第57話 57、雷神一家を子分に 

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 娘達が帳場で換金していると奥にいた胴元と思われる男が言った。

「いやーっ、皆さんは凄腕ですね。あの壺振りが負けるのを初めて見やした。」

「あの壺振りさんの方が凄腕ですよ。自在に目を出すことができるようです。あっしらにはできやせん。もし逆にあっしらが壺を振ったらあっしらのぼろ負けでさ。」

マリアが答えた。

 「そうかもしれやせん。・・・あっしはこの辺りに一家を張らせてもらっている雷神の為五郎(ためごろう)と申します。皆さんの若い娘の股旅姿はこの辺りではお見かけした事がありやせん。どちらさんか教えていただきませんか。」

「あっしらは見た通りの渡世人で。あっしはマリシナ国でマリア一家を束(たば)ねるマリアと申しやす。」

 「マリシナ国のマリア親分さんでしたか。マリシナ国ってのはどの辺りですか。湖の辺りの国ですか。」

「湖の周りの国の一つでやす。大石国の隣の小さな国です。」

「大石は聞いた事があります。皆さんは若い娘さん達ですが、マリア一家というのは娘さんが多いのですか。」

「ふふっ、結構いますね。」

 「うちに草鞋(わらじ)を脱いでほしかったですね。」

「ありがとうございます。昨夜ここに着きましたので宿に入りやした。ご縁がありましたらお頼みしようと思いやす。」

娘達が換金を終え、客の二人の男も負けたので寺銭を払わずに帰ると賭場にはマリア達以外の客は居なくなった。

 階下からは脇差を差した子分が上がって来るようになって帳場の雰囲気が変わった。

賭場では主催者側は刃物は持たない。

匕首(あいくち)くらいは持っているかもしれないが決して見せない。

一方、客は日常の姿をしており、武士であれば刀を差しているし、マリア達の様な股旅者であれば脇差を差している。

脇差を差した子分の出現は異常事態なのだ。

 マリアが言った。

「これで帰ろうと思いやすが、怖そうな子分さんが集まって来ていやすね。もう一勝負をお望みですか、雷神の為五郎親分。」

「どんな勝負でえ。」

急に話し方が乱暴になった。

 「一つはサイコロでのあっしとのさしの勝負でさあ。もう一つは喧嘩勝負でさあ。あっしらとそちらがどちらかが皆殺しになるまで殺し合うんでさ。」

「殺し合いだとーっ。娘の細腕で人を斬れるってかーっ。えーっ。」

「どうなるか分からないのが勝負ですからね。細腕でも斬れるかもしれませんぜ。」

 「てめえら、賭場荒らしか。」

「ご冗談おっしゃってはいけやせん。賭場荒らしをしようとしているのは雷神為五郎親分ですぜ。大勝ちした客の金を奪おうとしている。違いやすか。」

「しゃらっくせえやい。やい、てめえ。てめえら、イカサマ野郎だろう。ツボの中の目なんて判るはずはねえんだ。」

 「またまたご冗談を。あっしらは野郎じゃありませんぜ。正真正銘の生娘(きむすめ)でさ。」

「るっせえ、いかさま売女(ばいた)。簀巻きにされて流されてえのか。素っ裸にひん剥いて通りに叩き出してやろうか。えーっ。」

「どちらもあっしらの好みではありやせん。今の言葉は高い物につきますぜ、雷神の偽五郎(にせごろう)親分。」

 「るっせえ。おい、野郎ども下から木刀持って来な。女をなますに切り刻むのは寝覚めが悪(わり)い。賭場を血で汚すわけにもいかねえ。」

マリアと娘達は階下に血路を開くこともせず、楽しそうに事の成り行きを見ていた。

階下から木刀が持ち込まれ、子分達が木刀を構えてマリア達と対峙するとマリアが言った。

「ここはみんなが刀で戦うには狭すぎるわね。・・・銭形平次にしようかしら。」

 そう言ってマリアは財布から小判を取り出したが、再び財布に戻した。

「やっぱり額が割れれば死人がでるか。・・・雷神の親分、あっしらは長ドス持ってやす。ドスを抜くと血が出ることになりやす。木刀2、3本貸していただけやせんか。その方が子分衆さん達も安心してあっしらを叩きのめせると思いやすが。」

