第59話 59、豪雷国のマリア陸送 

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 翌日、マリア達と車娘20人は筏船で福竜国に行き、10台の人力車を引いて峠に向かった。

峠への山道は多くの荷車が通る道だったので人力車は容易に通れた。

峠を下り、左に曲がって山街道に入り、関所に到着した。

 面番所の前の広場は広かったのだが10台の人力車、20人の脇差を差した車娘、8人の股旅姿の渡世人が入ると少し手狭になった。

マリア達は片膝を立てて並び、面番所の役人が型通りに言った。

「在所、姓名、目的を言え。」

 マリアが応えた。

「代表してお答えいたしやす。股旅姿の8人は山の向こうの湖の畔にあるマリシナ国の渡世人でございやす。あっしはマリアと申しやす。福竜から峠を越して参りやした。他の20人は引いて来た人力車の引き手でございやす。」

「以前、山賊を殺した娘渡世人じゃな。つい最近も当関所を通った。」

「左様にございます。豪雷国で人力車業を始めるために福竜国に行くために通らさせていただきやした。人力車と車娘を集め、豪雷国に行く予定でありやす。」

 「人力車と言うのか。なかなか良くできているようだな。雨にも濡れずに駕籠より早そうだ。・・・車引のくせに脇差を差しておるのか。」

「はい、車娘は乗客の護衛の役割もするからでございます。」

「ふむ。そち達のことは信貴の関所の柿脇殿から聞いたことがある。信じられない博打の腕と寒気がする居合い切りをするそうだな。」

「関所のお役人にお見せしたことはございやす。」

 「拙者にも見せてくれんか。」

「車娘の娘達はまだ未熟でござりますれば。」

「未熟でも良い。人力車の護衛の腕を知りたい。」

「分かりやした。・・・材料はありそうですね。・・・丸太切りで宜しいでしょうか。それくらいはできると思いやす。」

「体を動かさずに柱ほどの丸太を切るのであったな。もちろんそれでいい。柿脇殿が言うには一閃で丸太を3つに切ったそうだ。」

 「娘達、丸太の三つ切りだ。だれかやるか。」

半数の車娘が手を挙げた。

「そうか。・・・トンボ、お前がやりなさい。」

「はい、マリア姉さん。」

「車を引きながらできるか。」

「できます、姉さん。」

「じゃあ、そうしなさい。」

「はい。」

 役人が持って来た古柱を別の娘が上端を支えるとトンボは後ろに置いてある人力車の一台を引き、マリア達を大きく迂回し、面番所と平行に人力車を走らせながら古柱の横を通過した。

古柱の少し前で人力車の引き手を少し下げ、左手で人力車と脇差の鞘を押さえ、右手を引き手から離して抜刀し、斜め前の古柱を切断し、刃を反転させ、切り上げるように再び古柱を切断し、納刀した。

 見た限り人力車の速度は変わらなかった。

トンボはそのまま人力車を元の位置まで引き、人力車を離れ、片膝を立てている仲間に加わった。

古柱は形を保っていたが古柱の上を支えていた娘が手を外すと3つに分かれて崩れ落ちた。

 役人が言った。

「見事。実に見事じゃ。注意して見ていたのだが刃先が全く見えなかった。車の早さも変わらなかった。柿脇殿の言った通りだ。確かに寒気がする居合い切りだった。」

「ありがとうございやす。」

「それほどの腕があるなら客は安心だろう。分かった。通って良い。書き付けを渡す。次の関所での詮議が簡単になる。」

 次の関所での詮議は簡単にはならなかった。

次の関所では人力車が調べられた。

「それがこの前言っていた人力車だな。荷車を切り取った粗末なものだと思っていたが、実に良くできておる。少し乗らせてくれんか。乗り心地を知りたい。」

「よろしゅうございやす。」

 車娘の一人は面番所の縁に人力車を横付けし、役人は踏み台から長座布団が敷かれた座席に座った。

車娘の娘は面番所前を大回りしてから踏み台の横に着け、役人は自席に戻った。

「うむ。良い乗り心地だった。座席が重いせいか地面の凹凸(おうとつ)があまり伝わってこない。いい乗り物じゃ。こんな乗り物が湖の国では走っておるのか。」

「左様でございやす。」

 「湖の国での戦(いくさ)の様子はどうであった。」

「戦があるようには見えませんでした。人力車の値段も以前と同じような価格でした。」

「そうか。2万の軍勢が攻め入ったのだがどうなったのであろう。」

「不思議でやすね。2万人が神隠しに会うわけはないし。」

「神隠しか。・・・街道で何か変わったことがあったか。」

「いえ、今回は山賊には出会いませんでした。」

 「刀を使わないで人を殺すことができるような集団を見たことはないか。」

「見るも何も。あっしらはそんな集団でございやす。刀の代わりに木刀を使ってでも簡単に人を殺(あや)めることができやす。喧嘩や出入りには木刀が便利でございやす。相手を殺さないこともできやすから。」

「うむ、そうだったな。其方(そなた)たちの話はこの前の会合で柿脇殿から聞いた。喧嘩の強い凄腕の博徒だそうだな。」

 「恐れ入りやす。そんな集団はあっし達のような子分の多いヤクザ一家も同じでございやす。木刀を持って集団で殴り込みをかけたら一般庶民は勝てやせん。そんなヤクザ一家はどこの街でもございやす。・・・お侍さんの集団も同じです。刀の代わりに木刀を使えばいいのですから。」

