第64話 64、信貴城での攻防 

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 マリシナ軍は途中で色々な町を通り過ぎて信貴の城下に入った。

城下町では町役人に止められることはなかった。

町役人が気づいた時には隊列の先頭は既に通り過ぎていたからだった。

行進の途中から誰何するのは間が抜けているし危険だ。

相手は明らかに他国の軍隊であり、行進を実力で妨げる町役人を殺しても信貴国の法律で罰することもできない。

 マリシナ軍は信貴城大手門の前に到達すると直ちに大手門前近くの1軒を除いて周辺の武家屋敷に踏み込んで家屋に火を付けた。

武家屋敷の家人が抵抗すれば十字弓で殺した。

土塀を壊し、火事を消そうとする者を殺した。

放火は夕刻になるまで続けられた。

城からは兵士は出て来なかった。

反撃の態勢が整わなかったのだろうし、事の進行があまりに早かったのだろう。

大手門を含め、各所の門を閉めて各所の櫓(やぐら)から状況を観察していた。

 マリアは同時に大手門にかかる橋を除いて城に通じる各所の橋を破壊した。

綱をつけて多人数で引っ張って倒したり、丈夫な橋は橋桁に爆裂弾を仕掛けて爆破したりした。

橋の破壊はいくかの意味を持っていた。

城側に立てば防御を大手門に集中すれば良かったが、城から打って出ることができなくなった。

マリシナ軍側からすれば城の兵を皆殺しにするには便利だったし広大な信貴城を2300の兵で囲む不利を心配する必要がなくなった。

 「これだけ進撃が早いのだから大手門が閉まる前に入れたのではなかったのか。」

信貴鳶高は人力車に立ってマリシナ軍の動きを見ながら側(かたわら)のマリアに言った。

「不意打ちをして勝つのは強い軍の証明にはなりません。鳶高殿様に会う前は城攻めの前に城下町を全て焼き尽くすつもりでおりました。見渡す限り一面の焼け野原に立つ信貴城にしてから兵糧攻めにするためです。城下が焼け野原になったら城からの抜け穴は使うことができなくなり補給は困難になります。城に多数の兵士が居ればあっという間に兵糧は尽きると思います。それに城下町が無くなった信貴城は福竜の殿様も欲しいとは思わないでしょう。町民の心は離れ再建には莫大な費用がかかるためです。」

 「恐ろしいことを考えるのだな。信貴国を欲しくはないのか。」

「国を取ることを目的にすると際限がありません。それに私は国を治めるのは不得手ですから。」

「これから夜になるぞ。夜襲をかけるのか。」

「そうです。朝には城内に入っていると思います。自慢の5000の兵とは昼間に城内で戦うことにしました。鳶高殿様のために1軒だけ武家屋敷を残しました。今宵はそこで夜をお過ごしください。」

 「それで一軒だけ残したのか。マリア殿はどうするのだ。食事を取らないのか。」

「我らは各自が糧食を持参しております。数日分を持っております。足りなければ荷駄の米をたべればいいし、町に行って食料を買ってもいいと思っております。鳶高様の夕食には城下の飯屋で握り飯を作ってもらうつもりです。」

