第28話 28、娘達の戦い 

<< 28、娘達の戦い >> 

 次はアケミだった。

相手はアケミと同じ手甲脚絆の股旅姿だったが、道中合羽も三度笠も着けていなかった。

「マリシナ国のアケミ。得物は木刀。いざ。」

「渡世人の安兵衛。得物は印地と木刀で。・・・印地は刃引きしてありやす。いざ。」

 「印地?・・・マリア姉さん、印地って何ですかー。」

アケミは大声で相手を見たまま言った。

「手裏剣と同じよーっ。」

マリアも大声で答えた。

審判が言った。

「これこれ、私語は慎(つつし)め。始めっ。」

 アケミはすぐさま3mほど後ろに跳んで相手の構えを見た。

相手は左手で木刀を中断に構え、右手は何かを持って耳元に着けていた。

右手に持っているのがおそらく印地だ。

何を思ったのか、相手は右手を前に出して持っていた物を30㎝ほど投上げ、再び耳元に構えた。

 「印地をお見せしやした。8角形の平たい鉄の塊でさ。」

「ありがとう。石投げと同じね、行くわよ。」

男の説明にアケミが答えた。

アケミは斜め左右にステップをしながら相手に向かった。

同じリズムではなく着地と同時に飛ぶこともあったり、タメを作って飛ぶこともあった。

相手はアケミを捉えることができず、次の動きを予測することしかできなかった。

狙って印地を投げても印地が飛んでいる間に的は動いてしまうからだ。

 男は予測し、印地を投げ、印地の軌跡に沿って突進した。

相手が印地を避(よ)けてくれればそれを木刀で突けば良かった。

予測は外れ、印地は道中合羽を掠(かす)って地面に落ち、アケミは順手居合いで相手の木刀を叩き落とし、返す木刀で相手の首筋に触れた。

「勝負あり。」だった。

アケミは地面に落ちた印地を拾い、じっと見てから安兵衛に渡した。

「負けやした。」と相手は言った。

 次のアケビの相手は武士だった。

「マリシナ国のアケビ。得物は木刀。いざ。」

「地元の早乙女主水だ。得物は木刀。いざ。」

早乙女主水は顔の横に木刀を立てる実戦的な8相の構えを取った。

握りを野球のバットを握るように両手を着けて持っている。

手首を使うことができるので柄頭と鍔元を握るよりずっと早く木刀を変化させることができる。

 アケビは左手を鞘のようにして居合いの構えを取って間合いを詰めた。

相手が動こうとした刹那、アケビは踏み込んで相手の右胴を打った。

寸止めしたのだが、相手が右に動いたので木刀はめり込み、相手は木刀を包むように崩れ落ちた。

「あっ、すまん。寸止めしたのだが、すまん。」

「いや、・・・大丈夫だ。うっ。」

相手は2人の係に両肩を支えられるようにして退場した。

 次のサオリの相手は鎖鎌だった。

「マリシナ国のサオリだ。得物は木刀。いざ。」

「五月雨国から来た春野梅軒だ。得物は鎖鎌。いざ。」

「始め」の声でサオリは5mほど後ろに跳躍し、ゆっくりと道中合羽を脱いで左手に下げ、左指で作った鞘に木刀を入れ、居合いの構えを取った。

 相手は鎖を体の後ろにたらし、近づき、鎖を鞭のように使って真っ直ぐ分銅を飛ばしたがサオリは後ろに跳んで一旦それを避(さ)けた。

相手は分銅が空中にあるうちに鎖を真後ろに引き、そのまま分銅を回転させた。

鎖の長さは3m、円弧の半径は2mだった。

それはサオリが待っていた状況だった。

 サオリは突進し、分銅を居合いの一閃で相手の顔に向かって弾き飛ばし、そのまま踏み込んで首筋に木刀を触れた。

相手の分銅は相手の顔に当たっていた。

相手は顔を片手で覆って「参った」と言った。

審判は「勝負あり」と言った。

 次のイビとの相手は初老の男だった。

「拙者は当地の千葉一心だ。得物は木刀で居合いだ。いざ。」

「あっしはマリシナ国のイビト。得物は同じく木刀。居合いでお付き合いします、いざ。」

「はじめ」の合図でイビトは真後ろに跳び、大地を蹴って突進し、間合いの直前で左前に跳び、再び大地を蹴って相手の後ろに移動し、背後から居合いの一閃で相手の首筋に木刀を寸止めで触れた。

