第51話 51、信貴城主の信貴鳶高
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娘達は結局各自2両の小判を懐に入れ、マリアはコマを買った1両を取り返した。
ほどほどの勝ちだった。
娘達は大勝ちができたはずだった。
わざと負けようとした時を除いて全ての勝負に勝っていたからだ。
賭けたコマ数がいつも少なかったので大勝ちはできなかったが、コマ数を倍々に賭けていたら大勝ちできたはずだった。
マリア達は無事に宿屋に帰ることができた。
マリアは賊に襲われることを期待していたのだが襲撃はなかった。
あまりにも異常な娘集団だったので躊躇(ちゅうちょ)したのかもしれなかった。
翌日になるとマリア達は娘姿で街に出かけた。
娘達の脇差は宿屋に預けておいた。
娘兵士にとって脇差は身を守るのにそれほど大切なものではなかった。
体術だけでどんな相手にも勝てる自信があった。
それに街には武器となるものがそこら中(じゅう)にある。
小石は落ちているし、懐には18gもある小判が2枚入っている。
著者注:銭形平次が投げた一文銭の重さは3.75グラム(一匁、いちもんめ)で五円玉と同じ重さ。
マリア達は最初に小間物屋に行った。
娘達が小判を入れる財布を買うためだった。
ある娘は袋状になった道中財布を買ったし、ある娘は娘用らしい華やかな財布を買ったし、ある娘はガマグチ財布を買った。
娘達は支払いに1両小判を出したのだが、小間物屋は釣り銭がなくなり、結局マリアが全員の財布料金を払ってやることになった。
マリア達は町を散策しながら信貴のお城に向かった。
若衆姿のマリアが引率で、10人の娘達が世間見学をするための生徒という形だった。
マリアは昨夜と同じように、長い髪を後ろにまとめて垂らし、着流しで細い帯を腰に巻き、長脇差を差した若衆姿だった。
娘達とは帯の位置が違うし、履き物は草履(ぞうり)で娘達のぽっくり下駄とは違う。
信貴城は巨大な半山城だった。
一つの丘を全て城にしている。
遠くの川から水を引いているらしく幅広い堀を周囲に回(めぐ)らせている。
堀の対岸は高い石垣で白壁が石垣の縁から立ち上がっている。
人と時間とお金がかかっている造りだ。
丘の最上部には5層の天守閣が聳(そび)えていた。
天守閣からは城下町が一望できるし、さらにその向こうの田畑や町が一望できるだろう。
堀の外側は重臣の家と思われる武家屋敷が広い居を構えていた。
中には土塀の外側に小さな堀を廻らしている家もある。
お城の堀からの水を引いているらしい。
武家屋敷は城の全周に亘って続いていた。
相当数の家臣が居るということだった。
マリア達は途中で休みを取りながら午前中をかけて城を一周して元の大手門の前に戻って来た。
大手門が見えるようになると堀の柳の木の下に馬を止めて柳の横の大石に腰を掛けている若者が見えた。
若者はマリア達を無遠慮にじっと眺めながら近づくのを待った。
娘達も若者に気がつき、興味を持ったらしく無遠慮に若者をジロジロ見た。
若者は娘達の凝視(ぎょうし)に怯(ひる)まず、マリア達が近くに来ると腰掛けたままで言った。
「お前達は何者だ。」
マリアは歩みを止め、若者の方を向いて言った。
「私は後ろの娘達には人にだれかを聞く前には先に名乗れと教えておりやす。貴方(あなた)の質問に答えることは私の教えが誤っていたことになりやす。・・・貴方はどなたですか。」
「・・・お前の教えは間違っていない。信貴城主の信貴鳶高(しぎとびたか)じゃ。お前達は何者じゃ。」
「私はマリシナの渡世人マリアと申しやす。娘達は私の子分で。」
「渡世人が何故(なにゆえ)そのような形(なり)をしているのだ。」
「ここは街道ではありやせん。街道では三度笠に道中合羽、股引(ももひ)きに下駄履きでございやす。城下町ではそのような姿はそぐわないと思い、娘の姿になりやした。それに娘達はこの姿が好きですから。・・・貴方(あなた)は何故(なにゆえ)ここで我々を待っておりましたか。」
「・・・遠眼鏡でお前達を見つけた。娘の集団など滅多にない事だったのでここで待っておった。・・・マリシナとはどこにあるのじゃ。」
「峠を越えた先の湖の畔(ほとり)にありやす。・・・峠の向こうの湖は御存知ですか。」
「知っておる。・・・峠を越えて来たのか。」
「峠を越え、立派な関所を通って参りやした。」
「関所の詮議はどうであったか。」
「・・・貴方は城主だと言いました。城主であることをこの場で証明できやすか。・・・ふふふっ、そのように聞かれやしたよ。」
「ワシは関所での詮議がどうであったかと聞いたのだ。」
「『良かったですよ』って答えた方が良かったですか。もしそうなら『良かったですよ』って答えますが。」
「其方(そち)はワシを馬鹿にしておるな。・・・まて。・・・分かった。『渡世人であることを証明せよ』と言われたのだな。」
