第58話 58、中之島の信貴鳶高 

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 雷神親分の顔は広く、人力車の問屋場に使うことができる広い間口と土間を持つ大店(おおだな)がすぐに見つかった。

その店は倒産し、空き家になったばかりの店で、持ち主はマリアの提示する金額に即座に応じた。

新しい生活ができるに十分な金額だったからだ。

 マリアはその店にサクラとモミジとボタンを残しマリシナ国に向かった。

「先日、当関所を通らせてもらったマリシナ国のマリア一家のマリアでございやす。豪雷国では金運に恵まれ事業を立ち上げることができるようになりやした。これから商売道具を仕入れに行くところでございやす。数日後には商売道具を持って再び通る予定でございやす。」

最初の関所でマリアは面番所の役人に言った。

 「この前通った女渡世人だな。街道の盗賊を皆殺しにしたと聞いた。豪雷国ではどんな商売をするつもりじゃ。」

「人力車業を始めるつもりでやす。」

「人力車とな。どんなものじゃ。」

「人を乗せるように設(しつら)えた荷車を人間が引くのでございます。駕籠のように二人が必要ではなく一人で引きます。言ってみれば馬車馬の代わりに人間が引くってわけで。」

 「なかなか面白そうじゃな。じゃが乗り心地が悪いのではないか。」

「人が乗る座席は弓の竹バネで支えられておりやすからそれなりに快適でございやす。それに少しの荷物を積む事ができ、雨にも濡れないようになっておりやす。数日後には人力車を引いて戻る予定でございやす。その時には実物をお見せする事ができると思いやす。」

「左様か。・・・信貴の城下ではそんな物は走っておらん。どこから人力車を持ってくるつもりじゃ。」

 「しばらく前までは湖の周りの国々では人力車が走っておりやした。そこから調達するつもりです。」

「あそこは戦争中だぞ。知らんのか。」

「知っておりやす。豪雷では兵士が居なくなり賭場は儲けが少なくなったそうです。でもそんな状況ならかえって簡単に人力車を購入できると思いやした。」

 「左様か。人力車を購入できるといいな。そのついでに辺(あた)りの状況を見てきてくれ。戦争をしているはずだが情報が入ってこないのだ。どうなっているかを知らせてほしい。」

「宜しゅうございやす。目で見た限りですが、状況をお知らせいたしやす。」

「うむ、頼む。通っていい。これから渡す書付(かきつけ)を持っていけ。先の関所での詮議が簡単になる。」

「ありがとうございやす。」

 マリア達は無事に関所を通り抜け峠を越えて福竜国に入った。

福竜国のマリア陸送の倉庫には既に10台の人力車が準備されていた。

各国のマリア陸送の予備車を集めたのだった。

マリアは予備の筏船を出して中之島に行った。

車娘にする1小隊20人の娘を連れてくるためだ。

 入江町の入江に入ると遠く、桟橋に腰掛けて釣りをしていた信貴鳶高(しぎとびたか)を認めた。

中之島で男の衣装をしているのは信貴鳶高しかいない。

信貴鳶高は筏船が近づくとマリアを認め、立ち上がって言った。

 「マリア殿ではないか。久しぶりじゃな。」

「鳶高殿様、お元気そうですね。」

マリアは桟橋に上がると言った。

「うむ。退屈な日々を送っておる。今日は何用かな。」

「人力車の車娘にする娘達を連れに来ました。」

「人力車の車娘とは何じゃ。」

 「そう言えば鳶高殿様は人力車を見た事がなかったのでしたね。・・・人力車とは人を乗せるように設(しつら)えた荷車で車娘とは荷車を引く娘です。男だと『車夫』というので娘だから『車娘(しゃこ、しゃご)』と呼んでいます。マリシナ国の娘達は力が強く、剣の腕も確かですから駕籠よりも安全な輸送手段になります。・・・湖の周りの国々では既に人力車が走っております。人気があるようですよ。・・・このほど豪雷国で人力車の事業を興(おこ)しました。ふふっ、元手は博打で儲けました。」

「渡世人だから博打をするんだったな。」

 二人は入江町の宿屋に向かって歩きながら話した。

「ここでの生活でご不便はありませんか。」

「至極快適だ。不便といえば不便だが、不便は新しい経験でな。楽しいといえば楽しい。自分の下帯を洗濯したのは初めてだ。」

「それは良い経験ですね。」

 「豪雷国に行っていたのか。豪雷の様子はどうだった。」

「兵士が居なくなって賭場の客は減ったそうです。」

「そうか。山街道の関所の様子はどうだった。」

「関所とグルの山賊8人に出会いました。7人を殺し1人を関所に渡しました。」

「関所とグルとはどういうことだ。」

 「山街道には一本道なのに関所が2箇所あります。最初の関所を金目の物を積んだ荷車が通ると関所には白旗が揚げられるようです。山賊はそれを見て準備を整え、獲物が二つ目の関所を通り過ぎてから襲うようです。鳶高殿様のご指示ですね、国立山賊団総元締め様。」

「・・・うむ。あまり安全な街道では困るからな。」

 「旅人の方もそれをよく知っている様で、荷車を二つに分け、最初の荷車には高価でない物を積むような対策をしておりました。最初の荷車が襲われ、山賊が居なくなってから高価な荷車を通すわけです。」

「・・・うまい方法だ。」

「山街道は天下の公道です。いずれ山街道はマリシナ国が管理することになると思います。」

「できるかな。」

「ふふふっ、取らぬ狸の皮算用ですよ。」

 「・・・ワシのことはどうなっていた。」

「まだ探しているようです。3つの関所で旅人に情報を求めておりました。有力な情報ならば褒賞が出るそうです。・・・でも、そろそろ生きている証拠を出さないと信貴国国主の信貴鳶高は亡き者になってしまいますね。そんな場合は腹違いの弟さんが国主になるのですね。」

