第42話 42、中之島での戦い 

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 別の海賊が言った。

「お頭、ありゃあマリシナ廻船の護衛兵でさあ。毎日湖を周回する連結された筏船に乗っておりやす。実は先だって20艘、100人で襲ったことがありやす。鉤爪を引っ掛けて船足を止めて弓で殺そうとしたんですが、綱を外され逃げられてしまいやした。筏のくせにおっそろしく早いんで。」

「そんなことがあったのか。それじゃあ仕返しだってことか。くそーっ。」

 慈善屋の主人の海賊頭領は暫し黙してから言った。

「とにかく軍隊と戦っても勝てるわけがねえ。一旦逃げる。お前らの家族は一般人だから殺されんだろう。他の入江に逃(のが)れて熱(ほとぼ)りが冷めるのを待つ。・・・今、どうなってる。・・・舟留(ふなどめ)はどうだ。山には逃げれそうか。」

「おーい、今はどうなってる。舟留まで敵は来ているのか。」

 雑貨屋の主人が火の見櫓(やぐら)に上がっている海賊に聞いた。

「入江の先端から道沿いにこっちに向かっておりやす。両方からです。・・・途中からも上陸していやす。・・・舟留は通り過ぎてます。・・・街道の根元にも上陸していやす。街道は人数が多いです。・・・えっ。連中、この町を囲むようです。街道に上陸した兵士たちは山裾に沿って駆けてます。えらく早(は)やぇえ。」

「くそう。囲まれたか。」

雑貨屋の主人が呟(つぶや)いた。

 海賊頭領の慈善屋の主人が言った。

「徒歩じゃあだめだな。馬を使う。・・・馬は50頭くらいしかねえから二人乗りしろ。馬はすぐにへばるが、街道に出るまでだ。街道に逃れさえすれば隣の入江村に行ける。村には食い物も馬もある。武器は短弓と脇差だけだ。鎧は着けるな。重くなる。2列での襲歩だ。前の一人は馬を御(ぎょ)せ。後ろの一人は短弓で片側の前だけを狙え。横は狙う必要がねえ。後ろの馬が片付ける。もう片方は反対側を狙う。仲間がやられても助けるな。とにかく街道に逃れることが重要だ。方向は右だ。右には舟留がある。少しは兵隊の数も少なくなってるだろう。村にも近いし平坦だ。」

 誰かが言った。

「親分、畑を斜めに突っ切るんで。・・・畑地での襲歩なんて海賊のあっしらには無理だ。ましてや二人乗りだ。道を行ってもいいんですか。」

「そういやあそうだな。・・・だが敵は街道まで来ているんだぞ。そんな街道を進むのは死に行くのと同じだ。街道は一点を突っ切るしかねえ。突っ切るのは山裾に展開している兵士と街道に居る兵士との接点だ。それしかねえ。・・・くそお。奴隷どもを囮(おとり)に使えればいいが、言うことは聞かないな。・・・っくそう。時間がねえ。とにかく馬を用意しろ。襲歩じゃあなく駆歩でも速歩でもええ。とにかく血路を開く。」