相手の木刀は抜き放たれたままだった。

 「勝負あり。」と審判が言った。

「参った。全く姿が見えなかった。」と相手は言った。

殿様はイビトの方を向いて「みごとだ、みごと。」と言って拍手をしていた。

殿様もイビトの素早い動きに感嘆したようだった。

 マリア達の次の試合はサムタで相手の得物は短弓だった。

矢にはタンポが巻かれており、矢筒には10本の矢が入っていた。

「マリシナ国のイビト。得物は木刀。いざ。」

「五月雨国の日置至弓だ。得物は弓矢。いざ。」

日置至弓は弓に矢をつがえ、右手に2本の矢を持ったまま弦を引いた。

 イビトは左手で木刀を下げ、右手は何も持たずに正対した。

イビトは弓矢を掴むことができると思っていた。

日置至弓は最初の1射をイビトの胸に向けて射た。

イビトは無造作に矢を掴んだ。

それを見た日置至弓は2射と3射を足と顔に連続して射た。

イビトは足に向かった矢を木刀で払い、顔に向かった矢を右手で掴んだ。

イビトの体躯はほとんど動かなかった。

 日置至弓は少し微笑んで矢筒から3本の矢を取り出し、2本を共につがえ、射ると直ぐさま2射目を射た。

イビトは初めて右手で木刀を掴み、居合い一閃で2本の矢を弾き飛ばし、続く1矢を左手で掴んだ。

 日置至弓はそれを見て動揺したようで、素早く矢筒に手を伸ばしたが、イビトは跳び込んで相手の喉元に木刀を突きつけた。

「勝負あり」と審判は言った。

「参った。」と相手も言った。

殿様も今度も「あっぱれじゃ。見事だ。」と手を叩いた。

殿様はマリア達の試合を見ているらしかった。

 最後はマリアの番だった。

「マリア姉さん、がんばって。」

娘達はマリアを声援した。

マリアは木刀を持って前に出ていった。

他の組はまだ戦いが続いていた。

マリア達のいるグループは進行が少し早かったのだ。

 マリアの相手の得物は短剣だった。

刃を布で先端まで巻いた15本の短剣を腰に逆さに挿している。

短剣は重く、手裏剣よりも殺傷力がある。

手技に長ずれば遠くに正確に多数を同時に投げることができる。

「始め」の合図でマリアは後方に跳び大地を蹴って相手に突進した。

相手は2本の短剣を両手に持って同時に投げた。

 短剣はマリアの前で交差するようにしてマリアに向かった。

マリアは2本の短剣の握りを掴み、相手の頭上に落ちるように前方上に投げ上げた。

相手は腰から2本ずつ両手に引き抜き、同時に上から落ちてくる短剣を避けるために右に移動した。

 マリアは落ちてくる短剣の一つを木刀で相手に向かって払った。

短剣は相手の太腿(ふともも)に突き刺さってから地面に落ちた。

マリアは素早く左に跳んで相手の背後に回り首筋に木刀を当てた。

「勝負あった」と声がかかった。

相手の太ももからは血が染み出していた。

相手は2人の侍に支えられて会場外に連れ出されて行った。

 「あっぱれ、あっぱれ、見事、あっぱれじゃ。」

殿様が大声で言った。

マリアは三度笠を外し、道中合羽を脱ぎ、殿様の方を向いて一礼をしてから席に戻った。

娘達は手を叩いて大喝采した。

 マリア達全員が勝ち抜きに残った。

後はジャンケンをして負けた方が「参った」をして失格するだけだった。

ジャンケンで勝ち残った者が他のグループで勝ち残った2人と優勝をかけて戦うのだった。

娘達は他のグループの試合を眺め、色々な戦い方があることを知った。

 「これから2回戦を行う。試合は1試合ずつ行う。時間は同じ5分だ。・・・『い組』と『ゐ組』の勝者と『ろ組』と『の組』の勝者は前に出よ。名乗ってから始めよ。」

福竜国親衛隊の龍興興毅(たつおきこうき)が言った。

第1試合は虚無僧と武士の戦いだった。

制限時間間際まで互いに見合い、武士が打ち込み虚無僧が木刀を跳ね上げて勝った。

 第2試合は木刀と手裏剣の戦いだった。

刃引きをした手裏剣が武士に数個当たって手裏剣が勝った。

第3試合は木刀同士の試合。

第4試合は木刀と短弓の試合で短弓の勝ち。

第5試合は木刀同士の戦い。

第6試合は木刀と鎖鎌の試合で鎖鎌の勝ち。

第7と第8試合は木刀同士の戦いだった。

 第9試合から第12試合まではつまらない試合だった。

「次、『れ組』と『み組』の勝者と『そ組』と『し組』の勝者は前に出よ。名乗ってから始めよ。始め。」

「マリシナ国のイクミ。得物は木刀。いざ。」

「マリシナ国のヨシノ。得物は木刀。いざ。・・・いくわよ、イクミ。ジャンケーンぽい。」

二人は右手でジャンケンしイクミが勝った。

「参った。」

ヨシノが言って一礼した。

 「これこれ、まだ戦っておらんではないか。」

審判が言った。

「戦いました。一眼見て勝てないと悟りました、私の負けです。」

ヨシノはそう言って「し組」の立て札に戻って行き立て札よりだいぶ後ろに控えた。

審判は同じ服装の二人を見て仕方なく「勝負あり」と言った。

結局、イクミとアケミとサオリとマリアがジャンケンで勝ち残った。

 「これから3回戦を行う。試合は1試合ずつ行う。時間は同じ5分だ。・・・第2回戦の勝者は前に出よ。名乗ってから始めよ。」

福竜国親衛隊の龍興興毅(たつおきこうき)が言った。

 第1試合は虚無僧と手裏剣の試合だった。

袈裟(けさ)を掛け、深編笠(ふかあみがさ)を被った虚無僧は深編笠を外して相手に突進し、相手の手裏剣を悉(ことごと)く深編笠で受けながら持っていた尺八で相手の胴を打って勝利した。

 最初に見つけたのはイクミだった。

「アケミーっ、あの虚無僧は平手先生じゃあないのー。」

「えーっ、あっ、平手先生だ。深編笠を冠っていたんで気がつかなかったわ。・・・マリア姉さん、平田先生でーすっ。」

マリア達は平手造酒を視認し、拍手して大声で「平田造酒せんせー」と高い声で叫んだ。

虚無僧は照れ臭そうに尺八を少し上げて小さく挨拶した。

 3回戦第2試合は木刀と短弓の戦いだったが短弓が勝った。

第3試合は木刀と鎖鎌の戦いだったが鎖鎌が勝った。

第4試合は木刀同士の戦いだったが下段に構えた武士が勝った。

第5試合と第6試合はそれぞれイクミとサオリがジャンケンで勝った。

マリアは敗退した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る