第61話 61、遠征開始
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マリアが言った。
「水神親分、建物を潰すことができることをお見せしました。納得できましたか。」
「命は助けてくれ。」
「もちろん今日は命は取りません。どうぞ子分を集めたり助っ人を呼んだりして殴り込みに備えて下さい。逆にマリア陸送に殴り込みをかけても結構です。・・・とりあえず、怪我した3人の子分さんを医者に連れて行ってください。早い方がいいですね。感染症で死にますから。」
「・・・いくら差し上げたら赦(ゆる)してくれるんで。」
「金ですか。命を金で買うのは良くあることです。・・・前例がありましてね。大石国の大勝一家の賭場で賭場荒らしをした時は子分一人の命が100両(1000万円)、親分の命が200両でした。大勝親分は20人の子分とご自身の命のために結局2500両払いました。それからこの町の雷神一家では15人の子分と親分の命の引き換えとして2000両をもらおうとしたんですが金が足りませんでした。結局、雷神為五郎親分は命のかわりにあっしの子分になりました。水神一家の子分の数はどれくらいですか。」
「10人です。」
「そしたら1500両だせば皆殺しの殴り込みはいたしません。払えますか。」
「とてもそんな金は用意できません。不景気なんです。あっしを雷神為五郎と同じように子分にしていただけませんか。金も出さず命も助かるならそんないいことはございません。」
「・・・分かった。水神龍次を子分にしよう。以後、私の命令に従え。」
「ありがとうございます。あのー、何てお呼びしたらいいのでしょうか。」
「『マリア親分』と言えばいい。」
「分かりました、マリア親分。」
「それでいい。引き上げる。子分を医者に連れて行け。これが最初の命令だ。」
「分かりました、マリア親分。」
マリアと娘達は荷車を引いてマリア陸送店に戻った。
マリア陸送では3人の役人が上がり框(かまち)に座っていた。
その周りを4人の娘達が囲んでいた。
板床の上に留守番の娘が一人、土間に帰って来た娘が3人だった。
役人にはお茶も出していなかったようだった。
「ただいま」と言って入って来たマリア達一行20人。
「お帰りなさい、マリア姉さん。」と娘達。
3人の役人は立ち上がった。
マリアは役人達を見ると言った。
「おや、先ほど道で出会ったお役人さんですね。助っ人を連れて来ましたか。早かったですね。捕手(とりて)は連れて来なかったのですね。・・・で、何でしたっけ。」
「てめえを捕(つか)まえにきたのさ。神妙にしろ。番屋に連れて行く。」
「捕縛の理由は何ですか。」
「明白な傷害罪だ。」
「被害者から訴(うった)えがありましたか。」
「そんなものは必要ない。人を弓矢で射たら犯罪だ。」
「相手が死んでいたらそうなるでしょうね。死んだ人間は訴えることができないわけですから。でも今回の場合、水神一家の水神龍次はあっしの子分になりました。怪我した者は子分の子分です。仲間内の事故ですね。怪我した子分は今頃は医者の所に運ばれているはずです。それでも犯罪ですか。」
「うっせえ、言い訳は番屋で聞く。おとなしく縛(ばく)につけ。」
「あっしはマリシナ国の国主のマリアです。国主を捕縛するのですか。」
「うっせえ。何を訳のわからねえ御託を述べているんだ。神妙にしろ。国主であろうと何であろうと捕縛するんでえ。」
「そうか。豪雷国では他国の国主も捕縛するのか。信貴国の国主もそんな調子で捕縛したのだな。」
「信貴国の国主だとう。何をほざいているんだ。」
「信貴国国主の信貴鳶高は居なくなったともっぱらの噂です。関所の対応を見れば必死に探しているようです。豪雷国が誘拐したのですね。早速、信貴の関所に通報することにします。有力情報なら褒賞が出るそうですからね。信貴が怒れば豪雷は滅びますよ。」
「何を言っているんだ。」
「豪雷の役人は他国の国主であろうが捕縛するんでやしょ。関所ではどんな小さい情報でもいいから教えてくれって頼まれております。信貴鳶高は豪雷の役人に捕まえられたんだ。それじゃあ情報が出てこない訳だ。」
「待て、そんなことは言っていないぞ。」
「今おっしゃったんでしょうが。国主であろうと何であろうと捕縛するって言いました。豪雷を叩(たた)けば証拠の一つや二つは出てくるでしょう。信貴鳶高の誘拐は高いものにつきますよ。」
「豪雷の役人が信貴の殿様を捕まえるわけはないだろう。」
「豪雷は属国にされたんで恨んでいるんでやしょ。憎い信貴鳶高を誘拐できれば恨みの一部は晴らせることになります。」
「・・・。」
「明日からでも人力車のお客さんに何か変なことがあったかどうかを聞くことにいたしましょう。豪雷国の役人の陰謀も明らかになるかもしれません。」
「役人の陰謀だと。」
「そんなことはないと信じております。でも他国の国主を捕縛しようって方々ですから。」
「何かの間違いだ。」
「とにかく、あっしは捕縛されたくございません。捕縛しようとすれば皆さんを殺します。どうします。」
「・・・今日のところは帰る。憶(おぼ)えておくからな。」
「分かりました。豪雷の殿様には強訴でもした方がいいですね。・・・貴方様達(あなたさまたち)のお名前を聞いておきましょう。私はマリア陸送のマリアと申します。左の方はどなたですか。」
