第53話 53、中之島捕虜収容所 

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 信貴鳶高の思惑は困惑へと変わった。

マリア達は夜明け前に川面(かわも)を遡(さかのぼ)って関所を通過し、河原から街道に出て福竜国に向かった。

その間、信貴鳶高は眠っていたのでその移動が分からなかった。

同じ河原だと思っていたのだ。

関所にはいつまで経っても着かなかった

 福竜国と豪雷国を結ぶ山街道との三叉路で茶店の主人から声がかかった。

「おやあ、この前のお姉さん方、休んでいかんかね。便所も綺麗に洗ったで。」

「クソッタレ兵士が汚したんでしたね。それじゃあ、あるだけでいいんだが握り飯の弁当をいただきやしょうか。あっしらは今日中に峠を越えて福竜に着きたいんで。」

「毎度あり。大至急作りやす。お香々(こうこう)もおつけしますよ。へへっ、朝っぱらから売れ切れだ。」

 マリアは茶店の台所を覗きながら言った。

「この道を通行人は通る様になりやしたか。」

「まあ、ぼつぼつやね。」

「今回は川に沿って信貴の方に行ったんだが、正面の道を行ったら豪雷国に行くのかな。」

「そうだが、ずっと山道だで難儀な道だ。」

「だから山街道って言われるんですかね。」

 「勾配は大したことはないが、追い剥ぎや強盗が出るんだ。だから通る時は護衛付きの集団で通るんだ。」

「それと軍隊ですね。」

「そう言うこっちゃ。」

「信貴国としては山街道は無いほうがいいのかもしれやせんね。追い剥ぎや強盗は国営だったりして。ふふふっ。」

 「笑いことじゃあなくそうかもしんねえぞ。たいして旅人も通らんのに関所なんてあるからなあ。」

「確かにそりゃあおかしいでやすね。豪雷に行く一本道でやしょ。関所を作る意味がねえ。」

「んだ。おらもそう思う。」

 「どちらへの道も荷車の跡がありやすね。荷車は多いんで。」

「まあ、多いかな。歩きの旅人より荷車の方が多いかもしれん。」

「商売繁盛ですね。」

「まあまあだ。だが荷車には水も弁当も積んでいるから此処にはあまり止まらない。」

「いろいろありやすからね。」

 マリア達は峠で休憩した。

信貴鳶高に用便をさせなければならなかったからだ。

辺りには誰もいなかったので簀巻きから出し、拘束を解き、猿轡を外したが目隠しは外させなかった。

逃走防止のため首に2本の首輪を着け、二人の娘が左右から綱を張った

マリアが言った。

 「信貴国の信貴鳶高殿様、休憩します。道の端で用便をして下さい。その後、水を飲ませ、握り飯を差し上げます。目隠しを外してはなりません。分かりましたか。」

「分かった。此処はどこだ。」

「捕虜は質問できません。分かりましたか。」

「分かった。・・・捕虜の頼みがある。ここがどこかを教えてくれ。」

 「教えません。それは捕虜の命にかかわる頼みではありません。・・・殿様、現在殿様の命の価値は急速に低下していると思われます。信貴国は殿様が居なくなったあるいは死んだと認識し、それに早急に対応すると思われます。どのような対応がなされるかは分かりませんがそれは殿様にとっては決して好ましいものでは無いと思います。殿様は生きていて殿様ですから。今は合戦中に総大将が流れ矢で死んだようなものだと思います。」

「・・・。」

 マリア達は休憩を終え、峠を下り、福竜の城下街を突っ切って船着場に到着した。

昼の福竜船着場は閑散としていたが、娘兵士の警備兵と並んで福竜の兵士も立っていた。

福竜の兵士は近づいてくるマリア一行を見つけると急いで待合室に入っていった。

待合室からは福竜国の親衛隊長の龍興興毅が出て来てマリア達が近づくのを待って言った。

 「マリア殿、お帰りなさい。峠の物見からマリア殿達が峠を下ってくるとの早馬の報告があり、ここでお待ちしておりました。信貴国の情報は得られましたか。」

「・・・まあいいか。・・・荷車には捕虜が乗っております。目隠しと猿轡をしておりますが耳は塞いではありません。捕虜には情報を与えてはおりませんでした。これからもそうしようと思います。向こうで話しましょうか。」