「左様にございやす。我らはそれを証明しやした。・・・貴方様は城主であることを証明できやすか。」
「この先の大手門の前まで来れば直ぐに判ることだ。」
「関所ではそれはできやせん。」
「うむ。・・・ワシはここに印籠を下げておる。印籠の家紋は信貴家の家紋じゃ。この地で信貴家の家紋を使う者は信貴家の者しかいない。これで証明できると思う。」
「あっしもそう思いやす。・・・そろそろ行っても宜しいですか、青年御城主様。」
「やはり馬鹿にしておるな。」
「少し自信を持ちすぎのような気がいたしやす。あっしらが刺客であったらどうなされやすか。」
「刺客とな。・・・腕には少し自信がある。実戦経験もある。刀を持っているのは其方(そなた)だけだろう。」
「あっしらは喧嘩に強い渡世人でございやす。どの娘でも素手で貴方(あなた)を殺すことができやす。おそらく5秒とはかかりません。」
「飛び道具でも持っているのか。」
「素手でと申しやした。」
「信じられないな。」
「そう思いやす。・・・それでは失礼致しやす。」
マリアはそう言って歩き始めた。
信貴城主、信貴鳶高(とびたか)は黙って馬を引き、マリア達の後を着いて行った。
マリア達が大手門にかかる橋の前に来ると信貴鳶高は大声を出して言った。
「門衛、鳶高じゃ。この者達を捕らえよ。」
門衛は声の主が直ぐに城主と分かり、門の中の仲間を呼び小槍を持って橋を渡り、マリア達を囲んで槍を構えた。
15人だった。
「娘達、門衛を殺せ。」
マリアが低い声で命じた。
「はい、マリア姉さん。」
娘達はそう言って正面にいる門衛に向かって裾を気にせず突進した。
門衛達は槍に向かってくるという若い娘達の予想外の動きに槍を前に突き出したのだが、娘達はその槍のけら首を掴み手前に引いた。
娘達は門衛達が踏鞴(たたら)を踏んで前に出て来たところを喉に手刀を食らわせ喉の骨を折った。
あっという間に10人の門衛が倒れた。
娘達は門衛の輪を通り過ぎ、残りの門衛達の後ろに跳躍し、門衛達の首後ろに手刀を打ち込んだ。
門衛達は前に倒れたがその顔は不自然に前を向いていた。
マリアは落ちていた槍を拾い、信貴鳶高が引いていた馬に向けて投げた。
短槍は馬の首を貫(つらぬ)き、馬は槍の穂(ほ)を出したまま横に倒れた。
マリアは再び短槍を拾い信貴鳶高に向けて肩に構えて言った。
「愚かなことをしやしたね。・・・ここで死ぬか捕虜になるか。」
「貴様、こんなことをしてただでは済まぬぞ。」
「そう思いやす。面倒だからとりあえず死にやすか。」
「まっ、待て。殺すな。助けてくれ。ほっ、捕虜になる。」
「・・・刀と印籠を外し、うつむせになれ。」
信貴鳶高はそうした。
マリアは二人の娘達に命じ、信貴鳶高を後ろ手に縛り、門衛の手拭いで猿轡(さるぐつわ)と目隠しをし、立たせてから娘達の着物を羽織らせ、頭からもう一枚の着物を被せた。
他の娘には馬と門衛の死体を堀に投げ込むように命じた。
娘達は直ちに実行し、大手門の前は娘姿の集団だけになった。
5分もかからなかった。
マリア達は橋を渡って大手門の中に入った。
逃げるには準備不足だったのだ。
マリアは大手門近くの目立たない位置にある門衛詰所に行くと荷車と筵(むしろ)と綱を探させた。
大手門の近くには必ず門衛が待機する大手門番所があり、想定できる諸事に対処するため多種の物が用意されている。
荷車と筵(むしろ)と綱は直ぐに見つかった。
マリアは信貴鳶高を下帯一つの裸にし、後ろ手に縛ったまま筵で簀巻(すま)きにし、上と下を閉じた。
人間納豆ができた。
人間、衣装がその人間の価値を決める場合が多く、下帯一つの人間の価値はゴロツキや盗賊の価値に近くなる。
ましてや簀巻きにされた人間の価値は低い。
マリアは信貴鳶高の簀巻きを荷車に括(くく)り付け、その上に筵(むしろ)をかけ、さらに綱を渡して固定した。
長居は無用だった。
マリアは直ちに城を出た。
マリアの後には5人の娘が続き、残りの5人は荷車を引いた。
いかにも非力な娘のように、3人の娘が荷車の前を引き、2人の娘が後ろを押していた。
街ではマリア達は見咎(みとが)められることはなかった。
どこかの(暇な)お嬢様集団がどこかから大切な物を協力して運んでいるのだ。
怪しいどころかむしろ微笑(ほほえ)ましい様に見えた。
これがヤクザ風の男達だったら見方は変わってくるのかもしれない。
その場合には何かの悪事をしている様にみえるだろう。
風体(ふうてい)は重要だ。
マリア達は宿に戻ると荷車を交代で見張りながら娘姿から渡世人姿に変わった。
宿賃を支払い、宿の娘に駄賃を払って貸衣装を店に返す様に頼み、直ちに出立した。
城下を出る道を足早に荷車を引きながら進んだ。
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