「了解。」

 海賊達の作戦は陽動作戦だった。

最初の動きは町から山に続く道で起こった。

小槍や短弓を持った50人ほどの女達が痩せこけた50人ほどの奴隷を先頭に追い立てながら山に向かった。

町を囲んでいた兵士達がそれを阻止するために囲みを崩すことが目的だった。

 海賊達の思いとは違って町を包囲していた兵士達はほとんど動かなかった。

むしろ町から山に続く道を囲みから除外し、その集団が山に到達するのを容易にした。

女達が山への道の半ばに達した時、52頭の馬に乗った海賊が包囲と街道が交差する一点を目指して2列縦隊で突撃した。

大部分の馬には2人の海賊が乗り、前に乗った者は馬を御(ぎょ)し、後は短弓を持って前の海賊にしがみついていた。

 マリアはそれを見て付近の兵士を街道沿いに展開させ、街道の海側の片側に盾垣を作らせ、その先の街道を槍と盾を密集させた小隊で塞いだ。

片側にしたのは同士討ちを避けるためであり、海賊達が街道を外れて進むことができるようにするためであり、見られては困る攻撃をするためだった。

 海賊達は街道に着くと少し安心した。

囲みを破る時にはたった1頭の2人が射られて落馬しただけだったからだ。

海賊頭領は街道の片側に盾襖(たてぶすま)が出来ているのを見ても2列縦隊での突撃を変えなかった。

 味方が盾になって半分が助かるかもしれなかったし、街道を外れることもできるからだった。

片側の馬が倒れても横を通ることができる。

相手は十字弓だ。

1回射れば終わりだ。

槍を出してもほとんど届かないし、横からは射やすくなる。

 海賊頭領の目論見(もくろみ)は当たり、20騎が脱落しただけで残りの31騎は盾襖を通過できた。

後は前方に盾と槍を並べて街道を塞(ふさ)いでいる20人ほどの兵だけだった。

馬で蹴散らすか、街道を避けて荒地を通るかの選択だった。

海賊は街道を避ける方法を採った。

敵の50m手前で街道を外れ荒地に入った。

 荒地はそれほど広いものではない。

せいぜい30mの幅で背の高い雑草が生(は)えていた。

海賊達はそこで10騎を失ったが、残りの21騎は再び街道に戻ることができた。

あとは街道を速歩で進めば大人2人を乗せた馬ももう少し持つ。

残念なことに、その街道は町からは見えなくなっていたことが誤算だった。

 盾襖を張っていた中隊100人は十字弓に新しい矢をつがえ、海賊を追った。

町から見えなくなると空中を高速で飛び、すぐさま逃げていく海賊達の背後に迫った。

一番後方から順に鎧を着けていない海賊の背中にアコニチンが塗られた毒矢を射ていった。

兵士の追撃は音を出さなかったし、射られた海賊は叫びを上げることもできずに落馬したし、最後尾からの攻撃だったので前を走る海賊は事態に気付かなかった。

 先頭を走る5騎の海賊が後ろに続く蹄の音がなくなっている事に気づき、後ろを振り向くとそこには間近にまで迫った十字弓を構えた空飛ぶ兵士達が見えた。

「おかしらーっ、後ろ・・・うっ。」

そう言った海賊は落馬し、その前に乗っていた海賊もすぐさま落馬した。

4騎の海賊は事態に気付き馬に鞭を入れて襲歩にしようとしたが疲れた馬は言うことをきかなかった。

馬は自分が殺されないと分かっていたのかもしれなかった。

4騎は3騎となり、3騎は2騎となり、最後の2騎には1人しか乗っていなかったが、背中を射られて落馬した。

 兵士たちは死体には目もくれず、止まった馬の手綱を取り、ゆっくりと街道を入江町に戻った。

マリアは兵士達に馬を殺さないように命じていたのだ。

馬は金になる。

兵士たちは街道や荒地に止まっていた馬達を捕らえ、入江町に引いて行った。

 海賊が死に入江町が無人になると作戦の半ばは終わった。

町を囲んでいた兵士は包囲を縮め、町の主要部を囲み、外側に対して警備した。

入江町には誰も残っていなかった。

 マリアは山に逃れた女子供と奴隷に追捕(ついぶ)の兵を送らなかった。

着の身着のままで山に入っても生きることはできない。

たとえ槍と短弓を持っていても夜の寒さと飢えには対処できない。

山には食べることができる木の実もあるかもしれないが、そんなものを食べて何日も生きていけるわけはない。

 素人には動物を弓矢で射ることは難しい。

