第65話 65、天守閣への攻撃 

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 信貴国親衛隊隊長は戸惑っていた。

軍使として派遣した副隊長からの報告を受ける前に敵の攻撃が始まってしまったのだ。

相手は高々2300でこちらは毎日訓練している5000の精鋭がいる。

そんな劣勢なのに城を攻めるという相手の目的も理由もまだわからなかった。

しかも相手は新兵器を持っており、盾も鎧も役に立たない。

むざと1000人余りを殺してしまった。

 300騎の騎馬隊があっという間に全滅したのは驚きだった。

300の騎馬隊を100人の集団に突入させ、相手が混乱すれば槍隊を出して白兵戦に持ち込む予定だった。

白兵戦になれば数が多い方が勝つし、味方兵の武技は優れているはずだった。

それが大音響を出す武器で壊滅してしまい白兵戦にも持ち込めなかった。

何もかも予想と違っていた。

 「鉄砲と爆裂弾か。始末におえんな。」

軍勢の後方、人力車に立って戦いを見ていた信貴鳶高は呟(つぶや)いた。

「1800人程度が死にました。自慢の親衛隊の兵力も残りは3200でございます。死者が2500になったら鳶高殿様が降伏を命令してもらおうと思います。」

マリアが言った。

「とても勝てるようには思えんがな。マリシナ軍はまだ一人も死んでおらんではないか。」

「2万の軍勢と戦った時もそうでした。」

 マリシナ軍は敵が隠れることができる掩体をなくすことにした。

10中隊1000人は密に集合し、木造の建物を目指して前進し、建物に放火した。

建物は燃え盛り、中隊は次の目標に移動することなくそれを見ていた。

建物の火勢が衰えると次の建物に向かい放火した。

急がなかった。

抵抗があれば即座に反撃して相手を殺した。

マリシナ軍は兵士の宿舎を焼き、厨房を燃やし、厩舎(きゅうしゃ)を灰塵にした。

 信貴城は堀と土塀で何重にも囲まれた配置になっている。

天守閣も二の丸、三の丸も内堀で囲まれた場所にある。

マリシナ軍が燃やした建物は外堀と内堀で囲まれた広大な場所だった。

 戦いの展開が早かったので信貴軍の指揮官は対応に遅れた。

1800人の兵士が倒された後、指揮官は残存兵士を内堀の内側に移動させた。

兵を再編成し反撃するためだった。

内堀の内側には信貴家の貴人が住(すま)ってもいるのだ。

 昼までにマリシナ軍は信貴城の外堀と内堀の間の領域を制圧した。

まだ建物は残っていたが敵兵は居なくなっていた。

多数の荷車が整然と並んでいる倉庫の報告を受けるとマリアはその中隊に敵兵の死体を火葬にするよう命じた。

中隊の兵士100人は100輌の荷車を引き出し、戦場(いくさば)に戻り、死体10人を荷車に載せ、まだ無傷の建物に行き、死体を並べ、そして火をつけた。

荷車が2往復すると戦場から死体はなくなった。

 内堀にかかる橋は陸橋で1箇所あり、天守閣が建っている場所に行くにはさらに堀を渡る一本の橋を通らなければならない。

信貴家の家族が住む場所は天守閣から続く一本の細い陸橋を渡った堀で囲まれた場所だったが外堀との距離は比較的に近い位置にあった。

外に通じる地下道があるのだろう。

要するに内堀ではマリシナ軍が壊すことができる橋はなく、相手が出てくる場所は1ヶ所ということだ。

相手は籠城を意図し、籠城すれば国内から10万もの援軍が押し寄せることを期待しているとマリアは考えた。


画像: 信貴城は富山城を巨大にしたもの


 マリアは夜を待つことにした。

「鳶高殿様、信貴軍は籠城をするようです。殿様は今宵も一人でお休みください。食事は城下から弁当を買ってまいります。」

「強力な武器を持っているのにてこずっているようだな。」

「はい、信貴城は大きいので時間がかかります。」

「これからどうするつもりだ。」

 「明日には内堀の中に攻め込みます。信貴軍は籠城して時をかせぐ作戦に変えたと思います。待てば信貴国各地から友軍が駆けつけ、それは10万もの兵力になるはずです。そうなったらその軍勢を倒さなければなりません。そうなれば信貴国には兵がいなくなり周辺の列強が信貴国に入ってくることになります。信貴国は兵力を温存させておくべきです。そんな理由から明日決着を着けようと思います。」