そう言ってマリアはさっさと待合室に入って行った。

龍興興毅はあわててマリアに着いて行った。

 「不用意な言動をしてしまった。申し訳ない。」

龍興興毅が言った。

「荷車の簀巻きの中は信貴国国主の信貴鳶高(しぎとびたか)です。成り行きで捕虜にしてしまいました。」

「信貴国国主ですか。どうしてそんなことができたのですか。」

「自分に自信があったのでしょうね。単身で城外に出て来ました。我らを捕らえさせようとしましたので捕り手全員を殺し、国主を捕虜にしました。国主は死ぬのが嫌だったようで、捕虜を選びました。」

 「いやはや、驚きましたね。どうするおつもりですか。」

「城主を捕虜にしても国は取れません。100万両くらいの身代金は取れるでしょうが、国主を渡したとたんにこちらが攻められますからね。マリシナ国で生かしておくつもりです。そのうち使い道を考えますよ。捕虜はここが福竜国だとは知りません。まあおよそ見当がついているでしょうがね。」

 「今回の侵略について何か言いましたか。」

「信貴国は豪雷、大友、吉祥の3国を属国にしております。今回の侵略を命じたのは信貴国の信貴鳶高です。豪雷8000人、大友6000人、吉祥6000人、信貴国は顧問10人の構成だったようです。全滅したことは知っているのかどうかは判りません。」

「2万もの兵を派遣させることができる信貴国の兵力はどの程度なのですか。」

「10万です。城内には5000の精鋭が常駐しております。」

「それだけの兵力があるから3国を属国にできたのですな。」

「とにかく豊かな国でした。兵士を養(やしな)うに十分な金を持っているのですね。」

 「いよいよ信貴城攻めですか。」

「それは分かりません。マリシナ国の傭兵契約は城落としです。城は落とせると思います。ですが、信貴城を落としたとしても信貴国内にはまだ家臣団が養っている9万5千の兵力が残っております。数千の福竜軍が信貴城に入ったとしても直ぐに9万の軍勢で囲まれることになります。湖岸の国々の場合と違い、輜重路は長くなります。すぐに補給路は突破され信貴城に入った福竜軍は兵糧攻めになります。それに大きな城ですから多数の抜け穴があると思われます。味方が知らず敵が知っている抜け穴です。夜襲を受けて福竜軍は全滅すると思います。豪雷国、大友国、吉祥国の動きも分かりません。信貴国に味方するのか、信貴国が危ういと考えて独立しようとするのか分かりません。どちらの場合も福竜国にとっては面倒な状態になります。そんな理由から現状では福竜国が信貴国を制圧することは困難な状況だと思われます。福竜国が制圧できなければマリシナ国は3分の1を貰う事ができません。」

