第62話 62、豪雷国での強訴
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マリシナ軍団は夜になるのを待ってから関所に接近した。
関所の門は閉まっていた。
マリアは股旅姿の娘3人を斥候として軍団に先行させていた。
娘達は旅人溜まりの入り口付近で仲間の到着を待っているかのように道端に腰を下ろし夕闇が迫る空を見上げながら関所を見張った。
関所の様子は「通常」らしかった。
マリアは13中隊の白兵戦隊130人を引き連れて星あかりの空中から関所内に潜入した。
門衛を十字弓の斉射で倒し、門を開け軍団を関所内に導いた。
軍勢の行進の音で気付いた役人が詰所の外に出ると盾を立て十字弓を構えた兵士が2列に整列して待ち構えているのが室内から漏れ出る灯りに分かった。
槍を持つ多数の兵士がその後ろを駆け足で通り過ぎて行くのも分かった。
咎(とが)めようと前に出た勇敢な(あるいは愚かな)2人の役人が十字弓で射殺されると他の役人達はその場で止まった。
相手の数が多すぎる。
この重要な関所は敵を迎え撃つことができる砦のような構造であり、多数の兵士が常駐していたが、砦として機能するのは敵の接近があらかじめ分かっていた場合だった。
砦を守る多数の兵士は通常、山のずっと上に住んで居り、急な事件には対応できなかった。
刀と短槍しか持たない役人は整然と進行する兵士と戦うには力不足だった。
最後の荷車が通り過ぎると弓を構えていた白兵戦隊の兵士は無言で荷車の後を追った。
次の関所までの4㎞を軍勢は10分ほどで駆け抜けた。
前の関所と同様、マリアは13中隊の白兵戦隊130人を引き連れて闇夜の空中から関所内に潜入し門を開け軍勢を関所内に導いた。
この関所でも関所の役人は黙って軍団の通り過ぎるのを見るだけだった。
金鉱がある重要地区に入るのではなく出て行くのだからそれほど問題とはならない。
どこかの軍隊が夜間に関所破りをしただけだ。
マリアの軍勢は夜明け前に豪雷の城下町に入り、豪雷城の大手門前に集結していた。
暗闇の中、マリアは白兵戦隊130人を引き連れて大手門を飛び越し門衛を拘束し大手門を開けた。
死人を出さない方針だった。
マリアは10中隊1000人を城内に入れ、3中隊300人は大手門にかかる橋のたもとに盾を構えさせて整列待機させた。
辺りが明るくなると城侍が集まってきた。
最初は刀を差した侍。
次は鴨居から槍を外して持ってきた侍。
その後は武器庫から弓矢を持ってきた侍だった。
その数はおよそ100人ほどだったので1000人の軍勢を取り囲むことはできなかった。
もちろん鎧は着ていなかった。
警護の責任者はまだ出仕していなかったのだろう。
8時を過ぎるとようやく鉄板を縫いつけた鉢巻を巻いた男が侍達を分け出(いで)て言った。
「城内に侵入した者達に伝える。何者じゃ。名を名乗れ。拙者は警備隊長の下野長兵衛だ。」
「我々はマリシナ国の兵士です。強訴しに参りました。国主様にお取り次ぎくださいませ。」
マリアは盾に囲まれた集団の中から答えた。
「強訴だと。強訴は禁止されておる。強訴した者は死罪だ。」
「それは豪雷国の定めでございます。豪雷国がなくなれば吹き飛ぶお定めにございます。」
「豪雷国がなくなるとはどういうことだ。」
「我ら1300の軍勢は先の戦において大友国の6000、吉祥国の6000と共に豪雷国からの8000の軍勢を打ち破りました。正確に言えば2838人を捕虜とし、残りの17000人を殺しました。この城には現在兵士はほとんどいないと存じます。兵士がいないこの城を落とすのは容易です。城が落ちれば現在の豪雷国が無くなるのは必定です。」
「お前達が8000の軍勢を打ち破ったと申すのか。」
