第55話 55、街道の山賊
<< 55、街道の山賊 >>
マリアはその頃には襲撃現場に着いて山賊達が街道に転げ落ちるのを見ていた。
娘達は街道に出ると倒れている山賊を一人一人仰向けにし、喉を踏み潰して確実に殺して行った。
そんな様子を荷車の男達は若干の恐怖感を持って事の展開を見ていた。
娘達は黙って追い剥ぎを始めた。
刀を外し、兜を取り、具足を脱がせて道端に積み上げた。
もちろん胴巻の中の小銭を奪って一つにまとめた。
一通りの解体が終わるとマリアは荷車の男達に言った。
「皆さん、もう出て来てもいいでやすよ。」
「お前達は何者だ。」
護衛の武士の一人がマリアに刀を向けて言った。
「皆さんをお助けした任侠の徒(と)でありやす。まずかったですか。」
「いや、ご助力、・・感謝する。」
「それは良かった。とりあえず、死んでいる7人の山賊を谷に落としてくれませんか。お礼に山賊の具足と刀と短弓をさしあげます。街に着いて換金したら結構な値になると思いやすよ。刀7本で7両、短弓7張りで14両、兜や胴もそれなりの金になりやす。護衛や馬子の賃金より多いでやすね。7人で山分けしたらいいですよ。」
「貰ってもいいのか。」
「いいですよ。あっしらには運べない物です。そちらは荷車に積めばいいですね。」
「そうか。ありがたく頂戴する。地面を落ちていた物を拾って来たということだな。」
「だれも文句は言いませんや。」
馬車の7人は死んでいる山賊の死体を街道の谷側に投げ落とし、山賊の具足や武器を荷車に括(くく)り付けた。
「皆さんはすぐに出発したほうがいいですね。街道では何もなかった。道端に具足が落ちていたので拾って来たというわけです。あっしらは残った山賊に聞きたい事がありやす。少し残酷なことをするかもしれませんから見ないほうがいいですね。」
「そうか。それでは出発させてもらう。後はよしなにしてくれ。感謝する。」
馬車は足早に去っていった。
「さて、山賊の生き残り、聞いた通り仲間は死んだ。お前は場合によっては幸運にも生き残る可能性がある。生きたいか。」
マリアは道に座り込んでいる山賊に言った。
「助けてくれ。」
「さっきの荷車は関所を通って来た荷車だ。お前達は一日中街道を見張っているわけではないだろう。旅人一人を襲っても大した儲けになるわけではない。価値のない荷車を襲っても意味がない。襲うのは金になる物だ。お前達は関所とグルなのか。」
「話せば助けてくれるのか。」
「話さなければ苦しんで仲間のところに行く。・・・足の先から順に石で潰して行ってやろう。血が出なくて都合がいい。」
「・・・関所の屋根に白旗が出る。獲物が関所を出たという知らせだ。」
「なるほど、尤(もっと)もらしいな。旗に従って襲っていれば金塊を襲われることもないし、この街道を通る通行人も少なくなるわけだ。信貴国にとってお前達は必要悪ということだな。」
「助けてくれ。」
「ここでは命は取らない。まあ都合の悪い生き証人だから殺されるかもしれんがな。」
マリア達は林から蔦(つた)の蔓(つる)を取り、山賊を後ろ手に縛り、関所に向かって歩き始めた。
山賊は蔓の紐に引かれてマリア達の後を引かれて行った
関所は立派な関所だった。
山の傾斜に沿って何段もの石垣が組まれ、石垣が作る平地にいくつもの家が建っていた。
家は街道の高い側に集中しており、街道の低い側は塀があるだけで建物はなかった。
遠目にも多数の兵士たちが屯(たむろ)しているのが分かった。
関所というより出城か砦のようだった。
金鉱があるこの辺りは信貴国にとって最重要の場所かもしれなかった。
一旦この辺りを敵に制圧されたら山中故に大軍でも取り返すことは難しい。
関所の構造は以前の関所と同じだった。
旅人溜まりがあり、グループ毎に門を入っていく。
旅人溜まりには旅人はいなかった。
マリア達は後ろに簡易の甲冑を着け、後ろ手に縛られ、顔から血を流した男を引いているという異常な集団だったのか、門前に行くと5人の門衛が小槍を構えて言った。
「お前達は何だ。それに後ろの男は誰だ。」
マリアが応えた。
「あっしらは渡世人の旅人でさ。後ろの男は山賊です。この先で山賊に襲われ、山賊を退治しやした。事の顛末(てんまつ)は面番所でお話ししようと思います。」
「山賊か。・・・よし、中に入れ。」
「ありがとうございやす。」
そう言ってマリア達は三度笠を外し、道中合羽を脱いで三度笠に重ね、三度笠を持って面番所に行った。
マリア達は片膝を立てて並び、山賊は蔦を引いて座らせた。
面番所の役人が言った。
「在所、姓名、目的を言え。」
マリアが応えた。
「一人を除いて代表してお答えいたしやす。股旅姿の11人は山の向こうの湖の畔にあるマリシナ国の渡世人でございやす。あっしはマリアと申しやす。信貴国城下から参りやした。関所の先の三叉路でサイコロを振って豪雷国に行くことにしやした。気ままな旅でございやすから。」
「引いている男は誰じゃ。」
「山賊の一人でございやす。この先の街道で3台の荷車を襲っているのに出会いました。旅人の安全を図ることは任侠と思い加勢しました。結局山賊7人を殺し一人を捕虜にしました。できればこの山賊はこちらに引き取っていただき、適切に処置していただきたいと思いやす。」
「山賊か。甲冑を着けているのによく勝てたな。」
