第26話 26、寸止めの練習
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マリア達が案内された溜まり部屋に先客はいなかった。
「何と言っても若い娘さん達ですからね。別室にしました。」
人斬り雷蔵が言った。
娘達は雷蔵に頼み込み、大若松一家にあった木刀を借りて裏庭で剣術の稽古をした。
とはいえ、どのようにして剣術の稽古をしていいのか全く分からなかった。
唯一知っているのは市から習った逆手居合いだけだった。
娘達の姦(かしま)しい練習で一人の武士が裏庭に出て来た。
それを見たアケビはすぐさま武士のところに行って頭を下げて言った。
「お侍さん、お願いがあります。」
「んっ、おれか。・・・おれしかいないな。何だ。」
「剣術の練習ってどうすればいいんでしょうか。教えてください。」
「難しいことを聞くな。練習の仕方か。・・・普通は習ったことを繰り返し練習するんだが。それじゃあ答えにならんな。練習の仕方ね。剣術をどっかで習ったことはあるのか。」
「はい、座頭の市さんに居合抜きを見せていただきました。」
「そりゃあ、見ただけだろう。道場とかで習ったかって聞いているのだ。」
「いいえ、ありません。」
「それじゃあ練習の仕方は知らんわな。・・・それじゃあその見たっていう居合抜きを見せてくれんか。」
「はい、市さんはこう構えて、こうしました。」
アケビは腰に差した木刀を右手逆手で抜き、右に払ってから反転させ、指で作った鞘に納刀した。
「驚いた。拙者には太刀先が見えなかった。恐ろしく早いな。・・・お前達は武芸大会に出るつもりで練習しているのか。」
「はい、そうです。」
その頃にはマリアも娘達も集まって来ていた。
「おう、みんな美形だな。そうか。・・・止め太刀、寸止めの練習が必要だな。その速さで相手に当てたら相手はおそらく死ぬ。死なないまでも大怪我だ。それでは芸にならない。武芸大会だからな。確か、『死に至らしめた者は失格』となっていたはずだ。自分の武器は常に自分で制御できる状態にしておかねばならない。」
「寸止めとは当てる直前で止めることですか。」
アケビが言った。
「そうだ。まあ、できる場合とできない場合があるがな。刀は止めることはできるが振り下ろした鉞(まさかり)は途中で止めることはできない。鉞が試合での武器にならない理由だな。鎖鎌(くさりがま)の分銅も途中で止めることはできないが鎖を引いたり緩めたりして軌道を変えることができるから武器になる。・・・まあ、弓矢とか手裏剣は手から離れたら制御はできんがな。刀を投げてもそうだ。そこら辺はよう分からん。」
「分かりました。寸止めを練習します。どうしたらいいのでしょうか。」
「寸止めの練習には真剣を使うのが一番いい。切って刀身に載せるんだ。遅ければ切れないし早ければ載せれない。」
「何を切ったらいいのですか。」
「拙者もまだ腕は未熟だからな。・・・一番楽なのは蝋燭(ろうそく)だな。花も楽だ。だが小枝は難しい。要するに切りやすいものは楽だ。・・・見物人が多いな。蝋燭切りを見せてやろうか。」
「お願いします。」
娘達全員が言った。
アケビは賭博場で使う燭台と蝋燭を借りて持って来た。
大若松佐助親分と人斬り雷蔵も一緒に来た。
アケビは侍に言われたように地面に燭台を置き、蝋燭を燭台に挿した。
「失敗したら大恥だな。うむ。」
侍は刀を抜き、燭台から3mほど離れて中段に構え、踏み込むと同時に刀を立て、左に傾けて水平に振って止めた。
燭台は倒れず、切先3寸の刀身上に蝋燭が載っていた。
娘達は熱烈に拍手した。
「成功して良かった。普通は蝋燭に火を着けておいて切るわけだな。」
「平手造酒(ひらてみき)先生、お見事でした。」
佐助親分が手をたたいて言った。
マリアが言った。
「マリア一家のマリアと申しやす。娘達に貴重なご忠言ありがとうございやした。」
「いやなに。娘さん達はえらく強いようだ。剣術では拙者の助言など必要なさそうだったので大会に必要な寸止めを教えた。」
「武芸大会ってのは経験したことがございやせん。武器は木刀だけではないのでしょうか。」
「主催者の意向によって違うと思う。さっき言った鎖鎌や弓矢や手裏剣を使う輩(やから)も居るかもしれん。槍使いもいるだろうな。先端にタンポを巻けば相手を殺さないで済む。弓矢や手裏剣は出場しやすい。どちらも飛び道具が無くなったら『まいった』って言えばいいからな。安全だ。まあ、それで参加賞の1両が支払われるかどうかは分からんがな。『まいった』だけで1両が貰えるなら大儲けだ。」
「と言うことは盾を持っても宜しいと言うことでしょうか。」
「どうだろうな。・・・それも主催者の意向によって違うと思う。日常生活では頑丈な盾は持ち歩かん。盾を持つのは戦場での兵士だけだ。そんな意味で甲冑を着けてもだめだろうな。鎧姿での試合なんて見たことがない。」
「分かりやした。股旅姿で出場しようと思います。飛び道具には道中合羽と三度笠がいい盾になると思います。」
「いい考えだ。」
娘達はさっそく部屋から脇差を持って来て寸止め練習を始めた。