「名乗る必要はない。」
「そうですか。右端の方はどなたですか。」
「ちょっと付いて来ただけだ。関係はない。」
「そうですか。関係している中央の貴方はどなたですか。」
「名乗る必要はない。」
「分かりました。皆さん名前を知られたくないのですね。豪雷の殿様にあなた方の名前を調べるようにお願いしてみましょう。いつまでも小役人様に目をつけられているのはいやですからね。・・・お帰りください。」
3人の役人は睨(にら)みつけながら黙って店から出て行った。
マリア陸送の商売は軌道に乗った。
客が客を呼び車娘の娘達は一日中、夜まで仕事をした。
もちろん、眠らない娘達ではあったが、1日交代で人力車を引いた。
脇差を差して車を引く車娘の腕前は雷神一家と水神一家の子分達の口から広がり、人力車の運行を妨害しようとする輩は出てこなかった。
そんな状況を確認しマリアはボタンを支配人とし、豪雷国のマリア陸送を任せた。
マリアはマリシナ国に戻ることにした。
山街道の最初の関所では面番所の役人が言った。
「又お前達か。運んで行った人力車は走っているのか。」
「おかげさまで豪雷の御城下では盛況にございやす。もう数台人力車を調達しようと湖の国に行くところでございやす。」
「よう分かった。通ってよい。」
マリア達は有名になっていたらしい。
次の関所でもほとんど詮議なしに通ることができた。
マリアはマリシナ国の隠れ村に行き、娘兵士1300人を眠りから目覚めさせ福竜の湖畔に集結させた。
先の侵略軍との戦いで奪った多数の荷車も中之島から娘兵士と共に運び、兵糧米を沿岸各国から買い集め遠征の準備をした。
娘兵士達は米を食べることができ、完全にエネルギーに変えることができる。
野菜も水も必要ないので食料の兵站(へいたん)は容易であった。
荷車には爆裂弾の他に新兵器の鉄砲を載せた。
そろそろ鉄砲をこの世界に登場させてもいい時期だと思ったからだ。
「福竜国湖岸に軍勢集結」の知らせを受けた福竜国親衛隊長の龍興興毅は馬に乗って駆けつけ、マリアを見つけて言った。
「マリア殿、いよいよ信貴国攻めですか。」
「いえ、龍興殿、まだでございます。情勢が変わったら信貴城攻めをするかもしれませんが。・・・福竜国は信貴城を受け取る準備ができているのですか。」
「それが・・・まだでござる。城を渡されても守り切れる自信がありもうさん。困っている状況でございます」
「信貴鳶高は興味深い提案をしました。信貴鳶高の身代金を200万両にすればいいと言っておりました。マリシナ国は100万両をもらい福竜国も100万両を受け取ればマリシナ国は150万両を契約通り得ることができ福竜国は差し引き50万両を儲けることができます。信貴城には200万両の数倍の金が蓄えており問題は生じないということでした。」
「魅力的な提案ですな。」
「まあ、信貴鳶高が城に戻ったらどうするかは分かりませんがね。身代金ですから福竜が儲けるのには反感を持つかもしれません。」
「殿に報告しておきます。・・・で、どこに侵攻するのですか。」
「ふふっ、秘密です。福竜は知らない方がいいと思います。」
「分かりました。隠密に後を付けさせることをお許しください。」
「まあ、街道ですから商人の旅人は自由に通ります。」
「ありがとうございます。」
マリアの軍勢は国境の峠を越えて信貴国に入った。
川に沿って下り山街道に入った。
1300人の軍勢は13中隊に分けられ、1中隊は10人の10小隊から成っていた。
10小隊は長槍隊1、短槍隊2、弓隊2、擲弾隊2、白兵戦隊1の他に20人の鉄砲隊で構成されていた。
全ての兵士が等身大の丈夫な盾を片手に持っていることが特徴的だった。
全体の色は黒だった。
兵士は黒漆を塗った三度笠に黒色の道中合羽(どうちゅうかっぱ)を着ていた。
黒の三度笠は内側が鉄板で補強され、縁には肩まで届く目の細かい網が縫い付けられており、通常は前面がハネあげられて三度笠に止められていた。
黒色の道中合羽は内側に長く硬い肩当てが着いており、あたかも両肘を伸ばしたポンチョを着ているようだった。
それは高い襟(えり)があり、裾(すそ)は膝下まであった。
もちろん網は防刃繊維だったし、雨は通さなかった。
道中合羽の内側には多くのポケットや吊り紐が着けられ、十字弓、矢筒、鉛玉、爆裂弾、水筒、糧食などが付けられていた。
黒の道中合羽は雨具であり、鎧であり、背嚢であり、武器庫でもあり、夜露をしのぐ天幕でもあった。
娘達は股引(ももひき)、脚絆(きゃはん)、足袋(たび)、袖付き筒服(つつふく)、手甲(てっこう)、幅広帯、長脇差の股旅姿をしていたが、全てが黒色だった。
娘達が履く大きめの下駄(げた)には裏に鉄板が張られ、足の甲を守るように鉄のカバーが付けられていた。
軍団は峠からの山道では2列縦隊で、それに続く山街道では5列縦隊で駆け足行進した。
軍団の情報が関所に伝わらないようにするためだった。
中隊ごとに20mの長さとなり、中隊間の距離が離れていたので全体では600mの長さになっていた。
途中で数人の旅人を追い抜き、関所方向から来る旅人が引き返すこともなかった。
行列の後ろには米俵を満載した荷車と多数の箱を積んだ荷車が街道の石ころに跳ね上がりながらついて行った。
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