第52話 52、城主の捕虜 

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 簀巻きにされて荷車で運ばれていた信貴城主、信貴鳶高は怒りを通り越して反省していた。

確かに少し自信を持ち過ぎていた。

国は富み、周辺3国を平定して属国にし、だれも自分には逆らわない。

自身はまだ若く、これから国をさらに広める目処(めど)も立っていた。

今日もいつもの様に遠眼鏡で下界を眺めていたらたまたま娘集団が堀の周囲を歩いているのを見つけたのだ。

 領主の自負を持ち、単身で待ち伏せして娘達に会った。

相手は娘達であり、城主であることを明かせば娘達は恐れ入るはずだった。

ところが相手は自分の上から目線の問いに臆せず対等以上の目線で対応した。

信貴鳶高は大きく侮辱された様に感じ、領主の力を見せつけてやろうと思ったのだった。

力で捕らえてしまえば相手の上から目線の鼻をへし折ることができる。

高慢な娘を詰問することは楽しい。

 ところが相手は数秒で15人の門衛を殺し、高価な馬も槍の一投で殺した。

命の価値、物の価値を全く気にしていなかったのだ。

城主の命も門衛の命と同じ様に見ていることが直ぐに分かった。

城主、信貴鳶高は殺されると感じ、命乞いをせざるを得なかった。

 相手のその後の動きも手ぬかりはなかった。

城主を縛って街中を通る愚をさけ、城内に入って荷車と筵(むしろ)を見つけ、自分を裸にしてから簀巻きにして荷車に括(くく)った。

これでは誰も自分が城主であるとは思わないだろう。

猿轡をされて声を出せず、うめき声を出せば筵の上から棒で強(したた)かに叩かれた。

信貴鳶高は荷車の振動に耐えながらそんな反省をしていた。

 マリアは事件が既に発覚しただろうと想像していた。

大手門の門衛の姿が見えなければすぐに分かる。

堀に何人かの遺体が浮かび、城主の馬が投げ込まれていれば大事件が起こったことがすぐに分かる。

 最初は城の中の大捜索が始まるのだろう。

城中に城主がいないことが分かれば、堀の底の捜査がはじまる。

死体が浮き上がっているとは限らないからだ。

15人いたはずの門衛の死体は7人しか浮いていなかった。

 堀に城主の遺体がないと判って、初めて誘拐されたと結論される。

城下町の捜索が隠密裏に始まるだろう。

城主が誘拐されたなど一般領民に知らせることはできない。

荷車の数が減っていることが分かれば荷車で運ばれたと推測できるが肝心の門衛が全員死んでいるので数を確認するには手間取るかもしれない。

 城内に賢い者が居れば、最初の時点で国境の関所に早馬を派遣させるかもしれない。

「城主が居なくなったから詮議を厳しくせよ」と命じればよかった。

たとえその後に城主が見つかったとしても、「見つかった」と伝えれば済むことだった。

 マリアは後ろから来るであろう早馬に注意しようとは考えたが、どう対処するかは決めていなかった。

騎馬の伝令を殺すことは容易であるが、それをすれば件(くだん)の怪しい者がこちら方面に行った事が分かることになる。

当然、湖の周りの国々も関係するだろうと思われ、軍を派遣したことに対する報復だと考えるかもしれなかった。

マリアは波風を立てないように対処することにした。

 最初の町を通り過ぎる時、マリアは娘5人を残し、古い荷車を10両(100万円)で買わせた。

街道の途中で信貴鳶高の簀巻(すま)きを古い荷車に移し、城の荷車を壊して捨てた。

次の町では竹の水筒を買って水を入れ、途中の茶店では弁当を作ってもらった。

そろそろ夕方になろうとしていた。

 マリア達は街道を外れて河原に下り、弁当を食べた。

マリアは荷車から信貴鳶高の簀巻きを降ろさせ、簀巻きを解いて下帯一つの城主の首に綱の首輪をしてから縛(いましめ)を解かせた。

「川に入って用便をせよ。用便の機会はこの先、ほとんどない。目隠し及び猿轡を外してはならない。前方5歩の位置に川がある。」

マリアの言葉に信貴鳶高は黙って前に進み、水を確認すると長々と放尿した。

 「川は右から左に流れておる。水を飲みたければ川の水を飲め。・・・そうだったな。猿轡をしていたら水は飲めないな。河原の石を投げる可能性もあるか。・・・後ろに5歩後退してうつ伏せになれ。再び拘束する。」

