(とむら)いたいと思います。」
「そうだな。・・・マリア殿、どうだろうか。死体を引き取ってもいいかな。」
「宜しゅうございます。死体を運ぶための荷車100台を与えます。それで足りると思います。」
「ありがたい。そうさせてもらう。・・・清水、それでいいか。」
「十分でございます、殿。」
結局、信貴城から信貴軍が居なくなるのに2時間がかかった。
親衛隊は仲間の死体を荷車に載せ、重臣達とその他の多数の家来と共に城を出て行った。
マリアは1小隊を伝令として福竜国に派遣した。
小隊兵士はマラソンの速度で街道をかけ、人影がなくなると空を飛んで福竜国に向かった。
マリアは城内の20中隊2000人に城内の警備を命じた後に信貴鳶高に言った。
「戦後処理の相談をいたしましょうか、鳶高様。」
「うむ、そうだな。どこでするのがいいかな。」
「鳶高様が私たちを見つけた天守閣にしましょうか。」
「そうだな。マリア殿と知り合うきっかけになった記念の場所だ。」
二人は天守閣に登って回廊の端に腰掛け、対面せず城下町を眺めながら話した。
「福竜国には伝令を飛ばしました。おっつけ少し苦労して福竜の軍勢が信貴城に入ることになると思います。それでマリシナ国と福竜国との契約は成就することになります。マリシナ国は信貴国の3分の1をもらうことになっております。その地は信貴国の最も大事な山街道の山側にしようと思います。金鉱山がある場所です。信貴国は財源を失うことになります。信貴国は金鉱山を取り返すために新たなマリシナ国領土を攻めても構いません。それは誰にしも与えられた権利です。どの国であれ、攻められたらマリシナ国は反撃致します。ここまでが領土関係の近々の処置です。理解できましたね。」
「理解した。」
「次は金銭的な処置です。マリシナ国は信貴国の金蔵から100万両をいただきます。形式的には信貴城をもらった福竜国が金蔵から100万両を出し、マリシナ国に残金100万両を支払ったという形になります。福竜国がそれ以上の金員を金蔵から出すかどうかは私の関与しないことです。理解できますね。」
「それも理解した。」
「次は予想です。マリシナ国は信貴城を落とし、新たな領土を得、残金を回収すれば一件落着です。信貴鳶高様は解放されます。信貴鳶高殿様は怒りに燃えて周辺の軍勢を集め最初に信貴城を取り返そうとするでしょう。その戦いにマリシナ国は関与致しません。傭兵契約をしておりませんから。10万の信貴軍を見れば信貴城内の福竜軍は城を出て福竜国に戻ると思います。福竜国はそうなることを予想しておりますから最初から城には兵を置かないのかもしれません。いずれにしても信貴鳶高殿様は信貴城に入ることができることになると思います。理解できますね。」
「理解できる。」
「次は損得関係です。信貴国は豪雷、大友、吉祥に命じて福竜を攻めさせました。3国は兵を失ったので罰を受けました。大甘(おおあま)な罰ですけどね。私は3国に少し同情しているのです。攻撃を命じた信貴国は領土と金鉱を奪われ100万両を失いました。それは攻撃を命じたことに対する落とし前です。福竜国は一兵の損失もなく敵を撃退しましたから感謝してしかるべきです。欲を出して信貴城の金蔵から大金をせしめたら鳶高殿様の怒りを買うでしょうね。信貴鳶高は10万の軍勢を率いて福竜に攻め込むかもしれません。でもその時はマリシナ国は福竜とは契約しないと思います。鳶高殿様の怒りが理解できますから。・・・私はそう考えました。鳶高殿様はどうお思いですか。」
「ワシはマリア殿に誘拐されたのは天佑(てんゆう)だと思っている。ワシが誘拐されていなくてもマリシナ国は信貴城を攻めなければならなかった。そういう契約だからな。そうなったらワシはマリシナ軍と戦っていたはずだ。自信過剰だからな。・・・今なら分かる。ワシが居ようと居なくとも信貴軍は今と同じように負けて全滅していたはずだ。ワシも戦死していただろうな。城下も焼き尽くされていただろう。だがワシはマリア殿に誘拐されたおかげでマリア殿と知り合いになった。マリア殿はワシを殺そうとはしなかった。全軍を皆殺しにはしなかった。ワシは生き残って全国制覇を目指すことができるようになった。感謝している。」
「ふふふっ。鳶高様、先程から誘拐誘拐と連発しておりますが私は鳶高様を誘拐したことは一度もありません。鳶高様が何の落ち度もない幼気(いたいけ)な我ら小娘を捕らえさせようとし、我らは必死になって抵抗し、戦いに勝った状況で鳶高様が死ぬより拘束をお望みでしたから捕虜にしたのです。誘拐ではありません。」
「すまん。そうだった。」
「・・・金鉱山を失ってもいいのですか。」
「確かに痛手だ。だが金の採掘とその後の金銀銅の分離精錬は熟練者が必要だ。マリシナ国はそれができるのか。」
「できると思います。でも私は娘達に坑道を掘らそうとは思いません。なんと言っても若い娘達ですから。・・・それらの者は高給を与えれば雇うことができると思います。今の10倍の賃金を提示するつもりです。」
「ワシを雇ってくれんか。ワシには下請け組織が完全に整(ととの)っておるぞ。」
「ふふっ。それもいいですね。」
「100万両はすぐに渡そうか。金蔵に案内するぞ。」
「信貴鳶高様。鳶高様からもらう理由はありません。我々は城を落とした勝者であり、現時点では城にある全ての物は我らのものでございます。金蔵の小判を全て持ち去ることもできますし、城を灰塵にすることもできます。福竜に城を渡せばその時点で城の全ては福竜のものになります。福竜に渡した城の金蔵には一枚の小判もなく建物が全て焼け落ちでいたら福竜は困るでしょうね。借金100万両を工面することができなくなりますし、お金がないので城と城下町を再建することもできません。そんな城は欲しくないので必ず放棄します。鳶高様は放棄された城に戻っても苦労なさるでしょうね。」
「その通りだから何も言えん。」
二日後、福竜国親衛隊隊長の龍興興毅(たつおきこうき)が100騎の騎馬を連ねて信貴城に到着した。
騎馬隊は信貴城下町を駈歩(かけあし)で走り、大手門前にマリシナ国兵士300人が集結しているのを見て安心したようだった。
「我らは福竜国から来た。拙者は親衛隊長の龍興興毅と申す。マリア殿にお目にかかりたい。」
龍興興毅は息を整えてからマリシナ兵士達に言った。
マリアはその時信貴鳶高と城内を散歩していた。
知らせを受け、マリアは信貴鳶高と共に大手門に向かった。
大手門前の橋を渡って龍興興毅の前に進み、言った。
「良くいらっしゃいました、龍興興毅様。お待ちしておりました。契約に従い、今からこの城を福竜国に引き渡します。それで宜しいですか。」
「連絡を受け急ぎ馬を飛ばして罷(まか)り越しました。途中の関所で少しいざこざがありましたが突破してきました。事情をお聞きしてから城を受け取っても宜しいでしょうか。」
「当然のことです。現状をお話しいたします。先ずは福竜軍を信貴城内にご案内いたします。」
マリアは騎馬隊101騎と共に橋を渡り、大手門を通って城内に導いた。
騎馬隊は下馬し、馬を引いて後を着いて行った。
「この城は大きく、丘全体が城になっております。堀は三重にもなっており天守閣は一番奥にあります。この辺りは外堀と内堀の間です。」
「焼け落ちた建物が多数ありますが激戦地だったのですか。」
「そうです、大激戦でした。」
「ワシにはそうは見えなかったがな。」
信貴鳶高がマリアの横で呟(つぶや)いた。
「ふふっ、龍興様、隣の御仁は元信貴城主の信貴鳶高殿様です。ご存じですね。」
「知っております。現在はどのようなお立場でしょうか。」
「相変わらず捕虜の立場です。」
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