第27話 27、福竜国の武芸大会
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武芸大会当日朝早く、マリア達は福竜城の大手門に行った。
既に数人の参加者が辺りをぶらついていた。
一行はマリア、イクミ、ヨシノ、アケミ、アケビ、サオリ、イビト、サムタの8人だった。
コヨリは大石国に、サトミは白雲国に、サーヤは薩埵国にいる。(ヨシカはマリシナ国で留守番)
娘達は紺の股引(ももひき)に筒袖服、三度笠に道中合羽、そして鉄板を張った下駄履きだった。
腰には長脇差を挿し、片手には借りて来た木刀を持っていた。
大手門の前に150人ほどが集まると城内から大太鼓の2連打が2回鳴り、大手門が開かれた。
門衛は「試合場は馬場だ。矢印に従って進め。」と繰り返していた。
大手門に続く石の階段の諸所には兵士が立っていた。
参加者が大手門を通り過ぎると大手門は閉じられた。
それを見てマリアが娘達に言った。
「娘達、弓矢に注意しなさい。」
「どうしてですか、マリア姉さん。」
イクミが言った。
「杞憂かも知れないけど、食いつめ浪人や不逞(ふてい)な輩を始末するのに丁度いい機会だと思ったの。この狭い通路で両側から矢を射られたら防ぎようがないでしょ。城下は安心するし、2朱はもらっているし、1両の参加賞に釣られた者達だし、死んでも試合で死んだことにできるし、何よりも武芸大会を城内ですることはないわ。身元不明の者を城内に入れるのは危険すぎる。武芸大会なら城下のお寺の広い境内で開けばいいことでしょ。」
マリア達は弓矢を射られることなく馬場に着いた。
試合会場は大馬場ではなく直径40mくらいの円形の調教用馬場だった。
柵の内側立て札が1m毎半円形に48本立っており「い」から「ん」までの文字が書かれていた。
馬場の入り口の外側には対戦表が書かれていた。
トーナメント方式だった。
「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむう」の24組が「ゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせすん」の24組とそれぞれ対戦する。
試合数は24、12、6、3試合の45試合が行われて上位3人が選出される
1試合で5分がかかるとすれば225分、4時間がかかることになる。
マリア達は「み、し、ゑ、ひ、も、せ、す、ん」の立て札の後ろに行った。
み組はイクミ、し組はヨシノ、ゑ組はアケミ、ひ組はアケビ、も組はサオリ、せ組はイビト、す組はサムタ、そして、ん組はマリアだった。
それぞれの札の後ろには既に3人から2人の男達が胡座(あぐら)をかいて座っていた。
それぞれの組みの代表を決めるためには3試合が必要だから48試合の3倍の144試合が必要だ。
とても1日で大会を終了できるとは思えなかった。
マリアは興味を持って見守った。
一人の二本差しの武士が出て来て大声で言った。
「拙者は福竜国親衛隊の龍興興毅(たつおきこうき)だ。ただいまから武芸大会の予選を行う。試合時間は5分間だ。時間内に決着が付かなければ両者失格とする。失格者には参加賞1両は支払われない。「参った」は許す。ただし、参ったの者には参加賞1両は与えられない。死に至る傷を与えた者は失格とする。予選の試合は8組を同時に行う。質問はあるか。・・・無いようだな。「い組、と組、わ組、つ組、ゐ組、け組、さ組、ゑ組」の者は前に出よ。参加が重複する場合はジャンケンで決めよ。」
数秒で16人の男達が立て札の輪の前に出てきて互いの相手と対峙した。
8人の武士が審判に出て来た。
ゑ組にはアケミがいたが出て来なかった。
「よし、互いに礼をして対戦せよ。予選では互いに名乗ることは必要ない。準備は良いか。・・・始め。」
短い制限時間のため、打ち合いは直ちに始まった。
6人の男が勝ち、6人が負け、4人が失格となった。
「次の試合を行う。「ろ組、ち組、か組、ね組、の組、ふ組、き組、ひ組」の者は前に出よ。・・・よし、互いに礼をして対戦せよ。始め。」
ひ組にはアケビがいたが出て来なかった。
娘達の中で最初に試合したのは「み組」のイクミだった。
イクミは三度笠に道中合羽に下駄履きに木刀を持って試合場に出て礼をした。
審判の武士が言った。
「これこれ、道中合羽に下駄履きで試合をするつもりか。」
「はい、これが股旅者の衣装でございます。動きに支障はございません。」
「まあ、いいだろう。娘だし怪我も少なくなるかもしれん。・・・始め。」
イクミは左手で木刀を腰に付けたまま相手に突進した。
相手の侍は中段に木刀を構えてイクミの突進を待って木刀を突き出した。
イクミは間合いに入る直前、右に跳び同時に逆手居合いで相手の木刀を下から跳ね上げた。
相手の木刀は真上に飛び、イクミは落ちて来た木刀を左手で掴んだ。
相手は「まいった」と言い、審判員は「勝負有り」と言った。
娘達が次に出た試合は「し組」のヨシノの試合だった。
ヨシノはイクミと同じように相手に突進し、同じように右に跳ぶと同時に順手の居合いで相手の木刀を叩き落とし、木刀を返して相手の喉の前で寸止めした。
相手は「まいった」と言い、審判員は「勝負有り」と言った。
ヨシノの順手の居合いは他の娘も気に入ったらしくゑ組のアケミ、ひ組のアケビ、も組のサオリ、せ組のイビトも相手の木刀を落としたり弾き飛ばしてから寸止めで勝ちを収めた。
居合い切りはフィンガースナップと似ている。