信貴鳶高は黙ってそれに従い、再び後ろ手に拘束され膝と足首を縛られた。

 マリアは信貴鳶高を仰向けにし、上半身を起こして背中を支えてから言った。

「これから猿轡を外す。水を飲め。握り飯を食べよ。その間、一言も発してはならない。分かったか。分かったら頷(うなず)け。」

信貴鳶高は二度頷いた。

マリアは信貴鳶高の猿轡を外し、水筒の水を飲ませ、握り飯を食べさせた。

そのやり方はぞんざいではなく優しかった。

 夕闇が迫って来た。

マリアは再び信貴鳶高に猿轡をし、簀巻きにしてから荷車に括り付けさせた。

さらにマリアは娘二人に上空から関所の位置を確認し、関所を越えた川沿いに河原がある場所を見つける様に命じた。

関所は少し先で、関所を越えた川の上流には広い河原があることが分かった。

「今夜は野宿かな。」

マリアはボソッと独り言を言った。

 マリアは簀巻きの中の信貴鳶高の猿轡を外して言った。

「夜は長い。これから捕虜の尋問を行う。質問には答えよ。よいか。」

「・・・分かった。」

「信貴国の国主になったのは何年前からか。」

「10年前からだ。」

「城下町には活気があった。信貴国は財政的に豊かなのか。」

「豊かだと思う。」

 「豊かさの要因はなんだ。」

「金鉱だと思う。小判を作っている。銅銭も作っている。」

「確かに小判が作れるなら豊かになれるな。金山はどの辺りにあるのか。」

「山街道の向こう側だ。」

「山街道とは何処と何処を結ぶ道か。」

「福竜国と豪雷国を結ぶ街道だ。」

 「信貴国は豪雷国と接しているのか。」

「接している。」

「信貴国の周囲の国を言え。」

「北には福竜国があり、北東には豪雷国、東には大友国、南には吉祥国がある。西側は川だ。陸地は接していない。」

「豪雷国は属国なのか。」

「そうだ。」

 「大友国と吉祥国との関係はどうだ。」

「共に属国だ。」

「豪雷国、大友国、吉祥国の軍隊を動かすことができるのか。」

「できる。」

「この地域の覇を唱えているのだな。」

「そうなる。」

 「信貴国自体の軍勢は如何程だ。」

「10万だ。」

「軍隊はどこにいるのか。」

「周辺の町に分散している。」

「家臣の所領にいるのか。」

「そうだ。」

「所領の兵士の日常は百姓か。」

「分からない。」

 「百姓をしている兵士は強くならない。毎日戦闘訓練をしなければ強い軍にはならない。信貴城には何人の兵士がいるのか。」

「5000人だ。」

「日頃訓練している精鋭部隊と言うわけだな。」

「そうだ。」

「大きな城だった。それくらいは養うことができるだろうな。街の景気も良くなる。・・・それを支えるのが金貨というわけだな。」

「そうだ。」

「だが、金貨は食べることができない。・・・籠城すれば兵士の数は負担になる。」

 「何を考えているのだ。」

「捕虜は質問できない。・・・山街道の茶店の便所は『クソッタレ兵士』のくそで溢(あふ)れていた。大軍が通ったからだ。豪雷国に福竜国を攻めさせたのか。」

「そうだ。」

「豪雷国はどれほどの軍勢を送ったのだ。」

「8000だと聞いている。」

 「大軍だな。・・・だがそれでは釣り合いが取れない。大友国と吉祥国にも派兵を命じたのか。」

「命じた。」

「大友と吉祥はどれほどの軍勢を出したのだ。」

「共に6000だと聞いている。」

 「連合軍と言うわけだな。信貴国からも軍を出したのか。」

「軍は出していない。10人ほどの顧問団を派遣した。」

「戦(いくさ)に勝てばいいし、負けても腹は傷まないし、属国の国力を確実に削(そ)ぐことができるというわけだな。」

「そうだ。」

「大軍に攻められた福竜国の恨む先は豪雷、大友、吉祥国ではなく信貴国ということだな。だが信貴が潰れたら豪雷、大友、吉祥国が生き返ってくるか。」

 「・・・何を言いたいのだ。お前は何者だ。さっきからずっとヤクザ言葉を使っていない。信貴が潰れたらとはどう言うことだ。」

「二度目だな。捕虜は質問できないと言ったはずだ。尋問は終わる。再び人間納豆になるがいい。暖かいはずだ。筵(むしろ)を掛けてあるから夜露は染み込まないだろう。」

信貴鳶高は猿轡をされた。

 夜明け前の薄暗がりの中、マリア達は関所破りをした。

信貴鳶高を載せた荷車を静かに持ち上げ、川に沿って上流に飛行し、関所を通り過ぎ、街道に通じる広い河原に降りた。

信貴鳶高は寝ていたようだった。

 荷車が河原を引かれ始めると、信貴鳶高はうめき声を出して身を捩(よじ)った。

マリアは荷車を止め、信貴鳶高の拘束を解き、猿轡に目隠しの状態で川の中で用便させた。

信貴鳶高は下帯を解き、片腕に下帯を掲げ、冷たい川の中に下半身を沈めて用便をした。

目隠しされていたので娘達の視線を感じず、それほどの恥ずかしさはなかったのだろう。

用便を終えると黙って下帯を巻き、河原にうつ伏せに横たわって拘束を促(うなが)した。

信貴鳶高は自分のいる位置は分かっていた。

冷たい川が流れている場所は一つしかなく、近くには関所があるはずだ。

関所に着くまでは大人しくして5体満足に生きていることが肝要だった。

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