「そうなるかな。」

「そうなったら信貴鳶高が城に戻ると一騒動(ひとそうどう)起こりますね。」

「そうなるかな。」

 「そうなれば城攻めには好都合ですが、城を落としても何となく後味が悪いですね。・・・ふーむ、鳶高殿様、お手紙を書いてくれませんか。花押付きの手紙で、まだ生きておるぞって手紙です。印籠でもそれに添えましょう。」

「いよいよ強請(ゆすり)と身代金交渉かな。」

 「んー、少し違う様な気がします。身代金はもらうつもりはありません。戦いの相手方を変えないためです。・・・マリシナ国は契約に従って信貴国の信貴鳶高を相手として戦いを仕掛け、城を奪い、山街道一帯をマリシナ国にいたします。信貴国の富の源泉となっている金鉱を奪います。山街道一帯は残存10万の大軍で奪い返すには不向きな現況です。一旦奪われたら取り返せません。・・・一方、福竜月影殿様は契約に従って城を得ますが信貴国全体を奪うことはできません。信貴国内に残存している10万の軍勢は信貴城に向かい、福竜月影殿様は城を放棄すると思います。・・・問題は城の放棄の方法です。私は信貴城の金蔵から残金の100万両を奪います。福竜国は100万両奪って自国が安全なら満足するはずです。鳶高殿様の身代金交渉案の一部ですね。そんな推移の中で信貴国国主の信貴鳶高殿様が生きていることが重要なのだと思います。・・・なりゆきとは言え、今となっては鳶高殿様を拉致したのは失敗だと思っております。鳶高殿様を知らない方がずっと気楽でした。」

 「結局ワシは城に戻れるのか。」

「戻すつもりです。でも国主、信貴鳶高は責任を取らねばなりません。敵対していなかった福竜国に大軍を差し向け福竜を支配しようとした悪事、いたいけな娘を捕らえようとした悪事に対しての責任です。」

「誘拐罪で割り引いてはくれないのか。」

「誘拐はむしろ温情です。あの時、鳶高様が捕虜にしてくれと頼まなかったら私は信貴鳶高様を馬と同じ様に殺すつもりでおりましたから。」

「やはりそうだったか。」

「豪雷国での人力車業が軌道に乗ったら信貴城攻めを始めます。」

 マリアは人力車の車娘にする娘兵士1小隊20名を世間で生き延びるための訓練をした。

具体的には居合抜きとサイコロ目の聴き取りの訓練だった。

丁半博打に強ければ食べて生きることができるし、剣術が強ければ無駄な争いをしなくて済む。

 娘達は休みなしで訓練を受け、独自で練習し、その日の夕刻にはサイコロ博打と居合抜きの達人になっていた。

壺に隠れた賽子(さいころ)の目を当てる事ができるようになり、太い木の枝を抜く手も見せずに40㎝に切断して納刀できるようになった。

(40㎝にしたのは炊事用の薪(まき)にするためだった。)

立木の木の葉1枚を切り落とし、落ちる葉を半切して刀身に乗せた。

矢先をタンポで包んだ2本の十字弓の矢を抜き打ちで切り落とすこともできた。

 信貴鳶高はそんな訓練を間近でずっと見ていた。

サイコロの訓練では早々に自分の能力限界を知って諦めたが居合抜きの訓練では自分もできるのではないかと思ったらしい。

マリアに言った。

 「マリア殿、ちょっと刀を貸してくれんか。」

「興味を持ちましたか。これをお使いください。自信を無くさないといいのですが。」

そう言ってマリアは自分の脇差を渡した。

信貴鳶高はさっそく娘達が行っていた居合い抜きの練習を始めた。

抜刀の練習から始め、地面に斜めに差された釣竿の先に吊るされた小枝の一葉を切ろうと試(こころ)みた。

 信貴鳶高にとって枝の一葉だけを切り取ることは難しかった。

落ちる葉を切ることもできなかった。

地面に横たえられた樹木の枝を切る練習では4㎝径ほどの枝を切ることはできたが10㎝径の枝では刀は枝に食い込んで止まった。

十字弓の矢を切る練習では、2本の矢は無情にも胸と腹に当たった。

 「マリア殿、刀を返す。・・・どうもワシにはできないようだ。」

信貴鳶高はそう言ってマリアに刀を返した。

「娘達は鳶高殿様よりずっと強い力を持っております。殿様ができないのは当然のことです。」

「こんな兵士でマリシナ軍が構成されているのか。2万の軍を打ち破るのも当然かもしれんな。」

 「戦(いくさ)では殺す効率が悪い居合抜きなどは使いません。専(もっぱ)ら弓矢と投槍(なげやり)と爆裂弾です。接近戦はいたしません。」

「爆裂弾とは何じゃ。」

「信貴国ではまだ作られていない武器でございます。戦闘国家のマリシナ国では常に強力な武器を開発しております。」

「どんな武器なのだ。」

「秘密でございます。信貴国の城攻めでは見ることができると思います。」

 「やはり信貴国を落とすつもりか。」

「信貴国ではなく信貴城でございます。」

「ワシに信貴城攻めを見せてくれると言うのか。」

「はい、鳶高殿様には少し変わった城攻めをお見せいたします。福竜月影殿様が信貴国を欲しく無くなり、信貴鳶高殿様が贖罪(しょくざい)のために一生懸命働かなければならない方法を採用します。」

「余裕じゃな。」

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