第54話 54、信貴鳶高の提案 

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 マリアはお茶を飲みながら言った。

「近々、マリシナ国は信貴城を落とす予定です。侵略された福竜国の仕返しですね。仕返しは尤(もっと)もですから私は福竜月影殿様の要請を受けました。今回の旅は事前の偵察でした。我らを捕らえようとした殿様の行動は結果的に正しかったのだと思います。多少、自信過剰だったのが失敗だったのかもしれません。」

「女忍者だったのか。」

 「そういうことです。・・・福竜国はマリシナ国に100万両の借金があります。傭兵国のマリシナ国は敵兵1人の命を100両で請け負いました。我らは侵略軍の15000人を殺しましたから福竜国は150万両をマリシナ国に支払わなければなりません。ところが福竜国はそんな大金を持っておりませんでした。福竜月影殿様は50万両を支払いました。残りの100万両は信貴国から奪おうと考えたのです。福竜月影殿はマリシナ国に信貴城落としを要請し、私はそれを受けたのです。ここまでは理解できましたか。」

「理解できたと思う。」

 「マリシナ国の傭兵契約とは城を落として国の3分の1を貰うというものです。信貴国の場合は山街道と金鉱辺りがマリシナ国になると思います。・・・小国の場合には本城を落とせばその国を奪うことができます。ですが信貴国の場合は信貴城を落としても信貴国を奪うことはできないと思います。城外各地に9万もの軍勢が残っているからです。信貴城の全員を殺し、福竜国の兵士が信貴城に入ったとしても一月後には何万もの兵士に信貴城を囲まれることになりかねません。小国が大国を制圧することは難しいのです。そうなると福竜はマリシナ国に領土を与える事ができません。契約が不成立になります。」

「うまくいけば福竜にとっては都合のいい契約だな。」

 「信貴国の場合はさらに複雑です。属国の豪雷、大友、吉祥の動きが分からないからです。属国が信貴国の味方をするのか独立して信貴国を分割しようとするのかが分からないのです。・・・それで信貴の殿様に聞きます。殿様が行方不明になり、信貴城に福竜の兵士が入った場合、豪雷、大友、吉祥の国はどう対応すると思われますか。」

「動かんだろうな。動こうにも兵士がいないのだ。今度の福竜侵攻には豪雷、大友、吉祥のほとんど全兵力が使われた。まあ福竜の抵抗で多少は減るだろうと期待して命令したんだが、まさか全滅するとは思わなかった。兵がいない豪雷、大友、吉祥は動けんだろうな。」

 「そうですか。・・・信貴鳶高殿様は結婚なされているのですか。」

「えっ、・・・急な話の転換だな。・・・していない。」

「肉親は居られるのですか。」

「妹二人と母がいる。それと腹違いの弟がいる。」

「それなら信貴鳶高殿様がいなくなっても信貴国は安泰ですね。」

「まあ、何とかなるだろう。」

 「肉親は信貴城内に居られるのですか。」

「住んでいる。」

「信貴城は大きな城です。多くの秘密の抜け穴が掘られているはずです。信貴城が落ちそうになれば肉親は逃げることができますね。」

「1300で信貴城を落とせるつもりでおるのか。城内の精鋭5000は強いぞ。」

「落とせると思います。・・・どうですか。肉親は逃げることができますか。」

「負けると分かれば逃げると思う。」

「分かりました。これで気を使わないで皆殺しをすることができます。」

 「皆殺しか。自信を持っているのだな・・・一体全体、福竜の目的は何なのだ。」

「最初はタダで裕福な国を取ることだったと思いますが、今後は金(かね)になると思います。」

「国を取れれば金も取れるが、逆に攻められたら滅びると分かったのだな。」

「そうなると思います。・・・信貴城の金蔵には100万両はありますか。」

「千両箱千個か。・・・その何倍もあるはずだ。」

「それなら一時的にでも城を落とせば福竜国は100万両をマリシナ国に支払うことができますね。・・・それとも金蔵の小判は戦利品として貰ってもいいのかな。なかなか難しい問題ですね。」

 「取らぬ狸の皮算用みたいだな。信貴城の金を奪ったら福竜はなくなるぞ。」

「そのようです。」

「・・・いい方法があるぞ。ワシを信貴に返すことだ。身代金(みのしろきん)を100万両にすればいい。いや、200万両がいいかな。マリシナ国は契約通り15000人を殺して150万両を得ることができる。福竜国は一兵も出さずに50万両支払って100万両得るのだから50万両得することができる。信貴国は信貴城を落とされて5000人の精鋭が死なないで済む。5000人だから50万両分だったかな。ワシは再び大望を持つことができる。3国皆満足じゃ。」

 「なかなか魅力的な提案ですね。・・・瑕疵(かし)は那辺(なへん)にあると思われますか。」

「瑕疵か。・・・ワシの心変わりかな。事が収まれば大軍を率いて福竜やマリシナに攻め入ることになるかもしれん。」

 「家臣団はどうですか。強い信貴国の城は落ちないと思っていると想像できます。信貴鳶高殿様を誘拐したものの賊は報復が恐ろしくなって身代金を突きつけて来たのだろうと思いませんか。」

