第23話 23、城に殴り込み 

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 深夜、マリア達は湖畔に行った。

星明かりがあった。

軍勢は湖畔の小道に佇(たたず)んでいた。

1300人の軍勢を乗せてきた27艘(そう)の筏船は小道の向こうまで運ばれてあった。

 兵士は身の丈ほどの盾と盾より少し大きい槍を持ち、黒漆を塗った三度笠に黒色の道中合羽(どうちゅうかっぱ)を着ていた。

黒の三度笠は内側が鉄板で補強され、縁には肩まで届く目の細かい網が縫い付けられており、通常は前面がハネあげられて三度笠に止められていた。

網は防刃繊維だったし、雨は通さなかった。

黒色の道中合羽は内側に長く硬い肩当てが着いており、高い襟(えり)があり、裾は膝下まであった。

 道中合羽の内側には多くのポケットや吊り紐が着けられ、十字弓、矢筒、鉛玉、火薬玉、水筒、糧食などが付けられていた。

黒の道中合羽は雨具であり、鎧であり、背嚢であり、武器庫でもあり、夜露をしのぐ天幕でもあった。

娘達は股引、脚絆、足袋、袖付き筒服、手甲、幅広帯、長脇差の股旅姿をしていたが、全てが黒色だった。

娘達が履く大きめの下駄(げた)には裏に鉄板が張られ、足の甲を守るように鉄のカバーが付けられていた。

 マリアは軍団に事情を説明し、作戦をねった。

夜明けになると軍団は4列縦隊で行進した。

4列5段の20人が1単位となって小隊を形成し、5単位100人が中隊を形成した。

傭兵軍団は13中隊からなる1大隊で構成されていた。

マリアが司令官で、13人の娘が中隊長で、小隊長は小隊の中から1名が選ばれていた。

股旅をしていた娘達は参謀としてマリアの近くにいた。

 軍団は街道に出ると薩埵国城下に向かった。

茶店の前を通ると、市と長次が外に出て軍団を眺めていた。

兵士の足並みが揃(そろ)っているのでズンズンズンという地響きがする。

サーヤは市と長次に手を振って挨拶した。

紺色の普通の股旅姿の娘達は黒い軍団の中では目立っていた。

 20人の小隊1単位で5m。

小隊5単位の中隊で30m。

13中隊での大隊は400mの行列を作って朝の城下町に現れた。

兵士たちは道中合羽のスリットから出した片手に身の丈ほどの長方形の盾を持ち、片手には短槍を持っていた。

早起きの町民は整然と隊伍を組んで行進する軍団を驚きの目で眺めていた。

 軍団は大手門の前に来ると密集隊形を作った。

1小隊20名が大手門に近づき鉤縄を門の屋根に投げ、素早く上って城の中に消えて行った。

暫くして、大手門は内側から開かれた。

門の内側には5人の門衛が倒れており、扉と扉を繋ぐ閂(かんぬき)2本は門の外に立てられた。

 城内からは多数の武士が出てきた。

刀を抜いている者もいれば槍を持っている者もいた。

町役人も出てきて軍団の後ろに集まった。

 倒れていた門衛がどこかに運ばれるとマリアは前進を命じた。

軍団の一部は大手門の橋を渡り、門の内側にいた武士を盾と槍で押し半円状に展開して止まった。

軍団の残りは橋を渡らず橋を中心に半円状に展開した。

軍団の形はあたかも橋が持ち手となったダンベル状になった。

大手門は通行できなくなったが、広い城にはいくつかの出入り口がある。

城外に住む家臣達は急遽(きゅうきょ)、戦支度(いくさじたく)を整え城に入った。

 暫(しばら)くすると重臣らしき壮年の男が護衛に囲まれて軍団の前に立って言った。

「待てい。不穏な姿で大手門に侵入した者達、何者だ。」

マリアは軍団の中から盾の前に出て言った。

「そちらさんは薩埵国の殿様ですか。」

「殿はまだお休み中だ。拙者は城の警護を担当する大垣玄蕃だ。お前達はだれだ。何故(なにゆえ)不埒(ふらち)なまねをする。」

 「あっしはマリシナのマリアと申す渡世人でございやす。一昨日はご城下の小仏一家にお世話になっておりやした。小仏一家はご存知ですか。」

「知っておる。博徒だ。」

「左様ですか。今朝は殿様にお願いがあり、仲間を引き連れて罷り越しました。まあ言ってみれば半分殴り込みでして、半分は強訴(ごうそ)でございます。渡世人の世界では良くあることでございます。」

 「渡世人の分際で殿に会えるとでも思っているのか。」

「お会いできなければ困ったことになると思います。」

「どうなると言うのだ。」

「この城は落城し、この国はどこかの国に売られると思います。」

「何をバカなことを言う。お前達ごときがこの城を落とせるとでも思っているのか。」

 「警護の者を殺せ。」

マリアがそう命じると20本の十字弓が発射され大垣玄蕃の周りにいた武士は倒れて動かなくなった。」

「矢にはトリカブトの毒が塗ってあります。かすり傷でも死にます。解毒剤はございません。警護の者が死んだのは我らの力を見誤った貴方様の責任です。我らは臨戦状態にある鍋田の城を2日で落としやした。戦支度をしていないこの城なら1日はかからないと思います。」

 「むむむっ。・・・どうすればいいのだ。」

「我らの目的をもうお忘れですか。それとも思い出すようにもう100人ほど殺しましょうか。1000人ほど殺せばこの城は空っぽになると思います。思い出す必要はなくなります。」

「まっ、待て。・・・強訴だったな。・・・待っておれ。上司と相談する。」

「宜しゅうございやす。待っている間にこの城に掛かる橋を全て壊そうと思います。皆殺しの準備でございます。」

「・・・。」

大垣玄蕃は早足で周りを囲む武士の間を通って奥に行った。

 マリアは1中隊100名の兵士に城にかかる橋の破壊を命じた。

娘兵士は城を巡(めぐ)り、橋があると鍵綱を掛け、100人で引いて倒壊させた。

倒壊できなかった橋には爆裂弾を基部に仕掛けて爆砕した。

朝の城下町には爆発音が響いた。

もちろん、城内でも聞こえた。

およそ1時間で城に繋がる橋は全て破壊された。

 やがて家来に抱えられるようにした老人が周囲に多数の兵士を従えてマリアの前に来て言った。

「余に話があるそうだな。国主の薩埵守恒(さったもりつね)だ。」

「朝からお騒がせして申し訳ありません。あっしはマリシナのマリアと申す渡世人でございます。お殿様にお願いの義がございまして仲間を引き連れて参りました。渡世人でござりますればこのような下品下衆(げひんげす)な方法しか考えられませんでした。重ねて申し訳ございません。」

 「どのような願いじゃ。」

「今後、安心して薩埵の城下に来ることができるようにお願いしたいと存じます。」

「具体的にはどうすれば其方(そち)の願いが叶(かな)うのかな。」

「あっしを捕(つか)まえようとしないことであっしの願いは半ば成就できると思います。」

「捕縛する原因は今回の暴挙のことか。」

「いいえ。この強訴はマリシナ国と薩埵国との関係ですから薩埵国の法治の範疇(はんちゅう)には入りません。国と国との戦は片方の国の法治外の事態でございます。薩埵国が滅ぼされたら薩埵国の法は無くなりますから。」

 「面白くなって来たな。捕縛の要因は何じゃ。」

「一つは関所破りでございます。白雲国側に関所がありました。役所の役人は腐っており、旅人に賂(まいない)を強要しておりました。我らには娘であることを証明するため裸になれと強要しました。そこで関所の全員を殺し関所を灰に変えました。原因は関所役人にありますが、外見的には我らは関所破りになります。当該事件を不問にしていただきたく強訴いたしました。」

「それは知っておる。・・・そうか。不問にふす。」

 「ありがとうございます。もう一つは役人殺しでございます。一昨夜、ご城下の賭場に賭場改(とばあらため)がありました。我らは帰ろうとしましたが、取り囲んだ役人は理由も言わずに我らを捕縛しようとしました。我らは陰謀を感じ、全員を殺しました。当該事件を不問にしていただきたく強訴いたしました。」

「それも聞いておる。9人の娘に101人が殺されたらしい。陰謀とな。・・・不問に付す。」

「ありがとうございます。あっしは動きませんでした。正確には8人の娘でございます。」

「恐ろしく強い娘達だな。」

「傭兵国の渡世人でござりますれば。」

「鍋田が簡単に落ちるわけだ。」

 「これで強訴の目的の半分は成功裡に成就(じょうじゅ)しました。もう半分をお願いしても宜(よろ)しゅうございますか。」

「申してみよ。」

「関所を撤去してほしいと思います。湖を廻る街道での関所は不要です。誰もが安心して薩埵の城下に来ることができることが肝要です。関所は賂(まいない)を旅人に強要する腐れ役人の温床になります。弱気を助ける任侠の道にも反する物でございます。」

「拒否したら薩埵の国は滅びるのだな。」

「そうなると思います。滅ぼし、別の国に売ろうと思います。」

「是非も無い。関所は撤廃する。」

 「ありがとうございます。これで強訴の目的は達しました。早急に兵を引き、薩埵国から消えようと思います。」

「そうしてくれるとありがたい。」

マリアは殿様の方を向いたまま言った。

「全軍、撤退用意。後方から隊伍を整えよ。密集隊形、戦闘態勢は維持。抵抗あれば殺していい。」

 「・・・まっまてっ、マリア殿。」

「何でございましょう、薩埵守恒殿様。」

「マリア殿は渡世人と申したな。この城下町に一家を構えてはくれんか。一家の博打は公認する。」

「理由をお聞きできますか。」

 「安全保障だ。マリア殿の一家が城下にあれば他国が侵入して来た時、マリア殿の傭兵国に連絡を取ることができる。」

「傭兵雇用の費用はご存知ですか。」

「知らんが、国が無くなるよりもずっといい。費用は如何程だ。」

「滅ぼした国の3分の1をマリシナ国がいただく。それだけです。」

 「信じられない好条件ではないか。一文も金を出さず、一兵も軍を出さずに相手国の3分の2を得ることができるのか。」

「左様にございます。石倉頑正殿様とはそのような契約を交わしました。」

「マリア殿に依頼したらいいのか。」

「左様にございます。・・・でも私が依頼を受けるかどうかは不明でございます。」

「良くわかった。腐った国では受けてもらえないのだな。」

「左様にございます。・・・城下にマリア一家を構えることに問題はありません。私の代理に娘を一人置きます。」

 「それで十分だ。小仏の家にしよう。小仏とは関わりがあるのかな。」

「仁義は受けてもらえませんでしたから関わりはいっさいございません。」

「2日後に小仏の家に来てくれるかな。それまでに受け入れを整えておく。」

「了解しました。2日後に参ります。それでは失礼いたします。・・・撤退する。最後部から元の道を進め。」

マリアは軍団に入って元の道を戻って行った。

薩埵守恒は多少の損失は出たが強力な安全保障を得たと感じた。

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