第50話 50、喧嘩強い博徒の証明
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茶碗と手拭いの準備ができるとキウイは立ち上がり縁側に行き、懐からサイコロを出して言った。
「お役人様、あっしのサイコロはこれでございますが、お役人様の中でサイコロをお持ちの方はございませんか。ありましたらそちらのサイコロで勝負しようと思いやす。」
「自信があるのだな。・・・お方々、・・・持っていないわな。・・・当然だ。その方のサイコロを使うがいい。」
「へい、そうさせていただきやす。これから10回ほど投げます。サイコロに賭場を知ってもらうためです。」
そう言ってキウイは湯呑み茶碗に2個のサイコロを入れ、床に敷かれた手拭いの上に何回か転がした。
サイコロの目の音を確認するためだった。
「準備ができやした。ツボは最初はあっしが振りやすが、次からはお役人様が振ってもかまいません。宜しいですか。」
「やれ。」
キウイは目の前に掲げた茶碗に2個のサイコロを入れ、すばやく茶碗を手拭いの上に伏せた。
茶碗が割れないように床に当たる直前で止めてから伏せた。
「お役人様、賽の目は何でしょうか。」
「そんなのがわかるか。・・・3と4だ。」
「あっしは1と1だと思いやす。勝負。」
茶碗を開けると11、ピンゾロの丁だった。
「あっしの勝ちですね。次に行きます。」
キウイは再び茶碗にサイコロを入れて茶碗を伏せた。
「お役人様、賽の目は何でしょうか。」
「1と6だ。」
「あっしは3と5だと思いやす。勝負。」
サイの目は3と5だった。
「あっしの勝ちですね。3回目ですからお役人様がツボを振ってみますか。ただ、床に叩きつけると茶碗が割れますから指で割れないようにして振って下さい。」
「不思議だ。信じられない。・・・分かった。今度は拙者がツボを振ってみよう。」
その役人は茶碗にサイコロを入れ器用に床に茶碗を伏せた。
「お役人様のサイの目は何ですか。」
「そなたが先に言え。」
「へい、2と3だと思いやす。」
「拙者はそれ以外だ。勝負。」
サイの目は2と3だった。
「参った。負けた。完全に負けた。」
キウイは手拭いの上のサイコロを拾ってから列に戻った。
マリアが言った。
「これで渡世人の証(あかし)はできましたでしょうか。」
「うむ。凄腕の博奕打ちだと分かった。だがどうしてサイの目が判るのだ。秘密かもしれんが教えてくれんか。」
「この技は座頭の博奕打ちから教わった方法です。座頭さんですから耳が良いのでございやす。サイコロは出る目によって微妙に音が違いやす。最後の『コト』って音を聞いてサイの目が判るのでございやす。キウイが最初に何回かサイコロを転がしたのは目の音を知るためでした。床の上の手拭いと賭場の盆ゴザでは音が違いますから。ですから賭場では最初のうちはその賭場の音を聞くのに全神経を集中させます。今回の場合、板床の手拭いでしたから最初の練習をしなければサイの目は当たらなかったと思われやす。」
「そうであったか。納得した。信貴(しぎ)の城下町で稼ぐつもりじゃな。」
「へい、あっしらの生きるための糧(かて)でございますから。でも素人衆のように大勝ちは致しません。ほどほどが肝要でございやす。」
「そうだな。ほどほどが肝要じゃ。・・・詮議は終わった。もう行っていいが、急いでおるのか。」
「特に急いでいるわけではありやせんが、夕方前にはどこかの一家で仁義を切らなければなりやせん。夕方になってしまえば宿に泊まりやす。」
「そうか。手間は取らせん。・・・そち達は娘だ。博打で勝てば狙われやすい。さきほど喧嘩に強い博徒と申したな。博打の腕は分かったが喧嘩に強いところも見せてくれないだろうか。これは命令ではない。頼みだ。」
「・・・宜しゅうございやす。さきほど話しました座頭の渡世人から教えてもらった居合抜きをお見せいたしやす。その座頭さんも博打で勝った後の災難を逃れるために居合抜きを習ったそうでございます。」
「居合抜きができるのか。是非とも見せてくれ。」
「丸太切りと木の葉切りをお見せします。・・・娘達、丸太切りは誰かやるか。」
娘達は全員が手を挙げた。
「サクラ、お前がやりなさい。」
「はい、姉さん。」
「木の葉切りは誰かやるか。」
残りの娘が手を挙げた。
「モミジ、お前がやりなさい。」
「はい、マリア姉さん。」
「お役人様、塀に立て掛けてある丸太を切っても宜しいでしょうか。」
マリアが言った。
「いいが、10㎝もあるぞ。あれが切れると言うのか。」
「大丈夫だと思いやす。」
小役人が丸太を運んでくるとモミジは丸太を立て、腕を伸ばして丸太の上先端を支えた。
「お役人さん、それでは切りやす。」
サクラはそう言って無造作に丸太の前に立ち体躯を動かさないで脇差を一閃して納刀した。
役人のだれも脇差を抜くのも横への一振りとかえす刀の一振りからの納刀も見えなかった。
サクラはただ立っていたように見えた。
丸太は3つに分かれて落ちた。
