第44話 44、イビトの賭場調査 

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 その夜、イビト達は無事にマリア陸送の店に戻った。

石倉の城下町には3つの賭場があった。

石倉国は街道が行き止まりになっているので他国からの旅人の数は少なく、賭場は町民のささやかな娯楽場の一つになっていた。

3つの賭場はそれぞれ小岩井一家、大灘一家、山波一家が開帳していた。

 次の夜、イビトは車娘3人を連れて大灘一家の賭場に出かけた。

大灘一家は石倉城下町の繁華街にあった。

大灘一家の左側は城下唯一の遊郭が建っており、一家の右側は宿屋兼賭場となっており、その横が駕籠屋で駕籠舁(かごか)きの溜まり場となっていた。

遊郭も宿屋も駕籠屋も大灘一家が仕切っているようだった。

子分も多いようだった。

 「へい、いらっしゃい。・・・お泊まりですか。」

イビト達が宿に入ると旅館には似つかわぬ体躯のいい若者が言った。

「遊びに来ました。大灘一家の賭場はここですね。」

「へい、いらっしゃいまし。2階です。ご案内いたしやす。」

 2階の賭場は昨夜の小岩井一家の賭場より広く、席は埋まっていた。

一見して粗野そうな駕籠舁(かごか)き姿が多かった。

一日の稼ぎがここで吸い上げられるらしい。

博打で勝てば隣の遊郭でなくなるのだろう。

イビトと娘達は壺振りの近くの客の後ろに座ってサイコロの音を真剣に聞き分けようとした。

 娘達の前の客がオケラになって席を立つとイビトが替わって座り、コマを賭け始めた。

イビトはコマが貯(た)まると車娘の娘達に分け与え、娘と交代した。

後ろの娘達は前の娘に自分の予想を助言し、3人の予想が一致すれば2枚を賭け、一致しなければ前の娘の予想で1枚を賭けた。

暫くすると娘の前にはコマが貯まり、後ろの娘と交代した。

 大灘一家の賭場の木札のコマ1枚は半朱(3125円)でコマを買う時と換金時に1枚ずつが場所代手数料として取られた。

従ってコマを買うときは2朱(12500円)払って3枚のコマを受け取る。

他の国の賭場よりも手数料が多い。

 娘達はイビトの助言に従ってコマが貯まると換金した。

1両はコマの数では手数料を含めると33枚になる。

娘達はコマの数が40枚を超えると後ろの娘と交代し1両に換金した。

イビトら4人が1両以上を儲けるとイビトは娘達を休憩させた。

 「どお、勝って休憩するってのはいい気分でしょ。」

「はい、支配人。最高です。」

「言ったけど大勝ちしたらだめよ。ほどほどがいいの。賭場は逃げないからね。」

「はい、支配人。」

3人の娘は煎餅(せんべい)を齧(かじ)りながら同時に答えた。

 「よお、姉ちゃん達、調子がいいみたいだな。さっきから勝ちまくっていたんじゃあねえか。」

娘達の横で酒を飲んでいる男が言った。

下帯と目の荒い上着を着た裸足の男だった。

今日は儲けたみたいだった。

「腕がいいからよ。」

娘の一人が応じた。

 「脇差を差した娘たあ可愛くねえな。その脇差は本物なんかい。」

「本物よ。よく切れるのよ。」

「本物か。・・・今日城下を人力車で走っていた車娘も脇差を差していたな。車娘なのか。」

「そうよ、あんたは何なのさ。」

「おれか、おれは馬子だ。旧鍋田の町から来た。明日には帰る。・・・脇差を差した車娘を見て、馬子や駕籠屋も脇差を差した方がいいかもしれんなって思った。」

 「そうね。街道を通る仕事なら刀は必要かもしれないわね。」

「なっ、そう思うだろ。」

「でも客の信頼の問題ね。駕籠舁(かごか)きが刃物持ちの雲助になったら恐いでしょ。」

「駕籠は二人組だ。雲助になるのに刃物はいらんさ。」

「そういえばそうね。」

 「博打じゃあなくて刀の方の腕はどうなんだい。なまじ刀を持っているとかえって怪我をするんじゃあないのか。」

「石倉の車娘はお客さんを安全に運ぶの。だから居合いをするの。イビト支配人から習ったわ。寸止めもできるのよ。」

「そうかい。凄えな。・・・だが腕が良くても実際に人を切るってのは違うんじゃあねえのか。」

「違わなかったわ。わたし、四日前に3人を殺したの。イチャモンを付けて走りの邪魔をしたから。しょうがないのでお客さんにちょっと待ってもらって返り血がかからないところで2秒で殺したわ。それに血が吹き出さないように腹を切ったの。」

