第43話 43、マリア陸送の車娘
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マリア廻船の営業が軌道に乗ると、マリアは連結筏船に屋根を付けさせた。
屋形筏船には立派な屋根が築(つ)いていたが、先頭と2番目と4番目と5番目の筏船には後部に小さな小屋があるだけだった。
雨の日には娘兵士達は惨めに見えた。
それに今回、海賊達は筏船の両側から弓矢で攻撃しようとしていた。
両側からの攻撃を避けるためにも屋根は必要だった。
屋根の建設は廻船業務を行いながら行われた。
ある日、連結筏船には4隅に接するような直方体の筋交(すじか)い付き柱枠が立っていた。
夜の間に建てたらしい。
乗客には屋根を付けるためだと説明された。
翌日には低い棟木(むなぎ)と母屋(もや)が建っていた。
3日目には兵士達が持つ盾で屋根が出来ていた。
筏船の幅は5m。
一個の盾の長さは160㎝。
盾の側面は互いに接合できる構造になっている。
結局、屋根の幅は筏船の幅より双方50㎝ほど長くなっていた。
弓矢を通さない、火矢にも燃えない、軽い屋根だった。
無防備な後方からの弓矢攻撃に対し、屋根は有効な防御になる。
マリシナ廻船の待合室周辺にも変化が現れた。
マリアは待合室から城下町へ人力車を通(かよ)わすことにした。
湖畔の待合室から城下町への道は結構長く、勾配は大したものではないが登りだ。
雨の日に下船したお客は雨の中を歩くか待合室で雨宿りしなければならない。
お金を出してでも濡れないで城下町に行きたいと思う客はいるだろう。
マリアが立ち上げた「マリア陸送」の最初の人力車は荷車の後ろを切り、両端を綱の上に載せた座席と、座席の背に大きな日傘を差した簡素な物だった。
娘兵士は三度笠を冠り、戦闘用ではない道中合羽を着、下駄を履き脇差を差して人力車を引いた。
座席を吊るしていた綱はやがて板バネに変わり、日傘は柿渋を塗った折り畳みフードに変わってゆくのだが、それは少し後のことだった。
需要に応じて人力車の数が増えると人力車が待機する店と人力車を保管する倉庫が待合室の近くと城下町に建てられた。
当然そこには車娘(しゃご)と管理人が住むことになった。
車娘の娘達は宿泊場所が決まっていない旅人には好ましい旅館の前まで運んで降ろした。
旅館は客を次々と送り込んでくる人力車に感謝しマリア陸送に「献金」した。
これまで城下町内の有料移送には駕籠(かご)が使われていた。
駕籠は地面の凹凸(おうとつ)を担ぎ手の人間が吸収してくれるので乗り心地は良いのだが重い荷物を一緒に運ぶことができないし二人の担ぎ手が必要だった。
人力車は乗り心地を我慢すれば人と荷物を同時に運ぶことができ、引き手は一人だけだ。
しかもマリア陸送の引き手の車娘は脇差を差したマリシナ国の娘兵士だったので安心だった。
城下町の「マリア陸送」の店に人力車が常時待機するようになると、城下町の人々はマリア陸送に人力車を頼むようになり、次第に城下町を人力車が走るようになっていった。
マリア陸送は次第に問屋場(運送業の拠点)のようになっていった。
それはマリアの目的と合致していた。
生物人間の世界に金属人間が受け入れられたのだ。
「家から家に安全旅行」の看板がマリア陸送の正面庇(ひさし)の上の「マリア陸送」屋号看板の下に掲げられた。
まあ、宣伝文句だ。
「あの看板の家から家に安全旅行ってのは何だい。」
看板の文句に興味を持った客がマリア陸送の店員の娘に聞くと、娘は答えた。
「はい、お客様。文字通りでございます。例えばお客様が対岸の福竜国の親戚の家に行きたい場合、お客様はこの店で通しの木札を買うことができます。お客様は人力車でお宅から渡し船の船着場まで行き、船着場からマリア廻船の屋形船で福竜国まで行き、福竜国の船着場から人力車で目的地の親戚の家まで行くことができます。マリア廻船は1日で湖を一周しますからお客様はその日のうちに安全に親戚の家に行くことができます。まあ、福竜着は夕方6時ですから親戚の家に着くのは夜になると思いますが。」
「そいつは便利だな。福竜の宿屋まで行くこともできるのか。」
「もちろんでございます、お客様。帰りも当地のマリア陸送に申し込まれれば宿屋から人力車と屋形船と人力車に乗ってお宅に安全に帰ることができます。もっとも福竜発は朝になりますが。」
「だがそれじゃあ『陸送』ってのはおかしいんじゃあないのか。船での移動が入っている。」
「そう言えばそうですね。上司に伝えておきます。でも一応当店は人力車のお店ですから陸送で良いと思います。」
「親戚の家に荷物も運んでくれるのか。」
「残念ながら今はできません、お客様。船着場で荷物の載せ下ろしをする者がいないからでございます。それに荷物に人間並の運賃を取れば運送料は高いものになります。皆様はご利用しないと思われます。」
「そう言えばそうだな。」
多人数の人間が集まって働く店は力が強くなる。
城下町のマリア陸送店には車娘や店員が住んでおり、常時10人以上の車娘が客待ちをしていた。
湖畔のマリア陸送店にも車娘が住んでいた。
車娘は兵士であり、仲間であり、刀を差し、喧嘩に強い。
石倉国のマリア陸送は娘侠客のイビトが支配人となった。
イビトは部下の娘達に居合抜きとサイコロ博打の勝ち方を教えた。
車娘の娘達は暇な時には裏庭で居合抜きの練習をし、夜には集団で賭場におしかけ博打の腕を磨いた。
博打好きのイビトも数人の娘を連れて参加した。