罠を仕掛けるには仕掛けの材料がない。

発火具を持っていなかったかもしれない。

マリアは奴隷や女子供が自然と死んでいくことを画(かく)していた。

それほど力のない者を殺したくはなかったからだ。

 マリアは海賊の入江町の家屋はほとんどそのまま残した。

全ての小舟は町の中に運んで逆さに並べて置いた。

マリアは事を急がなかった。

最初は27艘(そう)の筏船の7艘を7つの入江村に配置し、街道の内側に置いた。

娘達以外はだれも重い筏船を湖に浮かべることができなくなった。

入江町にある20艘の筏船も砂浜の奥に引き上げた。

 1ヶ月も経つと中ノ島の特別小作人は体力を回復し、通常人並みの体型になった。

マリアは奴隷であった特別小作人を解放することにした。

マリアは一つの入江村に行き、特別小作人の前で言った。

 「私はマリシナ国のマリアだ。皆の体力は回復したように思う。これからお前達をこの小島から対岸に運んで解放する。解放する場所は福竜、薩埵、白雲、大石、石倉、五月雨国だ。お前達はまだ知らないだろうが、今では湖の周囲をマリシナ国の連結筏船が人や馬や荷車を乗せて廻っている。お前達を望みの国まで乗せて行き、マリシナ廻船の待合室で解放する。長い奴隷生活は辛かったと思う。この島の海賊は殲滅した・・・と思っている。まだ残党は居るかもしれないがな。・・・さて、お前達の中には家族縁戚がある者も居(お)れば寄る辺がない者もいるだろう。後の者は世間に身一つで放り出されても再び惨めな生活を送らなければならなくなるかもしれない。そんな理由のため、お前達には一人につき2両(20万円)を与える。その金で今後の生活を考えよ。質問はあるか。」

 一人の男が言った。

「拙者は福竜国の家臣だった霜内左内だ。福竜国に帰してもらいたい。国に帰れるようになって感謝する。だが、2両と言うのは奴隷であったことに対する慰労金だと思う。我々の苦労に比べれば僅か過ぎるような気がする。もう少し増やすことはできないのか。」

 「霜内左内と申す者、質問と言ったはずだ。要求ではない。2両は慰労金ではない。世間に不安の種を撒くことを避けるための作戦だ。金なしで世間に放り出されたら行き着く先は強盗か盗賊だ。余計な手間がかかる。其方(そなた)はこの島の山で解放する。この島の山には50人以上の特別小作人が襲撃時に逃げ込んでいるはずだ。海賊の婦女子50人も逃げ込んでいる。其方はその者達と一緒に暮らす方がよい。他に質問はあるか。」

「そんな・・・。」

 質問する者は居なかった。

一人、山中に放り出されたら生き残ることは厳しい。

元特別小作人は自分たちの立場が分かった。

島の征服者は別に奴隷を保護する必要はなかったのだ。

元特別小作人は権利を主張できる立場にはない。

 マリアは村に残っていた4頭の馬と39人の特別小作人を2艘の筏船に乗せ、福竜、薩埵、白雲、大石、石倉、五月雨国のマリシナマリシナ廻船待合室で特別小作人を各2両持たせて下船させた。

与えた金は使いやすいように1両分は1分金と1朱金と1文銭で与えた。

馬4頭は石倉国の問屋馬で100両で売れた。

 1週間後、別の入江村の40人の特別小作人は各国に移送され、馬は大石の問屋場で売られた。

翌週も翌々週も、入江村の特別小作人と馬は各地に移送され、やがて中之島の特別小作人はいなくなった。

中ノ島に残っている生物人間は山中に隠れているであろう人間だけになった。

 マリアは入江町の家々を大切に保存した。

そこには温泉付きの旅館や何でも揃っている雑貨店や魚屋も米屋も八百屋もあった。

多くの人間が生活できる50軒以上の家屋(かおく)もあった。

それらの建物には生身人間に必要な便所がついていた。

島の外からの訪問者もあることだろう。

そんな訪問者を迎え入れるには普通の家屋が必要なのだ。

 マリアは湖を囲む国々には中之島制圧を伝えなかった。

国々に戻った特別小作人達から口伝てに不正確な情報が広がる方が良いと思った。

海賊の襲撃回数は激減するだろうし、町民の湖畔への進出も相変わらず抑制されるし、万が一に別の海賊が襲撃をしたとしてもマリアの情報の信頼性を損なうこともない。

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