第63話 63、山街道の関所 

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 マリシナ軍は前進しなかった。

兵が関所から打って出てくれば好都合だし、夜になれば空から攻撃できるようになる。

マリアは火攻めをするかのように見せた。

旅人溜まりの竹矢来を壊し1箇所に集めさせた。

山の林の上から下に続く木塀を壊して集めさせた。

 夜になると関所の兵は夜襲を警戒し、関所の諸所に篝火(かがりび)を焚いた。

マリシナ軍は各中隊からの白兵戦隊10人、総勢130人が夜陰に紛れて空から門や家屋の屋根に降り、十字弓で兵士達を狙撃し始めた。

小隊10人の最初の斉射で10人が声を立てずに倒れたが、周囲の兵士たちはどこから矢が飛んできたのか分からなかった。

敵の場所が分からなければ盾にも建物にも隠れることができない。

関所内の兵士たちの数は急速に減っていった。

 白兵戦隊のマリシナ兵士は20本の矢を持っている。

10本の矢を使った頃には関所内で立っている敵兵士は居なくなり、関所の門は開かれた。

1300人のマリシナ兵士達は直ちに敵の武器を集めた。

刀、弓、槍などを面番所に整然と並べた。

どれも使われた形跡がない武器だった。

高価な甲冑は集めたが雑兵の甲冑はそのままにしておいた。

白兵戦隊の娘達は十字弓の矢を丁寧に引き抜き、鏃(やじり)の毒を洗い流し、拭(ぬぐ)い、矢筒に入れた。

 武具の回収が終わると娘兵士達は死体の足首を持って空中に浮遊し、谷側斜面の上空に行ってから死体を落とした。

死体は枝にひっかかったり、梢を通り過ぎて落葉の地に落ちていった。

二度と発見されないだろう死体だった。

山野の獣の一時的な餌にはなるかもしれない。

 マリシナ軍は集めた武具を荷車に載せ、4㎞先の関所に向かった。

まだ真夜中だったので夜襲には丁度いい。

件(くだん)の関所は臨戦態勢を取っており、篝火(かがりび)が焚(た)かれていた。だが兵士達は諸所で焚き火を囲んで茣蓙(ござ)や筵(むしろ)を敷いて仮眠をとっていた。

兵士詰所では常駐の兵士が眠っているだろうから表で仮眠を取っているのは山から呼び寄せられた兵士達なのだろう。

 マリアは軍勢を関所からは見えない場所にまで進軍させ、白兵戦隊を先攻させた。

白兵戦隊の娘達は空中を浮遊し門や家屋の屋根に降り、最初に見張りを射殺(いころ)し、次に焚き火を囲んで眠っている兵士達を殺し、最後は家屋に静かに侵入して中の兵士達を殺した。