「そう申しました。現在は強訴(ごうそ)の形を採っております。強訴が拒否されれば通常の国と国との戦(いくさ)になります。国主様にお取り次ぎ願えますか。」
「お前達のような者に殿がお会いになるわけがない。」
「・・・そうか。それでは戦争かな。」
マリアは近くの兵士から爆裂弾2発を受け取り城侍達の後ろに投げた。
二つの大音響と共に後方の侍は吹き飛び、残りは地面に伏せた前列の10人となった。
警備隊長の下野長兵衛は気丈に立ち上がって言った。
「今のは何だ。」
「豪雷の兵士は戦場において敵に武器の名前を聞くのか。」
「・・・。」
「まだ分からんようだな。中央の3人を残して射殺(いころ)せ。」
10本の矢が7人に当たり、7人は倒れた。
警備隊長と左右の二人だけが残った。
「矢には毒が塗ってある。掠(かす)っただけでも死ぬ。解毒剤はない。こうなったのは下野長兵衛警備隊長の責任だ。彼我の力の差を推察できなかった。100人余りの命に対して貴公はどう責任を取るつもりだ。」
「・・・。」
「どうやらこの城を制圧しなければ話は聞いてもらえないようだな。別に城は欲しくはないから全て焼いてしまおうか。城が焼け落ちたら警備隊長はどう責任を取るかな。」
「待て、殿に連絡を取る。しばし待ってくれ。」
「了解。待とう。・・・最初からそう言えば100人ほどの家臣は死ななかった。」
警備隊長は吹き飛んだ死体を避(よ)けながら後方に走って行った。
その先には10人ほどの家臣を引き連れた初老の男が立ってマリシナ軍を眺めていた。
爆発音を聞きつけて来たらしい。
警備隊長はまっすぐその人物に近づき、片膝を立てて報告したようだった。
その男は供を引き連れ、死体を避け、近づいて言った。
「豪雷国主の豪雷佐清(ごうらいすけきよ)じゃ。誰と話せばいいのかな。」
マリアが盾襖(たてぶすま)から出て言った。
「私でございます。私はマリシナ国の国主のマリアと申します。この軍勢の総司令官であり、豪雷城下にある「マリア陸送」と言う名の店主でもあります。本日は御城下のマリア陸送に関してお願いがございましたので強訴の形をとってお城に押しかけさせていただきました。私は渡世人でもあり、無粋な方法を取りまして誠に申し訳ありませんでした。」
「国主で司令官で店主で渡世人か。どのような願いかな。」
「マリア陸送にお役人が来られ、無罪の私を捕らえようとしました。以後、そのような行為は行わないように殿様から強く言っていただきたいと思います。それだけです。」
「たったそれだけのことか。」
「そのお役人様は国主であろうと誰であろうとお縄にすると申しておりました。信貴国国主の信貴鳶高(しぎとびたか)も捕らえているかもしれません。」
「にわかには信じ難いな。」
「私もそう思います。」
「分かった。以後、其方(そなた)を捕らえることは禁止する。それでいいかな。」
「それで十分でございます。あとは闇討ちに気をつけるだけになります。・・・強訴は成功いたしました。さっそく兵を引きましょう。」
「それはありがたいな。・・・ところで、其方(そなた)の兵士達の姿は先の戦(いくさ)に現れた強力な兵士の姿についての報告と似ている。全身が黒ずくめで盾を持ち三度笠を冠っている。福竜での戦いに出た軍勢なのか。」
「左様にございます。この軍勢1300が一兵の負傷者も出さずに豪雷、大友、吉祥の20000を打ち破りました。豪雷からの8000は中軍でした。一番死者が多かったと思います。全員を殺すか捕らえたと思っていましたが捕り逃した者も居たのですね。・・・しかもそれを信貴国には伝えていなかったとは・・・。」
「信貴国に知らせる必要はなかったからな。それにしても恐ろしく強いのだな。」