「10万の軍勢は怖くはないのか。」

「怖くて震え上がっております。」

「そんなようには見えないがな。」

 深夜(翌日になっていた)になるとマリシナ軍は攻撃を始めた。

内堀にかかる陸橋の先の門の屋根に降り立った白兵戦隊は十字弓で見張りの兵士達を狙撃した。

屋根から狙えない位置にいる兵士には闇夜の空中に浮遊して上空から狙撃した。

門の階上にいる兵士は静かに階段を上がった兵士の小槍で殺された。

全ての見張りが殺されると門の扉が開けられた。

 翌朝、信貴鳶高が目覚めるとマリアが鳶高を見つめていた。

「おお、マリア殿ではないか。どうしたのだ。」

「おはようございます、鳶高様。今日は鳶高様は家臣達と会うことになると思います。身なりを整え、お髭(ひげ)もお剃(そ)りになられた方が良いと思います。」

「そういえばそうだな。百姓の身なりではちと格好がつかない。」

「この武家屋敷には適当な衣服があると思います。洗顔し整髪し衣服を整えてください。」

「分かった。そうしよう。」

 「それから鳶高様から奪ったこの印籠と刀をお返しいたします。信貴国では信貴家の家紋を使うのは信貴家だけでしたね。」

「そう言ったな。持っていてくれたのか。何かはるか昔の話のような気がする。・・・マリア殿、その印籠は其方(そなた)に差し上げよう。これも縁(えにし)だ。刀は気に入っているので返してもらう。」

「縁ですね。頂戴(ちょうだい)いたします。」

 信貴鳶高が人力車に乗って武家屋敷を出たのは朝の9時だった。

人力車はマリシナ軍3中隊300人が警備する大手門の橋を通り、人影が見えない広い中庭を通り、内堀にかかる陸橋を通って内堀内に待機するマリシナ軍の中に入って行った。

 「何と。もう中門を落としたのか。」

鳶高は思わず独り言を言った。

マリアは軍勢の後方に居た。

鳶高の人力車がマリアの隣に着くとマリアは言った。

「鳶高殿様、お顔がスッキリしましたよ。これから攻撃を開始します。」

「どのように攻撃するのだ。」

「まず天守閣を奪います。天守閣は城の象徴です。天守閣を落とせば城内に残る敵は敗残兵ということになります。降伏するには適切な状況になると思います。」

「天守閣は守りが堅いぞ。」

「そう思います。」

 マリアは10中隊1000人を内堀にかかる唯一の門に残し、10中隊1000人を天守閣の攻撃に向けた。

1000人は密集隊形を取りゆっくりと兵を進めた。

敵兵が現れれば進行を止め、遠距離から鉄砲で個別に狙撃した。

天守閣がある場所は堀で囲まれており通路は堀にかかる陸橋だけだった。

 マリシナ軍は陸橋の前で止まり、門の上の武者窓を狙って鉄砲を撃った。

武者窓は吹き飛び、武者窓からの弓の攻撃は止まった。

ちょっとでも姿を現せば個別に狙撃されたからだった。

2小隊20人が盾を上に掲げて陸橋を渡って門扉に辿(たど)り着き、門の屋根越しに爆裂弾を放り投げた。

迫撃砲のような上からの攻撃だった。

門の後ろにいた兵士は死んだ。

 次に兵士は10本の鉤縄(かぎなわ)を屋根に向かって投げた。

10人の兵士が綱の端を押さえ、10人の兵士が盾を掲げながら両足と片手で縄を登り屋根に到達した。

「マリア殿、何であんなに簡単に縄を登ることができるんだ。」

軍の後方にいた信貴鳶高がマリアに言った。

 「綱登り器、登高器(アッセンダー)を使うからです。後でお見せしますが、普通は両手で登るのですが今の場合は両足首に登高器を着けております。一人では綱が曲がって難しいのですが綱を強く張ってあれば歩くように綱を登ることができます。」