「るっせえ。何を御託ほざいてやがる。覚悟しやがれ。」

 「・・・娘達、畳を剥がしなさい。畳は盾。押し付けてしまいなさい。」

「はい、姉さん。」

娘達は一人が脇差で畳の縁を上げると次々と畳を剥がし、畳裏の持ち紐を左手で持って縦長の盾にした。

畳の重さは30㎏以上あったが娘達は軽々と畳を扱った。

横一列に並び、前方が見える程度に畳を前に倒し前進した。

 木刀を持った子分達は眼前に突き出された畳越しに木刀を振り下ろしたが木刀は娘達には届かなかった。

畳を下から蹴り上げても畳はほとんど動かなかった。

畳に体当たりをかけても畳はあまり動かなかった。

娘達の体重は300㎏であり、畳の下縁が床に着いていたからだった。

 娘達は畳襖(たたみぶすま)を押し、帳場の長火鉢を越し、階下に逃れないように誘導し、子分達を壁の一角に追い詰めた。

雷神の親分も子分達の中に入っていた。

子分達が押し負けるとは思っていなかったようで階下に逃げる機会を失ったのだ。

十数人の子分達は壁に押し付けられ身動きができなくなった。

そうなると畳を押し返す力も出せなくなる。

 「雷神の親分、畳簀巻きになりそうですね。具のたくさん入った太巻き簀巻きでやす。」

「てっ・・てめえ。畳をどけろ。」

子分達に周りから押し付けられていた龍神の親分は顔を上に向けて叫んだ。

「ご冗談を。畳をどけたら皆さんに簀巻きにされるんでやしよ、いやですね。」

「てっ、てめえ。どうするつもりだ。」

 「どうしやしょうかね。・・・長火鉢の土瓶のお湯を頭の上から飲ませてあげるか、・・・

長火鉢の赤い炭を頭の上に振り撒いてあげるか、・・・畳の隙間から刀串を差し込んで人間団子にするか、・・・なかなかいい殺し方法が思いつかねえんで。あっしらは残酷なことはした事がない善人渡世人ですからね。・・・どう殺されたいでやすか。」

「・・・。」

 「やはりお金なんでしょうね。雷神の親分、以前、大石国の大勝一家で子分衆の命をお金で買ってもらった事がありやす。子分一人の命は100両でした。ざっと見ると子分衆は15人ですね。1500両(1億五千万円)ありやすか。」

「そんな金あるか。」

 「あそこに見せ金が入っている千両箱が二つありやすよ。」

「ありゃあ空だ。」

「本当ですかい。」

そう言ってマリアは千両箱に近づき2個の千両箱を開けた。

千両箱は空だった。

 「なんともしけた御一家さんですねえ。あっしらがもうちょっと稼いだら換金できなかったとこでしたよ。」

「昔は儲かったんでえ。」

「それで凄腕の壺振りさんが居たわけですな。・・・どうしやしょうかねえ。このままでも雷神一家はジリ貧ですぜ。」

「わーってるわい。」

 「弱りやしたね。このままでは皆さんを殺さなければなりやせん。あっしらを殺そうとしたんですからね。殺されても文句は言えやせん。・・・人を殺すことは殺されることを覚悟したってわけでさ。合戦の殺し合いと同じでさ。」

「助けてくれ。たっ、頼む。」

 「・・・分かりやした。雷神為五郎親分、あっしに雷神一家を売りやせんか。子分15人の1500両と親分の500両、合わせて2000両で買ってさしあげます。子分さんも親分も今のままですがあっしの命令に従わなければなりやせん。2000両のお金の工面ができれば親分は雷神一家を買い戻すことができやす。」

「言ってる事がよく分からん。」

「あっしらは皆さんを殺さずにこの場を去るということです。ただし、以後はあっしの命令に従うということでさ。」

 「乗った。」

「解放されたらいつでも約束は反故(ほご)にできると思っているんでしょうが、その時にはおそらく死にますから。」

「だが今は殺されないってことだ。」

「そうでやすね。あっしらも豪雷国の城下町で商売ができるってわけですわ。」

 「商売って何をやらかそうってつもりだ。」

「一言いっておきやすがね、あっしの子分になるつもりなら子分らしい口のききかたをするんですな。」

「・・・すいやせん。何をするおつもりですか。」

 「安全第一の人力車業を始めるつもりだ。どんな暴漢に襲われても安全な駕籠屋みたいもんだ。博打で勝ったお客さんに乗ってもらってもいい。この賭場の様に勝ったらイカサマ呼ばわりされて勝ち金を取られたら安心して博打は楽しめないからな。人力車に乗って帰ればここの子分の10人や20人に襲われても安全だから。」

