第60話 60、水神一家のいちゃもん 

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 大前次郎吉は続けた。

「それにしても、石礫(いしつぶて)だけで鎧を着た山賊を全滅させたと聞きました。お強いのですね。」

「マリシナの者は皆んな兵士ですから。」

 「店前に停まっている乗り物は何と言うのですか。」

「人力車と言ってます。それを引くのは車夫ならぬ車娘といいます。この度、豪雷の城下で人力車による運送業を始めることにしました。今日は宣伝のために城下を走っております。」

「確かに若い娘さん達ですね。脇差(わきざし)を差していますが何故(なぜ)ですか。」

 「車娘はお客さんの護衛も兼ねております。いずれの娘も福竜国での武芸大会で優勝できる腕を持っています。」

「福竜国での武芸大会は噂(うわさ)で聞いたことがあります。何でもマリシナ国の若い娘さん達がジャンケンで優勝者を決めたそうですね。」

「マリア一家の娘達です。面白そうだったので私も参加しました。福竜の殿様は安全な流通のために護衛を集めようとしたみたいです。今ではマリシナ廻船の筏船(いかだぶね)が廻っておりますから物流はかなり安全になっております。」

 「山向こうの湖の国々は発展しているのですね。」

「争いがない地域になっていると思います。」

「それに比べれば豪雷は惨(みじ)めなものですよ。信貴国に攻められ属国にされてしまいました。」

「そのようですね。」

 「でも、その信貴国では何か異変が起こっているようです。殿様がいなくなったとの噂(うわさ)が広がっています。」

「そうでしたか。ここに来るまで関所毎に『街道で不審者を見なかったか』と尋ねられました。そんな理由があったのですね。」

「そうだと思います。うちの荷車も同じようなことを聞かれたそうです。」

 「いったい、どこに行ったのでしょうね。・・・いや、他国のことでした。そろそろ宣伝走りを再開します。機会があったらどうぞ人力車をご利用ください。大和町の店に連絡すれば利用できます。」