兵士も関所の役人も区別はしなかった。

 布団に眠っていた者は矢で首を畳に縫い付けられ、膝を抱えて眠っていた兵士は背中を射られ、見張りの者は首を射られた。

誰も叫び声をあげることもなく、ときおり静けさの中でドサッという体が倒れる音だけがするだけで殺戮が続けられた。

敵を皆殺しにしてから白兵戦隊はマリアを呼び、マリアは軍勢を関所に入れた。

前と同様に武具の回収を終え、暗闇の中、死体を森に落とした。

 集めた武具を荷車に載せるとマリシナ軍は無人の関所をそのままに、山街道を進み福竜国に向かった。

無人の関所は問題にならないだろう。

朝になれば連絡がないことを訝(いぶか)った山の役人が下りて来て関所が無人である事を知ることになる。

役人は金鉱で働く者を集める等のやりくりをして関所業務を維持させるだろう。

関所の役人兵士が居なくなったとなど言うことは決して旅人に知られないようにだ。

 マリシナ軍は夜明けには信貴国と福竜国との国境の峠に到達していた。

マリアは伝令を飛ばして隠れ村と中之島に指示を伝えると軍勢を峠に残して股旅姿の娘達を連れてマリシナ廻船の船着場から中之島に向かった。

中之島の軍勢を遠征に参加させることと信貴鳶高(しぎとびたか)を信貴城攻略に連れて行くためだった。

 マリアが中之島の入江町桟橋に着くと桟橋には信貴鳶高が待っていた。

「マリア殿、いよいよ事が動くようだな。出かける準備をしておくように連絡を受けた。心の準備もしておけとのことだった。」

信貴鳶高は開口一番そう言った。

「はい、これから信貴城を攻略しようと思います。信貴鳶高殿様はそれを見ておいた方がいいと思いました。」

 「ワシに信貴城攻略を見せようというのか。何故(なにゆえ)じゃ。」

「無駄な殺生を防ぐためです。全滅する前に殿様から降伏するように命じた方がいいと思いました。信貴が潰れたらこの地は周辺列強の草刈り場になります。好ましいことではありません。」

「信貴軍が負けると言っているのだな。マリシナが負けそうになったらどうするのだ。信貴軍は強いぞ。」

 「ふふふっ。そうなったら鳶高殿様を見せて人質交渉をすることにしましょうか。身代金200万両です。」

「最初から人質交渉をしたらどうだ。その方が手っ取り早いぞ。ワシが言えば城はすぐに200万両を差し出すはずだ。」

 「それは傭兵としてのマリシナ軍の矜持(きんじ、プライド)の問題です。傭兵は圧倒的に強くなければなりません。誰が見ても相手が全滅するだろうと確信することが重要なのです。身代金として100万両を得るのと相手を降伏させて賠償金として100万両を得るのとは違うと思います。」

「まあ見せてもらおう。いずれにしてもワシは城に戻れるようだからな。」

「そうなると思います。」

 マリアは新たに中之島から10中隊1000人の兵を引き連れ福竜国の船着場に行った。

船着場では福竜国親衛隊長の龍興興毅が数人の兵士を連れて待っていた。

マリアが信貴鳶高と共に陸桟橋に降りると龍興興毅は一人、マリアに近づいて言った。

「マリア殿、新たな軍勢を引き連れて来ましたな。先の軍勢は峠に待機していると報告を受けました。いよいよ進軍ですか。」

「福竜国との契約を遂行しようと思います。これから信貴城を落とすことにしました。」

 「福竜国も信貴城をもらってもどのように守るのか、良案が未だに出ておりません。」

「それは福竜国の問題です。ここにおられる信貴国国主の信貴鳶高様とご相談なさったらいかがですか。」

「やはり、そちらの方が信貴鳶高様でしたか。拙者は福竜国親衛隊長の龍興興毅(たつおきこうき)と申します。ご尊顔を拝し恭悦至極にございます。」

「信貴鳶高じゃ。マリア殿に誘拐(ゆうかい)されてな。長らく中之島で楽しい時を過ごしておった。・・・マリア殿には計画があるようじゃ。どちらにも悪いようにはならんだろうと推察しておる。まあ、どちらも多少の痛みもあるだろうがな。」

 「左様でございますか。うちの殿にもそう伝えておきまする。・・・マリア殿、マリア殿の軍勢はこの数日、何をしておられたのでしょうか。皆目見当がつきませんでした。隠密からの報告も軍勢の進行が早いので追いつかないとのことでした。」

「まあ、大したことはしておりません。豪雷国の豪雷佐清(ごうらいすけきよ)に強訴(ごうそ)して私を捕らえることを禁止させました。それと昨夜、進軍を妨げた山街道の2箇所の関所の役人と兵士を皆殺しにしました。」