「雑作をかけるな。」

「ふふっ、負けそうになった場合の大切な人質ですから。」

 城の橋が大手門の橋を除いて全て破壊されると城には外からの情報が入らなくなった。

それでも物見から敵の軍勢は2000強程度であることは分かった。

そして城内の者達は信貴鳶高が敵軍の中に居るとはまだ知らなかった。

 夕刻になると城周囲の武家屋敷の火災は下火になり。城の周りの200mが焼け野原になった。

マリシナ軍はさらに外側の建物に放火を始めた。

家人を弓で追い出し、家屋に火をかけた。

抵抗する者は殺し、家財を持ち出すのは許したが消火活動はさせなかった。

軍隊の放火を阻止するのは武器を持たない一般人には難しい。

せいぜい延焼を食い止めることしかできない。

 信貴鳶高が用便に武家屋敷に入るとマリアは白兵戦隊に大手門を開けるように命じた。

白兵戦隊の娘達は空中に飛び上がり大手門の屋根に降り屋根から内側に爆裂弾3発を投げた。

門内に待機していた多数の兵士が吹き飛ぶと娘兵士達は門内に飛び降り大手門を内側から開けた。

大手門の上階、武者窓の内側に待機していた弓兵達は門の真下は狙えないので何もできなかった。

 爆音を聞いて信貴鳶高は急ぎ戻って来てマリアに言った。

「おお、大手門が開いているではないか。あの爆発音は何だったのだ。」

「白兵戦隊に大手門の攻略を命じました。夜陰に乗じて大手門の屋根に取り付き上から爆裂弾を投げたのでございます。門内の兵が死んだので屋根から降りて大手門を開いたようです。」

「大手門の屋根に登ったのか。あそこまでは結構な高さがある。よく登れたな。」

「マリシナの兵士は忍者ですから木登りは得意です。」

 「爆裂弾というのはどんなものなのだ。」

「打ち上げ花火の中に鉄玉を入れた物です。危険ですから扱いは慎重にしなければなりません。」

「そんな武器を持っているのか。」

「密集した敵を倒すには便利な物です。今は手で投げているのですが、いずれ打ち上げ筒を横にして打ち出せるようにしようと考えております。」

「そうか。思いつかなかった。誰でも作れそうな武器だ。しかも威力は強そうだ。」

「武器は日々進化するものです。努力研鑽を怠(おこた)れば負けるものです。」

 「これから城内に兵を入れるのか。」

「まだでございます。まだ大手門の階上には兵士が弓を構えております。そこを制圧してから兵を入れます。でも我々は信貴城内の配置を知りません。今夜は大手門を確保するだけで、城内に展開するのは明日の午前になると思います。」

「大手門を破られたのだから今夜は城内の兵士は夜っぴて警戒をしなければならんな。」

「そうなると思います。」

 「マリア殿は眠らないのか。」

「休息はいたします。鳶高殿様はお休みになられた方がいいと思います。明日は忙しいことになると思いますから。」

「そうした方がいいな。」

 夜が明けると、マリアは300の兵を大手門の外に残し2000の兵を城内に入れた。

城内では大手門を囲むように盾を並べ立て長槍と短槍と短弓を構えた5000の兵士が隙間なく密集してマリシナ軍を囲んでいた。

腕に自信がある鍛えられた城の兵は白兵戦を望んでいるようだった。

 マリアは軍の後方で信貴鳶高に言った。

「鳶高殿様、これから戦いを始めます。鉄砲の威力をご覧ください。」

「やはり死人を出さなければならんだろうな。」

「はい。多くの人間が死んでどんなに頑張っても死ぬしかないと分からなければ真の降伏はできないものでございます。」

「それはよう分かる。しかたがないか。見ていよう。」

 マリシナ軍2000は20中隊で構成されており、各中隊は20人の鉄砲隊が含まれていた。

鉄砲は火縄式(マッチロック)10丁と燧石式(すいせきしき、フリントロック)10丁で、共に火薬と弾丸を銃口から詰める先込銃(さきごめじゅう)だった。

鉄砲は3段の配置で射手は弾丸を発射した後、10秒間で火薬と弾丸を再装填しなければならなかった。

軍勢全体ではおよそ10秒間に400丁の銃が発射されることになる。

 マリシナ軍が盾の間から銃身を出して構えた時、相手陣地から白旗が振られ、立派な鎧を着た武士が短槍の先に白布を着けて近づいて来た。

勇敢な武士はマリシナ軍の盾列の10mまで近づき大音声(だいおんじょう)で言った。

「拙者は信貴国親衛隊副長、空野美園(そらのみその)じゃ。軍使として参った。貴軍を全滅させる前に軍勢の名前と目的を知っておきたい。代表は出られよ。」

 股旅姿のマリアは軍勢の後方から兵士の間を抜けて最前線の盾の前に出て言った。

「勇敢な空野美園信貴国親衛隊副長、私は軍勢の指揮官のマリアと申します。軍勢の名前はマリシナ国軍です。信貴城を奪うために参りました。」

「何故(なにゆえ)信貴城を奪おうとするのか。」

「契約にございます。マリシナ国は傭兵の国です。さる国は信貴国の属国である豪雷国、大友国、吉祥国の連合軍2万の襲撃と受けました。その襲撃は信貴国の命令で行われたと判明しております。さる国は報復として信貴国を討つようマリシナ国に要請し、我らはその要請を受け信貴城に攻め入った次第でございます。」