鞘内で力を加えられていた刀身は鞘を出ると一気に加速し、静止状態から加速する場合と比べてずっと早い刃速を得ることができる。
それはもともと早い刃速を持つ娘達には適していた。
フィンガースナップの指が見えないように刃先が見えないのだ。
す組のサムタは楽しむように相手の攻撃をことごとく跳ね除けながら接近し相手の喉元に木刀の切先を着けた。
「ん」組のマリアは相手に突進し、左右に跳んでから後ろに回り込み、背後から相手の首を木刀で締めた。
どの試合も短時間の試合となった。
結局、娘達は何の問題もなく2試合に勝ち、み、し、ゑ、ひ、も、せ、す、ん組の代表となった。
武芸大会の組み合わせ画像:https://27752.mitemin.net/i705378/
各組の予選は午前中で終わり、残った者には握り飯が振舞われた。
各組の出場者は一人で握り飯を食べたが、娘達は「ん」組のマリアの所で握り飯を食べた。
「やはり槍や短弓も出て来たわね。」
マリアが言った。
「はい、姉さん、「あ」組には鎖鎌(くさりがま)が残っています。試合を見たんですがあの分銅に当たると相当痛いみたいです。」
み組のイクミが言った。
「鎖鎌も厄介な武器ね。鎖を止めることは容易だけど分銅が回り込んでくるからだめね。止めるのは分銅か分銅近くの鎖ね。道中合羽で包んでしまえば使えなくなるわ。」
「姉さん、「に」組では手裏剣でした。両手に5本ずつ持って5本を同時に投げるんです。2本くらいならはたき落とせますが5本では自信がありません。」
し組のヨシノが言った。
「それも道中合羽を使ったらいいわ。あの道中合羽は防刃繊維でできているから刃物は通らないわ。・・・避(よ)けるのに空中に飛び上がったらだめよ。空中では動きを変えることができない。一呼吸おいて次の5本を投げられたら避けるのは難しいわね。」
「マリア姉さん、短弓にはどうすればいいのですか。確か「ふ」組で残った男が短弓使いでした。
ゑ組のアケミが言った。
「短弓は手裏剣より早いけど1本だけね。手で掴むことができるし、下駄で防ぐこともできる。木刀で打ち払うこともできるわ。」
「槍は踏み込めばいいのですね、マリア姉さん。」
ひ組のアケビが言った。
「そうね、そう思うわ。私達もやってるけど、槍は投げる場合があるから気をつけてね。」
「勝ち残ったらどうするのですか。」
も組のサオリが言った。
「ジャンケンをして負けた方が参ったをすればいいわ。1両は貰えないけど、戦えば時間内で勝負が着かないから両方とも失格でしょ。」
午後の試合には福竜の殿様が観戦するようだった。
正面に畳が数段重ねられ、座布団と脇息(きょうそく)、地面には床几(しょうぎ)が準備された。
殿様が座布団に座るとトーナメントが始まった。
「ただいまから勝ち抜き戦を行う。『いろはにほへとちりぬるを わかよたれそつねならむう』の24組が『ゐのおくやまけふこえてあ さきゆめみしゑひもせすん』の24組とそれぞれ対戦する。試合は名乗ってから行え。試合形式は予選と同じだ。1回戦は3組が同時に行う。『い組』と『ゐ組』、前に出よ。『り組』と『こ組』、前に出よ。『れ組』と『み組』、前に出よ。」
『み組』のイクミが試合場に出た。
これからの8試合は毎回娘達が試合をする。
「マリシナ国のイクミ。得物は木刀。いざ。」
「福竜国の天野典善。得物は木刀だ。いざ。」
「始め」の声でイクミは後方に5mほど跳んでから相手に突進した。
大地を蹴り、ぐんぐん加速し、手裏剣と同程度の早さになり、相手の間合いに入る直前、左にステップしてから右に跳んだ。着地と同時に大地を下駄で蹴って相手の背後に飛び、木刀を横にして相手の横首筋に木刀を寸止めして触れた。
審判は「勝負あり」と言い、相手は小さく「参った」と言った。
これで天野典善は1両を貰えることになる。
イクミは三度笠に道中合羽と下駄履きだったが、長い黒髪を道中合羽の外に垂らしていた。
殿様の近くで試合したので殿様はマリア一行に興味を持った。
8人が同じ衣装で、全員が娘で遠目でも美形に見える。
夜目遠目笠の内かもしれないとも思った。
既に2試合をして勝ち残った者だからだ。
次の試合は「し組」のヨシノだった。
相手は「そ組」の槍使いだった。
「マリシナ国のヨシノ。得物は木刀。いざ。」
「五月雨国(さみだれこく)から来た宝蔵院龍人(ほうぞういんたつと)だ。得物は槍。いざ。」
「始め」の声でヨシノも後方に3mほど跳んだ。
槍も早い。
弓矢よりは早くはないが、手裏剣よりもずっと早い。
力をかけた状態から解放されるからだ。
静止状態から突き出される槍の穂先は避けることができるが、力をかけた状態から突き出される穂先を避けることは難しい。
しかも穂先は腕の長さ以上に伸びてくる。
フィンガースナップ、居合い、槍、どれも通じるものがある。
ヨシノはゆっくりと道中合羽を脱ぎ、道中合羽の襟を左手に持って前に出し、自分の目を信じてゆっくり前進した。
槍は軌道を変えることができる弓矢だと思ったのだ。
宝蔵院龍人は二度、牽制の突きを出してから渾身の突きを出した。
牽制の突きよりずっと早い突きだった。
ヨシノは道中合羽を離すと同時に斜め前方に跳び、相手の首筋に木刀を着けたまま回り相手の後ろで止まった。
「勝負あり。」だった。
ヨシノは道中合羽を拾って一礼をしてから席に戻った。
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