「そうさせていただきます。マリアさんのお店なら安心です。」

「それじゃあ失礼いたします。」

マリアは人力車に戻り、宣伝走りを再開した。

 そんな宣伝(デモンストレーション)もあってか、翌日から人力車に乗ろうとする客がマリア陸送の店に来た。

物珍しさからお客が乗り、娘が引く車に乗る優越感に酔う客が乗り、そして話の種に乗る客もあった。

 新しい客商売で儲かっている所にはヤクザと役人が甘い蜜を吸おうと集まってくる。

最初に来たのは3人のヤクザ者だった。

雷神一家と同様に不景気だったのかもしれない。

「いらっしゃいませ。人力車のご利用ですか。」

車娘の一人が言った。

 「客じゃあねえよ。文句を言いに来たんでえ。てめえらだれに断って商売を始めているんでえ。えーっ。」

「あっ、お客様ではないのですか。分かりました。さっそく店主に伝えます。しばらくお待ちください。文句を言いに来た方でしたね。」

そう言って娘は奥に行き、マリアを連れて戻って来た。

マリアが言った。

 「店主のマリアです。どんな御用でしょう。」

「御用だとう。えーっ。用があるからわざわざ来たんでえ。」

「・・・。」

「何とか言え。」

「続きをどうぞ。」

「何だとう、てめえ。なめてんのか。」

「・・・。」

「何を黙ってるんだ。何とか言え。」

 「文句をつけに来たのではなく因縁をつけるために来たのが分かりました。どこの身内ですか。一家を潰してあげます。」

「何だとう。」

「娘達、この者達を拘束しなさい。腕や足は折ってもいい。殺すな。」

「はい、マリア姉さん。」

 3人の娘は3人の男達の後ろを囲み脇差を抜いた。

他の3人の娘は奥に行き、十字弓を持って戻り、黙って3人のヤクザを正面から狙(ねら)った。

3人のヤクザ者は事の展開に対応できなかった。

まさか相手が脇差を抜いて自分たちを囲み、十字弓を持ち出して狙うとは思わなかった。

 「・・・まてっ。悪かった。降参する。勘弁してくれ。」

「娘達、相手の太腿(ふともも)を射れ。」

娘達は黙って3人のヤクザ者の太ももに矢を射た。

3人のヤクザは「うぐっ。」と呻(うめ)いて腰を落とした。

 マリアが言った。

「その矢には戦場ではないから毒は塗ってない。すぐには死なないから安心しろ。矢を抜かなければ失血で死ぬことはない。どこの一家の者だ。荷車に乗せて送り届けてやる。」

「・・・水神一家で。」

「どこにあるんだ。」

「木越町で。」

「娘達、木越町を知っているか。」

「知っています、マリア姉さん。」

「よし、裏から荷車を持って来なさい。この者達を乗せて水神一家に行きます。」

 娘達は後ろからヤクザ者の帯を掴(つか)み、軽々と吊り上げ、荷車の荷台に並べて載せた。

ヤクザ者達は脇差を差したままだったがそれを使うことはなかった。

そのままにしていれば生きたまま一家に戻れるが、刀を抜いて抵抗すれば殺されるだろうことが推察できたからだった。

相手は多人数で無抵抗の相手に無言で弓矢を射ることができる集団なのだ。

 マリアと9人の股旅姿の娘達と10人の車娘達は太ももに弓矢が刺さったままの男3人を載せた荷車を引いて豪雷城下の街を木越町に向かった。

一人が留守番だった。

通行人は異様な娘集団を興味深く眺めた。

一人の町役人が一行を止めた。

 「まてっ、待てい。どこに行くのだ。」

「怪我人を木越町の水神一家に運ぶところでございます。・・・お役人様ですか。」

「そうだ。矢が突き立っておるではないか。どうしたんだ。」

「あっしらが矢を射ました。首を狙えば死にますから太腿にしました。」

「傷害罪ではないか。番屋に来い。取り調べをする。」

 「いやでございます。番屋に行けば怪我人が死ぬかもしれません。お役人はその責任を死を持って取ることができますか。・・・あっしらはマリア陸送の者でございます。事情を知りたければ後刻、大和町のマリア陸送にいらっしてください。・・・あるいはこのまま一緒に水神一家まで行きますか。」

「死を持って責任を取るだと。お前、役人をなめてんのか。」

 「少しだけ舐(な)めてました。後日、数百の捕り手を連れてマリア陸送に来てもかまいません。皆殺しにしてさしあげます。そうなった場合にはお城の殿様に兵を連れて強訴をすることになります。豪雷の殿様のお名前はまだ知りませんが、おそらく捕り手殺しを不問にすると思います。そうなれば貴方様は腹を切っても足りません。・・・そこをどけ。今死にたいか。」

「きっさま・・・後でマリア陸送にいくからな。首を洗って待ってろ。」

「あっしの首はいつも綺麗で。・・・娘達、進め。」

マリア達は横にどいた役人を眺めながら荷車と共に歩を進めた。

 木越町の水神一家の建物は雷神一家と同様な間口を持つ立派な家だった。

マリア達20人は弓矢が刺さったままの男達を吊り下げて「水神」と書かれた暖簾をくぐった。

手下と思われる若い男が上がり框(かまち)に座っていた。

「ごめんよ。」

「いらっしゃい。・・・あっ、権三。どうしたんだ。」

 「怪我をしたんで連れて来やした。ここの御身内さんですか。」

「助六も茂二もか。」

「医者に連れて行った方がいいと思いやす。」

「おやぶーん。来て下せえ。権三たちが怪我をしています。」

その声に奥から壮年から初老の男が2人の手下を連れて出て来た。

 「どうしたんでえ。何なんだ。この娘らは。」

「へい、権三たちをぶら下げて突然入って来たんで。」

「あんさんらは誰なんだい。」

「あっしらはマリア運送の者であっしは店主のマリアと申します。水神の親分さんですか。」

「水神龍次だ。これはどういうことでえ。」

 「御身内の権三さん、・・・それから助六さんと茂二さんでしたか。この3人がマリア陸送に来て因縁をつけましたんで制圧しました。死なないように太腿に矢を射ました。すぐに医者に連れて行けば助かると思います。」

「お前らが矢を射たのだな。」

「そう申しましたが。」

「大勢できたのは何のつもりだ。」

 「落とし前を付けるため殴り込みするために来ましたが、今日は止めます。どうもこちらの子分衆の数が少ないようなので殴り込みは後日に延期いたします。」

「殴り込みだと。」

「子分を皆殺しにしてから柱を切って建物を潰す予定でおりました。」

「てめえら、そんなことができると思っているのか。」

「思っております。・・・誰か柱切りをするか。」

車娘の全員が「私にやらせてください、マリア姉さん。」と言いながら競って手を挙げた。

 「練習したか。そうだな。二人毎にジャンケンして代表を決めなさい。5人は5本の柱を3分しなさい。危険だから家が倒壊しないように切っていきなさい。子分が抵抗すれば殺してもいい。」

「はい、マリア姉さん。」

娘達は水神親分や子分を無視してジャンケンし、勝った5人は下駄履きの土足で屋内に散った。

 一人は土間の入り口の柱を漆喰壁ごと三切し、一人は奥の床の間の飾り柱を三切し、一人は土間の柱を三切し、一人は壁の柱を三切しようとしたが失敗し、一人は天井の梁(はり)を飛び上がって切ろうとしたが最初の一撃で二つに分けただけだった。

三切に成功した娘は意気揚々と戻ったが失敗した二人はうなだれて戻った。

「すみません、マリア姉さん。」

失敗した二人が言った。

「気にするな。壁は切りにくいし梁は太すぎる。」

マリアは慰(なぐさ)めた。

 そんな娘達の狼藉(ろうぜき)に水神龍次親分も3人の子分もそれを止めなかった。

最初はあっけに取られながらも止めようとしたのだが、娘達の一人の土間柱の3切居合い切りを見て阻止行動をやめた。

近づけば自分の首が胴と離れるのが明らかだったからだ。

天井近くの梁(はり)が両断されるとそれは確信に変わった。

そんな娘達が20人もいるのだ。

勝てるはずがない。

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