「以前よりはさらに少しだけ強くなっていると思います。・・・それでは失礼いたします。・・・全軍、撤退する。中隊ごとに隊列を整えよ。・・・それから豪雷佐清殿様、成り行きとは言え、ご家臣の100名ほどを殺してしまいました。ご遺族には100両(1000万円)の見舞金を渡そうと思います。後日、1万両をマリア陸送からお届けいたします。・・・よし、撤退。」
マリシナ軍は隊伍を組み、昼前の城下町を行進し、城下町から去った。
途中、軍団は水神一家の前も雷神一家の前もマリア陸送の前も通った。
水神一家と雷神一家の前ではマリアは左手を軽く上げて合図を送り、マリア陸送の前では親指と人差指で輪を作って店の前に並んだ20人の車娘と支配人のボタンに強訴成功を知らせた。
マリアはこれから起こる事を見越してマリア陸送の裏に置いてあった多数の荷車を引き出し軍の後方に加えた。
これから多数の戦利品が得られるはずだったからだ。
山街道の関所は以前の様子とは大きく違っていた。
旅人溜まりには100人ほどの兵士が門を背に槍を構えて整列しており、門の上の回廊には弓に矢をつがえた100人ほどの兵士がいた。
街道に見張りを置き、マリシナ軍の接近を知ったのだろう。
昨夜この関所はどこかの軍団に通過されてしまった。
暗闇だったせいもあり、通り過ぎた軍勢の数さえ分からなかった。
関所としては屈辱の事態だった。
山から兵士を呼び下ろし、関所を守らせていた。
どこの国の軍勢であろうと二度と簡単に関所を通させてはならない。
この地で覇を唱えている信貴国の関所なのだ。
マリシナ軍は八の字に広がった旅人溜まりの前で盾を構えて止まった。
その位置は門の回廊から射る弓の射程距離外だった。
門から100m近くもある。
マリア軍は山街道の幅いっぱいに広がり、盾を立てて相手の応答を待った。
何時間でも待つつもりだった。
旅人の通行は禁止され、やがてそれは世間に知られることになる。
天下の公道で待つ善意の旅人集団に攻撃をかけるようなら堂々と関所を破壊することができる。
ついでにこの辺りを制圧してマリシナ国が奪うこともできるだろう。
関所が無くなった方が旅人には便利だ。
屁理屈だったが強い者は得手(えて)して屁理屈をこねて自己の行為を正当化させる。
小一時間も経ってから関所の門が開き馬に乗った武士が100人余りの兵士達に囲まれてマリシナ軍に近づいて来て馬上から言った。
「拙者は信貴国山街道関所守備隊の副長、金子舜臣だ。前方の軍勢に命じる。早急に解散してこの地から去れ。」
マリアは軍勢の中から応えた。
「我らはマリシナ国の傭兵だ。天下の公道の通行を妨げようとすれば排除する。関所が無くなれば旅人は喜ぶだろう。」
「命に逆らえば盗賊として討ち取るぞ。」
「了解した。我らは山賊となろう。今からか。それとも貴公が門の中に戻ってからの方が良いか。」
「信貴国と争うつもりか。根絶やしになるぞ。」
「山賊は根絶やしになるものだ。今からでいいのだな。・・・弓隊、構えよ。」
あらかじめこうなることを予想していたのだろう。
10中隊の2弓小隊の計200人が盾の前に一斉に出て200丁の十字弓を目の前の100人の兵士に向けた。
「まっ、待て。撤退じゃ。撤退せよ。」
金子舜臣はそう言い残し、馬を強引に廻らし、一目さんに門に向かって逃げた。
兵士はそれに続いた。
槍を構えて門の前にいた100人の兵士もそれに続いて関所内に入り、門は閉じられた。
関所は外からの敵を迎え撃つ構造になっている。
それに1000人以上の軍勢に対抗できる兵士の数はなかった。
4㎞離れたもう一つの関所からの応援を待ってもいい。
城に知らせて軍を出してもらってもいい。
とにかく時間を稼ぐことが重要だ。
しかもこちらには食料の蓄えはあるが敵にはなさそうだ。
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