「皆殺しですか。相変わらず厳しいですな。」

「建物は無傷で残しましたから今日はいつもの通りの関所になっていると思います。まあ旅人溜まりの竹矢来は無くなっておりますが。」

 「山街道の関所を落としたと言うのか。あそこには1000の兵士が守っていたはずだぞ。」

信貴鳶高が言った。

「それくらいでした。兵の大部分は豪雷国側の関所に集結しておりました。夜襲をかけましたので簡単に落とすことができました。」

「一晩で関所二つか。マリシナ軍は強いのかもしれないな。」

「すぐに分かると思いますよ、信貴鳶高様。」

 マリシナ軍1000人は峠に向けて進軍した。

マリアは足の遅い信貴鳶高のために人力車を用意させた。

峠道、信貴鳶高は人力車の上から、近くのマリアに声をかけた。

「マリア殿、すまんなあ。楽をしておる。」

「お気になさらず。鳶高様は我が軍の進行に着いていくことができませんから。」

 「だが、なぜ馬を使わないのだ。この軍には騎馬隊がいない。」

「馬は普通の矢ではなかなか倒れませんが、我らが使っている毒矢では掠(かす)っても死にます。それに馬は重い我らを乗せることはできません。」

「確かに、中之島の娘達も細身なのに重そうだったな。・・・ところであの鉄の棒は何なのだ。武器だと分かるが見たことがない。」

 「秘密兵器でございます。その威力はすぐに分かると思います。信貴城攻略では強いとご自慢の5000の兵士に使うつもりです。」

「名前は何と言うのだ。」

「いずれ鉄砲と言われると思います。」

「微妙な言い方じゃな。」

「傭兵のマリシナ国では常に最先端の兵器を開発しております。」

 マリシナ軍は峠で合流し総勢2300で川に沿って下った。

山街道への分岐を直進し、関所が見える直前で停止した。

股旅姿のマリアと9人の娘達は軍に先行して関所に行った。

関所の門衛もマリア達を覚えており、すぐに面番所に導いた。

マリア達は三度笠を脱ぎ、旅合羽を三度笠に畳んで重ね片膝を立てて役人と面対した。

 「お前達か。・・・在所、姓名、目的を言え。」

マリアが応えた。

「代表してお答えいたします。あっしらはマリシナ国の渡世人でございやす。この度(たび)仲間を連れて信貴城下に行こうと思います。宜しく通過の御許可を願います。」

「また信貴城下に行くことにしたのか。・・・山街道を通って来たのか。」

「いいえ、あっしらは福竜との国境の峠を越えて参りました。」

「そうか。途中で不審な物は見なかったか。」

「あっしらの仲間の他には旅人とは会っておりやせん。」

「そうか。何かあったら知らせてくれ。通ってよし。」

 「ありがとうございます。それでは仲間を急ぎ呼ばせていただきます。」

「はあっ・・・。」

マリアは立ち上がって入り口に近づき腕を上げた。

それを合図に、槍を煌(きら)めかした軍勢が街道に現れ、突撃に近い速度で関所に近づいた。

関所の門衛はどうしていいのか分からなかった。

槍を構えながら門の中に後退した。

 マリシナ軍は中隊100人ごとに武具を煌めかして関所を通過して行った。

「これは何としたことだ。この軍勢は何なのだ。」

面番所の役人はマリアに怒鳴った。

「この者達はあっしの仲間でございます。」

「これは軍隊ではないか。」

「左様にございます。傭兵国のマリシナの住民は全員が兵士でございます。今回通過するあっしの仲間は総勢で2300人でございます。」

「・・・。」

 そんな応答をしていると信貴鳶高が乗った人力車が関所に入り、行進から抜け出してマリアの横で止まった。

「信貴鳶高じゃ。無駄な抵抗はするな。ここで死んだら犬死だぞ。抵抗してはならぬ。軍勢を阻止できなかったとして其方(そのほう)らを咎(とが)め立てはせぬ。静観せよ。命を大切にせよ。」

信貴鳶高は人力車に立って大声で大喝(だいかつ)した。

「殿、ご無事でしたか。」

面番所の役人は板間から地面に下りて平伏した。

 「余はまだ無事ではない。まだ囚われの身だ。マリア殿に誘拐されてな。この軍勢はこれから信貴城に行くらしい。この関所は事が収まるまで静観せよ。」

「お城に知らせなくても宜しいのでしょうか。」

「この軍団の進度は早い。馬と同じくらいだ。馬も街道は通れないからとても城に知らせることができない。他の町には伝えておくのがいいだろう。」

「御意に従います。」

 人力車は軍勢の行進に加わった。

マリアは面番所の役人に言った。

「お役人様、そういうことでございます。色々とウソをついてしまいました。お許しください。それでは失礼いたします。」

「むむっ、拙者の不覚であった。」

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