 「ほんとかよ。人殺しで役人に捕まらなかったのか。」

「お客さんを届けてから番屋に行って事情を話したわ。『正当防衛』だそうでお咎めなしよ。死んだのがゴロツキだったから無罪になったのかもしれないわね。」

「ほんとに驚いたな。お見それいたしやした。」

「どお、見直した。可愛い娘には棘(とげ)があるのよ。」

「棘じゃあなくて牙みたいだがな。・・・見直した。」

「へへっ。」

 そんな話を隣の間に座っていた胴元の大滝安五郎は苦々しい気持ちで聞いていた。

自分が経営する駕籠屋の仕事が人力車にお客を取られて激減したので人力車の仕事を妨害しようと無頼の徒3人を雇ったのだった。

妨害が成功すればそれで相手の客は減るし、失敗してもマリア陸送は役人に目を付けられるようになるはずだった。

ところが、3人はあっという間に客が見ている前で殺され、役人もそれを全く咎めなかったのだ。

人力車の安全性をかえって高めたのだった。

 そんな事情を知ってか知らずか、イビトは休憩後に再び博打を始めた。

娘4人は各3両を儲けるまで鉄火場で博打を続けた。

最後の方になると賭場のお客は娘達の張る目に賭けるようになり、胴元対客の勝負になり、多くの客は儲けることができて喜んだ。

馬子の男も勝ち雌馬に乗って大いに儲けた。

勝った客の何人かは大滝一家の駕籠ではなくマリア陸送から「安全な人力車」を呼んで帰っていった。

 次の夜、イビトは別の車娘3人を連れて山波一家の賭場に出かけた。

山波一家の賭場は石倉のお城に近い寺院の広間で開帳されていた。

その賭場は丁半のコマが揃ってから勝負する丁半博打であり、胴元が勝負に関与する鉄火場博打ではなかった。

勝負は客の間で勝ち負けが決まり、胴元は勝負の場を壺振りと雰囲気を提供し手数料で稼ぐ方式だった。

鉄火場よりはずっと健全な賭場で、客には城の侍も数人入っていた。

 イビトは娘達に博打の勉強をさせた。

丁半の双方に座らせ、同じコマ数を賭けさせた。

娘達はこの賭場のサイコロの目が判るようになると勝てる時には2枚を賭け、負ける時には1枚を賭けた。

イビトは娘達のコマが貯まると休憩させて交代させた。

 イビトは言った。

「いい、丁半博打では大勝ちしてはだめなの。この方式では勝てば他のお客は損をすることになるでしょ。ここのお客さんは私たちのお客さんになる方かもしれないでしょ。せいぜい元手の2倍を回収できるくらいまでにすることね。」

「分かりました、支配人。」

 隣で酒を飲んでいた二本差しの男が言った。

「賭場で身元を聞くのは禁忌(きんい、タブー)なのだが、お主らはマリシナ国の者ではないのか。拙者はお馬方の馬場平九郎と申す。」

「私はイビトと申しマリア陸送の支配人でございます。娘達は人力車の車娘です。私も含め皆マリシナ国の兵士でございます。」

 「やはりそうであったか。城下に人力車が走るようになって重宝しておる。まあ車輪の音が騒がしいのが難点だがな。」

「音ですか。・・・すみません。」

「いや、どうってことはない。わしが世話している馬の蹄の音も騒がしいからな。慣れればなんともない。それに始終聞こえるわけではないからな。」

「ありがとうございます。」

 「マリシナ国が鍋田を滅ぼしてくれたおかげで拙者の仕事も忙しくなった。石倉と鍋田はけっこう距離があるからな。駕籠より馬ってことだ。」

「申し訳ありません。」

「何のなんの。それだけ拙者の仕事が重要になったということだ。・・・ところで人力車は鍋田まで行けるのか。」

 「いいえ、今のところはマリシナ廻船の船着場から石倉城下町の範囲だけでございます。」

「そうか。鍋田の城下町にも人力車が行けたほうが便利だがな。」

「そうかもしれません。でもそこは駕籠屋さんと馬子さんにお任せいたします。皆さんの今のお仕事を奪うことはよくありません。人力車が便利であれば駕籠屋の皆さんも人力車を引くようになり、馬子さんは人を乗せる馬車を引くようになると思います。」

 「そうだな。いい心がけだ。だが、駕籠屋も馬子も兵士ではないからな。護衛付きの乗り物ってことにはならん。・・・拙者は数日前に車娘の娘がゴロツキを切り殺したところを見た。凄まじい腕だった。それでここでお主らに声をかけたわけだ。あれは何流なのだ。抜く手が全く見えず、あっという間に3人を切って納刀していた。」

「恐れ入ります。私たちは剣術道場で学んだことはありません。座頭の市さんという博徒の方から居合抜きを学び、福竜国の平手造酒先生から寸止めを学びました。市さんからは賭博の仕方も学びました。娘達は暇ができると剣術の練習をしておりますから腕に自信を持って来たのだと思います。」

 「居合いであったか。体術に加え剣術も会得したのだな。・・・実は拙者、大前田殿からマリア殿一行の凄まじさを聞いたことがある。一人の娘が素手で4人の木刀を持った侍と試合をしてあっという間に相手の骨を折ったそうだ。」

「その時には私もおりましたが、骨を折って目を潰したのは3人だけです。4人目は逃げ出してしまいました。」

「そうであったか。すまん、正確ではなかったな。」

 「あのー、あっしらはそろそろ帰ろうと思います。明日の仕事もありますから。」

「そうか。引き止めてすまなかった。今度、機会があったら人力車を頼もうと思う。何と言っても強い車娘で安心だからな。」

「ありがとうございます。どうぞご贔屓(ひいき)に。」

イビト達はコマを換金し賭場を出た。

別に早く帰る必要はなかったが話好きの武士が煩(わずら)わしかったからだ。

 イビトの賭場調査は一応終わった。

上品そうな客には山波一家の賭場を紹介し、柄が悪そうな客には大灘一家を推薦し、儲けても危なくならない賭場を問われたら小岩井一家を挙げればいい。

車娘の娘達はこれらの賭場に行くようになるだろう。

そして、そこで常に勝つことになる。

賭場にとって、損ばかりする嫌な客になるのか、若い娘がコマを張る賭場として歓迎する客になるのかは賭場の胴元の考え次第だ。

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