第40話 40、マリシナ廻船の待合室 

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 騎馬の武士が言った。

「その方らは何者だ。何故(なにゆえ)石倉国に上陸したのか。」

マリアが護衛兵の前に出て言った。

「お役目ご苦労様でございます。我らはマリシナ廻船の者でございます。私はマリシナ国のマリアと申し石倉頑丈殿様には二度だけお目にかかったことがございます。このほど湖を廻る廻船業を始めました。廻船は接岸している連結筏船団で、人と馬と荷車を運びます。石倉国には毎日2回、右回りと左回りの廻船が30分間だけこの地に停泊する予定です。連絡の伝手(つて)なく事前にお伝えできませんでした。申し訳ございません。石倉頑丈殿様にはマリシナのマリアがそう申していたとお伝えしていただけないでしょうか。」

 「マリシナ国のマリア殿であったか。お初にお目にかかる。拙者、湖岸見廻隊の水野泳士(みずのえいし)と申す。護衛兵の様相は見たことがある。鍋田を落とした軍団の兵士と同じに見える。殿にはマリア殿の言上をお伝えする。」

「ありがとうございます。廻船は朝の7時に福竜を出発し、五月雨、石倉、大石、白雲、薩埵国に寄港し夕方6時に福竜に戻ります。逆回りの船団も同時に出発して同時に到着します。これからは物流が盛んになり、石倉国も賑(にぎ)やかになると思います。」

「そのことも殿に報告しよう。」

 「廻船業が軌道に乗れば渡し小屋の隣あたりに新しい待合室を作ることになるやもしれません。そこにはお客に乗船木札を売るための人を置くつもりでございます。着岸時刻と出発時刻、運送料金が記された案内板も掲示いたします。それもよしなにお伝え願います。」

「分かり申した。それも伝えよう。・・・少し筏船を見てもいいかな。」

 「宜しゅうございます。一番後ろは荷車を載せます。12台くらいが載ります。その前の筏船には馬を乗せます。詰めれば12頭乗せることができます。その前は屋形船になっており椅子は12個ですが詰めれば20人ほどを乗せることができます。その前の筏船には護衛兵と船頭40名が乗ります。」

水野泳士は馬を下り、部下に馬を渡し、マリアについて湖岸の筏船の方に行った。

 「頑丈そうだな。毎日40人のマリシナ兵が乗った連結巡洋筏艦隊が湖を巡回するわけだ。」

「海賊の襲撃には対処できると思います。」

「拙者の仕事も変わるようだな。此処(ここ)に来ればマリシナ国のマリア殿と連絡を取ることができるわけだ。」

「何か私に伝えたい事がありましたら待合室の兵士に伝えてください。」

「了解した。」

 連結巡洋筏艦隊は石倉を出発して五月雨に向かった。

石倉から五月雨の航路も中間に山が湖に張り出しているので航路はおよそ2倍になっている。

五月雨の渡し小屋の前には小道端の草むらに50人余りの小槍を持った兵士が腰を下ろしていたが、連結筏船船団が近づくと立ち上がって小道に2列に整列した。

マリアは連結船団を兵士集団から少し離した湖岸に接岸させ、20人の護衛兵士を上陸させた。

 渡し小屋から指揮官が出てきて兵士を2列縦隊で引き連れて筏船に近づいてきた。

指揮官は五月雨国盗賊改方の谷川平蔵だった。

マリアは谷川平蔵を認めると娘達と共に護衛兵士の前に出て言った。

「谷川平蔵様、マリシナのマリアでございます。」

「やはりマリア殿だったか。朝方、奇怪(きっかい)な船が桟橋に近づき、桟橋に接舷しないで出発してしまったとの報告を受けた。海賊かとも思ったがマリア殿の廻船かもしれんと思って終日待っておった。少し待ちくたびれたがマリア殿に会えて良かった。」

 「それはお疲れ様でございました。連結筏船団は今朝7時に福竜を出発しました。右回りと左回りです。右回りは兵士だけが乗っており、左回りには私達が乗っていたのです。私はこれまで薩埵、白雲、大石、石倉でそれぞれ30分間停泊し此処に来ました。此処でも30分間接岸し福竜に向けて出発する予定です。」

