第24話 24、殿様の陰謀
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マリアの軍勢は街道を行き、市達がいる茶店の前で止まった。
茶店は既に開いており、市と長次は茶店の前に出ていた。
8人の娘達が隊列を離れ、市のところに行った。
マリアは軍団に隠れ村に戻るよう命じた。
「市さんと長次さんただいま。」
サーヤが言った。
「サーヤさん、首尾はどうでした。」
「私たちは薩埵の国に行っても捕縛されなくなったわ。関所も無くなるみたい。」
「そりゃあ、上首尾でしたね。」
マリアが軍団から出て来て市に言った。
「市さんと長次さんにお願いがあるんだけど。」
「何でございやしょう、マリアさん。」
「薩埵の殿様から城下町に一家を構えるよう頼まれたの。博打が公認された一家よ。小仏一家の家が与えられるみたい。きっと小仏親分は罠(わな)に嵌(は)められて追放か打首ね。・・・マリア一家には娘の一人をマリア一家の代貸(だいがし)として残すつもりよ。市さんと長次さんは娘の一家を作ってほしいの。子分も必要でしょうし壺振りも必要でしょ。娘一人では手に負えないわ。私も同じ。どう、そろそろ風来坊稼業は辞めて落ち着いてくれない。」
「暫(しばら)くでも宜しいんで。」
「もちろんいいわ。また股旅をしたくなったら出て行ってもいいわ。」
「それならお引き受けいたしやす。」
「ありがとう。・・・長次さんはどう。」
「もちろんOKでさ。ほとんどの股旅者ってのはどこかの親分さんに拾ってもらうために旅を続けているんでさ。定住できるならこんなにいいことはございやせん。」
「ありがとう。明後日(あさって)小仏の家に行くわ。・・・娘達、聞きましたね。お前達の中で薩埵の城下に一家を構えたい者はいるか。マリア一家の代貸だ。」
「マリア姉さん、私は市さん達と一家を作りたいと思います。」
サーヤが手を上げて言った。
「サーヤか。いいでしょう。一家を構えなさい。」
「はい、姉さん。」
「大石と白雲と薩埵の国に拠点ができたわけか。・・・こんな調子で行ったら任侠ヤクザの連合体ができるな。広域暴力団ってわけだ。ふふふっ。」
「マリアさんは大石と白雲にも関わりがあるんで。」
三下の長次が言った。
「大石の狛犬にはコヨリが養女になっているし、白雲の白鷺にはサトミが代貸になっている。」
「すげえですね。」
マリア達と市と長次は昼過ぎ、薩埵の城下町に行った。
市と長次を表に残し、マリア一行は大谷一家の暖簾(のれん)をくぐった。
「ごめんなすって。」
「いらっしゃい。・・・あっ、こないだの。・・・マリシナのマリアさんでしたか。いらっしゃいまし。」
「大谷の親分さんに一言ご挨拶したいと思い罷り越しやした。親分さんはご在宅でしょうか。」
「はい、ただいま取り次いで参ります。」
大谷進次郎が奥から出て来た。
「マリシナのマリアさん、先日はいかいお世話になりやした。何でございましょうや。」
「まだ先の話なのでそうなるかはどうかは分かりませんが、親分さんへのご挨拶に来られない場合が考えられましたので、先にご挨拶しておこうと罷り越しました。」
「どのようなことでしょうか。」
「薩埵守恒殿様のご要望でこの城下に新しくマリア一家を立ち上げることになりやした。公認の賭場を開くことができるそうですから賭場改(とばあらため)は来ません。賭場の仕来(しきた)りもまだよく知らない未熟者のあっしらです。大谷親分さんにはご迷惑をおかけすることがあるやもしれません。その節はどうぞ暖かい目でご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。」
「公認の賭場とは殿さんもえらいことを考えましたな。何でそうなったんで。とても信じられやせん。」
「あっしらが強訴したからでございます。」
「強訴って、あの今朝の黒い軍隊のことですか。お城の橋を爆破したと聞きやした。」
「そうです。要望を呑まなければ薩埵を滅ぼすと脅しをかけました。」
「薩埵を滅ぼすんですか。」
「間違いやした。薩埵は滅ぼせません。『城を落とす』と脅しました。あの状態の城なら半日で壊滅できます。」
「何を強訴なさったんですか。」
「先日の賭場改破り他の数々の悪行を不問にせよって強訴しました。」
「たったそれだけの理由で城を壊滅できる軍勢を動かしたのですか。」
「そうです。殿様は不問にするとおっしゃいました。」
「・・・そりゃあ・・・そうでしょうね。」
「おかげで捕縛される心配をしないで薩埵の城下町に来ることができました。」
「・・・どこに一家を構えるおつもりですか。」
「まだ分かりません。お殿様は家を準備してくださるようです。」
「・・・うちかもしれやせんね。・・・100人ほどの役人が死にました。闕所(けっしょ)、追放にすることは容易です。」
「なるほど。そこまで思い至りませんでした。・・・腐った役人がいる町です。・・・大谷の親分さん、数日、我らを客分として受け入れてくれやせんか。」
「喜んで受け入れやす。・・・でも何故(なぜ)ですか。」
「ここでは何ですから、奥で話しやす。」
マリア達と市と長次は奥の座敷に案内され親分と対面した。
マリアは部屋の外に娘達を配置し、盗み聞きされないようにしてから言った。
「薩埵国主の薩埵守恒は小仏の家をマリア一家のために準備するつもりでした。先日の賭場改(とばあらため)が誰かの陰謀だと匂わせたからだと思います。小仏正太郎があっしの仁義を受けなかったのも要因の一つだったとも思われます。・・・この町には小仏正太郎と組んで賭場改を画策した役人がまだいると思われます。その者がどれほどの地位にあるかは存じませんが、小仏一家よりも大谷一家の方が容易だと薩埵守恒に進言するやもしれません。薩埵守恒としては小仏であろうと大谷であろうとどちらでもいいのです。・・・マリア一家を立ち上げるのは明後日です。小仏の家の前に行くことになっております。それは薩埵守恒の周りにいた多数の家臣も聞いております。小仏正太郎が今日明日で何らかの動きをしたら周囲の家臣の誰かが小仏正太郎に話したことになります。もし役人が今日明日に大谷一家に押し寄せて来たら、それを殿様に進言した者、あるいは進言するよう誰かに唆(そそのか)せた者が黒幕です。表には出てこないで影に隠れた黒幕ですね。・・・そんな理由のため客分での受け入れをお願いしました。」
「よう分かりました。深いご配慮、ありがとうございます。・・・そうでしたか。小仏はマリアさんの仁義を受けなかったのですか。」
「画策が水泡に帰したためやもしれません。」
「この一両日は注意が必要ですね。」
「そう思います。悪徳役人は賢いですから2重3重の罠を仕掛けると思います。・・・例えば、・・・小仏に殿様の意図を知らせ、小仏が動いて小仏から大谷に変えるように要人に働きかけさせ、小仏から大谷に変えさせ、大谷が潰れればそれでよし。大谷が抵抗して時間内に事が収まらなければ、そんなことを画策した小仏は殿様の指図を変えさせようとした大罪人であるとして捕らえることができます。どちらに転んでも身は安泰というわけです。」
「汚ねえやり方ですね。」
「もしそうなったらそうですね。この話が出たのは午前中の話です。小仏正太郎に与(くみ)する者が居たとすれば今頃は話が小仏正太郎に伝わっている頃です。何が起こるか分かりません。警戒しておいた方が良いと思います。ただ、今の話は子分の方々には伝えないようにお願いいたしやす。」
「良く分かりました。警戒しつつも、いつも通りにいたします。」
マリアは娘達に姿を見せて周囲を警戒するよう命じた。
娘達は大谷一家の前に縁台を出し、丁半博打を始めた。
ツボは湯呑み茶碗だった。
大谷の子分も時々参加したが負けた。
娘達はサイの目を音で知っていたからだ。
夕方近くになって真新しい股旅姿をした三三のカブが大谷一家の暖簾をくぐった。
大谷親分とマリアは長火鉢を挟んで話をしていた。
対応した大谷の子分が言った。
「何でえ、三三のカブじゃあねえか。そんな姿(なり)でどうした。」
「仁義を切らしていただきたく罷り越しやした。おひけえなすって。」
「おう、・・・おひけえなすって。」
「早速のお控え、ありがとうございます。ご当家、三尺三寸を借り受けまして、稼業、仁義を発します。手前、生国はこの地、以来この地を離れたことはございません。姓は三途(さんず)、名は三太郎。人呼んで三三のカブと発します。目の前のお兄いさんには何度か出会ったことがございます。当地の小仏正太郎親分に仕えておりましたが、このほど股旅の渡世人になりました。稼業、未熟の駆出し者。以後、万事万端、一宿一飯、ざっくばらんにお頼申します。」
「ご丁寧なるお言葉有難う御座います。手前、当大谷一家、大谷進次郎に従います若い者。姓は川野(かわの)、名は源五郎。あんさんを何度か叩きのめした者でございます。あっしも稼業、未熟の駆出し者。以後、万事万端、宜しくお願い申します。」
「駆け出し渡世人の仁義、暖かくお受けいただきありがとうございました。」
「何だ、カブ。おまえ小仏を出たのか。」
「そういうことです。奥におられますマリアさんのお言葉でそういたしました。」
奥のマリアが言った。
「カブさん、小仏を出たのね。それでいいと思うわ。」
「へい、あっしの一大決心ではございましたが、小仏親分との親子盃はお返しいたしました。」
大谷進次郎親分が言った。
「仁義は受けた。まあ、ゆっくりしていってくれ。」
「ありがとうございます、大谷親分。」
三三のカブが居なくなると大谷親分がマリアに言った。
「マリアさんはこうなることが分かっていたのですね。あんな三下に小仏を出ろなんて忠告したのですから。」
「カブさんは親切でしたから。城下に異変があったら出た方がいいと言いました。」
「恐れ入りやした。」
その夜、大谷一家は賭場を開かなかった。
大谷親分がそう判断したのだ。
一方、小仏一家は賭場を開いた。
無理矢理、賭場を開かせられたと言えるかもしれなかった。
城下に大軍が押し寄せ、城の橋が爆破された。
町民には何が起こっているのか全く分からなかった。
そんな状況で博打を楽しもうとする町民は少ない。
薩埵の殿様の策略で、殿様は重臣の誰かに博打に行くと伝えさせたのかもしれない。
薩埵国の重臣が来るなら小仏親分としては賭場を開かざるを得なかったはずだ。
重臣がいるなら賭場改は行われないと判断したのかもしれない。
果たしてその夜、小仏一家の賭場は200人の捕り手に囲まれた。
重臣を除く客の全てが捕縛され、小仏一家の全員も捕縛された。
賭場に来ていた重臣は小仏正太郎親分に「愚か者めが。」と言って帰って行った。
重臣は隠密捜査員であり、博打が行われていたことを証言する者と言うことになっていた。
子分から賭場改の報告を受けて、大谷親分は安堵の胸を撫でおろした。
これで大谷一家が消滅することは無くなったからだった。
「小仏もかわいそうに。」
大谷親分はマリアに言った。
「権力者の陰謀なんてこんなものです。」
マリアが応えた。
翌日、賭場の客達は釈放され、小仏親分は打首、一家は闕所(けっしょ)となり、子分達は追放となった。
刑は直ちに執行され、小役人達は厳重な監視の下に小仏一家の家を掃除し、畳は新品に入れ替えられた。
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