サクラは一礼して番屋の横に植えられている椿に近づき、脇差を一閃させて小枝を切り取り、小枝を拾って元の位置に戻り、小枝をモミジの前に腕を伸ばして出した。
モミジはニコッと笑って抜刀し、小枝の1葉を切り、返す刀で落ちてくる葉を半切し、葉の片方を刀身に乗せて空中で止めた。
モミジは刀身の葉を落とし、一礼してからゆっくりと刀身を納刀した。
役人達は声も出せなかった。
サクラとモミジが列に戻るとようやく当該役人が言った。
「・・・みごと、天晴(あっぱ)れじゃ。・・・恐ろしい腕じゃな。どちらの技も神技に近い。丸太を半切するのも容易ではないのに返す刀で再び切った。しかも見えないほどの速さで腕だけで切った。あっぱれ至極じゃ。・・・木の葉切りも美技じゃ。落ちてくる葉を切るのは至難の技じゃ。それに軽い木の葉を切ることも難しい。それを寸止めで刀身に載せるなんて神技じゃ。・・・いや、素晴らしい剣技を見せてもらった。礼を申す。それほどの腕を持っていれば旅は安心じゃな。もう行ってもいい。だが信貴の城下では騒ぎを起こすでないぞ。」
「おとなしく、ほどほどにいたしやす。それでは失礼致しやす。」
マリア達は無事に関所を通ることができた。
関所から信貴国の城下町までの距離は長かった。
途中でいくつかの町を通り抜けた。
信貴国は大きな国のようだった。
城下町には夕刻に着いた。
マリア達は宿屋に入り、宿屋の娘に駄賃付きで案内させ、貸衣装屋から娘姿になるための衣装一式を借りた。
娘達は大事そうに衣服と足袋とぽっくり下駄と簪(かんざし)の入った包みを抱えて宿に戻った。
娘達は娘姿になれることに舞い上がっていた。
娘達は風呂に入り身を清め、娘姿になり、食事も取らずに教えられた賭場に向かった。
賭場では軽食が出るし、娘達は小食だったからだ。
マリアは娘達の襟元に白粉(おしろい)を軽く振った。
昔、座頭の市から「白粉の匂いがしない」と言われたからだった。
機械化人は匂いがしない。
娘達は着物の上から真っ赤な絹の兵児帯(へこおび)をラフに巻き、手先と垂れ先を体の側方に長く垂らし、その反対側に長脇差を差した。
帯締めに刀を差すことは格好が悪いと言うのが娘達の結論だったのだ。
賭場は宿から少し離れた場所にあった。
どんなに娘らしい姿をしても、どんなに娘らしい仕草をしても長い髪を纏(まと)めて後ろに流し、長ドスを差している11人の娘達は異様であった。
街の通行人は娘達を眺め、離れて通り過ぎた。
娘達にはそれが心地よかった。
「よー、お嬢さん方、勇ましい格好をしているな。どこに行くんだ。」
宵の口から出来上がっている二人組の若者酔客だった。
「賭場よ。」
トマトが歩きながら応えた。
「博打場なんかに行ったって損するだけだぞ。」
「じゃあ、何で賭場にお客がいるのよ。」
「・・・。賭場は怖いんだぞ。」
「だから刀を差してるのよ。」
「・・・。」
酔客は言い負けたようだった。
賭場は小路を入った突き当たりの宿屋の2階だった。
小路の入り口付近には愛想の良さそうな女が立っていた。
客か客でないのかを見張っているようだった。
「賭場はここかな。」
マリアは客引きだろうと当たりをつけて女に言った。
「おや、お嬢さん方。・・・はい、ここですよ。小路の突き当たりさ。お銭(あし)は持っているのかい。」
「足りなけりゃあ身体を担保に借りまさあ。」
「まあっ・・・。」
賭場はあまり雰囲気の良い賭場ではなかった。
人相の悪い子分の数が多かったし、用心棒と思われる数人の侍が部屋の隅の方で酒を飲んでいる。
子分が多いと言うことは金を儲けていることだ。
宿屋にも客にこの賭場を勧(すす)めるように手を回していたのだろう。
マリアは1両(10万円)でコマ32枚を受け取った。
1枚半朱(3125円)は湖の周りの国と同じだった。
ここでは最初に場所代を取らないから一括してコマ札を買っても同じだった。
場所代は換金時に1枚を取られる。
安全を図(はか)って何度も換金すればそれだけ場所代が損をする。
それが嫌で最後まで換金しなければ、それは胴元の思う壺になる(可能性がある)。
マリアは娘達にコマ札を2枚ずつ渡した。
最初、娘達は必死になって客の後ろでサイコロの音を聞き分けようとした。
席が空くと二人がペアになって座り、最初は丁と半にそれぞれが賭け、勝った方が負けた方にコマを渡した。
出目が聞き分けた予想と一致するようになると本格的に賭博に参加した。
サイの目に確信持てる時にだけコマ2枚をかけ、コマを増やした。
時々1枚を負けて損する演出もした。
暫くすると娘達の前にはコマが貯まり、積まれるようになった。
娘達はしっかりしていた。
1両は16朱でコマの数では32枚。
場所代の1枚を加えると33枚で1両に換金できる。
娘達はコマの数が35枚を超えると1両に換金し、別の娘と交代した。
娘は初めて手にした1両小判を頬擦(ほおず)りして眺めながら出されたお寿司をしとやかに食べた。
マリアはそんな様子を壁に寄り掛かりながら眺めていた。
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