 「・・・傭兵の軍勢であったか。其方(そち)たちはこれから全滅する。全滅に見合う報酬とは何であるか。殺す前に聞いておきたい。」

「信貴国の3分の1を貰(もら)うことです。まあ今回の場合、それに加え借金の100万両をいただくことも報酬の一部になるかと思います。さる国は50万両を支払いましたが残金の100万両を支払うことができませんでした。信貴城を得、信貴城の金蔵から100万両を我らに支払うのだろうと推測できます。」

 「かの国とは福竜国だな。」

「かの国でございます。」

「分かった。全滅を覚悟せよ。」

「分かりました。2万の軍勢を1300が壊滅させた実力をお見せします。貴方様が軍に戻られたら攻撃を開始します。」

 軍使、空野美園が陣営の中に消えるとマリシナ軍の130丁の鉄砲が火を吹いた。

弾丸は並んだ盾を撃ち抜き、後ろの兵士の鎧も撃ち抜き、その後ろの兵士の鎧に当たって止まった。

マリシナ国の鉄砲は口径が大きく(8番相当)火薬量も多く弾丸は大きかったのだ。

反動は大きいが威力も大きい。

マリシナ軍を囲んでいた兵列の一部が倒れた。

 3秒後に再び130丁の鉄砲が火を吹き、130人以上の兵士が倒れ、さらに3秒後に再び130人余りが倒れた。

どんなに武技に秀でた精鋭であろうと鉛玉で穴を開けられたら死ぬ。

精鋭であろうと雑兵(ぞうひょう)であろうと関係なかった。

 3秒ごと10斉射の射撃が終わると1300人ほどの兵士がマリシナ軍の周りに倒れており、残る3000人余りは後退して掩体に隠れるようになっていた。

盾も甲冑も役にたたないのなら敵軍を囲むことは死ぬことだった。

 相手の囲みがなくなったのでマリアは10中隊を残し、10中隊を中隊ごとに前進させ戦線を相手が囲んでいた位置まで拡大させた。

各中隊は密集し身丈ほどの厚い盾で周囲を囲み少しずつ前進した。

敵の死体を通り過ぎ、まだ息をしている兵は殺した。

中隊を出したのは敵が中隊の各個撃破をしやすいようにしたからだった。

 マリアの予想通り、弓隊が物陰から突然現れ最前列の中隊に矢の雨を降らせた。

斜め上からの攻撃だった。

中隊兵士は小さく集まり盾を屋根のようにして矢を防いだ。

敵の攻撃を受けなかった中隊は遠くから敵の弓兵を鉄砲で撃った。

弓隊は全滅した。

マリシナ国の鉄砲の射程距離は100m以上あったのだ。

 弓隊の斉射に応呼して300騎ほどの騎馬隊が側面から突撃して来た。

距離はおよそ100m。

騎馬隊の突撃での速さは襲歩(ギャロップ)の時速80㎞程度で秒速22m。

5秒未満で100mを進む。

中隊の弓隊は2小隊20人で鉄砲隊も2小隊20人だ。

十字弓も鉄砲も一度撃ったら再装填には10秒ほどかかる。

たとえ一撃必殺しても5秒で倒せる数は最大で40人(騎)だ。

残りの260騎は中隊を襲うことになる。

 中隊の兵士は騎馬隊を見ると直ちに武器を置き道中合羽から爆裂弾を取り出した。

「構え。投げろ。」の中隊長の号令で兵士は50m先の騎馬隊に向けて爆裂弾を投げた。

騎馬隊が現れてから3秒後の投擲だった。

100個の爆裂弾は騎馬隊の前や中央で爆発し、騎馬隊の突進は止まった。

擲弾兵を除く兵士は爆裂弾を2個ずつ持っている。

突進が止まった騎馬隊は鉄砲の的(まと)だった。

他の中隊からの鉄砲射撃で300騎の騎馬隊は全滅した。

立っている馬もいなかった。

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