 「要するに、弱小国が一時的に敵の本城を奪ったとしてもその国を制圧することはできないということですな。」

「そんな気がします。もちろん城は落とすつもりです。マリシナ国は信貴国の3分の1をいただきます。でも残りの3分の2を福竜国が支配できるかどうかは分かりません。」

「分かり申した。殿に申し上げよう。」

 龍興興毅が帰るとマリアは緊急用に陸揚げされていた筏船を着水させた。

信貴鳶高が乗った荷車を乗せ、10人の娘達が筏船を進め中之島に向かった。

筏船が中之島の入江町の湾に入るとマリアは信貴鳶高を束縛から解放した。

猿轡を外し、目隠しも外した。

信貴鳶高は周囲を見回して納得したようだった。

 「湖か。」

信貴鳶高は初めて見るマリア達の渡世人姿を眺めながら言った。

「はい、長らく辛い拘束だったと思います。ここは臨時の捕虜収容所です。囚人は殿様一人だけです。」

「捕虜だが質問して良いのか。・・・ここはマリシナ国なのか。」

「捕虜から囚人になりましたから。ここはマリシナ国の一部です。」

 「関所はどのようにして通ったのだ。」

「夜の間に川を遡(さかのぼ)りました。眠っていたようですね。相当疲れていたはずですから無理もありません。」

「この面白い船が出たのは福竜国だったのだな。」

「やはり会話が聞こえてしまいましたか。そうです。」

 「福竜国はやはり生き残っておったのか。報告を聞いてもとても信じられなかった。福竜は2万の軍勢を打ち破ったのか。福竜は多くても2千の軍勢しかなかったはずだったが。」

「福竜国は一兵も出してはおりません。マリシナ国がひとり100両の契約を受け2万の軍勢を打ち破りました。捕虜は2838人でした。結局15000人を殺したことになっております。」

「数が合わないのではないか。」

「敵が自兵を葬(ほうむ)った墓は暴(あば)きませんでしたから。」

 「マリシナ国の軍勢は如何程(いかほど)だったのだ。」

「1300でした。」

「たった1300の軍勢が2万を打ち破って2800を捕虜にしたのか。信じられない。」

「マリシナ国は傭兵の国です。国民全員が兵士で一人一人が強い兵士です。捕虜の2800人は捕虜にならなければ殺されると考えたのだと思います。殿様と同じですね。捕虜にならなければ殺されておりました。不思議ではありません。」

 「・・・同じか。・・・捕虜はここにいるのか。」

「先ほど、ここの囚人は一人と申しました。2800の捕虜は福竜国が引き取りました。敵兵1人の命は100両でしたから福竜国は28万両儲かったことになります。いずれ福竜国の兵力は捕虜を加えて5000になるかもしれません。」

「福竜は大儲けをしたことになるな。」

「みな、信貴の殿様の野望が原因です。」

「・・・そうだな。情報不足だった。マリシナ国など報告になかった。・・・いや、あったかもしれんが無視してしまった。」

「情報は重要です。」

 筏船は入江町の桟橋に着きマリア達は上陸した。

マリア達は慈善屋の宿屋に入った。

「この家は宿屋でした。此処で生活して下さい。食事は日に3回、温泉もあります。洗濯は自分でなさって下さい。拘束はしませんが脱走してはいけません。脱走するのは容易です。でも脱走しても生きて信貴国に辿(たど)り着くのは至難と思われます。衣服はどこかを探せばあるはずです。手拭いは目隠しされていた手拭いを使って下さい。それで宜しいですか。」

「それでいい。」

 マリア達はお湯を沸かし、お茶を入れ、弁当のおにぎりを食べた。

信貴鳶高も下帯一つの裸だったが一緒に食べた。

「腹が減ってるから美味(うま)いな。」

信貴鳶高が言った。

「山街道と川沿いの道の三叉路にある茶店のおにぎりです。その茶店は山街道から来た豪雷、大友、吉祥の連合軍がひどいことをしたそうです。・・・今回は川沿いの道を通って信貴国に行きましたが次は山街道を通って豪雷国にいくつもりです。山街道の現状をご存知ですか。」

「知ってるつもりだ。」

 「山街道は豪雷への一本道なのに関所があるそうです。殿様は金鉱が山街道の向こうにあると言っていましたが、関所は金鉱があるためですか。」

「そうだ。あの道は信貴国にとって重要な道だ。」

「追い剥ぎや強盗がよく出没するようですが国立盗賊団ですか。ふふっ。」

「取り締まりはしていない。」

 「荷車がよく通るそうですが、金を運んでいるのですか。」

「別の道がないからな。」

「盗賊は金を積んだ荷車を襲わないのですか。」

「そんなことをしたら根絶やしにする。」

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