「そう言えばそうだな。・・・うむ。街道で何か異変があったら知らせてくれ。通ってよい。」

「そういたしやす。ありがとうございやした。」

 マリア達は関所を出、深夜に豪雷国に到着し、サクラとモミジとボタンが待っていた大店に入った。

大店は10台の人力車を格納できるように邪魔なものが取り除かれていた。

大店の正面には暗くてよく見えなかったが「まりあ陸送」と大書された屋根看板が掲げられ、小屋根がついた立看板(たてかんばん)が立っていた。

8個の軒提灯(のきじょうちん)も入り口に吊るされていたが、まだ火は灯されていなかった。

顔が広い雷神の親分が協力したらしい。

 翌朝からマリア達は宣伝活動を始めた。

10人の娘達は貸衣装屋から娘着物一式を借り、着飾り、磨き上げた人力車に乗った。

人力車を引く10人の車娘は三度笠に道中合羽を羽織り、筒袖の上着と股引きと下駄履きの衣装に脇差を差していた。

三度笠は薄い鉄板で裏打ちされた三度笠に赤漆を塗った幅広の笠で、襟の高い膝下までの道中合羽は防刃繊維だった。

マリアは若衆姿で先頭の人力車に乗った。

 人力車群は最初に雷神一家に行った。

雷神一家の前に人力車を一列に停め、マリアだけが暖簾をくぐった。

「あっ、いらしゃいませ、マリア親分。」

上がりかまちに腰掛けていた手下の一人が言った。

「雷神の親分はいるかい。」

「はい、ただいま呼んでまいりやす。」

 雷神為五郎親分は急ぎ足で現れた。

「いらっしゃいまし、マリア親分。」

「雷神親分、礼を言うためにここに来た。「まりあ陸送」と書かれた屋根看板と立看板と軒提灯を見た。手間をかけさせたな。」

「どうってことはありやせん。表に並んでいるのが人力車ですか。」

「そうだ。10台持って来た。今日は宣伝のために街を走り回る予定だ。」

「見てもよろしいですか。」

「うむ。」

 雷神親分と子分は表に出て人力車と車娘と車上の娘を興味深げに見た。

「立派な車ですね。車娘の方々は脇差を差しているんですね。」

「まあな。三度笠と道中合羽は刀も槍も通らない。鎧(よろい)と同じだ。車娘の娘達に関しては腕は立つのだが人殺しはまだ初心者だ。10人も殺せば場慣れする。」

「恐ろしいお言葉ですね。人力車に乗っている娘さん達はどこからか集めたのですか。」

「同じ車娘だ。毎日交代で車を引く。」

「凄腕の20人ですか。安心できる数ですね。」

「そういうことだ。」

 「あのー、料金は如何程でしょうか。」

「駕籠の半額だ。ここの駕籠代は知らんが湖の国では1里(4㎞)で400文(1万円)だった。ここでも同じなら一里で200文(5千円)ってとこかな。1㎞で50文(1250円)になる。」

「安いですね。」

「サービス期間だ。客が多すぎるようになったら値上げする。」


(著者注:金沢市の観光人力車は1㎞で3000円程度。)


 マリア陸送の宣伝走行は街の諸所で停まった。

娘達は微笑みながら用意してあった看板を掲げた。

「マリア陸送の人力車」、「家から家に安全旅行」、「お駕籠の半額」、「美しい車娘の護衛付」、「雨にも濡れない」、「小荷物も大丈夫」、「お申し込みは大和町のマリア陸送に」などが書かれた看板だった。

 大店が立ち並ぶ道で停まって宣伝していると大店から男が出て来て言った。

「あのー、ちょっとお尋ねいたしますが、マリアと言うのはマリシナ国のマリア様でしょうか。」

マリアはその男の方を見て言った。

「想い出しました。山街道で出会った方ですね。確か豪雷国の大前屋の手代の末吉さんと言いましたか。」

「あっ、マリア様ですか。若衆姿で気がつきませんでした。手代の末吉でございます。その節は大変お世話になりました。荷車は無事に福竜国に行くことができました。」

「良かったですね。」

 「主人がお礼を申したいと以前より申しておりました。しばし大前屋でお休みいただけませんか。」

「そうしますか。・・・大前屋っと。ここは大前屋の前でしたか。」

「左様にございます。お店の前で騒ぎがありましたので見に来たらマリアという文字が見えましたのでお尋ねしました。」

「奇遇ですな。・・・娘達、しばらくここで休む。待っていなさい。」

「はい、マリア姉さん。」

 大前屋は絹と関係しているらしい。

「絹」と書かれた立て看板が立っていた。

手代の末吉に導かれて暖簾(のれん)をくぐると土間に恰幅のいい中年の男が立っていた。

末吉が男に言った。

「旦那様、やはりマリシナ国のマリア様の御一行でした。マリア様をお連れしました。」

 「ご苦労さん。・・・手前、当店の主人の大前次郎吉と申します。先日はうちの荷車を襲った山賊を退治していただき誠にありがとうございます。おかげで高価な絹反物(きぬたんもの)を無事に運ぶことができました。」

「弱気を助けるのは任侠道でございます。・・・まあ、山賊の金を奪いましたから追い剥ぎかもしれませんがね。」

「ふふっ。聞きました。山賊の身ぐるみを剥いで刀や鎧(よろい)を荷車の者に与えたそうですね。護衛の先生達は武器と具足を福竜国で売って大儲けしたそうです。」

「まあ迷惑料みたいものです。」

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