「思うかもしれんが問題はない。ワシが城に戻れば家臣は何も言わん。」

「分かりました。検討してみましょう。」

 「教えてくれんか。それほど強いマリシナ国の国主は誰なんだ。」

「私ですよ、信貴鳶高殿様。」

「国主が隠密活動をするのか。ワシより活動的だな。危険ではないのか。」

「私も娘達と同じように強いですから。」

「ワシと同じように自信過剰ではないのか。」

「ふふふっ、そうかも知れませんね。」

 マリア達は信貴鳶高を中之島に残して福竜国の渡し場に戻り、直ちに信貴国に向かった。

国主が居なくなった信貴国の状況を知りたかったからだ。

山街道の三叉路を通り過ぎ、関所に着く前に河原に下り、夜の間に下流に下り、再び街道に出、そして、関所に向かった。

娘兵士達は関所で一戦があるかもしれないと思ったのか、河原では綺麗な蛇紋岩の小石を拾って懐に入れた。

 関所の警備は少し厳重になっていた。

入り口には20人の門衛が短槍を立てていた。

門の前の溜まりには空の荷車の2人が待っていた。

信貴国で商品を売って帰り道のようだった。

胴巻には金が入っているのだろう。

こうして湖の国に金が入ってくるのだ。

 順番が来るとマリア達は三度笠を外し、道中合羽を脱いで片手に掛け、面番所に向かった。

面番所ではマリアが中央に、娘達がその両側に横一列に片膝を立てて控えると役人の一人が言った。

「在所、姓名、目的を言え。」

「代表してお答えいたしやす。あっしらは峠の向こうの湖の畔にあるマリシナ国の渡世人でございやす。あっしはマリアと申しやす。今のところマリシナ国に帰る途中でございます。」

 「以前ここを通った凄腕女渡世人か。前と同じ11人だな。信貴国では儲けたのか。」

「それなりに稼がせてもらいやした。」

「信貴は裕福じゃ。なぜ信貴を出てマリシナに戻るのだ。」

「信貴の御城下は平穏で良い稼ぎ場だと思いやした。ですが最近お役人様の動きが目立つようになりやした。皆様には申し訳ありませんが、あっしらはお役人様は苦手でございやす。そんなわけで一旦信貴を出ようと決めやした。」

 「城下は騒がしいのか。」

「理由は分かりませんが家屋(かおく)を捜索しているように見えやした。」

「そうか。此処に来るまでに不審な物を見なかったか。」

「いえ、気が付きやせんでした。」

「そうか。この先、何か変な事があったら知らせてくれ。情報によっては褒賞(ほうしょう)を与える。」

 「何かあったのでございやすか。」

「いや、特にない。旅人からの情報取得は日常のことだ。」

「分かりやした。何かあったら手紙に託してお知らせ致しやす。」

「用心深いな。分かった。もう行っていい。」

「ありがとうございやす。それでは失礼致しやす。」

 マリア達は無事に関所を通り過ぎた。

これでマリア達は正規に信貴国に入って正規に信貴国を出たことになる。

当然ながら、国主の行方不明は一般人には知らせないようだ。

マリア達は三叉路を右に曲がって豪雷国に向かう山街道に入った。

追い剥ぎや強盗に出会うことと関所の状況を知るためだった。

 山街道は山波を巻くように通る道で、両側は鬱蒼(うっそう)とした林だった。

左側が高く、右側が低い。

果たして程なくして賊が荷車を襲っているらしい現場に出会った。

まだ距離があったが、マリア達のいる方に向いている3台の馬車が一列に止まっており、山側には10人程の賊らしい男達が小弓を構えており、馬車の人間は馬車を盾にしたり馬車の下に潜り込んでいたりしていた。

馬車を盾にしている者は武士らしく刀を抜いており、馬車の下に隠れている者は素手だった。

 襲われた直後らしい。

馬車の前には人が動かせる程度の大きさの石が道の真ん中に転がっていた。

街道のその場所は山側が切通(きりどおし)になっており、道端には大小の岩や石が転がっていた。

石を取り除くために止まったところを襲われたのだろう。

 まだ倒れている人間はいなかった。

賊は人殺しをしたくないようだ。

皆殺しにするつもりなら最初から弓矢を射る。

やがて賊は馬車の前後に街道に出て来て馬車を制圧するだろう。

左右から短弓を向けられたら防ぎようがない。

 マリアは娘達に命じた。

「娘達、一人を残して賊を殺しなさい。」

「はい、マリア姉さん。」

そう言って娘達は街道の小石を拾ってから馬車に向かって突進した。

懐の綺麗な蛇紋岩の小石は山賊如きに使いたくなかったようだった。

 娘達は突進しながら道中合羽を外して盾がわりに片手で持ち、30mの距離から石を投げた。

山賊達は下駄音を響かせて街道を馬よりも早く近づいてくる娘達に早々と気がついたが矢を射ることはしなかった。

矢を射て殺すべきか弓矢で脅すべきか、状況を判断できなかったからだった。

娘達の投げた小石は山賊の顔に当たったのだが、山賊達の面頰(めんぼう)を割っただけだった。

 山賊達は鎧(よろい)を着ていた。

立派な鎧ではなかったが鎧は鎧だ。

時速200㎞の小石では相手へのダメージ(損傷)は少ない。

面頬を割られて倒れた山賊は再び立ち上がった。

 娘達は山賊が起き上がってくるのを見て一瞬驚いた表情をしたが直ちに懐の蛇紋岩の小石を取り出し山賊の顔をめがけて2投目を投げた。

今度は山賊達の顔に小石がめり込み、5人の山賊は顔を覆って蹲(うずくま)った。

娘達が3投目を投げると残りの3人も倒れた。

 娘達は林を飛ぶように駆け上り、山賊達の上側に行き、蹲(うずくま)っていたり倒れていた山賊の頭を一人を除いて300㎏の体重をかけて蹴り落とした。

山賊達の体は街道にまで転び落ち、動きを止めた。

血が流れ出る顔を手で覆っていた残る一人は二人の娘に背中をどやしつけられて街道に転げ出た。

他の娘達は落ちている短弓を拾って街道に出た。

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