第56話 56、凄腕壺振りとの勝負
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豪雷国は比較的に大きい国だった。
8000もの軍勢を出すことができる国なのだ。
湖の周りの国々の軍勢規模2000と比べれば有意に大きい。
豪雷国の城下町に着くまでに二つの町があった。
それぞれの町は元は小国の城下町だったのだろう。
町は小さく纏(まと)まっていてその地で暮す事ができるようになっている。
もちろんそこにはヤクザが住んでおり、小さな賭場もあるのだろう。
この時代、賭場は数少ない夜の娯楽場の一つなのだ。
マリア達はそんな町を通り過ぎ、夜になって豪雷の城下町に着いた。
宿屋に入ると食事も早々、賭場に向かった。
賭場は寺に隣接する料理屋の2階だった。
寺近くの料理屋は仕出(しだし)や法事の宴席にも利用されるが、夜は暇なのだろう。
賭場は閑散としていた。
客は町人風の男2人だけだった。
賭場は一応、丁半博打場と鉄火博打場の二つが準備されていたが、たった二人の客では丁半博打は面白くない。
マリア達11人が丁半博打をしたとしても仲間同士の賭け事をしても場所代を支払ってでも博打をしようとは思わない。
博打場は赤の他人が必要なのだ。
「えらく空(す)き空(す)きの賭場でやすね。」
マリアは駒札を受け取る時に言った。
「はい、今日は店じまいをしようと思っておりやした。」
「いつもこうなんでやすか。」
「兵隊さんが居なくなってからはさっぱりですわ。兵隊さん達は賭け事がお好きなようでうちとしては大得意さんでした。」
「国から兵士がいなくなったって、どういうことでやすか。」
「何でも湖の国を攻めに行ったそうです。まだ戻って来ていないんですよ。」
「湖には福竜、薩埵、白雲、大石、マリシナ、石倉、五月雨って7つもの国がありやすから。時間がかかるのかもしれやせん。」
「姉さん達ご一統さんは湖から来られたので。」
「信貴から来やした。・・・で、今日は遊ばせていただけるんで。」
「見ての通りお客さんが少ないんで貸元との勝負になりやす。それで宜しいですか。」
「望むところです。」
マリア達は鉄火場勝負をすることになった。
相手は胴をとる貸元だ。
町人風の男達も勝負に加わった。
娘達はペアを組み、最初はサイコロの音を聞くために丁半同数に賭け、勝った方は負けた方にコマ札を渡した。
そもそも偶数と奇数しかない勝負でペアを組んで同数賭ければ損得はない。
先に取られるか、後で取られるかの場所代を損するだけだ。
「お客さん、そんなことしてたら損はしないけど得もしませんぜ。」
壺振りが前の娘に言った。
いつもは客にそんなことを言わない壺振りではあったが、娘集団の客だからいつもとは違うようだった。
「今はまだ勉強中なの。心配しないで。そろそろ勝負をするから。」
壺振りの向かいのモミジがにっこり微笑んで壺振りに言った。
娘達は勝負に出た。
確信を持てる賽の目に対して2枚のコマ札賭けるようになった。
「一六(いちろく)の半ね。」
娘の一人が呟(つぶや)き、もう一人の娘も「私もそう思うわ。」と言って半に2枚賭けた。
サイの目は三六(さぶろく)の半だった。
「おかしいわねえ、一六だったはずなんだけど、モミジ、あんたどう思う。」
「私も一六だと思ったわ。理由が分からない。」
後ろで見ていたマリアはサクラに言った。
「サクラ、ここの壺振りさんは腕がいいの。確かに最初は一六だったんだけどツボを開ける時に一個のサイコロを引っ掛けたの。おそらく引っ掛けたサイの目は自在にできなかったようね。幸運だったわ。ツボの中のサイの位置を考慮しなさい。」
「はい、姉さん。サイコロがツボに触れていたら勝負なしにするよう同数賭けます。」
サクラはそう答えたがモミジは前の壺振りにずけずけと言った。
「壺振りのお兄さん、ツボでサイコロを動かすのはいいけど開ける前のサイコロはツボの真ん中に置いてくれないかしら。」
「分かりやした。そうしやしょう。お客さん達はツボの中のサイの目が判るんで。」
「ようやく判るようになったばっかりよ。これからが勝負よ。」
壺振りは何も言わずニヤっと微笑んだ。
次の勝負で壺振りはサイコロ2個を壷に投げ込んでから壺を素早く振ってから盆茣蓙(ぼんござ)の上に伏せてから動かした。
「サクラ、今の判った。全然分からなかったわ。」
モミジが言った。
「私も分からなかったわ。前とは全然違った。」
他の娘達も分からなかったようだった。
結局娘達は丁半同数のコマを賭けて様子を見ることにした。
「勝負。ピンゾロの丁。」
壺振りは自信ある声でそう言ってから壺を開けた。
盆茣蓙の上のサイコロは二つが重なって立っていた。
壺振りはゆっくりと重なったサイコロを取って盆茣蓙に置いた。
ピンゾロ(11)の丁だった。
壺を開く前にサイの目を言わせたのは壺振りの自負心だった。
「凄い。マリア姉さん、見ましたか。この壺振りさんは自在に賽の目を出すことができます。」
モミジが言った。
「見たわ。座頭の市さんが言ってた。腕のいい壺振りは自在にサイの目を出すことができるんですって。此処の壺振りさんもそのようね。この壺振りさんには勝てないわ。」