「あっしらは強うござりますれば。」
「道中で変わったことはなかったか。」
「・・・お話ししたように山賊に会いやしたが。」
「山賊は分かった。それ以外の不審な物を見なかったかと聞いたのじゃ。」
「いえ、気が付きやせんでした。」
「そうか。この先、何か変な事があったら知らせてくれ。情報によっては褒賞(ほうしょう)を与える。」
「何かあったのでございやすか。前の関所でも同じことを頼まれやした。」
「いや、特にない。旅人から情報を得よとお達しがあっただけだ。」
「お知らせしたい事があった場合、ここの関所に知らせるのでやすか。別の関所ではだめでしょうか。」
「関所間の連絡は密にしておる。どの関所でもいい。」
「分かりやした。何かありましたらお知らせいたします。」
「うむ。通っていい。山賊はこちらで引き取る。これから渡す書付(かきつけ)を持っていけ。先の関所での詮議が簡単になる。」
「ありがとうございやす。」
マリア達は関所の門を通り過ぎたのだが関所の支配領域を通り過ぎたわけではなかった。
関所門の前の千人溜まりを通り過ぎると街道の山側にはずっと木塀が続いていた。
街道の上り下りで木塀の内側が見える事があった。
木塀の内側は街道下側と同様な林であり、特に目立った物があるわけではなかった。
木塀は単なる「入るな」という意思表示のようだった。
街道の道幅は広く、勾配も凹凸も少なく整備されていた。
2㎞ほど進むと広場があった。
山側が抉(えぐ)れ、谷川が張り出して自然と広場になった場所だった。
うまい具合に、山側の際には岩の間からの湧き水があって小さな竹の樋から清水が垂れ落ち、岩の窪(くぼ)みに溜まっていた。
旅人の休憩場所に適していた。
広場には4台の荷車が停まっており、馬子4人、侍が4人、町人風の男一人が休んでいた。
マリア達が道端の石に腰掛けて弁当を広げ始めると町人風の男が近づいて来て言った。
「ちょっと宜しいでしょうか。豪雷から来た者でございます。ちょっとお聞きしますが、途中で荷車3台の集団と出会いましたでしょうか。」
「会いましたよ。皆さんと同じような馬子3人、お武家3人、案内人一人でした。」
「左様でしたか。無事に通ったのですね。」
「出会った時は8人の山賊に襲われていた時でした。」
「えーっ。山賊に襲われたのですか。」
「街道が切り通しになった所です。襲撃された直後だったみたいですね。お武家さんは荷車を盾にし、馬子さん達は馬車の下に隠れていやしたから。」
「それでどうなったのですか。」
「あっしらが山賊を退治しました。荷車は山賊の刀や弓や具足を荷車に積んで行きました。」
「皆さんが山賊を退治してくれたのですか。ありがとうございます。」
「皆さんはお仲間なのですか。」
「はい、この街道は山賊が出る事で有名です。それで一計を案じて二手に分けたのでございます。前の荷車にはそれほど貴重な物は積んでおりませんでした。たとえ山賊に襲われたとしても、山賊は二度続けては襲わないだろうと思ったのでございます。」
「なるほど。うまい方法ですね。」
「私は豪雷国の大前屋の手代の末吉ともうします。皆さんはどなたさん達でしょうか。よろしければお名前をお教えいただけませんか。」
「あっしらはこの山を越えた先の湖の畔(ほとり)にあるマリシナ国の渡世人で、あっしの名前はマリアと申しやす。」
「マリシナ国のマリア様ですか。帰りましたら主人に報告いたします。ありがとうございました。安全と分かれば早速出発することにいたします。それでは失礼いたします。」
荷車はすぐに出発した。
荷車が居なくなるとマリアは道端の大木に登った。
よじ登ったのではなく空中を飛んで樹冠近くの枝の間に身をひそめ、辺りを観測した。
山の下側、南にあるはずの信貴の城下町は途中にある山に遮(さえぎ)られて見えなかった。
来た道の方向、西にある峠の下に発する川はずっと遠く、弧を描くように輝いていた。
行く道の方向、東にあるはずの豪雷国もせり出した山に遮られて見えなかった。
豪雷国の隣にあるはずの大友国は地平線近くにあるようだった。
信貴国の先にある吉祥国は地平線上、山の端から僅かに見えたが、吉祥国がどうかは確かではなかった。
要するにこの位置は信貴国からも豪雷国からも、他の国からも見えない位置になる。
金鉱のある北側には山の中腹に十数の小屋が木の間に隠れて建っていた。
おそらくその辺りは平地になっているのだろが、樹林に阻(はば)まれてよく見えない。
街道からは木塀があるから見えないし、たとえ木塀がなかったとしても見えないだろう。
おそらくその辺りに坑道の入り口があるのだろう。
マリアは観測が終わると直ちに出発した。
豪雷城下への距離が分からなかったし、日のあるうちに着きたかった。
2㎞ほど進むともう一つの関所があった。
関所は前の関所で渡された書付を渡すと、型通りの詮議をしてからすぐに通る事ができた。
書付には日付と時刻が書かれていた。
途中で長居をしたかどうかを確かめるためなのだろう。
二つの関所で一つの大関所を作っているのだ。
その長さは4㎞ということになる。
巨大な山城と言えないこともない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます