第25話 25、武芸大会の高札 

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 翌日の昼、マリアは娘達を連れて元小仏一家の家の前に行った。

市と長次はずっと離れて娘達について行った。

大谷の親分は子分を引き連れてその後を付いて来た。

三三のカブもその後を付いて来た。

 家の前には小役人二人を従えた2本挿しの武士が待っていた。

家の前には折り畳みできる小椅子の床几(しょうぎ)が置いてあった。

朝から待っていたようだった。

 「マリア殿でござるか。拙者、町役人を差配する江川玉望(えがわたまも)と申します。殿のお指図に従い、この家をマリア殿にお渡しするためお待ちしておりました。どうぞお納め下さい。」

「お役目ご苦労様です。確かに受け取りました。この家の元の住人はどうなりましたか。」

「昨日の昼前に打首となりました。非常時に賭場を開いた罪を死んで償(つぐな)いました。」

「素早いお働きですね。薩埵守恒(さったもりつね)殿には『マリシナ国のマリアは確かに受け取った。』とお伝えください。」

「そうお伝えいたします。」

 「家の中の検分は必要ありません。家の掃除をしていただき、畳も替えていただいたのも見せていただきました。ご配慮感謝しております。貴方様(あなたさま)の役目は完了しました。早々にお引き取りください。後のことはこちらで致します。」

「ありがとうございます。それでは失礼いたします。」

江川玉望は配下に床几を持たせて去って行った。

 マリアは大谷の子分衆の後ろにいた三三のカブを手招きし、近づいたカブに言った。

「カブさん、家を案内してくれない。この家にはサーヤと市さんと長次さんが住むことになるわ。カブさんも一緒に住んでくれたら便利ね。」

「ありがとうございます。そうさせていただきたいと思います。」

 マリアと娘達と市と長次はカブの案内で家を検分した。

水甕(みずがめ)には水が満たされ、米櫃(こめびつ)には米が満たされ、喧嘩のための武器は残っており、大枚の軍資金も残っていた。

「へーっ、腐れ役人、よく盗まなかったな。驚いた。」

カブは何も無くなっていないことを知って驚きの声を上げた。

 「今夜は夜っぴて警戒しなければならないわね。追放になった子分達の火付けや盗賊があるかもしれない。」

マリアが呟(つぶや)いた。

「姉さん、今夜はここに泊まるのですか。」

サーヤが言った。

「そうよ、サーヤ。市さんと長次さんとカブさんの夕ご飯を作ってあげなさい。」

「はい、姉さん。・・・ご飯は作れるけど・・・おかずは作れるかな。」

「あっしにお任せください。飯作りはいつもしてましたから。」

近くのカブが言った。

「ありがと、カブさん。手伝ってね。」

サーヤが言った。

 マリアは1週間ほどマリア一家に留まり、娘7人を連れて旅に出た。

サーヤと市と長次とカブが玄関を出て見送った。

大谷親分は子分を連れて通りの反対側に並び、何も言わずに頭を下げて見送った。

 薩埵国の国境の関所は無くなっていた。

薩埵国の隣は福竜国と言った。

語源は『伏流』であったかもしれない。

 数ヵ国が面している湖に注ぐ川は多数あったが湖から出る川は一つもない。

どこかに水の出口があるはずだった。

福竜国も周囲を山と湖で囲まれていたが、山を越えた向こう側には水量の多い川が発していた。

たいして大きな山ではないのに山の裾野の谷川に発する川は水量が多かった。

昔は『伏流国』だったのが『福竜国』になったのかもしれない。

 「福竜国ってどんな国ですか。」

マリアは国境を越えたところにあった茶店の老婆に言った。

「どんなって、何て答えたらいいんかね。」

「なるほど。曖昧(あいまい)な質問でした。すみません。・・・あっしらは見た通りの渡世人でして、働きもせずに生きているタチの悪い人間です。皆さんが働いて裕福になるとようやくあっしらにおこぼれが廻ってくるんでさ。福竜の町はおこぼれが回って来そうな町ですかね。」

 「廻っては来るんだろうが少なくなるだろうでな。」

「景気が悪いんですかい。そうなら通り過ぎまさあ。」

「景気はええ。だけんど、あんたらみたい渡世人や食いつめ浪人が何人もあっちに行ってたからな。わきゃあ分からん。」

「さいですか。何か、面白えことがあるみたいですね。・・・柏餅(かしわもち)を8個、包んでくれやせんか。」

 福竜の城下に入ると諸所に高札が立っていた。

すこし雨風に晒された高札で、通り過ぎる町民は内容を知っているようで見もしなかった。

高札には「告。福竜国は武芸大会を開催する。日時:4月1日。場所:城内。褒賞:優勝者50両、次点者10両。参加者1両(治療代)。資格:不問。試合条件:木刀他(死に至らしめた者は失格)。詳細は番屋。1月吉日、福竜国主。」と墨書されていた。

「面白そうね。3日後か。出てみようか。」

マリアがそう言うと娘達は「はい、姉さん。」と声を揃えた。

 マリア達は高札の近くの番屋に入った。

「ごめんなせえ。」

「おう、・・・何だ。股旅者か。何かあったのか。」

上がり端に腰掛けていた二人の一人が言った。

「へい。表の高札にある武芸大会に出ようと思いまして来やした。」

 「おめえらがか。しかも娘じゃあねえか。木刀で叩かれるんだぞ。死ぬこたあねえが、きれいな顔が曲がってもお咎めなしだぞ。止めた方がいいな。まっとうに働けば1両くらいすぐに稼げるだろう。」

「ご心配、ありがとうございます。でもあっしらは喧嘩剣法ですが強えんで。それに金に不自由はございやせん。」

 「そうかあ・・・分かった。だが、どうなっても知らんぞ。・・・8人か。丁度これでここの分はなくなったな。・・・今から1朱(6250円)と交換でこの木札を渡す。4月1日の朝にこの木札を持って城の大手門の前に行け。1朱は木札と交換で返してもらえる。後は係の指示に従えばいい。・・・8人とも出るのか。」

「そのつもりでございます。」

「じゃあ、2分(ぶ)だな。・・・おめえら同士が戦うことはねえ。番屋ごとに組が散らばってるからな。まあ勝ち残れば戦うことになるがな。」

マリア達は木札をもらった。

木札にはそれぞれ「み組、し組、ゑ組、ひ組、も組、せ組、す組、ん組」と書かれていた。

48組があるということだ。

 マリア達は番屋を出て町で聞いた親分さんの家に行った。

マリア達が「大山田」と書かれた暖簾(のれん)をくぐると中の男が言った。

「股旅者かい。誠にすまねえ。部屋がいっぱいなんだ。明後日(あさって)の武芸大会に出るって渡世人が長居を決めている。渡世人って言うより浪人だがな。他をあたってくれないか。」

「分かりやした。どちらにお頼みしたら宜しいんでしょうか。」

「そうだな。『大若松』ん所は空いてるかもしれん。あそこはうちと違って厳しいからな。」

「分かりやした。そこに行きやしょう。」

 マリア達は城下町外れの大若松の表に三度笠と道中合羽を置き、暖簾をくぐった。

「ごめんよ。」

「へい、いらっしゃい。何でしょうか。」

土間にいた子分らしい若者が言った。

「一宿一飯の恩義を賜りたく、暖簾をくぐりやした。仁義を切らせていただけますか。」

「おう、その形(なり)は渡世人かい。仁義を切ってくんな。」

奥にいた初老の男が言った。

「ありがたく。・・・おひけえなすって。」

 マリア達は腰を中腰にして右手を前に開いて言った。

「おひかえなすって。」

若者が応えた。

「早速、お控えくだすって有難う御座います。ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、渡世の道に入って間もねえ新参者。前後間違いましたる節はご容赦願います。手前、生国生湯の水も分からぬ捨子。石倉の隣、隠れ村で育ちやした。姓は無く名はマリア。稼業、用心棒。紛(まご)うことなき昨今の駆出し者で御座います。大石の狛犬大五郎親分と縁を持ち、白雲の白鷺一羽親分の暖かい慈(いつく)しみを受け、薩埵の国では博打公認のマリア一家を立ち上げました。世間をまだ知らぬ身。漫遊の旅を始め、この地に着きました。以後、万事万端、一宿一飯、我ら8名。ざっくばらんにお頼申します。」

 「ご丁寧なるお言葉有難う御座います。手前、当大若松一家大若松佐助に従います若い者。姓は松野、名は雷蔵。人呼んで人斬り雷蔵と発します。稼業、未熟の駆出し者。以後、万事万端、宜しくお願い申します。」

「しがねえ渡世人の仁義、暖かくお受けいただきありがとうございました。」

大若松親分がマリアに言った。

「親分さんかい。薩埵のマリア一家なんて聞いたことがねえな。」

「数日前に立ち上げました。場所は大谷進次郎一家の反対側、小仏正太郎一家のあった場所でございます。薩埵守恒からいただきました。」

 「小仏はどうしたんだ。」

「薩埵守恒の陰謀だろうと思われますが、賭博改で捕縛され、翌日闕所打首となりました。子分は追放です。」

「驚いたな。どうしてそうなったんだ。」

「あっしのせいでございます。」

「あんたのせいだって。理解できねえ。薩埵の殿様があんたの色香に迷ったわけでもあんめえ。」

 「あっしらは関所破りで、40人余りを皆殺しにして関所を灰にしました。大谷進次郎親分の賭場の賭場改でも101人の役人を皆殺しにしました。それで、それらの罪を不問にするよう薩埵守恒に強訴いたしました。不問にしなければ城を落とすと脅迫したんでさ。薩埵の殿様は我らの罪を不問とし、城下にマリア一家を立ち上げるよう頼んできました。強え我らと関係を持ちたかったのだと思います。私がそれを受けるとその日のうちに小仏正太郎は捕縛され翌日には打首になりました。そんなわけで小仏一家が壊滅したのはあっしのせいなんだと思います。」

 「まだ信じられねえが、そうなんだろう。・・・あんたら、えらく強えんだな。」

「あっしらの稼業ですから。」

「稼業、・・・そうか、用心棒とか言ってたな。・・・あんたらいったい何人殺しているんだ。」

「数えたことはありません。・・・鍋田で2500人くらい。大勝で20人。黒駒で50人。薩埵で40と100と20で160人。2700人ってとこですかね。」

「それでいて凶状持ちじゃあねえんだ。」

「さいで。あっしらは悪いことはしやせんから。・・・任侠道を希求する者です。」

「任侠道ねえ。」

疑問顔だった。

 「そこにおられる子分さんも人殺しだそうですからたいした違いはございやせん。」

「雷蔵は殺しちゃあいねえよ。ちょっとドスが掠(かす)っただけだ。」

「さいですか。」

 「あんたらは武芸大会に出るのか。」

「さきほど高札を見て早速申し込みました。」

「腕自慢の侍に勝てるのか。」

「もちろん、分かりません。ここにいる娘達が刀を抜いたのはつい最近ですから。」

「何とも危なっかしい話だな。・・・まあええ、ゆっくりして行ってくれ。」

「ありがとうございます。」

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