「そんな物があるのか。知らなかった。」

「マリシナ兵は忍者ですから。まあ、武者窓から射られないからできることですが。」

 屋根に登った兵士は登って来た綱を門の内側に垂らして綱を降りた。

「ここからは見えませんが今は下降器(デッセンダー)を使って下りております。素早く降りることができます。」

マリアは得意げに鳶高に言った。

「分かった。マリシナの傭兵は日々工夫して戦いに備えておるのだな。」

「左様にございます。ふふふっ。」

 天守閣への門は開かれた。

1000人の兵は門を通り再び密集隊形を取って天守閣に向けて進軍した。

天守閣の周囲は遮(さえぎ)る物がない平坦な場所だった。

マリシナ軍が門を通って密集隊形を取ると敵軍は天守閣に入った。

隠れる場所がない場所では鉄砲の餌食になるからだ。

 信貴城天守閣は石垣の上に立つ5層の建物だった。

石垣の上の建物は石垣より出張っており武者返しの構造を取っていた。

石垣には両側が石垣で囲まれた石の階段があり、階段の向こうが天守閣の入り口の分厚そうな扉だった。

石垣の周囲の建物には当然の事ながら両端と正面に弓を射るための武者窓が並んでいた。

 「確かに。なかなか堅固そうな天守閣ですね。」

マリアは天守閣を眺めながら近くの信貴鳶高に言った。

「そうだろう。金に飽(あ)かして建てたからな。火矢を使っても燃えんぞ。」

「でも屋根に登って上から攻撃すれば落ちますね。」

「だが屋根は高いぞ。」

「鉄砲は弓よりも強いですから。こういう場合の訓練はしております。」

「見せてもらおう。」

 マリシナ軍は天守閣の最上階の回廊の欄干が見える位置に移動し、最初に武者窓を鉄砲で破壊し、武者窓毎に狙いを着けた。

ちょっとでも人影が現れれば狙撃した。

武者窓からの攻撃がなくなると兵士は鉤縄の鉤先端に鉄棒が付いた物を鉄砲の銃口に入れ、鉤が欄干にかかるように欄干の上を狙って撃った。

鉤の近くには小さな滑車が付いており、滑車には絹糸が掛けられており、絹糸は輪状に巻かれて地面に置かれていた。

 7回目の射撃で鉤はようやく欄干に引っかかって取り着いた。

兵士は素早く絹糸に細綱を結びつけもう片方の絹糸を引いて細綱を滑車に通した。

綱を張り、両端を地面に固定すると天守の最上階と地上間に綱の道が通った。

 「鳶高様は釣りがお好きですか。鉄砲から打ち出された鉤爪には滑車が付いており滑車にはテグスが通っております。蚕(かいこ)の絹糸線(けんしせん)から取れる絹糸はテグスと呼ばれ軽くて丈夫で釣り糸に使われております。テグスの片方に綱を結んで引けば綱を滑車に通すことができます。綱を地面に固定すれば綱の道ができます。今がその状況です。」

マリアが鳶高に微笑みながら言った。

「鉄砲の威力が強いからできることだ。弓ではとても欄干までには届かない。」

「そう申しました。欠点は綱を切られることですが、周りから鉄砲で狙っておりますから出てこれないでしょう。」

 兵士の一人が器用に綱を登り、最初の屋根に取り付くと次の兵士が登って来てさらに上の屋根に達した。

各階の屋根に兵を置きながら兵士は最上階を目指し、最終的には擲弾隊2小隊20人と白兵戦隊1小隊10人が最上階に登った。

 最上階の扉は簡単に破壊できた。

最上階は敵が来ないことを前提として作られていたからだ。

最上階には10人ほどの敵が居たが、扉が破壊されると階下に逃げて行った。

階下は兵士で満ちていた。

槍を構え、唯一の出入り口の階段を塞ぎ、槍隊の後ろには短弓隊が階段を狙っていた。

 マリシナ軍の擲弾兵は爆裂弾1個を階下に落とした。

爆発が起こり階下の多数の兵が死んだ。

自分の前の兵士が盾になって生き残った兵士は大慌てで急な階段を転げ落ちるように逃げ出した。

次の爆裂弾を落とされたら今度は確実に死ぬからだ。

マリシナ軍はたった1発の爆裂弾で4階を制圧した。

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