裏庭の端に生えていた雑草や椿の葉や花を刀身に載せる練習をした。
暫くして娘達は寸止めができるようになった。
「マリア姉さん、見てください。できるようになりました。」
アケビはそう言って娘のイビトに釣鐘草の茎を持たせ、片手居合いの一閃で刀身切先に小さな花を載せた。
「いいわよ、アケビ。」
「マリア姉さん、私もできるようになりました。見てください。」
今度はイビトがそう言って手に持っていた椿の一葉を上に放り投げ、揺られ落ちてくる葉を一歩下がって半切し刀身に載せた。
「二人とも寸止めができるようになったみたいね。平手先生のおかげよ。」
マリアは幾分ため息ぎみに言った。
平手造酒と大若松佐助親分と人斬り雷蔵はあきれて二人を見ていた。
どちらの手技も難しいからだ。
その晩、マリア達は大山田一家の賭場に行った。
平手造酒もマリア達に興味を持ったらしくマリア達の後を付いて行った。
賭場は混んでいた。
この時代、夜の娯楽は少ない。
人間、8時間睡眠を取るとすれば残りの4時間は何かしなければならない。
蝋燭や行燈(あんどん)の明かりの下で出来ることは少ない。
マリア達はかろうじて続いた2場所を取ることができた。
壺振りの腕はそれほど上手でなかったようで、娘達は儲けることができた。
ツボの中のサイコロの目が判った時には多く賭けたからだった。
二人の娘が交代し、次の娘も交代し、マリアとアケビの順番になった時、マリアは眺めていた平手造酒に言った。
「平手先生、私の代わりに博打をなさいませんか。このコマをお使い下さい。」
「そうか、そうさせてくれるか。だが拙者は博打に弱いんだ。勝った試しがない。」
「今日は勝ちますよ、先生。・・・先生は隣のアケビが2枚張った時にはアケビと同じに張って下さい。アケビが1枚張った時は張らないで見(けん)をして下さい。そうすれば勝てると思います。ただし、大きく張ってはいけません。」
「分かった。博打の先生に従うことにしよう。」
平手造酒は博打で初めて勝つことができた。
賭場が閉まるまで博打を続け、持ち切れないコマを現金に換えて大満悦だった。
「勝った。博打で初めて勝った。しかも一度も負けなかった。種明かしをしてくれんか、マリア殿。」
「アケビが1枚張った時はツボの中の目が分からなかった時で2枚張った時は目が判った時なんです。大きく張ると壺振りは出目を変えますので大きくは張らなかったのでございます。」
「壺の中の目が判るというのか。どうして判るのだ。」
「音でございます。座頭の市さんに教えていただきました。座頭さんですから耳がいいのですね。慣れればサイコロの目が音で判ります。アケビはまだ3と4の区別がつかないので、分からない時には1枚を張ったのです。」
「驚いた。この騒がしい場所でサイコロの小さい音を聞き分けるのか。」
「座頭さんの渡世人ですから聞き分けなければ生きては行けません。」
「納得した。」
帰りしな、大山田一家の若い者が平手造酒に言った。
「平手先生、今日は大勝ちでしたね。おめでとうございます。」
平手造酒は馴染みらしい。
「うむ。初めて勝たせてもらった。夢のようだ。」
「お帰りには注意なされた方がいいでやす。今日の客には胡散(うさん)臭そうな連中がたくさんおりやした。おそらく武芸大会で集まった流れ者です。明後日(あさって)になれば消える連中なんで始末に負えやせん。」
「そうだな。久々に強盗に会ってみるか。」
「連中、まともな戦いはしませんぜ。ご注意を。」
「うむ。」
マリアと7人の娘と平手造酒は賭場を出た。
深夜の城下町は真っ暗だった。
辻行燈(つじあんどん)の灯りは既に消されており、博打場の家先の灯りが届かなくなれば辺りは真っ暗だ。
晴れていれば星あかりもあるが、曇っていればそれもない。
大山田一家は平手造酒に「大山田」と書かれた手提灯を貸してくれた。
帰り道、マリアは7人の娘を散らした。
道幅いっぱいに前後10mの間隔で6人を歩かせ、一人をマリアの10m前を歩かせた。
マリアが提灯を持ち、平手の横を歩いた。
「いやはや、参ったな。若い娘に護衛されるとはな。」
平手造酒はマリアに言った。
「この配置は平手先生を護衛する目的ではございません。相手に襲撃を諦(あきら)めさせる体勢でございます。・・・飛び道具がなければ通常、こんな警戒体勢は取りません。武芸大会には短弓を使う者も居ると思います。暗闇から弓を射られたらそれを防ぐのは難しいと存じます。・・・我々を襲う者は我々を殺すことではなくお金が目当てです。お金が取れなければ襲いません。襲撃があれば提灯の明かりを消します。暗闇の中では動く者は不利です。娘達は周囲に気配を感じたらそれを切ると思います。これだけ離れていれば同士討ちはありません。」
「そうだな。こんな体勢を取られたら襲おうなんて気は失せる。金を奪えるとはとても思えない。」
果たしてマリア達は盗賊に襲われずに大若松一家に帰ることができた。
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