「どうすればいいのですか。」
「重なったサイでは丁半同数を賭けなさい。盆茣蓙に転がった時だけ勝負しなさい。」
「了解。」
そんな会話を聞いてた壺振りは更なる技(わざ)を披露した。
サイを転がらせなかったのだ。
遠心力でサイを壷に張り付け、そのまま盆茣蓙の上に並べ、ゆっくりと壺笊(つぼざる)を動かした。
サイは転がらず、壷に張り付いた時の目が盆茣蓙の上に並んだ。
娘達はどうしようもなかった。
サイコロが転がらなければサイの目は分からなかったからだ。
「モミジ、今のは何。全然転がった音がしなかった。」
「私も聞こえなかったわ、サクラ。・・・ボタン、あんた判った。」
「転がらなかったわね。でも何となく判る。伏せた時の音よ。1が出る時の音よ。もう一つは分からなかった。」
「ここは見にしようか。」
「勝負。41(よいち)の半。」
壺振りは再び壺を開ける前にそう言ってから壺を開けた。
出目は41だった。
凄腕の壺振りだった。
だが、凄腕の壺振りは次第に不利になっていった。
1対1で勝負する場合、客は必ず勝つか負けるかする。
様子見はあり得ない。
ところが客がペアを組んだ場合、自信がない場合には丁半同数を賭ける事で見(けん)することができる。
壺振りも毎回サイコロを立てるわけにはいかない。
毎回転させないで壺を伏せるわけにはいかない。
モミジの文句のためにサイをツボで引っ掛けることもできなくなっていた。
自在にサイの目を出す事ができる壺振りでも、サイコロを立てることができ、サイを転がらせない事ができる壺振りでも相手が二人のペアになった場合には不利になる。
客は勝つ回数は少なくなるが負けないからだ。
娘達の前にはコマ札が重ねられるようになった。
「壺振りのお兄さん、今度はサイを重ねて立ててくれない。何となく判るようになったから勝負してみるわ。」
モミジがずけずけと言った。
多数の客がいる通常ではそんな注文はできなかったのだが、その時には壺振りと娘達の勝負になっていたのだ。
その頃には二人の客はコマ札を賭けずに娘達と壺振りの息詰まる戦いを見ていた。
壺振りと娘達の真剣勝負だった。
壺振りは黙って壺を振った。
「これはロクゾロ(66)の丁よ。サイは立てたままで開いてね。倒したらだめよ。」
モミジが言った。
壺振りは観念して壺を開いた。
サイコロが上下に重なった66だった。
「サイコロ道、一部開眼。ふふふふふっのふっ。」
モミジは勝ち誇ったように言った。
サクラが言った。
「今度は私がやってみるわ。壺振りさん、今度はサイを壷にひっ着けて転がさないで伏せてくれない。ツボの中でサイを転がすのは自由にしていいわ。盆茣蓙の上でサイコロを転がせない方がいいわね。それをしたら直ぐに分かっちゃうから。」
壺振りはサクラを睨みつけてからサイを壷に入れてから少し振って壺を伏せた。
「サクラ、どう、判った。」
モミジがサクラに言った。
「グニ(52)の半だと思う。壺振りさんはツボの中でサイコロを回転させて惑わそうとしたみたいけど、上下の回転ではなかった。あの壺の動きでは上下の回転はできないわ。」
「とにかく最後の音はグニ(52)だったわね。賭けてみようか。」
二人は揃って半に賭けた。
そんな会話を聞いていた壺振りは半ば観念した。
「勝負。・・・おっしゃる通りグニの半でやすよ。」
そう言って壺振りは壺を開けた。
グニの半だった。
「私もサイコロ道、一部開眼かな。ふっふっふっ。」
サクラがコマを受け取りながら言った。
壺振りが自在にサイの目を出すことができ、客が何とかサイの目を推測することができる場合、勝つのは客だ。
壺振りが勝つ場合は客が丁半を決めた後でサイコロの目を任意に変えることだけだ。
壺笊(つぼざる)を動かせればそれができるが、壺笊を動かすのは客が張る前だからそれはできない。
壺を開く際に賽子(さいころ)を引っ掛ければ目は変わるが丁半どちらになるかは分からない。
立てた賽子を引っ掛けて倒しても目は変わるが丁半は制御できない。
壺笊に髪の毛などを張って賽子を回転させることはできるだろうが、それはイカサマであり、自在に目を出す事ができるほどの凄腕の壺振りは使わないだろう。
この壺振りに関してだが、要するに、壺振りも客も壺笊の中のサイの目を知っている場合、壺振りがどんな秘術を駆使したとしても勝率は五分五分となる。
壺振りが最後に取った手段はサイコロを替えることだった。
「ここで賽子を替えさせていただきやす。どうぞご確認をお願いします。」
そう言って壺振りは新しい賽子(さいころ)を取り出し、娘達に渡した。
娘達はサイコロを転がし目の音を知ろうとしたが、それは盆茣蓙の上の音ではなかった。
「マリア姉さん、サイコロの音が変わっちゃいました。」
モミジがマリアに言った。
「そうね。ここら辺りで止めときましょうか。サイコロが変わったのでは又最初から始めなければならないし、壺振りさんも相当疲れているみたいだから。」
「はい、姉さん。」
娘達はコマ札を抱えて帳場に行った。
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