第22話 22、居合抜きの練習
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マリア達は何事もなく朝を迎えた。
朝食は一膳の飯と煮魚1匹と味噌汁とタクアンだった。
一宿一飯の徒は台所兼食堂の板間で朝食を取った。
朝食のメニューはマリア達には多すぎたので娘達は煮魚を市や他の男達に譲った。
魚をもらった一人の男が話題を提供するように言った。
「いやー、昨晩は凄かったね。捕り手100人が100数える間に全員殺された。痛快だったね。しかもそれをしたのがここに居られる娘さん達だ。しかも素手でやっつけた。・・・昨日のご活躍は拝見いたしやした。あっしは三下の長次っていう者です。お宅さんらはどちらのお身内なのでしょうか。」
「マリシナ一家のマリアと申します、三下の長次さん。」
「マリシナ一家でしたか。あっしはまだ駆け出しの渡世人で、まだ寡聞(かぶん)にして存じません。さぞや強い子分衆が揃(そろ)っておられるのでしょうね。」
「それなりに戦えると思います。長次さんも大谷の賭場に居られたのですか。」
「へい、根っからの博打好きでございやすから。」
「儲かりましたか。」
「ほんの少しだけで。コマを換金できたのもマリアさん達のおかげです。」
「ようございましたね。」
「マリアさん達は逃げなくても宜しいんで。役人100人を殺したんですぜ。」
「逃げるような悪いことはしておりません。あれは娘を襲ってきた偽役人です。」
「そうですかあ。そうは見えませんでしたが。」
「とにかく、心配してくれてありがとう。長次さん、私の魚もどうですか。」
「ありがとうございます。頂きやす。」
昼過ぎになって小仏の親分が帰ってきた。
マリア達は早速、小仏親分に呼ばれた。
中年の痩せた男だった。
三三のカブが廊下に控えていた。
「小仏一家の小仏正太郎だ。カブが言うにゃあ仁義で狛犬と白鷺の名前が出たと聞いた。もう一回、仁義を切ってくれねえか。」
「宜しゅうございやす。そういたしやしょう。」
マリア達は立ち上がって腰を下ろし右手を出して仁義を切った。
「おひけえなすって。」
「続けてくれ。」
小仏正太郎が座ったまま言った。
「・・・おひけえなすって。」
「・・・。」
「・・・おひかえなさって。」
「いいから続けてくれ。」
「・・・手前の仁義をお受けいただきませんようですが宜しいんで。」
「いいから続けてくれ。」
「さいですか。・・・手前、マリシナ一家のマリアと申します。親分さんはマリシナ一家の敵となりやした。ご覚悟を。一宿一飯の恩義はいずれどこかでお返し致します。」
「なんだとう、きさま。俺を殺そうってか。」
「いえ、そんなことは致しません。ご安心ください。小仏正太郎を殺すのはこの国だと思いやす。」
「なんだとう。どう言うことでえ。」
「成ってみれば分かると存じやす。仁義をお受けいただきませんでしたので、この家を去らせていただきます。まだ1日も経ってはおりやせんが、お世話になりやした。失礼いたしやす。」
マリア達は仁義の格好を解き、溜まり部屋に戻り、旅支度をした。
座頭市が部屋に入ってきてマリアに言った。
「お立ちですね。短い間でしたが楽しい時を過ごさせていただきました。・・・ありゃあ小仏親分が悪い。」
「市さんは聞いていたの。」
「メクラは耳がいいんで。」
「市さんはこの国を出た方がいい。この城下町は程なく戦場になる。まあ直ぐ止むだろうけど、どんな流れ矢が飛んでくるかもしれない。危険だ。」
「さいですか。あっしは着のみ着のままで。直ぐにも出立できやす。途中まで同道できますか。いい歳なのにワクワクしやすんで。」
「ふふっ。いいわよ。」
マリア達は小仏一家を出た。
三三のカブが見送ってくれた。
「カブさん、親切にしてくれてありがとう。城下町に異変が起こったら小仏一家を抜けたらいいわね。大谷一家に入ったら生き延びることができると思う。」
「考えておきます。親分の非礼、申し訳ありませんでした。」
「じゃあね。」
マリア達と座頭市は城下町を出て湖の畔(ほとり)に行った。
マリアがサオリに言った。
「サオリ、隠れ村に行って1300の軍団をここに連れてきて待機させなさい。装備は重装備、爆裂弾と毒矢も準備させなさい。長槍隊はいりません。」
「了解しました、マリア姉さん。」
サオリは市がいたので湖畔沿いの小道を暫く進み、マリア達が見えなくなると上昇し、青空に消えた。
「さて、市さん、軍勢が来るのは夜になるわ。それまで待たなければならない。この道が街道と出会うところにあった茶店で待つのと薩埵の城下で待つのとどっちがいい。」
「茶店がいいと思いやす。城下で待つなんて生きた心地がいたしやせん。あっという間に捕り手に囲まれると思いやす。」
「ふふふっ。茶店にしようか。」
マリア達と市は茶店に行き、茶店の老夫婦に5両(50万円)を渡して言った。
