第41話 41、海賊の襲撃 

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 周到な準備をした襲撃だった。

綱に浮をつけて、綱が筏船に引っ掛かるように小型錨のような鉤爪を着けている。

海賊の船を引いているのだから簡単には鉤爪を外すことはできない。

進行方向を変えて鉤爪を外そうともがけば別の鉤爪が引っかかる。

蜘蛛の巣にかかったスズメバチだ。

まあ、連結筏船船団は少なくとも蝶々ではない。

 おそらく事前に何度か連結筏船廻船に乗って乗客や荷物や通過時刻や護衛兵の武器や配置を調査したのだろう。

海賊の武器は短弓だった。

50mもある連結筏船ではあったが、戦う場所は限られている。

最後尾の5人の護衛兵は筏船の左右から弓矢で射れば始末ができる。

左右からの攻撃だから堰体(えんたい)に匿(かく)れにくい。

舵を使えば筏船との距離を常に離しておくことができる。

 最後尾の護衛兵を始末したら綱を引いて接近し、次の5人の護衛兵を始末すればいい。

真ん中は屋形船だから敵はいない。

問題は先頭と2番目の30人の護衛兵と船頭だが、船足を止めて両側から弓矢を射ればいい。

漫然と敵を射つのではなく一人に集中させて一人ずつ確実に倒していけばいい。

 マリシナの兵士が強いことは分かっていた。

だが兵士の武器は盾と短槍で、弓はない。

離れて弓矢で戦えば確実に勝てる。

そのために20隻、100人が襲撃に参加したのだ。

みんなで分配しても十分な獲物だ。

 海賊にとっては残念ながら、海賊の偵察員は兵士が十字弓を道中合羽(どうちゅうかっぱ)の中に吊るしているのが分からなかった。

道中合羽も三度笠も弓矢を通さないことを知らなかった。

そしてたとえ弓矢が命中しても娘兵士達の鋼鉄の筐体(きょうたい)を貫くことができないことも知らなかった。

 鉤爪が筏船にかかると護衛の兵士10人と船頭の兵士10人は筏船の舷箱の外側の船端(ふなばた)を通って後部に移動し筏船に盾を立てて十字弓の準備をした。

兵士船頭は筏船を止めた。

二人の船頭兵士は筏船の連結部に接岸用の長い柄の鳶口を差し込み、船底に伸びている綱を引っ掛け、綱を船上に引き上げ、海賊船にまで延びた綱を引いた。

筏船の船上には鉤爪付きの浮きが着いた綱の輪ができていった。

綱の張力がなくなると筏船に引っかかった鉤爪は容易に外すことができた。

 海賊船は綱で引っ張られるのを嫌ったらしく綱を切ったか板船から外した。

綱が外れると連結筏船船団は再び加速を始めた。

船頭兵士は10丁の艪を力一杯漕ぎ、護衛兵士は筏船の船体の船底を飛行の並進力で押した。

連結筏船船団は再び白波を立てるように速度を早め、後方の海賊達は必死に艪を漕いだが追いつかなかった。

先頭の筏船には戦利品の鉤爪浮き付きの長い綱が残った。

 途中で加速したのだろう。

海賊に襲われた連結筏船船団は定時に五月雨国の陸桟橋に接岸し、定時に福竜の陸桟橋に到着した。

20隻もの海賊船に襲われても何の被害も受けずに定時に運行が貫徹されたことは廻船の信頼性を高めた。

それは噂話(うわさばなし、クチコミ)で広がった。

 マリアは海賊の襲撃を待っていたかのように海賊の本拠の中之島攻撃の準備を始めた。

マリアは隠れ村の1300人を眠りから起こした。

兵士1300人を中ノ島に置くつもりだった。

隠れ村には新しい兵士を置けばいい。

湖の周囲の国々ではマリシナ国の娘兵士は人間社会に受け入れられつつある。

生体人間と機械人間の共存ができつつあるのだ。

 晴れた日の朝、マリアは1大隊、13中隊、130小隊1300人を27隻の筏船に乗せ中ノ島を目指した。

50人の戦士(15トン)が乗る筏船の筏部分は水中にほとんど没し、筏の上の箱型板船の船底は水に濡れた。

それでも筏船は水面を滑るように高速で走行した。

艪は使われていなかった。

兵士たちの飛行の並進力で進んだのだ。

 船団は最初に島を一周してから最初の入江に入った。

100人の兵士を乗せた2艘(そう)の筏船が高速で入江に突入し、入江の奥の砂浜の左右の端に乗り上げ、それぞれの船から40人の兵士が耕作地と森の間を奥に向かって突撃した。

一人として森に逃さないためだった。

各船10人の兵士20人は入江の入り口で船を離れ、森の樹冠の梢(こずえ)に隠れる様に空中を進み、海賊達が森に逃げるのかどうかを見ていた。

 筏船は入江の中程を高速で進んでいた時に見つけられていた。

海賊は入江に入ってくる船には敏感なのだ。

ましてや黒衣を纏(まと)い、大きな盾と短槍を持った兵士を満載している船だ。

呼子が吹き鳴らされ、家に居た海賊達は短槍や短弓を持って飛び出してきた。

奴隷の特別小作人達は何をしていいのか分からずその場に立ち尽くした。

 その入江にある家は8軒だった。

奴隷である特別小作人40人が4軒の小屋に住み、15人の海賊が3軒の農家に住み、1軒は倉庫になっていた。

海賊達は畑にいた20人の小作人達を槍で脅しながら小屋に追い立て、閂(かんぬき)棒を差し込んで閉じ込めた。

特別小作人達は2交代制で働かされていた。

午前中に働いたら昼飯が与えられ、午後に働いたら夕飯が与えられる。

1日1食だ。

 そうこうしている間に、黒の三度笠を冠り、重そうな黒の長い道中合羽を纏(まと)った兵士は飛ぶ様に森と農地の境を駆け走りあっという間に入江の村を囲んでしまった。

囲む兵士の数は100人だったから兵士と兵士の間隔は100mほどになった。

兵士達は盾を立て、槍を構えて農家に向かってゆっくり包囲を縮めた。

 海賊達は兵士達が近づくのを待つしかなかった。

整然と並ばれては山に逃げ込むことはできない。

今は兵士同士の間隔は広いが、山までの距離も長いのだ。

山に逃げてもすぐに網の間隔を狭められてしまう。

兵士がいない湖側に逃げてもそこには船はないし、入江の外には黒い兵士が満載されているらしい数十隻の船団が見えた。

どうしようもないのだ。

 15人の海賊は農家の前で盾と小槍を持つ100人の兵士に囲まれた。

海賊達は短弓や長巻や脇差を地面に投げすて土下座(どげざ)した。

黒い兵士の一人が言った。

「まず、そのまま後ろに擦(す)って下がれ。武器から離れよ。」

海賊達は土下座のまま後退した。

他の兵士が素早くそれらの武器を回収した。

「よし、そのままうつ伏せになれ、顔は地面に着けよ。両手は前に伸ばせ。」

娘兵士の中隊長が言った。

 海賊達はそうした。

まだ生き残る一縷(いちる)の可能性があったからだ。

15人の兵士が首根っこを下駄の歯で抑えた。

300㎏の体重はまだ掛けられていなかったが海賊達は動けなくなった。

 中隊長は続けた。

「よし、お前達は人を殺す時には名乗るのか。」

「助けてくれ。降参だ。勘弁してくれ。」

「お前達はそう言って懇願した人間を助けたか。」

「・・・。」

 「もう一度聞く。お前達は人を殺す時には名乗ったのか。」

「名乗らねえ、命だけは助けてくれ。」

「そうか。私も名乗らん。・・・首を折れ。」

兵士は首を押さえた下駄に体重を移動し、首を折った。

兵士の一人が大きな白旗を振って入江の入り口に停戦していた船団に合図した。

作戦成功という意味だった。

入江村を攻撃した中隊は筏船に戻り、船団に合流し、船団は2小隊20人を海賊の村に残して次の入江に向かった。

 中ノ島は船が入ることができる入江は8箇所あり、他は火山島らしく小さな崖や急斜面になっていた。

一番大きく深い入江が海賊町になっていた。

黒の軍団は最初の入江村(いりえむら)の奪取に成功すると、残りの6箇所の入江村の奪取をほとんど同時に行った。

全ての入江村は制圧され、海賊は殺され各入江村には20人の兵士と40人ほどの特別小作人が残った。

マリアは筏船を残さなかった。

 入江町(いりえまち)への攻撃は昼過ぎから行われた。

27艘の筏船は横3列になって一気に入江に入りこんだ。

入江の入口を警戒している兵士は現れなかった。

50本の槍を立てている27艘の軍船に誰何(すいか)などできようはずがない。

筏船は入江の中に入ると海岸線に沿って展開し、1100人余の兵士は直ちに上陸した。

 入江の入口近くに上陸した中隊100人は細い小道から山裾にまで展開し、町に向かって進軍した。

途中の小屋は悉(ことごと)く破壊し、抵抗する者は殺した。

その中隊の進行方向の先に上陸した中隊100人は山際に展開し、山裾に沿って荒地を進軍した。

さらにその中隊の先に上陸した2中隊200人は島を廻る街道に突撃し、そのまま町を囲む山の裾に沿って耕作地を進軍した。

 マリアが率いる黒い軍団は13中隊から成っており、8中隊800人の兵士が海賊の住む入江町を遠巻きに包囲した。

残りの3中隊は桟橋(さんばし)のある入江の最奥付近に上陸し、最後の2中隊は入江の入口付近で入江からの脱出を妨げるように筏船に留まった。

 入江町の包囲が完了するとマリアは事の進行を遅らせた。

入江の入口付近に上陸した中隊400人が入江町に到着し、町の包囲に加わるまで待った。

その時間は入江町の海賊に反撃の準備をさせるための時間でもあった。

海賊が武装し、反撃してくれたら纏(まと)めて殺すことができるし、気兼ねなく殺すことができる。

 海賊頭領の慈善屋主人は筏船が入江に展開し終えた頃に軍団の襲撃を知った。

そして直ちにこれまで使われたことがなかった半鐘(はんしょう)を鳴らさせた。

町の海賊達は事態を知ると直ちに自分の家に戻り、具足を身に着け、短槍や長巻や短弓などを持って町の中心にある慈善屋の前に集合した。

 「何だ、ありゃあ。どこの兵隊だ。」

海賊頭領は入江に浮かぶ多数の船を見ながら近くの海賊に言った。

「まだ分かりやせん、お頭。あんな黒い兵士なんて見たことがねえです。」

別の海賊が言った。

「あっしは聞いたことがあります。あの黒い笠を冠った兵士は石倉が雇った傭兵に似ているとおめえます。大石の城下では評判になっていやした。恐ろしく強え軍隊でたったの2日で鍋田の城を落としたそうです。大石の城下は攻めてくるんじゃねえかって震え上がっておりやした。」

 「傭兵だと。なんで傭兵がこの島に来るんだよ。だれが雇ったって言うんだ、えーっ。」

「分かりやせん。鍋田の時は傭兵を雇ったのは石倉だったそうです。鍋田の城は一兵も出さずに石倉の物になったそうです。」

「鍋田の城を落とせるなら鍋田を獲(と)りゃあいいじゃねえか。石倉にやることはねえ。」

「分かりやせん。」

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