「そうか。いよいよマリシナの廻船業が始まったのだな。それにしても凄い船だな。50m近くあって荷車と馬を乗せて屋形船か。筏部分だけで悠々と浮いておる。板船と衝突すれば板船は木っ端微塵だな。」

 「筏は50㎝角10mの角材を10本繋げております。喫水が浅い事が自慢です。」

「多数の兵士を上陸させるのには便利な船だ。どこにでも上陸できる。」

「本来は上陸用でございます。筏船には50人の兵士を乗せることができますから250人の兵士を移動できます。」

 「・・・マリア殿の廻船業に関しては殿に伝えた。殿は廻船が五月雨国に寄港することを歓迎するとおっしゃっておられた。」

「それは喜ばしいご決断です。さっそく現在の渡し小屋の近くに待合室兵舎を建てようと思います。それで宜しゅうございますか。」

「それでいい。拒否して滅ぼされたらたまらんからな。・・・五月雨国としてもマリシナ国と常時連絡が取れる状況を望んでいる。」

「ありがとうございます。これでどうやら平和裡に廻船業を立ち上げることができそうです。」

 「・・・先ほどから我らの話を聞いているのは福竜国の親衛隊長の龍興興毅殿ではないのか。それとその横の着流しの武士は虚無僧殿だな。」

「さすが臨機応変の名無権兵衛様。ご紹介しましょう。・・・龍興様、平手先生、こちらにいらっしてください。紹介いたします。」

二人が護衛兵の間を通ってマリアの横に出るとマリアが言った。

 「紹介いたします。龍興興毅様、平手造酒先生、こちらは五月雨国盗賊改方の谷川平蔵様です。谷川様、こちらが福竜国親衛隊長の龍興興毅様と福竜国大若松佐助一家に逗留なされている平手造酒様です。・・・先の福竜国武芸大会では平手様は酒池覚心(しゅちかくしん)、谷川様は名無権兵衛(ななしごんべえ)と名乗っておりました。」