「頼みがあります。我々はここで夜まで待たねばなりやせん。この座頭さんを一晩泊めて欲しいんだがいいでしょうか。もちろん飯代(めしだい)は別にお支払いいたしやす。」
「大金だな。もちろんええよ。夕方になったら縁台を中に入れるだ。寝るのは縁台になるがそれでいいかね。」
「それで十分です。」
「蝋燭(ろうそく)は何本もあるんで、良かったらそれを使ってくれや。」
「座頭さんですから灯りは不要だと思いやす。」
「そういやあそうだ。」
マリア達は夕方まで茶店で過ごした。
サーヤが市に言った。
「市さん、市さんの居合の腕を見せてくれない。私たち脇差は持っているけどまだ使ったことがないの。」
「おやおや。で、どうしたらいいんで。」
「そうねえ、仕込みを抜いてから一振りして鞘に戻してほしいの。刀をどれくらい早く動かしたらいいのか知りたいの。」
「サーヤさんの頼みなら断れないですね。・・・抜いて反転させて鞘に戻しやす。いいですか。」
「いいわ。」
市は逆手で仕込みを抜き、切先が鞘を出ると同時に刃先を左横に振り半円形に動かしてから水平方向に並行移動させ、刃先を反転させて同じ軌跡を通し、切先を反転させて鞘に収めた。
市の体躯はほとんど動かず、常人には刀を抜いたようには見えなかった。
「そうかあ。刀の切先が出たら直ぐに横に移動させるんだ。刀が鞘の中にある間に横の力をかけておくのね。だから早いんだ。」
「サーヤさんには切先が見えたんで。」
「見えたわ。刃先を反転させるのは手首だけで反転させるのではなく握りも変えるのね。」
「恐れ入りやした。」
「ちょっとやってみるわね。逆手に持って、鞘を出たら横回転で水平移動か・・・。」
サーヤはそう言いながら刀を抜いて横に払った。
「反りがあるから抜きにくいわね。・・・戻すときは握りをずらしてこうか。・・・これなら何度でも反転できるわね。・・・ぴゅっ、ぴゅっ、ぴゅっ・・・か。・・・市さん、聞こえた。」
「聞こえましたよ。あっしの刃先よりずっと早いようですね。サーヤさんは剣豪になれると思いますよ。」
「へへっ。力だけは市さんの何倍もあるから。・・・鞘に素早く入れるのは練習ね。」
他の娘達も抜刀、横払いからの納刀を練習した。
「サーヤ、この枝を抜刀してから3つに切ってみて。」
アケビが30㎝ほどの小枝を持って言った。
「了解。まだ納刀はできないけどね。」
サーヤはアケビが下手投げした小枝を3つに切断した。
「アケビ、今度はこっちから行くわよ。今切った2本を同時に投げるから2本とも切って。」
「体を動かしてもいい。」
「一歩くらいならいいわ。」
「了解。」
アケビは2本の小枝を4本に切った。
「サーヤ、次をいくわよ。ふふふっ。今切った2本を同時に投げるから2本とも切って。」
「えーっ、10㎝くらいじゃない。できるかなー・・・やってみる、了解。」
サーヤは投げられた2本の小枝の1本は切ったが、返す刀の2本目では小枝は刃先で跳ね飛ばされた。
「あーっ、残念。速さが遅かったのね。アケビ、もう一回投げて。今度は切るわ。」
サーヤは2本とも切った。
「逆手居合い開眼。ふっふっふっ。」
サーヤは勝ち誇って言った。
真昼間、若い娘達が天下の街道で長脇差を抜いて遊んでいる。
街道を通る旅人は足早に通り過ぎて行った。
午後の3時頃、三度笠に街道合羽を着た股旅者が茶店のマリアに近づき言った。
「マリアさん、三下の長次でございやす。剣劇の練習をなされているのでしょうか。」
「あら、長次さん。・・・そうなの。剣劇の練習をしているところよ。長次さんは小仏を発ったのね。・・・頼みがあるんだけどいいかしら。」
「何でございやしょう。」
「今夜一晩、この茶店で座頭の市さんと泊まってほしいんだけど、いいかしら。」
「いいですが、何かあるのですか。」
「明朝、薩埵の城に殴り込みをかけようと思っているの。決着をつけるためにね。・・・ほら、私たち、偽役人をたくさん殺したでしょ。このままでは誤解で薩埵の城下に行けなくなってしまうわ。それで薩埵の殿様に私たちに罪はないって言ってもらおうと思っているの。」
「殿様に談判するんですか。」
「そうよ。ここに来る前に関所の全員を殺して火をつけて灰にしたからそれも許して欲しいと思っているの。」
「えーっ、マリアさん達は関所破りもしたんですか。」
「娘達に裸になれって言ったから皆殺しにしたの。腐った役人だったのね。殿様にはお説教をしてあげなくてはね。」
「驚きやした。で、あっしは何をするんですか。」
「この茶店で市さんと一緒にいて欲しいの。私たち、足が早いの。市さんは遅いから着いてこれないわ。それに私たちはほとんど眠らないけど市さんは眠らなければならないでしょ。お便所も教えてやらなければならないわ。」
「分かりやした。市さんと相談してみます。」
「助かるわ。お願いね。」
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