「娘達、よくお聞き。・・・最初のうちは二人が組になって座るのがいいわね。相談して賭けなさい。座る場所は音がよく聞こえるように壺振りの近くに座らなければなりません。サイコロの目が判るようになるまでは見(けん)を続けるか互いに反対の目に賭ければいいでしょう。サイコロの音は賭場によって少しずつ違っていますが直ぐに判るようになります。見ていなさい。」
イビトはそう言って娘を後ろに従えて盆の近くに座って解説した。
「どう、判った。今のは1の目が明らかに入っていた。他のはまだ判らない。おそらく6だと思うけど、とりあえずイチロクの半だと決めて1枚を賭けてみるわね。」
サイの目はイチロクの半だった。
次のサイが振られた。
「どう、判った。・・・さっきとは音が違うわね。だから2か3か4か5ね。分からないから二人で丁半に賭けるわけ。」
サイの目は52(グニ)の半だった。
「これで2と5の音が分かったわね。後は簡単よ。見ていなさい。」
次のサイが振られた。
「ミミ、今の音が判った。」
「16(イチロク)の時の音と52(グニ)の時の音が入ってました。分かりません。」
「これは12(イチニ)の半よ。1と2と5と6は分かりやすいの。」
イビトは半に賭け、サイの目はイチニの半だった。
次のサイが振られた。
「ハナ、今の音が判った。」
「はい、11(ピンゾロ)の丁です。二つとも同じ音でした。」
「なかなかいいわね。私もピンゾロだと思う。」
イビトは丁に賭け、サイの目はピンゾロの丁だった。
イビトは席を娘と替わって言った。
「最初は少しずつ賭けなさい。大勝ちしてはいけません。賭場に迷惑がかかります。お前達が負け始めたらそれは壺振りさんの腕の勝ちです。その時には言いなさい。対処の仕方を教えます。」
「はい、イビト支配人。」
そんな話を娘達の前の壺振りは驚いた表情を隠して聞いていた。
娘達は賭けを続け少しずつ勝っていったが、少し経つとイビトは当たらなくなる時があるとの報告を受け、再び娘達の後ろに行った。
イビトはしばらく見て娘達に言った。
「娘達、もっと音に注意しなければなりません。ツボはサイコロを隠すだけではなくサイコロを動かすことができるのです。ほらツボを動かすと『コト』って音が聞こえるでしょ。それはサイの目が変わった音です。今の場合、最初は66(ろくぞろ)だったけどツボを動かしたら一個のサイコロが動いて56(ごろく)に変わった。そのまま開けば56の半よ。でもツボを開ける時にサイコロを動かすかもしれない。サイコロがツボの縁に着いていればそれができる。でも今の場合、サイコロはツボの中心近くにあるからそれはできない。だからサイの目は56(ごろく)の半よ。」
イビトはそう言って席に居たハナとクチに半方に賭けさせた。
目は56(ごろく)の半だった。
「当たりました、支配人。」
ハナとクチは後ろのイビトを見上げて言った。
イビトはさらに言った。
「いい。音を聞くだけじゃあなくサイコロの位置もしっかりと知っておかなくちゃあならないの。ツボを滑らせてサイを転がした時の音。その結果のサイコロの位置。もしサイコロがツボの縁(ふち)近くにあったら推測は当たらないと思いなさい。開ける時に動かすことができるから。腕の立つ壺振りさんは自在に賽の目を出すことができるのよ。そう思って勝負しなさい。」
「はい、わかりました、支配人。」
その後、娘達の前にはコマが集まるようになった。
娘達が一様に儲かるとイビトは娘達を休憩させた。
娘達はイビトの周りに座り、煎餅や寿司を食べお茶を飲んだ。
コマを換金する時、長火鉢の向こうに座っていた中年の男が言った。
「お嬢さん方、いい腕ですね。あっしは胴元の小岩井助六と申します。脇差を帯締めに差している娘さんは見たことがありやせん。もし宜しかったらどなたさんか教えていただけやせんか。」
イビトが応えた。
「小岩井の親分さんですか。あっしらは人力車を引いている「マリア陸送」の車娘(しゃこ)でございます。あっしはそこの支配人のイビトと申します。マリア陸送の車娘はお客様を守るため脇差を差しております。今日は賭場の環境調査です。人力車のお客さんには良い旅館や安全な賭場を聞かれることがございます。石倉城下のいくつかある賭場の雰囲気を調査し、お客さんに一番安全な賭場をお薦(すす)めするための調査でございます。また、いい賭場をご紹介し、お客さんが博打でお勝ちになれば帰り道には安全な人力車をお求めになるかもしれません。商売繁盛というわけです。・・・あっしはマリア一家の渡世人でもあります。それで車娘達には丁半博打の仕方を教えておりました。」
「最近では石倉の城下では駕籠より人力車が街を走るようになっている。車の引き手はえらく強えそうだ。ヤクザがちょっかいを出したら簡単に斬り殺されるみたいだ。役人はヤクザが殺されても動かねえ。マリア陸送ってのはマリシナ廻船と関係しているのですかい。」
「マリシナ廻船はマリシナ国の筏船を使っており、マリア姉さんが取り仕切っております。マリア陸送はマリア姉さんが始めた商売です。マリア姉さんはマリシナ国の国主ですから軍隊を動かせます。マリア陸送の車娘は今のところ全てマリシナ国の兵士です。」
「驚いたな。車娘の皆さんは二日で鍋田を滅ぼした軍隊の兵隊さん達ですかい。強(つえ)えはずだ。」
「安全に快適にお客様を移送するのがマリア陸送の使命でございます。」
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