3人は言葉少なに「よろしく」と言った。

 マリア達は30分後に離岸し福竜に向かった。

「いやあ、マリア殿の人脈の広さには驚き入った。まあ脅しも原因しているだろうがな。」

龍興興毅は筏船が出発するとマリアに言った。

「旅をしていると色々な方にお目にかかることができます。」

「五月雨は役人で大石はヤクザと絹問屋で石倉と薩埵と福竜は殿様だ。白雲はこれからかな。」

「いつも問題を起こして知り合いになっております。」

「そのようだ。」

 2つの連結筏船船団はほとんど同時刻、18時に福竜の陸桟橋に接岸した。

龍興興毅は若様と荷車と馬を連れて城下町に帰った。

平手造酒は人斬り雷蔵と共に帰った。

「楽しい船旅だった。拙者もゴロゴロしていたらダメだと思った。」

平手造酒は帰りしな、マリアにそう言った。

 マリシナ廻船は少しずつお客を増やして行った。

最初は福竜国の荷車が主体で、目的地で下船し、数日後に空荷で戻った。

次は荷馬車が加わるようになり馬も運ぶようになった。

各国の渡し場に待合室が建てられ、運賃と時刻表が掲示されると各渡し場からの人間乗客が増えた。

 各国の兵舎兼待合室は1小隊10人の娘兵士が駐留していた。

二人の兵士が娘姿で客に乗船木札を売った。

他の兵士は盾と短槍を持って黒い三度笠と黒の道中合羽の姿で待合室の周囲を警備した。

それは普通の商店とは違った。

若い娘姿に娘兵士の力を見抜けなかった居丈高で愚かな客は痛い目にあった。

時には殺された。

マリアは兵士達にはなるべく殺さないほうが良いが殺しても良いと命じてあったのだ。

 遺体は航海中、乗客が見ている前で石を抱かされ粛々と湖に沈められた。

そんな様子はまっとうな乗客には恐怖感よりは安心感をもたらした。

兵士や警察官に抱く感情と似ている。

怒らせたり馬鹿にしたりしなければ頼もしい。

 そんな思いを特に抱かせたのは白雲国の待合室だった。

白雲国の兵舎兼待合室は大河の河口を挟んで二つ建っており、マリシナ廻船の陸桟橋は城のない側にあった。

マリアはそこに3小隊30人の兵士を常駐させ、二つの待合室を結ぶ筏船1艘を与えた。

2小隊が待合室を守り、1小隊が筏船を運行した。

 筏船の運賃は人間、馬、荷車が全て10文(250円)で大河上流の渡し筏の20文(500円)の半額だった。

さらに連結筏船から下船した客が対岸に渡る運賃は無料であったし、連結筏船に乗船する客の運賃も無料だった。

そんな好条件のためか、大河河口を渡る筏船はいつも満員だったし、連結筏船を利用する客も多かった。

 世の中には様々な人間がいる。

待合室に集まる人間は「待合室に用事がある人」でソート(分取、選別)された人間集団ではあるが、その集団も人間集団特有の多様性を持っている。

「何だと、てめえ、俺に次の便まで待てって言っているんか。俺様は今の便に乗るって言っているんだ。わかったか。」と娘に横車を通そうとする者も居る。

「何もただで順番を先にしろって言っているわけじゃあないんですよ。運賃を3倍払おうって言っているんです。優先は当然でしょうが。5倍でもいいんだよ。」と金の力を信じる者も居る。

「馬と一緒なんていやよ。馬は後にしてちょうだい。」と身勝手で横柄な女も居る。

 さすがに、「てめえら、誰に断ってここで商売しているんだ。挨拶が必要だろうが。えーっ、どうなっても知らんぞ。」と場所代を脅し要求する者は居なかった。

むき身の小槍と盾を持った黒衣の兵士が警備している待合室だ。

ヤクザの十数人では自信が持てない。

ヤクザは戦いを望まない者には強いが戦いを仕事とする者には弱い。

軍隊や自警団と戦っても金にならんし、命を失うかもしれないからだろう。

 娘兵士たちは理不尽な要求には一切応じなかった。

娘兵士達は客商売をしているとは思っていなかった。

軍事作戦として待合室の秩序を保ち、それを損なう者には力で排除した。

手足を折ることもあったし血を流さないように殺すこともあった。

 白雲国の町役人はマリシナ廻船の待合室の事件には手も口も出さなかった。

マリシナ廻船がマリシナ国と関係を持ち、マリシナ廻船に敵対すればマリシナ国は白雲国に軍勢を引き連れて強訴するだろうことが予想できた。

隣国薩埵国での強訴事件は白雲国でも知られていたのだ。

悔(くや)しいことだが、待合室は治外法権の領域にあると考えようとした。

 殺された者の身内や怪我をさせられた者が役人に訴えても「マリシナ国に文句を言ってくれ。仕返しをしたければ勝手にやってくれ。」と言って受け付けなかった。

役人はマリシナ廻船の従業員が礼儀正しいことを知っていた。

そして、多くの場合、訴えた方に非があった。

 マリシナ廻船は一度だけ海賊の襲撃を受けた。

場所は石倉国と五月雨国の間だった。

時刻は午後の3時半頃だった。

 山陰に隠れていた20隻の小舟が突如出現し、浮きに鉤爪が上向きに着いた長い綱を連結筏船の前に進路を遮(さえぎ)るように伸ばしたのだった。

どこかで盗んだ地引網の綱だったかもしれなかった。

 喫水が浅い筏船ではあったが鉄の鉤爪は筏船の先端に引っ掛かり、綱は筏船の下側に潜っていたので護衛の兵士が綱を切ることはできなかった。

連結筏船船団は綱に引かれた20隻の小船を左右に引き連れる形になり、船足は急速に落ちた。

 連結筏船船団は陸で言えば荒野を走る護衛兵付き鉄道列車に似ている。

列車強盗は線路を爆破し、立ち往生したところを周囲から護衛兵を撃ち殺し列車を襲撃する。

連結筏船船団は金目の物を積んで護衛兵を乗せて湖水上を走る。

海賊は綱を引っ掛け、船足を止めてから攻撃する。

 馬が10頭乗っていれば250両(2500万円)、荷車の積荷も10両はするだろうから10台で100両(1000万円)、乗客も2両くらいは持っているだろうから20人乗っていれば40両(400万円)になる。

総額400両(4000万円)のお宝だ。

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