「子分どもに襲われてどうして安全なんで。」

「人力車を引く車娘(しゃこ)は強いからね。武芸大会に優勝でき人殺しにも慣れている。」

「信じられねえ。」

「そのうちわかるさ。すぐに分かるかもしれない。ふふふっ。」

 マリアは娘達に畳を元に戻すように言った。

娘達は後退(あとずさ)りし、子分を押さえつけていた畳を元に戻した。

壁に押さえつけられていた子分と雷神親分は自由になった。

マリアは解放された親分子分がどのような反応をするか興味深く様子を見ていた。

マリアの子分になるという約束をすぐに反故にするかどうかに興味があった。

約束に反して敵対したら皆殺しにするつもりだった。

約束を破る人間は性根(しょうね)が腐っており、それは治らない。

 果たして雷神親分と子分は敵対しなかった。

畳を押す娘達の尋常でない力を知ったためなのか、面白そうな商売の話に興味を持ったためか、はたまたマリアの自信を感じたためなのかは分からなかったが敵対はしなかった。

「雷神の親分、命拾いしましたね。反抗したら皆殺しにしようと思っていやした。10日ほどしたら人力車を持って来やす。詳しい話はそれからにしやしょう。あっしらは宿に帰りやす。見送りしてください。」

 アリアと娘達は雷神為五郎親分と子分の見送りを受けて宿に帰った。

子分らはマリア達の下駄を出してくれ、戸口の外にまで出て見送った。

マリアは娘達の一人にマリシナ国に連絡を取らせた。

娘は暗闇から夜空に上昇しマリシナ国に向かった。

 翌日マリア達は朝から雷神一家に行った。

雷神一家は間口が広い2階建ての立派な建物だった。

奥行きも十分にあり多数の子分を住まわせることができるようになっていた。

昔は勢いがあったのかもしれなかった。

 「ごめんよ。」

マリアがそう言って暖簾(のれん)をくぐると土間に続く上り框(あがりかまち)に腰掛けていた子分が立ち上がって言った。

「あっ、昨日の。・・・おっ親分を呼んでめえりやす。」

「たのむ。」

 雷神為五郎親分は二人の子分を連れ、両手を合わせて出て来た。

「いらっしゃいませ。あのー、何てお呼びしたらいいんでしょうか。」

「そう言えばそうだった。・・・『マリア親分』って呼んだらいい。」

「・・・マリア親分、今日はどのような御用でしょうか。」

「家探しをしてほしい。20人が住めて10台の荷車を停めておくことができる家をさがしてほしい。家が見つからなければ空き地に家を建ててもいい。金には糸目をつけない。」

 「人力車の問屋場を作るおつもりですな。・・・20人程度ならこの家をお使いください。部屋は十分にあまっておりますし、裏には十分な空き地がありやすから。」

「ありがたい申し出だが雷神一家は関(かか)わりを持たない方がいい。車を引く車娘は何人も人を殺すはずだ。もちろん殺す相手は人力車を襲って来た賊だから罪にはならないが役人には睨(にら)まれる。マリア陸送は役人に睨まれてもびくともしないが雷神一家は役人と争えば負ける。」

 「人力車の問屋場は『マリア陸送』って名前ですか。」

「うむ、湖の湖畔の国々ではけっこう人気がある。」

「何でマリア陸送はお役人に強いのですか。」

「マリア陸送にはマリシナ国の軍隊が後ろについている。いつでも2600の兵士を呼び寄せることができる。兵士は豪雷のお城を数日で落とすことができる。たとえ何万の捕り手役人が押し寄せても軍隊には対抗できない。簡単に皆殺しになる。」

「俄(にわか)には信じられないことで。」

「そうだろうな。そのうちに分かる。」

「話し方が変わったことは分かりやした。」

「渡世人から商人(あきんど)になったからな。」

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